MiddleDayTripperの徒然記

気ままな中年オヤジの独り言

似て非なる事件

2013-07-26 14:32:36 | TVの中のオバカさん

集落の63歳男逮捕=山中で確保、認める供述―5人殺害、殺人と放火容疑・山口県警(時事通信) - goo ニュース

山口県周南市金峰の集落で5人が相次いで殺害された事件で、県警周南署捜査本部は26日、被害者1人に対する殺人と非現住建造物等放火容疑で、同じ集落の保見光成容疑者(63)を逮捕した。同容疑者は事件後、行方不明となっていたが、捜査本部は同日午前、付近の山中で身柄を確保。「はい、分かりました」と、認める供述をしているという。
捜査本部によると、保見容疑者は同日午前9時5分、集落の住民が避難している公民館の北約1キロの山道で見つかった。座っており、捜査員が名前を確認したところ、素直に認め、同行に応じたという。素足に下着姿で所持品はなく、負傷はしていなかった。
逮捕容疑は、被害者のうち、山本ミヤ子さん(79)を殺害し、自宅に放火した疑い。

はじめにこの事件の5人の被害者の方のご冥福をお祈りします。

特異な凶悪事件だった。原因は深刻な近隣トラブルと言われる。一部報道では容疑者が殺害された被害者の1人に刺される事件もあったとしているが、ワイドショーやニュースショーはこの報道が流れるまでは「容疑者の被害妄想による凶行」の画ヅラを当てはめていた。

その真逆の画ヅラをはめ込んでいたのが、名古屋の中学生自殺だった。

「担任教諭が自殺した生徒に暴言を吐いた」と子供の証言を紹介し、出演者らは学校や教諭の言い分を全否定したいた。ところが市教委や学校が子供に確認したところ、その証言は「○○さんから聞いた」「ネットで見た」など直接確認していない事が判明し、番組出演者の批判はトーンダウンしたが、担任教諭が記者会見に応じ、「イジメの認識はなかった」と言うと、「冗談でも子供に死などと言わせるな!」などと批判が再燃した。モノマネ芸人の十八番芸である元横綱の人気親方の部屋でのワンシーンで「死ね」を連呼していたが、とても面白かった。お笑い人気コンビが司会のトーク番組で視聴者の芸能人目撃情報などが寄せられると、原稿を読み上げた最後に「死ねばイイのに」などと付け加え笑いを取る。日曜夕方の大喜利コーナーでは司会の落語家の死を想定した答えで笑いが起こる。ニュースショーやワイドショーは出演者の発言が正当と思うなら学校や教諭を批判する前に自分達の制作する別番組を批判すべきだろう。

ニュースショーやワイドショーは自分の都合で勝手な画ヅラを嵌めて、事件・事故を報道するのをイイ加減にやめたらどうだろう?

この事件の容疑者は山中で発見、身柄を確保されて警察署に連行されて午後になって通常逮捕されたのだが、昼のワイドショー、ニュースショーの一部では出演者が「容疑者」呼ばわりしていた


なぜ国民はこんな『ポンコツ』を選んでしまったのか?①

2013-07-25 15:33:21 | 民主党、総身の知恵はたかが知れ

鳩・菅との決別なるか 民主、出直しへ瀬戸際 常任幹事会で辞職勧告提案(産経新聞) - goo ニュース

民主党は菅直人元首相に対する処分決定を先送りしたが、最も重い「除籍」が公然と語られたことで、菅氏は退場寸前にまで追い詰められた。菅氏はすでに離党した鳩山由紀夫元首相とともに17年前に旧民主党を結党した立役者。しかし政権獲得後に失政を重ね、民主党を凋落(ちょうらく)させた「戦犯」でもある。民主党は両氏と決別して出直しをはかれるのかの瀬戸際を迎えている。(沢田大典)
「一月後に幹事長を辞任することになりました。ただ、その前にやらねばならないことがあります。鳩山、菅氏への対応。この2人を乗り越えない限り、民主党に未来はありません」
細野豪志幹事長は24日夜、ツイッターでこうつぶやいた。参院選東京選挙区で党公認を取り消された大河原雅子氏を支援した菅氏に対し、同日の常任幹事会で議員辞職勧告を提案したのも細野氏。だが、菅氏は「応援しないと(大河原氏の出身である)生活者ネットは今後、民主党を応援してくれなくなる」と反論した。
「決して自らの非を認めない」(中堅)菅氏らしい対応だが、民主党内の“嫌菅”ムードは最高潮に達している。鳩山氏についても一時は離党前にさかのぼって除籍処分にする案が浮上。党側は無関係を印象付けるのに躍起だ。
民主党は平成8年9月、鳩山、菅両氏を中心に結党した。鳩山氏の資金力と厚相として薬害エイズ事件に取り組んだ菅氏の「突破力」を武器に党勢を拡大。途中、小沢一郎生活の党代表が加わり「トロイカ」体制となったが、両氏は常に党の顔として民主党を支えてきた。
21年の政権交代で両氏はともに首相に就任。しかし、鳩山氏は米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設先について「最低でも県外」と発言するなど迷走を繰り返した末に退陣に追い込まれた。
菅氏も22年の参院選前に唐突に消費税増税を打ち上げた結果、選挙に大敗。東日本大震災への対応などでも批判が出て総辞職した。
民主党が昨年末の衆院選で野党に転落し、今回の参院選でも惨敗した大きな理由に、鳩山、菅両氏の存在があったとの不満は党内に鬱積している。両氏の処分に手間取れば、逆に細野氏ら党内の中堅若手が党を飛び出すことにもなりかねず、海江田万里代表は難しい決断を迫られている。

4年前の衆院選で大敗し野党に転落した自民党でも「戦犯会議」があった。麻生氏が総裁を辞職したが、次の総裁選挙まで空白が発生する事になり、議員総会で「Mrリリーフ」の異名を取る若林氏に白羽の矢が立ったのだが、会議が紛糾したが、麻生氏の「本人の意思も聞いてやれよ」のひと言で議員やマスコミから笑いが起こった。まるで出川の発言にダチョウ上島が帽子を叩きつけて怒り、出川に詰め寄るが最後にキスをする「ネタ」に見えた。

麻生氏と言えば、その1年前にも「問題発言」をマスコミや当時の民主党に叩かれた。国会の審議拒否を続ける民主党に対して事態打開を図るため江田参院議長を訪問した際にワイマール共和制下のドイツでナチスが台頭した事を挙げたが、それを聞いた鳩山代表(当時)が「謝罪撤回しろ!」と詰め寄った。今思えば、これが『言葉狩り』の始まりだったのかもしれない。未曾有の間違いをマスコミが騒ぐと、民主党は尻馬に乗り、石井一氏は国会で漢字テストを持ち出す有様だったが、ワイドショーやニュースショーの大半はその行為を批判する事もなく煽り立てた。そのコーナーをレポートしていたアナウンサーの中には野球中継で「ピッチャー第一球目を投げました」や、事件現場では「今、銃声音がしました!」と連呼していたのだが…。首相在任中に発生したリーマンショックに対して、定額給付金やエコカー減税、エコポイント制度、高速道路均一料金などの経済対策を打ち出したのだが、ワイドショーなどで「給付金を貯蓄に回せ」と言い出すバカなコメンテータが登場すると、民主党はその尻馬に乗り批判。高速料金に関しては道路特定財源と同じように「我々なら高速道路を無料にできる」と豪語した。年金や社会保障制度の問題をワイドショーが取り上げると長妻を『Mr年金』などと持て囃す有名司会者が出てきた。

09年の衆院選が始まると、民主党は官僚政治の打破、子育て支援金、高速道路無料化、ガソリン暫定税撤廃、農家の戸別補償制度などを「政権公約」に掲げたが、要は「悪いのは官僚、自公であなたたち有権者ではありません」だった。政権交代が実現し、鳩山が首相に就任すると「政権公約は国民との間の契約だ。もし守れなければ責任を取る」と大見得を切った

国会が始まると新人議員(多くは小沢チルドレン)の『勉強』と称して各種委員会に『見学』をさせて威圧した。その姿は麻生氏の言う「30年代のドイツ」でSAの監視下で開かれていた国会のようだった。その象徴が自民党の新人議員だった小泉氏の暴行事件(=三宅の自爆テロ)だった。また挙党体制内閣の実情は自民党以上の派閥争いが起こっていた。管は副首相兼国家戦略担当大臣に就いたが、予算編成などで遅れを出すと鳩山首相から批判され対立。10年1月に財務相の藤井を退任させてスライドさせたが、国会の質疑で数字に対する弱さを露呈し、民主党の敵のハズの官僚に助けられる有様だった。鳩山首相は逮捕された小沢の元秘書の公判が始まる直前に行政の長である立場を逸脱し「存分に戦ってもらいたい」と発言し批判され、さらに自身の故人献金や偽装献金と資産隠し、実母からの献金などが次々に発覚した。その頃に政権交代前の野党時代に語った普天間基地移設を「最低でも県外」と言い出したが、これは様々な献金問題から追求を逸らすためだったろう。

しかしこれがホワイトハウスの強烈な反感を買った。様々な候補地が挙がったものの、アメリカと合意出来ず、地元である名護市長選挙で民主党が支援した反対派が当選したにも関わらず、原案通りの辺野古に戻ってきた。その迷走で発足時に70%あった支持率は20%にまで落ち込み、外交では10年4/13、オバマ大統領に「やれんのか?!」とスゴまれ、「Trust Me」と懇願する醜態を晒し、ワシントンポストのコラムで「マヌケな日本の首相」とコキ下ろされた。外交の安全保障を犠牲にしてまで隠したかったカネの問題では起訴された秘書2人の実刑が4/22に確定した。

鳩山の迷走の陰に隠れたが大臣らも失政が続いた。

国交大臣に就任した前原は「政権公約に則る」とダム建設凍結を決定。その象徴とされたのが八ツ場ダムだったが、工事や住民の移転などが進んでいたのと、建設予定地の属する選挙区では民主党は候補を出していなかった事、何よりも事前説明もなく、「上意下達」の如く発表された事が住民の怒りを買った。経営危機に陥り何とか自主再建の道を模索していたJALに介入し、会社更生法を適用させた上で自身のパトロンである稲盛京セラ会長を招聘。税金を投入した航空券安売りで再生させた。

総務大臣になった原口は国会審議に2回遅刻し、内閣は官僚に責任があるとして官僚を更迭したが、遅刻していない大臣もおり、「都合の悪い事だけ官僚のせいか?」と批判された。また大臣辞任後ではあるが、10年7/1に郵便事業と統合したペリカン便で大規模な集配遅延が発生し、7/12にはゆうちょ銀行でシステム障害が発生した。これらは自公政権下で決定し、日本郵政が推進して来たが、政権交代で西川社長が退任させられ、統合計画は原口の指示で再作成させられたが、その際に設備過剰としてバックアップシステムを削減したのが原因だった。

厚労大臣になった「Mr年金」こと長妻に至っては、「そんなの簡単ですよ」と言っていた大半の事が難度が高かったのか、慎重派となり「Mr考え中」と揶揄され、自公政権で計画され自身が野党時代にコキ下ろしていた「日本年金機構」をそのまま継承した。同様に批判していた労働者派遣法も改正できなかった。そんな批判を気にしたのか省内には「あいさつをしよう」などの張り紙をして仕事ぶりをPRしたが、「厚労省はいつから小学校になったんだ?」と失笑を買った。

政権公約の中で鳩山内閣がやった事と言えば、ガソリン暫定税撤廃だけだった。しかも暫定を恒久化させただけで、「ハトではなくサギだ」と言われた。6月に発足から9ヶ月で退陣。小沢も党の幹事長を辞任した。

政権交代前に「首相経験者は退陣したら国会を去るべき」と公言していたが、議員を続けて「民主党=ウソつき」の象徴になり12年12月の衆院選で出馬を断念しようやく政界を引退した。

 

 

 


好対照?!

2013-07-19 16:56:04 | Weblog

「フジの“古さ”についていけない!?」江角マキコ主演『ショムニ2013』13.8%まさかの急下降!

江角マキコ主演の連続ドラマ『ショムニ2013』(フジテレビ系)の第2話が17日に放送され、平均視聴率13.8%(ビデオリサーチ調べ、関東地区/以下同)を記録。18.3%の初回から大幅ダウンした。
同作は、人気シリーズの4作目にあたり、2003年放送のスペシャルドラマ以来、10年ぶりの復活。メインキャストを大幅に入れ替え、「新しいショムニを」と意気込んだものの、初回放送後には多くの視聴者から「前のメンバーのほうがよかった」と否定的な意見が噴出した。
第2話では、勤務中にアダルトサイトを見ていた人事部社員(安田顕)のパソコンがウイルス感染し、社内中のパソコンがダウン。そこにかけつけた天才システムエンジニア(眞島秀和)と、まどか(ベッキー)の意外な関係などが描かれた。
ウイルス感染のほかにも、通勤中にスマホをいじり、上司に挨拶すらできない若手社員を取り上げるなど、かつての『ショムニ』とは違った現代的な問題を提示。しかし、放送後には「初回よりも脚本がつまらなかった」という致命的な感想が目立った。
また、ショムニシリーズ恒例となっている、過去の男の数で席順を決めるシーンでは、女性視聴者から「文化が古くてダサい」「バブル時代の感覚」と批判的な意見が上がった。
「フジの連ドラ中、最も好調なスタートを切っていただけに、局内は落胆ムードだそうです。今クールのフジは、広末涼子主演『スターマン・この星の恋』の第2話が視聴率1ケタに沈んだのをはじめ、山下智久の月9や、織田裕二主演作などどれも振るわず、頼みの綱は15%を超える『救命病棟24時』のみ。亀山(千広)社長が就任した途端にこの結果ですから、社内はかなり動揺しているそうですよ」(テレビ誌ライター)
男の数にこだわる主人公のキャラを、時代錯誤だとバッサリ切られてしまった『ショムニ2013』。トレンディドラマが盛り上がっていた時代に全盛期だった織田や、広末に、それぞれ主演作を与え、「展開が古臭い」と評判の『SUMMER NUDE』を月9に据えるなど、今クールのフジを表すワードは「古さ」といえるかもしれない。

視聴率低迷の話題しか出てこないお台場。新社長に就任した亀山氏がドラマで数多くのヒットを生み出してきた実績もあり、新ドラマに期待をかけていたが、空回りしているようだ。

その典型が「ショムニ2013」のようだ。このドラマは98年に放送されてヒットし、03年まで続いたと言うが、それから10年経っている。「十年ひと昔」とはよく言ったモノで、社会文化は様変わりしている。主人公は当時からすれば異色のキャラだったかも知れないが、今は大して珍しいキャラでは無いだろう。出演者を見たが、前作から継続しているのは主人公とライバルだけで後は入れ替えているようだが、脇が固まっていない。これではアクの強い演技が要求される主人公が浮いてしまい悪循環に陥ってしまう。

対照的に絶好調なのがNHK朝の連続ドラマ「あまちゃん」。オープニング曲や劇中歌「潮騒のメモリー」が話題になったが、その出し方も上手い。主人公が地元の町おこしに歌ったのだが、彼女の母親役の小泉今日子が歌うシーンも入れて話題になった。最近ではこの歌は主人公が付き人を務める大物女優、鈴鹿ひろ美(薬師丸ひろ子)の歌だったが、実は鈴鹿が極度の音痴で実際はアイドルを目指して上京していた母親が影武者でレコーディングしていた事とそれを進めたのは当時新人スカウトだった主人公の所属するアイドルグループプロデューサー荒巻太一(古田新太)だった事を知った。主人公は新人女優で危なっかしいが、脇を固める役者はどんな役でもこなせる人を起用しガッチリと固めるNHKお得意のやり方。作風もコメディータッチでテンポが良い。

このドラマの特長は主人公の成長と主人公の母親が主人公と同世代だった80年代半ばの時代が交互に描かれている点だと思う。出演者も小泉や薬師丸だけでなく、父親役の尾美としのりは当時ヒットした大林宣彦監督作品に多く出演していたり、祖母役の宮本信子も夫である故・伊丹十三監督作品に出演し話題になった。

この大ヒットに乗っかって、音楽CDが発売されるそうだ。

「あまちゃん」彩る昭和曲アルバム発売

NHK朝の連続テレビ小説「あまちゃん」(総合、月~土曜 前8・00)を彩る1980年代のヒット曲集アルバム「春子の部屋~あまちゃん 80’s HITS~」が、8月28日に2枚同時でリリースされることが17日、分かった。脚本の宮藤官九郎(42)による選曲で、松田聖子(51)の「風立ちぬ」などの挿入歌のみならず、主人公アキの母・春子役の小泉今日子(47)や薬師丸ひろ子(49)ら出演陣のヒット曲を網羅するなど小ネタが満載。ジャケットは、少女時代の春子を演じている女優・有村架純(20)が飾っている。
「じぇじぇじぇ」が流行語となるなど、社会現象を巻き起こしている「あまちゃん」。主演の能年玲奈(20)演じる天野アキの奮闘ぶりとともに話題となっているのが、小泉演じるアキの母、春子の少女時代(有村架純)を回想するシーンで使われる、当時のヒット曲やアイテムなどの“80年代テイスト”だ。
そこから企画されたのが今回の“あまちゃんヒットメドレー集”で、ビクター編とソニーミュージック編の2枚が同時発売されることになった。「春子の部屋に置かれたラジカセから流れてきた名曲たち」をコンセプトに、監修・選曲を担当したクドカンらしい小ネタが効いた選曲となった。

 

 


何で全部海外なのォ~?!

2013-07-18 06:56:39 | Weblog

「ダットサン」、インドで復活=低価格車市場に投入―日産(時事通信) - goo ニュース

日産自動車は15日、インドの首都ニューデリー近郊で、新興国向けに復活させた「ダットサン」の第1号モデル「GO(ゴー)」を公開した。同ブランドの復活は約27年ぶり。価格を約40万ルピー(約66万円)以下に抑え、自動車メーカー各社がしのぎを削る低価格車市場に投入する。
カルロス・ゴーン社長は新モデル公開イベントで「日産や顧客にとって歴史的な瞬間であるとともに、インド国内の消費者にとって、車を所有する夢の実現に一歩近づいた瞬間だ」と表明した。
ダットサン第1号となるGOは、排気量1200ccのエンジンを搭載したハッチバックタイプ。コンパクトカーながら、広い室内空間を確保した。

オセアニアでスポーツグレードの「SSS(SuperSportsSedan)」復活に続いて、ダットサン(DATSUN)ブランドも新興国で復活する。

ダットサンは登録商標。DATとSUNで分かれ、ダットは戦前の自動車メーカー「ダット自動車」の名前で由来は会社設立の協力者や技術者の苗字の頭文字。SUNは当初、製造したクルマを『子供』と解釈してSONとしていたが、綴りをローマ字読みすると『損』になるため、太陽のSUNに変わった。ダット自動車は戸畑鋳物に吸収され、日産自動車となった。戦後のモータリゼーションで日産自動車は戦前から馴染みのあるダットサンを小型車の車名の前に付けて(ダットサン・ブルーバードなど)販売していたが、(ライバルのトヨタも車名の前にトヨペットを付けて販売)国内では70年代になるとダットサンはほぼ消えて、小型トラックの車名(ダットサントラック)と販売チャンネルにだけ残された。

日産は北米市場で片山豊氏の努力もあり、小型スポーツカーのフェアレディ(S310系)やブルーバード(510系)をヒットさせた日本初のメーカーでもあったが、ブランドを全てダットサンで統一していた。他の国々でもダットサン・ブランドで販売していたが、80年代になりブランドをNISSANに統一化を発表。80年代半ばにダットサンは消えた。

ところで日産は技術実証や販売振興策としてラリー活動に力を入れ、特にサファリは60年代初期から参加していた。69年に510で初優勝。翌70年は2連覇とクラス・チームも優勝し史上初の完全制覇となった。スポット参戦して優勝する日本メーカーに対し、WRCで1年活動する欧米メーカーは圧力をかけ、71年に明らかな「510潰し」のコース変更を行ったが、日産は240Zで参加し3連覇した。一時撤退するが79年にバイオレット(160J)で復帰すると、ベンツとの死闘を制してシェカー・メタが優勝。さらに史上初の4連覇を成し遂げた。サファリでもダットサン510、240Z、160J、バイオレットGTでエントリーしていた。

今思えば、日産がライバルのトヨタに対して『ターボ攻勢』を仕掛け、追い詰めていた頃にダットサンブランドを捨てると発表した。それから徐々に販売不振に陥って行ったような気がする。

今回の復活は新興国向けらしいが、国内でもコンパクトや軽で復活させたらどうだろうか?

DATSUN DAYZ

DATSUN MARCH

何だかカッコイイ気がするのは自分だけだろうか?

 

 

 


マスコミはいい加減に『勝手な画ヅラ』を当てはめるのを止めろ!

2013-07-13 07:23:33 | TVの中のオバカさん

中2「死ぬ」と転落死当日、担任「聞いてない」(読売新聞) - goo ニュース

名古屋市南区で市立中学2年男子生徒(13)がマンションから転落死し、いじめを疑わせる記述のあるノートが見つかった問題で、生徒が死亡した10日に教室内で「死ぬ」と言ったのを、同級生が聞いていたことがわかった。
教室内には担任の女性教師(31)がいたというが、市教育委員会は、この教師は生徒の発言を把握していなかったとしている。
生徒の自宅から見つかったノートには、「複数の人から死ねと言われた」との内容の記述があったことが確認されている。生徒は10日午後3時半頃、自宅近くにあるマンションの11階付近の階段踊り場から転落し、愛知県警南署は状況などから自殺とみている。
同級生は読売新聞の取材に、教室で10日昼に行われた帰りの会の際、担任教師のいるところで「死ぬ」と言うのを聞いたと答えた。また、複数の同級生は、別の生徒が「(男子生徒が)自殺するらしい」と言ったのを聞いたとしている。さらに、同級生が担任教師に「(男子生徒が)死ぬと言った」と告げると、教師は「そんなことできるわけがない」と発言したという。
市教委が11日夜、担任教師に聞き取りして事実関係を確認したところ、「死ぬという言葉は聞いていない。10日は生徒と直接話をしていない」と否定したとしている。担任教師には、いじめがあったとの認識もなかったという。

こういう事件が起こる度にマスコミは『学校、自治体教委は隠蔽体質で悪の権化vs自殺した生徒は悲劇の主人公』の構図を勝手に当てはめる。ワイドショーやニュースショーではソースの出処のウラも採らないまま、センセーショナルな言葉を取り上げて伝える。その言葉を受けて出演者らは自殺の原因がハッキリしていようがいまいが、「子供たちからこれだけの証言があるのに学校は何故隠そうとするのか?」「教育者としてあるまじき行為だ」などと徹底的にコキ下ろす。

しかし子供たちの証言の多くは「誰々さんから聞いた」「ネットに書いてあった」などの直接証言ではないと学校や教委は発表すると、「言い逃れだ」とさらにコキ下ろし、担任の発言を巡っては「誤解を招きかねない発言をする事自体がおかしい」などと批判する。

平日再放送でやっている「水戸黄門」や「暴れん坊将軍」で卑劣な悪代官に殺された夫の敵討ちを果たそうとする親子ストーリーで言えば、彼ら出演者は親子に協力する黄門様か吉宗のつもりなのだろう。

正義のヒーローのつもりの赤坂のワイドショーの某有名司会者は昔、殺人事件現場からの中継で偶然映りこんだ通行人を、別の殺人事件(発生当時は行方不明事件)では通報者である被害者の近親者に対して、あたかも加害者であるような発言をした。これに対して視聴者から批判が殺到すると、制作者のスタッフは「直接犯人だとは言ってない。発言を捉える側の問題だ」と反論する様子がYoutubeで流された。2つの事件は別の人間が逮捕され解決したのだが、番組も司会者も公に謝罪は一切していない。

もし学校や教委に隠蔽体質があるとしても、自分たちの都合が悪いときの対応で簡単にわかるだろう?

そんな連中が扇動する情報を真に受ける保護者も保護者だ。イジメがあったとするなら、自分の子供がそれに加担していた可能性は完全否定して、被害者スタンスで学校の対応を批判している。

子供の言う事を話半分で聞けない大人が増えている。これでは子供のイジメや自殺は防ぎようが無いだろう。ならばどうするか?鬼のような意見だが、どうしても「死にたい」と言うのなら臓器移植ネットワークの病院で相談でもして欲しい。

世の中には生きようと懸命に頑張っている子供たちがいる。そんな子供たちの役に立って欲しいものだ。

 

 


「紅の豚」以降の作品を自分で否定した?

2013-07-11 07:51:16 | 小ネタにツッコミ

砂田麻美監督、最新作で「ジブリの秘密」に迫る!(スポーツ報知) - goo ニュース

昨日、日テレで宮崎アニメの最新作のPR番組をやっていた。彼の作品にはファンが多いが、自分は難解で意味不明。さらに似たり寄ったりな設定やストーリーばかりで、それを読売グループの力技で強引にヒットさせているイメージしかなく、『クレヨンしんちゃん』映画の方が数段優れていると思っている。もっとも彼の作品は「紅の豚」まではそれなりに好きだった。理由は「ルパン三世」に登場するフィアット500やブルーバード410、シトロエン2CVなどはストーリー上はどうでも良いハズだが、しっかり描き込むメカ・ヲタクな点だった。

その集大成が「紅の豚」でマッキM.33やM.39(イタリア)、カーチスR3Cなどの水上機レースで活躍した機体が登場した。日テレの大々的なPRで興行収入は良かったが、子供やファミリー向けとは言い難い作品だった。彼はこの作品を失敗とは思ってはいなかったようだが、以降の作品はファミリー向けの自然などをベースとした作品ばかりになった。

今回の映画は三菱の航空機設計技師だった堀越二郎氏をモチーフにした作品との事。

彼は1924年に帝大航空学科に入学した。同期には木村秀政氏、土井武夫氏がいた。堀越氏は三菱に入社し、七式試作艦上戦闘機の設計でデビューしたが、海軍の性能要求が多過ぎたため、正式採用には至らなかった。その2年後に海軍は新戦闘機の開発を依頼。七試の失敗を反省し性能要求は必要最低限に絞られ、艦上か陸上かの指定すらなかった。その指示を出した当時の航空本部長は山本五十六氏である。堀越氏は七試の失敗を踏まえ、全金属の単葉機に仕上げた。機体表面の空気抵抗を減らすためにビョウを埋没式にした沈頭ビョウを採用し、プロペラの大型化と主脚の短縮化(=重量軽減)のために逆ガル翼となった。(但し映画ポスターのようなアメリカ海軍のF4Uコルセアほど極端なモノではない)1935年に各務ケ原飛行場で初飛行を行なうと、性能要求以上の速度を記録したため、海軍の横須賀航空隊の隊員らは「各務ケ原は気圧が低いのか?」と疑った。
試作2号機以降は逆ガル翼は主脚まで水平で、そこから上半角の緩いモノとなった。3年間のテストを経て海軍に正式採用され、九六式艦上戦闘機となり、日中戦争の最前線に送られて活躍した。しかし航続距離が短いため、中国奥地を爆撃する九六式陸上攻撃機には同行出来ず、陸攻隊の被害が問題となった。
海軍はその戦訓を取り入れた「十二試作艦上戦闘機」の性能要求を提示。堀越氏は超々ジュラルミンと言う新しい金属を採用し、徹底的に軽量化した機体は正式採用されて零式艦上戦闘機(ゼロ戦)となった。太平洋戦争が起こるとゼロ戦は卓越したパイロットの技量と相まって無敵の世界最強の戦闘機となった。
堀越氏はゼロ戦の改良や新型の海軍陸上戦闘機(=局地戦闘機「雷電」)に忙殺され、病気を患ってしまった。また海軍も緒戦の快進撃からゼロ戦万能論が出ていた事もあったため、新型戦闘機の要求は遅れ、十七試作艦上戦闘機「烈風」となったが、過酷な性能要求を堀越氏は何とかまとめ上げたが、九試単戦以来の緩い逆ガル翼を持つ14mもある大型戦闘機だった。しかし海軍が指定した「誉」エンジンが所定の性能を出せなかったため、海軍は不採用とした。諦め切れない三菱は自社の新型エンジンMK9(=陸軍ハ43)に換装してテストを行なったら、要求をすべてクリアしたが、まもなく終戦となった。

土井武夫は川崎に入社するとドイツ人技師リヒャルト・フォークトに師事し、九二式戦闘機を設計。主任設計技師となると陸軍最初の単葉戦闘機キ5を開発した。水冷V12気筒エンジンと地上高を稼ぐために逆ガル翼を採用したが、低速時の安定性不足やラジエター不調で不採用となった。土井氏は九二式を大幅に改良したキ10を開発すると九五式として陸軍に採用され、日中戦争初期に活躍したが、単葉機が登場すると苦戦を強いられた。後継機としてキ5を洗練した水冷単葉戦闘機キ28を開発し三菱や中島と競った。上昇力や速度などはライバルを圧倒したが、旋回性能が低いのと水冷エンジンの整備の煩雑さを問題視されて正式採用にならなかった。陸軍から爆撃機を迎撃できる重戦闘機の開発命令が下りると土井氏はキ60を開発。エンジンはダイムラーのDB601を国産化したハ40を採用した。中島のキ44(二式単座戦闘機)を比較テストをするとキ28と同じような結果となり不採用だったが、同時開発していた軽戦闘機キ61は三式戦闘機「飛燕」となった。土井氏は日本の基礎工業力の低さや輸入依存の高さを認識しており、飛燕の機体強度は余裕を見て設計していた。 実際に飛燕の生産が開始されると、熟練工が徴兵され女性や学生が補充される生産ラインに加え、鉄鉱石の輸入も難しくなっていった。さらに政府からニッケルなどの希少金属の使用禁止があり、エンジン故障が激増した。44年になると本土爆撃や地震によりエンジン工場が破壊され、川崎の岐阜工場にはエンジンの無い「首無し飛燕」が溢れた。飛燕空冷化はエンジン選定や土井氏の会社愛でやや難航したが、搭載エンジンを信頼性の高いハ-112Ⅱ(海軍呼称:金星)に選定されると、設計開始から3ヶ月でキ100として完成した。400機弱が生産され本土防空に活躍した。なおキ100は陸軍最後の制式戦闘機「五式戦」となったが愛称はなく、連合軍側にもコードネームは無かった。

因みにゼロ戦も連合軍の新型戦闘機(F4U、F6F、P-47、P-51など)が登場すると性能的に太刀打ち出来なくなる一方で後継機(烈風)や防空戦闘機開発の遅れも重なり、被害が続出するようになっていたが、元々ギリギリに切り詰めた設計でエンジン換装は難しく、五式戦と同じ金星を搭載した試作機(零式艦戦54型)のテスト中に終戦となった。

またダイムラーDB601の国産化は海軍でも行なわれており、愛知航空機の開発した艦上爆撃機「彗星」などに搭載されていた。国産化のためにドイツ総統府に訪れたベルリン駐在武官同士が口論となり、ドイツ側担当者は呆れていた。その話を聞いたヒトラーは「日本軍は一体何処と戦争をしているのだ?」と失笑したと言われる。

戦後初の国産旅客機YS-11の開発が決定した時、堀越氏や土井氏らが召集され、土井氏がリーダーとなり基礎設計をし、彼らはプロジェクトから離れて若手に委ねた。そのリーダーになった東条氏は太平洋戦争開戦時の首相、東条英機の息子だった。試作1号機が完成し、旅客機として使用できるか?のFAA試験が始まったが、エンジン推力が低下した際の安定性が劣悪な事が判明した。主な原因は主翼の上反角が緩すぎた点だったが、再設計する時間も予算も無かった。途方に暮れる東条氏の前に現れたのが、土井氏や堀越氏だった。彼らは主翼を付け根から切断し、角度の付いた部品を挟み込む荒業をやってのけた。それにより安定性能は回復し、YS-11は旅客機として認められた。

どうせ描くなら、戦前から戦後にかけての方が面白いと思うのだが…

 


何のトラブル?

2013-07-07 06:19:17 | Weblog

韓国旅客機が大破=着陸直後、乗客乗員約300人―米サンフランシスコ(時事通信) - goo ニュース

韓国仁川発のアシアナ航空ボーイング777型旅客機が6日、米西部のサンフランシスコ国際空港で着陸直後に大破した。ABCテレビによると、同機には乗客291人(乳児1人含む)、乗員12人が搭乗していた。死傷者の有無、大破した原因など詳細は不明。
CNNテレビの映像によれば、同機の尾翼、機体の天井部分が広範囲にわたってなくなっている。炎上したもようで、着陸直後には機体から黒い煙が激しく立ち上った。

事故に遭ったのは、仁川発サンフランシスコ行きのOZ214便。

機体はHL7742とあるので、B-777-28EERだ。
写真は事故を起こしたHL7442

C/Nは29171、777通算553号機で06年7月3日に引き渡されている。アシアナ航空はB-777を12機保有しているが、200ERタイプで統一されており、7機目にあたる。エンジンはPW4090で座席はビジネス35席、エコノミー275席。

映像を見ると、水平尾翼が滑走路端に落ちており、胴体の尾翼部分(おそらく与圧隔壁より後ろ)が無くなっている。また前脚(と思われる)も滑走路端に落ちていて、部品や荷物が散乱している。

サンフランシスコの天候は日本時間午前3時(事故発生1時間前)で晴れ。南南西の風で風力3m/s。雲は2~3割で視程は16kmと言うから航空機の運航には支障が無い。

機体トラブルかパイロットの操縦ミスが原因として考えられるだろう。