思っていたよりも情緒豊かで官能的な世界だった。
人形特有の細やかな動きのせいだろうか。
歌舞伎とは違って理不尽が理不尽のままで終わる結末のせいかもしれない。
生涯に1136回の上演という玉男さんの代表作を、40年以上も師事してきた玉女さん
が初役で徳兵衛に挑戦。お初には蓑助さんに師事した勘十郎さんが同じく初役で。
蓑助さんの油屋九兵次が憎たらしい限りの悪態ぶり。すっかり酔わせていただいた。
劇場 国立文楽劇場
観劇日 2007年11月11日(日)
「曽根崎心中」
生玉社前の段 竹本伊達大夫、鶴澤清友
天満屋の段 切 竹本住大夫、野鶴錦糸
天神森の段 お初:竹本津駒大夫 徳兵衛:竹本文字久大夫
ツレ:豊竹咲甫大夫、豊竹睦大夫、豊竹呂茂大夫、豊竹靖大夫、
鶴澤寛治、鶴澤清志郎、鶴澤清丈、鶴澤龍爾、鶴澤寛太郎
手代徳兵衛:吉田玉女 天満屋お初:桐竹勘十郎
油屋九兵次:吉田蓑助 丁稚長蔵:吉田玉翔
田舎客:吉田玉誉 町衆:大ぜい 見物人:大ぜい
遊女:桐竹紋秀 遊女:吉田玉勢
天満屋亭主:吉田文哉 女中お玉:吉田幸助
生玉社前の段
北新地天満屋の遊女お初は神社で徳兵衛に出会う。二人は深い仲。
(徳兵衛は男前だがいかにも頼りなさそう。一方、お初はきれいで若いけれどしっ
かりしている様子。徳兵衛を好いていることがすぐにわかる素振りが可愛い。)
聞けば徳兵衛は主人に返すべきお金を今は必要がないからと九兵次に貸し、それが
戻らないので困っているという。そこへ通りがかった九兵次。
徳兵衛が証文を見せながら金の返済を迫ると「借りた覚えはない」と。それどころ
か紛失した印判で勝手に偽の証文を作り上げたのだろうと言われ、人々の面前で辱
めを受けたうえ乱暴までされる徳兵衛。仕方なく、男泣きしながら立ち去る。
(徳兵衛、悔しーっ! 九兵次のほうは肩をいからせ眉尻を上げ、憎たらしいこと
このうえなし。肩で風を切って歩く様子が格好いいとさえ思えるほど。)
天満屋の段
天満屋に戻ったお初。遊女たちの間では徳兵衛の悪い噂話で持ちきり。
そこへ破れ笠で顔を隠した徳兵衛が戸口に。お初がそっと出ていくと、主人への義
理と世間の目に耐えられず、死ぬ覚悟でいるとのこと。
店から呼ばれて、徳兵衛を打掛で隠して中に入るお初。有名な見せ場の一つだ。
(どうやって徳兵衛を縁の下に招き入れるんだろうと思っていたら、縁の下の一部
が割れて開き、人形遣いの人たちも徳兵衛といっしょに入っていった~。割れ目が
スッとしまって縁の下に残ったのは徳兵衛と、主遣いの玉女さん♪)
そのまま縁側に腰掛けるお初。
(そろそろかな?アレ。文楽の女の人形には足がないそうだけど、足で会話をする
ここだけは例外らしい。イヤホンガイドでもその予告が。ドキドキ♪)
九兵次までがやって来て徳兵衛の悪口を言いたい放題。悔しさに体を震わす徳兵衛
を足で制するお初。(見えた!打掛の間から細くて白い足先が!)
徳兵衛のことをかばいつつ、お初は独り言に見せかけて徳兵衛に自害の覚悟を聞く。
すると縁の下でお初の足首を自分の喉に当て、覚悟はあると伝える徳兵衛。お初は
徳様、私もいっしょに死ぬるぞや~と足で答える。
これから死ぬというのに、お初は目を閉じてまるで幸せをかみしめるように恍惚と
した表情を見せている。(人形とは思えない。お初、艶っぽい。美しい~。)
独り言をいうお初に気味悪くなった九兵次は、そそくさと店を出て行ってしまう。
店は早仕舞になったが、困ったことにお初の部屋は2階。座敷には下女が寝ている。
お初が梯子から落ちて行灯が消え、下女が行灯用の火打箱を探しに行った間に二人
は戸際に立つ。
が、戸を開ける時に大きな音がするので、下女が火打石を打つ音に合わせて戸を開
けることに。カチカチと同時にガラガラ、またカチカチでガラガラ。
(見ているこっちも、息を潜めたままハラハラする。)
やっと外に出た時お初はころんでしまうが、喜び合う二人。お初が徳兵衛を見上げ
ながらすり寄る体の形がすごく艶っぽい。
天神森の段
きれいな星が出ている。
「この世の名残、夜も名残・・・」のくだり。
二人は手を取り合って天神森へ。
人魂の光に驚くお初に、あれは自分たちの魂だと教える徳兵衛。もう死んでしまっ
たのか、とお初。死んでも二人は一緒ぞ。
冥途の父母にそなたを逢わすと徳兵衛が言うと、自分の父母はまだこの世の人、そ
れを思うと名残惜しいと、しのび泣くお初。
あたりがだんだん明るくなってくる。死に遅れては恥の恥。
徳兵衛は脇差しを抜こうとするが、お初に「早う殺して」と言われたその顔の美し
さに切っ先が鈍ってしまう。
今度は帯で体をくくり合わせて、今が最期!と、ついにお初の体を突き刺す。
それから自分の喉元を突く徳兵衛。
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏・・・」折しも寺の回向が響きわたる。
お初十九歳、徳兵衛二十五歳。厄年の二人だった。
(美しい最期にほう~という思いがこみあげ、終わってからしばらくは席を立ちた
くなかった。余韻に浸りながら、今日はできるだけゆっくり帰ろうと思った。)
最期の場面について、イヤホンガイドの玉女さんのインタビューによれば、今回は
お初を先に突いてから徳兵衛が自害するやり方です、とおっしゃっていた。
夥しい上演回数を重ねた玉男さんが、海外で上演したことがきっかけで変更したと
言われる最期の場面だ。これで誰が見てもわかりやすい結末になったそう。
(と書きつつ、実は最近「新口村」と「心中天網島」を続けて観たので、肝心の
「曾根崎心中」の歌舞伎版最期が思い出せない。二人で同時に刺すんだったっけ?
刺そうとして幕切れだったか? ここは後日調べて追記したい。泣~。)
もう一つ、歌舞伎と違うのは九兵次の印判のこと。お初徳兵衛に同情した観客が、
あまりに二人が可哀想だというので、歌舞伎では九兵次を懲らしめるというオチが
つく。紛失届けを出したと言っていた印判が自宅で見つかり、嘘をついていたのは
九兵次だったとわかるというのが歌舞伎の結末。可哀想なまま終わってしまうのが
文楽の結末。これもイヤホンガイドからの受け売り。
この救いのない結末ゆえに悲しさと美しさが際立ち、えも言われぬ余韻となって心
に残るのだろうと私は思う。
イヤホンガイドに玉女さんのインタビューがあったんですよね!
借りれば良かったなあ。 どんなお声?なんちゃって(苦笑)
私が観た歌舞伎の最後は、徳兵衛がお初を刺そうとするところで幕でした。
3階から望遠鏡で覗いてたら緞帳で視界をふさがれてしまって
びっくりしましたから(悔)
歌舞伎のラストはそんなとこで幕が? たしかに外国人には二人が死んだかどうかさえわかりにくいかも。海外での反応がきっかけで演出を変更する玉男さんの柔軟性にもビックリです!
玉女さんの話し方はね、人形を遣っておられるお姿そのまんまの真摯な印象でした。師匠の芸風をしたい、そのうえで自分の味を出していけたらいいんですが、とも話してました。
もっとたくさんあったのに忘れた! 休憩時間に私が体調をくずさなければメモをとったのに~。残念です。