MiddleDayTripperの徒然記

気ままな中年オヤジの独り言

66年後に再現された

2011-08-08 11:26:52 | 菅直人と書いてマヌケと呼ぼう

被災地の松、「送り火」使用断念…専門家は批判(読売新聞) - goo ニュース

先日のNHKスペシャル「原爆投下・活かされなかった極秘情報」を見た。今まで「当時の軍は原爆投下情報を掴んでいなかった」されていたが、実際には「陸軍情報部は通信記録からテニアンにB-29特殊任務飛行隊(509CG)があり、新型爆弾投下が目的ではないか?」と追跡し、広島の「エノラ・ゲイ」も長崎の「ボックス・カー」も通信傍受から存在を把握していたが、どちらも飛来を察知し参謀本部に報告をしたが、空襲警報も迎撃命令も出されなかった。

さらに広島を視察した軍は公式には新型爆弾(=原爆)を否定し、通常火薬の高性能爆弾(=気化爆弾?)と発表していたが、内部では原爆の可能性が高い報告が上がっていた。

長崎の時はもっと酷かった。情報部が「509CGの小編隊が九州に接近中」の報告を参謀本部に上げた頃、「戦争遂行会議」が開かれており、話題はポツダム宣言の取り扱いだった。大義名分は「国体護持」だが、実際は軍首脳部の戦争責任を免れるための方策を模索していた。

あれから66年経った2011年3月

東日本大震災が起こった頃、マヌケ首相は自らの外国人献金問題の追及を受けていた。太平洋沿岸が津波による被害を受けた頃、あのマヌケは献金問題をウヤムヤにすべく手を打っていた。

津波の直撃を受けた福島原発が危ないとの情報を受けても、スピーディの詳細な予想データを握りつぶして住民避難を実施し汚染された地域に住民を避難させた。また避難指示を出すだけで方策を示さなかったため待機住民を飢餓の危機に陥れた。

週末に帰宅難民が溢れた首都圏では電力不足に陥った東電が関係企業と調整して計画停電を予定していたが、政府が途中で介入し、マヌケが記者発表を行なうと言い出したが、実際はレンホーのドヤ顔を見せただけで具体的な発表はしなかった結果、調整が遅れて出勤難民を溢れさせた。この混乱をフクヤマ副マヌケが「若干の混乱」と言い放った。

被災地の甚大な被害と原発事故の状況を「国家の非常事態」と判断した危機管理の専門家らは「緊急安全保障会議を開け」と提言していたが、マヌケが開く事は無かった。その一方でバ・カイエダは東京消防庁に原発への放水を指示系統が異なっているにも関わらず命令し、「情報が無い」と反論されると「処分する」と恫喝した。

さらに原発事故に対しアメリカからの支援の打診をマヌケは面子だけで断り、東電に任せ切りで放置していたが、米軍が無人偵察機を飛ばすを言い出すと、北澤が慌てて自衛隊に放水を命令した。

広島と長崎で被ばくした日本は66年経って、三度目の被ばくをした。マヌケはこの被ばくを「原発を推進した自民党のせいだ」としているが、その論法ならアメリカに責任は無く、日本を日中戦争と太平洋戦争に拡大させていった当時の無策な政府と暴走した軍。さらに軍の暴走を正当化して世論を煽った当時のマスコミに責任がある。

今回の責任は東電にもあるだろうが、無能無策を露呈して被害を拡大させた政府・与党に最大の責任がある。

66年前の今日から5日後に日本はポツダム宣言を受諾した。その後の東京裁判で政府要人や軍関係者は有罪となり死刑になった者も多かった。

3度目の被ばくを裁判にかけるのならば、東電幹部は死刑かも知れないが、政府や与党関係者はどう裁かれるのだろう?

菅直人…本人は市中引き回しのうえ打首獄門、さらに国会の前に晒し首。一族郎党は終生公民権停止のうえ防護服なしで除染作業。

海江田・北澤…市中引き回しのうえ打首獄門、さらに国会の前に晒し首

枝野・レンホー・岡田・細野・前原・松本・亀井…磔獄門、さらに国会の前に逆さ吊り

民主党・国民新党の全国会議員…全員公民権停止の上、防護服なしで除染作業を30年

自分ならこんなところか?


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