water steppe memo

日々、考えていることをここに記します。
ブログと呼ばずに「日記」としたいところです。

感情移入とはどういう事か、ARRIVAL(邦題:メッセージ)を見て思う。

2017年06月29日 23時18分32秒 | 真面目な話
ARRIVALは、突如地球に現れた異星人「ヘプタボット」とコミュニケーションをとる女性言語学者の映画です。

物語の登場人物に感情移入するってどういうことなんだろう、という気持ちに私はなりました。物語の登場人物は、運命が定まっています。読む側は神の視点を持っていて、物語の全貌を把握し、彼らに起こることをすべて知っている場合もあります。それでもなお、私たちは彼らの行動や決断に心が動かされるものです。

ARRIVALの主人公は、ヘプタボットの言葉を理解していくうちに、サピア=ウォーフの仮説に則って、ヘプタボットの「世界の認識方法」を身につけました。端的に言うと主人公は、未来を見通す事ができるようになったのです。いや見通せると言うのはちょっと緩い言い方になってしまうでしょう。主人公は、定まっている未来を知覚できるようになり、つまり運命が定まっていると知ったのです。

主人公は、自分が後に離婚すると知っているのに結婚し、若くして他界する子を産み育てるのだと知ります。これはとても苦痛で、激しい無力感に苛まれる日々と想像出来ます。些細なケンカの仲直りにと晩御飯は相手の好きなものを作ってみたといった事が全て徒労に終わるとわかっていて、毎日を真摯に過ごせるものでしょうか。かなりきついと私は思います。映画内でも、離婚は若くして他界する子の事を巡ってであると示唆されます。事あるごとに「この子は若くして死ぬんだ」と話す配偶者がいたら、きっと愛情を維持していくのは大変ではないかと思います。

これはヘプタボットにも当てはまります。ヘプタボットは、3000年後に人類がヘプタボットを助けてくれると知っていて、その時の為の技術を授けにきたのですが、うち1名は、過激メディアにそそのかされて暴走した兵士の爆弾で死の過程に向かいます。死ぬ(又は致命傷を負う)と知っていて、種族のために文字通りの決死隊として遠い地へ行ってくれと言われても、はいそうですねと簡単にはならないでしょう。

ですがよく考えたら、運命が定まっているかどうか知覚できない我々も、長い目で見ればいつか必ず死ぬ運命にあります。それは、どんなに仲睦まじい夫婦や家族であってもどこかのタイミングで必ず別れると決まっている、又は、どんなに社会的な業績を積み上げても無に帰る瞬間が必ずある、と表現できるでしょう。ただ、だからといって我々は仲睦まじくあらんとする事をやめるわけではありませんし、毎日の進歩が無駄であると思うわけでもありません。私たちは、いつか死ぬからといって生きないわけでないのです。

物語の登場人物は概して定まった運命を進みます。ARRIVALの主人公も運命が定まっていると知りながら結婚し子を育て、定まっている運命に従ってヘプタボットとのコミュニケーションを成立させ、世界を異星間戦争と分裂の危機から救います。ヘプタボットも、命を落とすと知りながら3000年後の同胞の為に地球へ来ました。
私は、定まった運命を生きる彼ら登場人物に、死という定まった運命中を生きる自分を重ねてしまうのかもしれません。それが私の感情移入の形の一つであり、だから物語の登場人物に心動かされるのだと思います。

それにしてもARRIVALは、異星人とのファーストコンタクトという舞台設定からは想像できない余韻の残る、グッとくる映画でした。アカデミー音響編集賞を取ったのも納得できる、静けさを加味した音響も素敵です。言語が主題の一つであるがゆえに、刺々しい事態に対話によって立ち向かおうとする人々の物語であるのも、私は好きです。

ARRIVAL、私はお勧めします。

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