お気に召したまんま。

美術館をさまよい、映画に涙し笑い、音楽に震え。さだまさしさんのファン歴41年目。唯一得意な家事は料理だけ。

命拾いして。

2020-03-22 | 今日のお題
いきなり意識をなくして道端で倒れて、意識が不鮮明だった3日間の間、最後にやろうとしていたこと…トマトジュースを買おうとしていた…がこびりついていたらしく、

「トマトジュース…」

と呟いていたらしい。

ICUの看護師さんの間では
「呪いのトマトジュース」
と呼ばれていた。

もちろんそれは大人しく治療を受けるようになってからで、
入院直後は、ベッドに立ち上がるは、点滴を抜こうとするは、暴れ狂っていたらしい。
看護師さんに

「ここがどこだかわかる?お名前を言って!」
「治療受けようね!いま病院にいるんだよ!」

と叫ばれていたことは覚えているけど、
目が見えていなかったらしく
周りのことは一つも覚えていない。

そしてあまりに暴れ方が酷かったようで
手足を拘束された。
頭の中は「?」で埋め尽くされて
振り解こうと死に物狂いだった。

薄ぼんやりとした意識の中で
時折「大丈夫ですよ」と柔らかい男性の声。
どこが大丈夫なんだかわからなかった。

意識が戻ってきて、
次は水をもらえないことがひたすら辛かった。
部屋を出入りする人に誰彼構わず
「水をください。助けて。」
と呟いていた。

拘束が解かれて、
ほんの少しずつ吸い飲みでもらえるようになって
ひと口の水を口に含むことの重さを実感。

「上の病棟(一般病棟)に移ったら、好きなだけ水を飲めるから。」と慰められて、とにかく早く移りたくて。

脇目も振らず移ってしまったけれど、
そして病棟の看護師さんたちの
温かい励ましでどんどん回復したけれど、

退院して、
当たり前の生活に戻って、
悔いが残っているのは、

暴れて困らせて
やりたくもない拘束をして
大声で呼びかけてくれていた、
ICUの看護師さんたちに
「ありがとう」
が言えなかったこと。

(一般病棟からICUへは出入りできない)

ICUでは日常的にそんな患者がいるのかもしれないけど、
あの時大声で叫び続けてくれなかったら
意識は戻らないままだったかもしれない。

「ありがとう」
が言えないままだけど、
命拾いした人生だから
「ありがとう」
と感謝しながら生きていきたい。

もう一度、桜が見られるなんて。