【書評など】エフロブの「買いたい新書」にNO.229書評:榎木英介「博士漂流時代」, Discoverサイエンス社、を取り上げました。
http://www.frob.co.jp/kaitaishinsho/book_review.php?id=1406866924
「STAP細胞事件」は論文執筆の主役、理研CDC副センター長、笹井芳樹氏の自殺という予想外の事態に発展しましたが、事件の背景には「博士の過剰生産」という根深い問題が横たわっています。
酒井氏の自殺はキルケゴールのいう「死に至る病」つまり深い絶望にかられてのことではないかと思いますが、STSP事件の表層的な出来事に左右されず、「世界三大科学不正」に残るこの事件を根底から理解する上で、本書は欠かせないと思います。2011年度「日本科学ジャーナリスト賞」を受賞した作品です。著者は1995年に東大理学部動物学科を卒業して、大学院に進んだ後、博士課程を中退して神戸大学医学部に学士入学し、医師になった。現在は近畿大学医学部(病理学講座)で講師を務める病理医だ。
1991年、18歳人口が初めて減少に向かった。この時、文科省が打ち出した政策が「大学院重点化計画」で、以後1949年の新制大学発足以来の大転換が行われた。国立大では教官の「本籍」を学部から大学院に移し、大学院学生の定員増が図られた。1960年代には18歳人口の10%しか四大に進学せず、卒業生は「学卒」と呼ばれた。
90年代に大学入学した世代はバブル破裂後の就職不況もあり、「研究者」を夢見て多くがバイオ系大学院に進んだ。2000年代になると大学院博士課程を出て博士号をもらったものの、定職にありつけない博士研究員又の名を「ポスドク(ポスト・ドクター)」と呼ばれる「高学歴」者が目立つようになった。職業免許のある医歯薬系の博士は就職に困らない。しかし理系博士は、大学院の新設ラッシュが終わった後は、大学教師になるのも困難で、大学の非常勤講師を掛け持ちして月収15万円強をなんとか確保している状況で、「高学歴ワーキングプア」(水月昭道,光文社新書)とも呼ばれる。
本書は、リーマン・ショック(2008)以後の不景気で一層悪化した「博士過剰生産」問題を本格的に取り上げたものだ。著者自身がひょっとすると理系のポスドクになっていたかも知れないという思い入れもあり、非正規雇用博士たちの問題を深くえぐっている。「誰でも弁護士になれる」と唱って開設された法科大学院がみじめに失敗したように、91年から推進された「大学院生倍増計画」は、行くあてのない多くのポスドクを生みだした。
「STAP細胞」事件では理研の派手な広報手法もあり、小保方氏個人に関心が向けられている。だが科学史上の「三大不正事件」となった、この事件を生みだした背景と構造を理解していないと、制度的な再発予防策は立てられないだろう。「ポスドク問題」について、きちんとした統計、白書の類がないのは政府や学会の努力不足だ。
著者の新作『嘘と絶望の生命科学』(文春新書, 2014/7)はさらに踏み込んで、生命科学の現場を報告しており、見逃せない一冊だ。新著との併読をお薦めする。
① N.フィリップソン:「アダム・スミスとその時代(Adam Smith: An Enlightened Life)」(白水社)を読んだ。ページ数は400しかないのに、厚さが40mmもあるのは、厚い用紙を使用し厚い表紙を付けているからだ。定価2,800円で売るためだ。
訳者が不勉強で、人名索引はあるが事項索引がない。
第9章に「大陸旅行中にスミスがケネーに会った」とあり、原註に「WN, p.467」とあるものの、これは英語版『国富論(Wealth of Nation=WN)』のことであり、訳者あとがきで「基本的には杉山洋平訳の岩波文庫版(『国富論(4冊)』を参考にした)と書いているのだから、その巻号と頁を示さなければいけないのに、それがない。だから、岩波文庫の該当箇所を探すにはまったく役に立たない。
翻訳ってものは、横の文字を縦にすりゃあいいってものじゃない。
司馬遼太郎が『空海の風景』をもっとも気に入っていたように、アダム・スミスが『道徳感情論』を『国富論』よりも好きだった理由がよく分かった。しかし、著者がこの本を書いた動機と現時点(2010)で、アダム・スミスをどう評価するのかという点がきちん書かれていない。
これじゃノンフィクション小説とどう違うのか…。
②上昌弘:『医療詐欺:<先端医療>と<新薬>は、まず疑うのが正しい』(講談社+α新書)を読んだ。これは文句なしに面白い。患者サイドに大いに有益だが、今頃、医療関係本にはどぎついタイトルの本が多いから、それらの「トンデモ本」と混同される恐れがある。
「あとがき」に東大医科研の湯地晃一郎、元厚労省の村重直子さんの名前があり驚いた。「世界は狭い」。上先生はもともと血液内科が専門だ。
アル・ゴアの『不都合な真実』にならって、日本の医療界の「不都合な真実」が全7章14項目にわたって述べられている。
不都合な真実⑧「東北の急性白血病患者は北陸の患者と比較して、リスクが二倍」
は、血液内科専門医でないと言えないフレーズだ。
不都合な真実⑨「20年後、郊外の高齢者は<通院ラッシュ>に揺られて、都心の病院へ通う」
これは現役医師の年齢階層別の分布を考えれば、素人でもわかろう。やがて「医療難民」が発生する。「がん難民」ならすでにある。
団塊の世代の医者が消えた後は、絶対的な医師不足になるという。医師の減り方が半端でないからだ。
本書のよいところは医師にとって「不都合な真実」でも、正直につつみ隠さずに書いている点だ。その分、バッシングも強かろうと思うので、読者が味方になるしかなかろう、と推薦する次第だ。
http://www.frob.co.jp/kaitaishinsho/book_review.php?id=1406866924
「STAP細胞事件」は論文執筆の主役、理研CDC副センター長、笹井芳樹氏の自殺という予想外の事態に発展しましたが、事件の背景には「博士の過剰生産」という根深い問題が横たわっています。
酒井氏の自殺はキルケゴールのいう「死に至る病」つまり深い絶望にかられてのことではないかと思いますが、STSP事件の表層的な出来事に左右されず、「世界三大科学不正」に残るこの事件を根底から理解する上で、本書は欠かせないと思います。2011年度「日本科学ジャーナリスト賞」を受賞した作品です。著者は1995年に東大理学部動物学科を卒業して、大学院に進んだ後、博士課程を中退して神戸大学医学部に学士入学し、医師になった。現在は近畿大学医学部(病理学講座)で講師を務める病理医だ。
1991年、18歳人口が初めて減少に向かった。この時、文科省が打ち出した政策が「大学院重点化計画」で、以後1949年の新制大学発足以来の大転換が行われた。国立大では教官の「本籍」を学部から大学院に移し、大学院学生の定員増が図られた。1960年代には18歳人口の10%しか四大に進学せず、卒業生は「学卒」と呼ばれた。
90年代に大学入学した世代はバブル破裂後の就職不況もあり、「研究者」を夢見て多くがバイオ系大学院に進んだ。2000年代になると大学院博士課程を出て博士号をもらったものの、定職にありつけない博士研究員又の名を「ポスドク(ポスト・ドクター)」と呼ばれる「高学歴」者が目立つようになった。職業免許のある医歯薬系の博士は就職に困らない。しかし理系博士は、大学院の新設ラッシュが終わった後は、大学教師になるのも困難で、大学の非常勤講師を掛け持ちして月収15万円強をなんとか確保している状況で、「高学歴ワーキングプア」(水月昭道,光文社新書)とも呼ばれる。
本書は、リーマン・ショック(2008)以後の不景気で一層悪化した「博士過剰生産」問題を本格的に取り上げたものだ。著者自身がひょっとすると理系のポスドクになっていたかも知れないという思い入れもあり、非正規雇用博士たちの問題を深くえぐっている。「誰でも弁護士になれる」と唱って開設された法科大学院がみじめに失敗したように、91年から推進された「大学院生倍増計画」は、行くあてのない多くのポスドクを生みだした。
「STAP細胞」事件では理研の派手な広報手法もあり、小保方氏個人に関心が向けられている。だが科学史上の「三大不正事件」となった、この事件を生みだした背景と構造を理解していないと、制度的な再発予防策は立てられないだろう。「ポスドク問題」について、きちんとした統計、白書の類がないのは政府や学会の努力不足だ。
著者の新作『嘘と絶望の生命科学』(文春新書, 2014/7)はさらに踏み込んで、生命科学の現場を報告しており、見逃せない一冊だ。新著との併読をお薦めする。
① N.フィリップソン:「アダム・スミスとその時代(Adam Smith: An Enlightened Life)」(白水社)を読んだ。ページ数は400しかないのに、厚さが40mmもあるのは、厚い用紙を使用し厚い表紙を付けているからだ。定価2,800円で売るためだ。
訳者が不勉強で、人名索引はあるが事項索引がない。
第9章に「大陸旅行中にスミスがケネーに会った」とあり、原註に「WN, p.467」とあるものの、これは英語版『国富論(Wealth of Nation=WN)』のことであり、訳者あとがきで「基本的には杉山洋平訳の岩波文庫版(『国富論(4冊)』を参考にした)と書いているのだから、その巻号と頁を示さなければいけないのに、それがない。だから、岩波文庫の該当箇所を探すにはまったく役に立たない。
翻訳ってものは、横の文字を縦にすりゃあいいってものじゃない。
司馬遼太郎が『空海の風景』をもっとも気に入っていたように、アダム・スミスが『道徳感情論』を『国富論』よりも好きだった理由がよく分かった。しかし、著者がこの本を書いた動機と現時点(2010)で、アダム・スミスをどう評価するのかという点がきちん書かれていない。
これじゃノンフィクション小説とどう違うのか…。
②上昌弘:『医療詐欺:<先端医療>と<新薬>は、まず疑うのが正しい』(講談社+α新書)を読んだ。これは文句なしに面白い。患者サイドに大いに有益だが、今頃、医療関係本にはどぎついタイトルの本が多いから、それらの「トンデモ本」と混同される恐れがある。
「あとがき」に東大医科研の湯地晃一郎、元厚労省の村重直子さんの名前があり驚いた。「世界は狭い」。上先生はもともと血液内科が専門だ。
アル・ゴアの『不都合な真実』にならって、日本の医療界の「不都合な真実」が全7章14項目にわたって述べられている。
不都合な真実⑧「東北の急性白血病患者は北陸の患者と比較して、リスクが二倍」
は、血液内科専門医でないと言えないフレーズだ。
不都合な真実⑨「20年後、郊外の高齢者は<通院ラッシュ>に揺られて、都心の病院へ通う」
これは現役医師の年齢階層別の分布を考えれば、素人でもわかろう。やがて「医療難民」が発生する。「がん難民」ならすでにある。
団塊の世代の医者が消えた後は、絶対的な医師不足になるという。医師の減り方が半端でないからだ。
本書のよいところは医師にとって「不都合な真実」でも、正直につつみ隠さずに書いている点だ。その分、バッシングも強かろうと思うので、読者が味方になるしかなかろう、と推薦する次第だ。
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ブラック早稲田大学を刑事告発 教員の6割占める非常勤講師4千人を捏造規則で雇い止め
首都圏大学非常勤講師組合委員長 松村比奈子
://m.ameba.jp/m/blogArticle.do?unm=kokkoippan&articleId=11582204467&guid=ON
をご覧ください。
いやあ、大学の現状がそこまで酷いとは…。言葉もありません。小保方氏の博士論文を審査した教授たちを擁護する気は全くありませんが、これでは教授たちは、卒論や博士論文を全部読めないし、指導もできませんよね。いきおいめくら判で機械的に合格させるようになります。小保方氏の博士論文の問題は、出るべくして出たものです。難波先生がご指摘になっているポスドク問題の深刻さが、ここにもあります。
博士漂流問題は早稲田に限らず、理系文系問わず広く存在します。東大でも院生への「セクハラ・アカハラ」事件が有ったばかりです。
この文章は訂正が必要だと思う。
上先生は医学部増設派ですが、難波先生は本当にお考えを変えられたのでしょうか?