2万円超高級電卓のこだわり
人生半分を捧げた開発者が熱弁
NEWSポストセブン
2015年12月13日 07時00分 (2015年12月13日 07時33分 更新)
開発者の大平さんとS100
[拡大写真]
大手電卓メーカーのカシオ計算機株式会社が9月30日、
同社のフラッグシップモデルとなる高級電卓「S100」を発売した。
実税価格が2万円代後半という、
業界でも特異な製品だ。
なぜいま高級電卓なのか、開発者に聞いた。
(取材・文=フリーライター・神田憲行)
* * *
ふだん読者のみなさんは電卓をどのくらいお使いだろうか。
私自身はお金の計算処理はエクセルに任せ、
出先でちょっと計算する必要が出てきたときは
スマートフォンのアプリで事足りている。
つまり電卓という「道具」を手にすることがほとんどない。
経理などプロが使うビジネス電卓の世界でも、
主流は2,000円から3,000円までで、
ビジネス用高級電卓でも7、8000円という。
そこにいきなり1万円、2万円を超える「K点越え」の
超高級品の登場である。なにがどう凄いのかは
後述するとして、まずは企画者の
カシオ計算機株式会社CES事業部第二開発室21商品企画室の大平啓喜さんに、
開発趣旨を訊ねた。
「企画のスタートは2014年の春ごろでした。
電卓の新しいニーズはどこにあるのか探していて、
たとえば高級車販売の現場で使用される電卓が
980円のプラスチック製でいいのだろうか、
ということを思ったんです。
安い電卓の表示窓に1,000万円とか出ても、
あまり説得力がない。TPOに合った電卓というニーズがあるとして、
それに応えられる供給はない。
『道具』としての電卓というより、
『持つ喜び』としての電卓を思いついたのです」
興味深いのは、「高級」ではあっても「高機能」ではない、
ということだ。たとえばネットにつながったり、
スマホのアプリと連動したりするような
「いまどき」の機能は全てそぎ落とした。
「風呂敷を広げればいろいろな機能が考えられたでしょう。でも電卓の本質はなにかということを突き詰めて考えて、そこを深掘りしていくことにしました」
電卓の外見は3つの象徴からなる。
ボディ、表示窓、キーである。その3箇所に技術を集中した。
たとえばキーを支える構造は、
パソコンのキーボード製作のノウハウを持つパソコンメーカーと共同製作して、
キーの下にV字型の支えをつけてクリック感を増した。
実際に私もS100と従来の電卓のキーを押し比べてすぐ感触の違いに気づいた。
従来のモデルはたとえばキーの端を押すと、
キーがグニャっとした感じで斜めに歪んで押し込まれていく。
S100なら端を押してもそうはならず、
まっすぐ沈下していく。…
「たとえば大量に数字を入力していく経理のプロの方は、
目は書類の数字だけを追って、
電卓のキーはブラインドタッチで押して行かれます。
そこでキーの端をタイプしてしまって感触が違うと、
正しく入力できたか不安になられると思うんですね。
S100ならちゃんとしたクリック感があるので、
正しく入力できていることを指先に
アンサーバックすることができるんです」
液晶表示も映り込みがない。
普通の電卓なら角度を変えると入力していない部分にも
数字の陰が見えるが、S100にはそれがない。
さらにボディはプラスチック樹脂ではなく
切削アルミニウムを使用した。
樹脂なら金型に流し込んで1台あたり秒単位で製造できるが、
このボディは1台削り出すのに2時間かかるという。
「まず素材メーカーさんを探すところから始めました。
そのへんのこだわりを話し出すと3時間くらいかかりますよ」
というのでご遠慮したが、周囲を流れるようなラインが走り、
まるでスポーツカーのような雰囲気をたたえている。
9月半ばに電卓商品としては珍しく販売告知のプレスリリースを出したところ、
電気量販店などに予約注文が入り出した。
また同社のコールセンターにも「どこで買えるのか」
という問い合わせの電話が多数きているという。
電卓の予約注文は同社の50年にわたる販売経験のなかでも
「記憶に無い」という。上々の滑り出しといえるだろう。
大平さんは電卓回路の設計者として入社し、
電子辞書の開発に関わった時期を除いて、
会社員人生の半分以上を電卓に捧げている。
個人所有している電卓は10数台、
同社の名機といわれる「カシオミニ」の中古を
ネットのオーションサイトで見つけ、落札したこともある。
「一家に一台カシオミニから始まり、
電卓は一般家庭でも所有されるようになり、
かなり身近な存在になってきました。
しかし一方で、私は電卓が100円ショップで売られるのは
ゆゆしき問題だとも考えています。
私は電卓の社会的地位をもっと向上させたいんですよ」
電卓の社会的地位ィィ!の向上ゥゥ!
そんなこと考えたこともなかった!
「こんなに電卓について熱く語る人に人生で初めて会いました」
と私が驚くと、そばにいたカシオの広報の人も
間髪入れずに「私も初めてです」と頷いた。
こんなに愛情たっぷり注がれて、
S100は幸せな商品だと思う。
さすがにまだ社名に「計算機」の看板を掲げているだけのことはある。
税込み価格3万円というのは万人に
「お一つどうぞ」と気軽にお勧めできるわけではない。
だが実機に触れば、「ほう」と
声が漏れることは請け合っておこう。
http://www.excite.co.jp/News/economy_g/20151213/Postseven_369909.html
人生半分を捧げた開発者が熱弁
NEWSポストセブン
2015年12月13日 07時00分 (2015年12月13日 07時33分 更新)
開発者の大平さんとS100
[拡大写真]
大手電卓メーカーのカシオ計算機株式会社が9月30日、
同社のフラッグシップモデルとなる高級電卓「S100」を発売した。
実税価格が2万円代後半という、
業界でも特異な製品だ。
なぜいま高級電卓なのか、開発者に聞いた。
(取材・文=フリーライター・神田憲行)
* * *
ふだん読者のみなさんは電卓をどのくらいお使いだろうか。
私自身はお金の計算処理はエクセルに任せ、
出先でちょっと計算する必要が出てきたときは
スマートフォンのアプリで事足りている。
つまり電卓という「道具」を手にすることがほとんどない。
経理などプロが使うビジネス電卓の世界でも、
主流は2,000円から3,000円までで、
ビジネス用高級電卓でも7、8000円という。
そこにいきなり1万円、2万円を超える「K点越え」の
超高級品の登場である。なにがどう凄いのかは
後述するとして、まずは企画者の
カシオ計算機株式会社CES事業部第二開発室21商品企画室の大平啓喜さんに、
開発趣旨を訊ねた。
「企画のスタートは2014年の春ごろでした。
電卓の新しいニーズはどこにあるのか探していて、
たとえば高級車販売の現場で使用される電卓が
980円のプラスチック製でいいのだろうか、
ということを思ったんです。
安い電卓の表示窓に1,000万円とか出ても、
あまり説得力がない。TPOに合った電卓というニーズがあるとして、
それに応えられる供給はない。
『道具』としての電卓というより、
『持つ喜び』としての電卓を思いついたのです」
興味深いのは、「高級」ではあっても「高機能」ではない、
ということだ。たとえばネットにつながったり、
スマホのアプリと連動したりするような
「いまどき」の機能は全てそぎ落とした。
「風呂敷を広げればいろいろな機能が考えられたでしょう。でも電卓の本質はなにかということを突き詰めて考えて、そこを深掘りしていくことにしました」
電卓の外見は3つの象徴からなる。
ボディ、表示窓、キーである。その3箇所に技術を集中した。
たとえばキーを支える構造は、
パソコンのキーボード製作のノウハウを持つパソコンメーカーと共同製作して、
キーの下にV字型の支えをつけてクリック感を増した。
実際に私もS100と従来の電卓のキーを押し比べてすぐ感触の違いに気づいた。
従来のモデルはたとえばキーの端を押すと、
キーがグニャっとした感じで斜めに歪んで押し込まれていく。
S100なら端を押してもそうはならず、
まっすぐ沈下していく。…
「たとえば大量に数字を入力していく経理のプロの方は、
目は書類の数字だけを追って、
電卓のキーはブラインドタッチで押して行かれます。
そこでキーの端をタイプしてしまって感触が違うと、
正しく入力できたか不安になられると思うんですね。
S100ならちゃんとしたクリック感があるので、
正しく入力できていることを指先に
アンサーバックすることができるんです」
液晶表示も映り込みがない。
普通の電卓なら角度を変えると入力していない部分にも
数字の陰が見えるが、S100にはそれがない。
さらにボディはプラスチック樹脂ではなく
切削アルミニウムを使用した。
樹脂なら金型に流し込んで1台あたり秒単位で製造できるが、
このボディは1台削り出すのに2時間かかるという。
「まず素材メーカーさんを探すところから始めました。
そのへんのこだわりを話し出すと3時間くらいかかりますよ」
というのでご遠慮したが、周囲を流れるようなラインが走り、
まるでスポーツカーのような雰囲気をたたえている。
9月半ばに電卓商品としては珍しく販売告知のプレスリリースを出したところ、
電気量販店などに予約注文が入り出した。
また同社のコールセンターにも「どこで買えるのか」
という問い合わせの電話が多数きているという。
電卓の予約注文は同社の50年にわたる販売経験のなかでも
「記憶に無い」という。上々の滑り出しといえるだろう。
大平さんは電卓回路の設計者として入社し、
電子辞書の開発に関わった時期を除いて、
会社員人生の半分以上を電卓に捧げている。
個人所有している電卓は10数台、
同社の名機といわれる「カシオミニ」の中古を
ネットのオーションサイトで見つけ、落札したこともある。
「一家に一台カシオミニから始まり、
電卓は一般家庭でも所有されるようになり、
かなり身近な存在になってきました。
しかし一方で、私は電卓が100円ショップで売られるのは
ゆゆしき問題だとも考えています。
私は電卓の社会的地位をもっと向上させたいんですよ」
電卓の社会的地位ィィ!の向上ゥゥ!
そんなこと考えたこともなかった!
「こんなに電卓について熱く語る人に人生で初めて会いました」
と私が驚くと、そばにいたカシオの広報の人も
間髪入れずに「私も初めてです」と頷いた。
こんなに愛情たっぷり注がれて、
S100は幸せな商品だと思う。
さすがにまだ社名に「計算機」の看板を掲げているだけのことはある。
税込み価格3万円というのは万人に
「お一つどうぞ」と気軽にお勧めできるわけではない。
だが実機に触れば、「ほう」と
声が漏れることは請け合っておこう。
http://www.excite.co.jp/News/economy_g/20151213/Postseven_369909.html