water steppe memo

日々、考えていることをここに記します。
ブログと呼ばずに「日記」としたいところです。

わかってもらえなかったの現場中継

2012年07月02日 23時28分38秒 | 真面目な話
だいぶ前の話になるのですけども、座り転びするくらい思いっきし踏まれたことがありまして。
ほんとびっくりするくらい盛大にというかピンポイントでというか、絵に描いたようにどこかニュースで見かけたかのように踏んでこられて、まがりなりにも何十年と生きてきてそれなりに踏まれ経験のある私でも、ヘナヘナと力が抜けてしまいましたよ。いや、これが例えば児童生徒学生の方でしたらまだ情状酌量の余地があるわけですが、立派な大人の方でしたので、ヘナヘナが一歩前に進んでホニホニになり、本当に、なんと申し上げればいいのか、この21世紀にもなってこんなことが起こるんですね、とむしろ関心してしまいました。

注意するのは心苦しかったのですが、あまりに見事な踏みっぷりをそのままにしておくわけにも行かず、しょうがないから、
「あなた、踏んでますよ」
と申し上げたわけです。
「これこれこういう理由で、そこに体重をかけられるのは、非常に痛いのですよ」
と、私は説明したつもりでいて、向こうも踏んでいた足を上げてくださいましたので、よかったある程度理解してくださったのかなあ、、、と思っていたのですよね、その時は。
何が悲しいって、その後しばらくして、私を踏んだそのかたが、嬉々としてというと誇張が入ってしまいますが、まあ、面白おかしそうに他の人を踏んでいるのを見かけてしまったのですよ。さすがにその時は
「ああ、見なきゃよかった」
と思いました。本当に思いました。見なきゃよかったって。ああ、見なきゃよかったって。

私を踏んだのに悪意がないというのはわかっていたのです。ほとんど酔った勢いの類と表現しても差し支えないでしょう。加えて、私がこんな偉そうな物言いができるほどに立派な人間ではないのもよくわかります。十分わかってます。でも、私を踏んだ同じ方向性で他人を踏む姿を見てしまったら、これはもう、一時の気の迷いとかついうっかりというレベルではなく、
「そういう方なのですね」
としか表現できず、これにがっかりせずして何にがっかりしろとおっしゃるのですか。一念発起し意を決して注意したのに理解してくださらなかったわけですから。私は単なる器の小さい口うるさい面倒くさいだけのオッサンだったということですか。そうですか。そうですけど。

なんでいまさらこんなことを蒸し返して、器の小ささに磨きをかけているかと申しますと、この一連のことというのは改めて申しましてもとっても具合の悪いことだったわけでして、最初は、その後何回か直接会う機会があったにもかかわらずほんの軽い「あん時はすまんね」的な謝罪すら無いその態度がいかがなものか、とか思っていたのですが、自分で思考を繰り返すうちに、どうも具合の悪さの根源はそこにあるのではないんだなあとわかってきたのです。いまさらですが
「わかってもらえなかった」
のが辛かったようなのです。

いやね、一人の人間の思考を変えよう、なんておこがましいことですよ。私が完全無欠に正しい訳でもないですし、向こうは向こうの論理というか、築きあげてきた考えがあるわけですから。その考え方で十分問題なく生活できていらっしゃるわけですから。それで問題ないのなら、そのまま進んでいただきたいし、その方向で幸せになっていただきたいと思います。皮肉ではなく本当に。

それでもやっぱり、自分の意見が理解されなかったというのは楽しいものではなく、辛いものですよ。結局双方感情を害して終わりなのですから。こんなことなら注意しなければよかったと思う反面、じゃあ黙って踏まれ続ければいいのかというとそうでも無いわけで、いやあ、どうすりゃよかったんでしょうね、よくわかりません。

そんなところで、まあこうして書いてすっきりしたので、明日からまた適当に生きていきたいと思います。スタジオにお返しします。

最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。