
「玄武書房」が力を入れる辞書『大渡海』の編集工程もいよいよ大詰め。
だが、そこに来てトラブル。用例採集カードに入っていた単語のひとつが
抜け落ちていたことが発覚! 冗談ではなく、血潮の凍る事態。
(この事件の原因で、もう少し何か盛り上がるのかと先読みし過ぎてしまう)
辞書編集部は四校の途中で、再度の徹底見直しを図り、
1か月の泊まり込み「玄武書房地獄の神保町合宿」へと至る。
渦中の馬締光也は、着替えを取りに香具矢と住まう自宅へ帰る。
(タケおばあさんは既に亡くなっている)
☆
着替えとシェーバーを旅行鞄に詰め、一息ついた馬締は、
仏壇に線香をあげ手を合わせた。
料理を載せたお盆を手に、香具矢が居間に入ってくる。トラオさんも一緒だ。
「お待たせ」
「ありがとう。いただきます」
「いただきます」
卓袱台を挟んで座り、二人は箸を手にした。
焼き鮭や卵焼きやほうれん草のおひたし。
ネギと油揚げと豆腐のみそ汁は、ほどよく出汁がきいている。
「なんだか朝ご飯みたいな献立になっちゃったけど」
「いつもながらおいしいよ」
馬締がしみじみ言うと、香具矢は照れたようにうつむき、箸の運びを速くした。