どうして「仕事」をするのかといわれれば、やはり「生きるため」と答えるだろう。
「生きるため」というのは、文字どおり「食ってゆくため」という意味もあるだろうし、また「いきがい」といった、もっと抽象的、精神的な意味合いもある。「仕事」はときに、「生きること」と等しく思われる瞬間がある。ふたつが「生きること」において分かちがたくあることが、そう錯覚させるのだ。けれどもやはり、ひとは生きるために仕事するのであって、仕事するために生きるわけではない。とすれば、その「生きること」を妨げるような「仕事」や、「仕事の仕方」は(仮にそれが楽しかったり、熱中できるものであったとしても)それじたい正しくない。それは、本末転倒だからである。
この一ヶ月半あまりのあいだに、ぼくはそういう「答え」に辿りついた。
再開にあたって、仕事とその仕方について、もういちどかんがえてみる必要があるだろう。それはもちろん、「moi」についてかんがえるということでもある。そうして、その「かんがえ」にもどづいて、あらためて「moi」のスタイルというものを形づくってゆきたいと思う。たとえそれが時流から外れていたり、ときとしてエキセントリックに映ったとしても、ただ「生きること」に従順に、それを唯一の「ものさし」として判断をしていきたい。
もし、それがだれからも支持されなかったら?・・・それはそのとき。もういちどかんがえればいいこと。
「生きるため」というのは、文字どおり「食ってゆくため」という意味もあるだろうし、また「いきがい」といった、もっと抽象的、精神的な意味合いもある。「仕事」はときに、「生きること」と等しく思われる瞬間がある。ふたつが「生きること」において分かちがたくあることが、そう錯覚させるのだ。けれどもやはり、ひとは生きるために仕事するのであって、仕事するために生きるわけではない。とすれば、その「生きること」を妨げるような「仕事」や、「仕事の仕方」は(仮にそれが楽しかったり、熱中できるものであったとしても)それじたい正しくない。それは、本末転倒だからである。
この一ヶ月半あまりのあいだに、ぼくはそういう「答え」に辿りついた。
再開にあたって、仕事とその仕方について、もういちどかんがえてみる必要があるだろう。それはもちろん、「moi」についてかんがえるということでもある。そうして、その「かんがえ」にもどづいて、あらためて「moi」のスタイルというものを形づくってゆきたいと思う。たとえそれが時流から外れていたり、ときとしてエキセントリックに映ったとしても、ただ「生きること」に従順に、それを唯一の「ものさし」として判断をしていきたい。
もし、それがだれからも支持されなかったら?・・・それはそのとき。もういちどかんがえればいいこと。
岩間さんのコーヒーのファンです。
会社では総務・人事を担当しています。
社員の過重労働については取り組むべき最重要課題なのですが、解決の糸口がなかなか、見つかりません。人材の採用など、会社側が出来ることは進めているのですが、社員側の「長時間労働が美徳」という考え方が未だに残り、なかなか改善されません。
”「生きること」を妨げるような「仕事」や「仕事の仕方」は本末転倒である”
これを意識すれば、道が開けるような気がしました。ありがとうございます!
生きるために仕事をしているのであって、仕事をするために生きているのではないのだと、わたしも思います。ときどきそれを忘れちゃうので、思い出すように、しています。
だから、moiのスタイルがどんなふうに変わっても、きっとそれはわたしにとって好ましい変化だろうと思います。営業時間が短くなるとかおやすみが増えるとかであったとしても。
ちょっとの無理はわるくないけど、度を越えたがんばりは、だれにとってもそんなにいいことないですものね。
Mさん、こんにちは。コメントありがとうございます。『きょうというひ』にも、だいぶ刺激をうけたような気がしています。じぶんが守るべきものはなにか、そういうことをずっと考えていました。足元をみる時間というのも、人生においてはまた有意義なものだと思いました。
Beesmsさん、コメントありがとうございます。おかげさまで、フレッシュな気分で再度店に立てそうな気がします。あのときの一ヶ月半のお休みが転機だったなぁ、と後々思えるようになるとよいのですが。
~ 中略 ~
「生きること」を妨げるような「仕事」や、「仕事の仕方」は(仮にそれが楽しかったり、熱中できるものであったとしても)それじたい正しくない。それは、本末転倒だからである。
まさに同じことを感じております。
探り探り、試行錯誤を重ねて、本質的な仕事、生き方をつかもうとしてます。
近日、何人かでお店へ行きますねー
色々お話できればと思いますが、
店主さんの体調としては、どうなんでしょうか?
たくさん話しかけても支障ありませんか?
長年勤めた会社を退職し、夢を実現するためにフランスに来て半年。その業界では名の知れた人の付き人として働いていますが、過剰労働、性格のずれなどから、このままいくと、生活することはできますが、生きていくことが危ぶまれそうだと感じていたところです。
自分を信じて進もうと思います。日差しが見えてきたように思います。
帰国したら、お店に行きます!
> Kaorinneさん、はじめまして。
迷ったら立ち止まってみること。五里霧中だと思っていたことが、立ち止まって、深呼吸して見渡してみると、案外「なあ~んだ」ってこともあったりします。立ち止まるのも、また勇気であり決断だと思うのです。よい答えがみつかりますように!