ひとり井戸端会議

主に政治・社会・法に関する話題を自分の視点から考察していきます。

老人犯罪に関する考察

2008年05月25日 | 社会保障関係
1、はじめに

 近年、日本人の平均寿命は、男性78.56歳、女性85.52歳で、世界一の平均寿命を誇っているとされる 。しかしながらその反面で、急速な少子高齢化社会へと向かっている。全体的な犯罪総数自体は減少の傾向にあるにもかかわらず、高齢者による犯罪は増え続けている。しかしながら、伝統的には本来ならば全年齢層の中でも犯罪発生率が高いのは少年期・若年成人期であると言われている 。しかしここ最近は高齢者による犯罪の増加は、社会の高齢化による高齢者の人口増加という要因を差し引いても、その増加率は目を見張るものであると思われる。このことは、高齢化社会における犯罪現象の一つとして考察するに値するものと思われる。そこで、高齢者による犯罪を今回のテーマに据えてみたいと思う。



2、国外における高齢者と犯罪

 欧米諸国をはじめとした海外における高齢者による犯罪の傾向としては、全体的に幼児にたいする猥褻が多いのが特徴であった(特に欧米において)というが、近年ではそれも減少傾向にあるという。欧米諸国そこで、隣国である韓国と、近年日本と同じく高齢化が進行し、1900年の平均寿命が49歳だったのが、2006年には男性76.7歳、女性83.8歳にまで伸びたフランスについて、みていこうと思う。

①韓国における高齢者による犯罪

 朝鮮日報2008年4月28日掲載された「韓国で増え続ける高齢者犯罪」によると、最高検察庁の統計結果では、「2006年の60歳以上の高齢者による犯罪は8万2278件で、全体の犯罪件数193万2729件の4.2%」を占めているという。そして、韓国における60歳以上の人口の全人口に占める割合は13%にすぎないが、「2001年から06年までの5年間で、全国の犯罪発生件数は16.7%に減少した」のだが、「高齢者による犯罪は45%増加」したという。そしてこのペースは、「高齢者が一人増えると、高齢者による犯罪はほぼ3件ずつ増加していることになる」という。
 韓国における高齢者犯罪に占める凶悪犯罪としては、2005年の高齢者による強姦が430件(2001年は91件)、強盗が75件(2001年は6件)、放火が59件(2001年は8件)、殺人が96件(2001年は18件)となっており、どれも劇的に増加している。放火に関しては、2008年2月8日に起こった「南大門放火事件」も、政府の方針に不満を持っていた70代の高齢者によるものであった。

 しかしながら、このような高齢者による犯罪の劇的な増加の背景には、「高齢者の貧困」があるのだという。「警察庁によると、2004年から05年にかけて400件だった70代の高齢者による窃盗は、昨年(2006年)は846件にまで急激に増加した。大型スーパーで豚肉や牛肉、たばこなどを万引きする、まさしく生活のための窃盗がほとんど占めていた」という件からも、高齢者による犯罪の増加の主たる要因のうちの一つに、貧困があることは間違いないだろう。先述した「南大門放火事件」の犯人も、金銭についての不満が放火の原因だったと供述している。

②フランスにおける高齢者による犯罪

 ここでフランスを取り上げる理由は、さきの韓国における高齢者による犯罪の主たる要因の一つであろうと考えられるものに貧困があったが、60歳以上を対象とした2005年の高齢者の生活困窮度の国際比較において、フランスは高齢者の貧困の度合いで、韓国に次ぐ2位であったからだ 。
 フランスでの60歳以上の高齢者の囚人は、1996年には約400人ほどであったが、2006年には2240人を超え、10年間で5倍以上増加している。なお、50歳以上の囚人も80年代と現在を比べると同じく5倍ほど増えている。
 
 しかしながら、フランスの犯罪者の高齢化には、フランス独自の事情がある。それは性犯罪の時効に関する法改正が影響しているのだという。この法改正によって、公訴の時効期間が延長され、性犯罪の被害者は成人してから5~10年間、加害者を告訴できるようになり、そのことによって孫に性的虐待をした老人が訴えられるというケースが増えているのだという。



3、日本国内における高齢者と犯罪

 本稿は、日本における高齢者と犯罪がメインであるので、以下、犯罪加害者としての高齢者と犯罪被害者としての高齢者とに分けて、論じていきたいと思う。

犯罪加害者としての高齢者

 犯罪統計上は、60歳以上が高齢者による犯罪とされている。新受刑者に占める高齢者の割合は、1966年が1.3%であったのが、2004年には9.8%に増加した 。再入所の割合も男子85.2%、女子86.3%にのぼる(1990年当時)。高齢者による犯罪の罪種で多いのは、窃盗、横領、詐欺などの財産犯であり、しかも窃盗では万引や、自転車窃盗などが多く、横領の遺失物横領がその多くを占めている。特に、女子高齢者による犯罪にこの種のものが多い。最近は、介護疲れによる殺人も増加している 。高齢で犯罪を繰り返している者の傾向としては、度重なる犯罪の結果により、前科のない高齢犯罪者に比べ、無職で生活能力が低く、住所不定の者の割合が高く、家族関係が破綻していることが多いとされる。

 高齢者による犯罪は、微罪処分として警察段階での処理で完了することが少なくない。そして、警察段階で終わらなかったとしても、刑事訴訟法248条において、犯人の年齢が公訴の提起を考慮する要件として挙げられており、起訴猶予処分にされる可能性もある。実務上も、60歳以上の高齢者に対する起訴猶予率は高くなっている。

犯罪被害者としての高齢者

 高齢者の増加にともない、その介護などの問題がクローズアップされる我が国において、犯罪被害者としての高齢者としてまず考えられるのは、高齢者虐待であろう。高齢者に対する虐待が一律に犯罪であるとは言えないが、高齢者虐待の内容では、「心理的虐待」の63.6%に続き、「身体的虐待」が50%を占めている 。虐待を受けている高齢者の約8割が75歳以上であり、57.8%が介護や支援を必要とする痴呆症の高齢者であった。なお、虐待を行っている者は息子、息子の配偶者、配偶者、娘の順であった。このような高齢者に対する虐待に注目が集まり、2006年4月1日から「高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律」(高齢者虐待防止法)が施行された 。

 次に犯罪被害者としての高齢者として考えられるのは、消費者としての高齢者が悪質商法によって金銭などを詐取される場合であろう。国民生活センターの統計によれば、全国の消費生活センターに寄せられた契約当事者が70歳以上の相談件数は、2001年度が56915件だったのに対し、2006年度は133542件にのぼったという。主に高齢者を狙った悪質商法には、不安を煽り不要なリフォーム契約をさせるリフォーム詐欺や、いったん被害に遭った消費者を同業者グループが集中して狙い、次々と不要な契約をさせる「次々販売」などが注目されている 。高齢者の場合には、老後の蓄えや年金が狙われる。



4、高齢犯罪者の処遇

施設内処遇

 高齢者の犯罪者は一般的に老化による体力などの減少をはじめ、疾病などの患う可能性も高く、そのほかの社会での事情も複雑なため、その処遇は容易ではない。高齢犯罪者でかつ累犯である場合だと、施設内での矯正教育によって改善させることは甚だ難しくなるという。入所回数が10回を越える者もいるという。
 実務上では処遇者分類規定により、高齢犯罪者はPz級と呼ばれる60歳以上の犯罪者分類と、特別な養護的な処遇を要するS級が設けられており、刑務作業の軽減や補聴器の貸与、定期健康診断などの医療措置などがとられている。しかしながら、高齢受刑者であってもPz級に分類されることはそう多くないという。なお、山口県美祢(みね)市に誕生したPFI方式の民間刑務所では、建物内はバリアフリーでカラオケなどの設備もあり、高齢受刑者向きの刑務所となっている。

社会内処遇

 高齢者の社会内処遇も簡単なことではない。高齢犯罪者の家庭が崩壊していることが多いため、たとえ刑期を満了し、社会に出られたとしても、保護監察官などによるその後の環境調整が非常に難しいことが多い。また、高齢者の場合、社会復帰をしても再就職がままならないことがある。就職先のみならず、新たな居住先も見つからないこともある。このため、軽微な犯罪を繰り返し、再度入所する累入所者が後を絶たないものと考えられる。このため、本人の申請にもとづく更正緊急保護の措置がとられる。しかしながら、更正緊急保護の期間も6ヶ月であり、この期間が過ぎると国からの補助が出なくなるため、高齢者が食費や宿泊費を支払えない場合には、保護をする施設がそれらの費用を負担することになる。



5、検討

 平均寿命の飛躍的アップによる高齢化社会の到来により、それだけ余生を送る時間が増えれば、必然的に高齢者による犯罪の増加する社会の到来も引き起こすものだと考えられる。だが、単に平均寿命の伸びだけが高齢者による犯罪の増加を招いているものではない。高齢者による犯罪の増加には、時の社会の経済状況、社会保障の充実性、体感治安など、様々な要因が絡み合って生じている現象であろう。これら要因を踏まえて、高齢者の犯罪がどうして起こるのかを究明するための主なキーワードを考えてみるならば、貧困、孤独が考えられると思う 。そこで、これらキーワードについて、以下において自分なりに分析を行ってみた。

 まず貧困についてだが、貧困と犯罪との間には何らかの因果関係があると思われる。よってこれが本当ならば、貧困の少ない国(社会保障が充実していると思われる国)では、犯罪は少ないのであろうか。そこで、一般的に社会保障が充実しているといわれるスウェーデンの犯罪状況について調べてみた。

 これまでスウェーデンでは、左派のスウェーデン社会労働者党によって政権が担われ、この政権下で社会保障が充実してきた歴史がある 。しかしながら、スウェーデンの治安は1990年代から確実に悪化しているという。2007年の半年の段階ではあるが、過去10年間で暴力行為が6割増、公園を散歩したりジョギングをしている女性への強姦も増加している。2007年の半年だけでも公衆の場で発生する暴力行為は2006年の半年間と比較しても17%増加しているという。ストックホルムの地下鉄では、落書き、器物損壊、暴力行為の増加で、2007年からは全ての駅で防犯カメラを設置することになったという。高齢者の体感治安も確実に悪化しているのだという 。更に、最近まで老人の自殺も多かったという。

 このスウェーデンの例からも分かるように、社会保障が充実し、貧困層が減少すれば、それに伴い犯罪も減少していくというのは、直ちに正当化できるものではなさそうである。しかしながら、韓国で南大門を放火した高齢者の犯人も、金銭に不満があったと述べていることから、貧困が人を犯罪行為に走らせる一因になっていることを全否定もできなそうである。そして、我が国においても、北海道の刑務所を出所後、ただ一人身寄りのある弟の家に行ったが上げてもらえず、その後一銭ももたずに食堂でラーメンとビールを頼み、無銭飲食で再び刑務所に入った老人もいるという。2004年当時において、毎月保険料を納めても月に6万円程度しか受け取れない国民年金の低支給額などが背景にあるという指摘もある 。

 次に、孤独と犯罪との因果関係について考えてみる。社会の核家族化、高齢化の進行により、1955年に42万5000世帯であった高齢者の独居世帯が、2005年には386万世帯に増加した 。国立社会保障・人口問題研究所は、このままいけば、2025年までには65歳以上の独居老人の割合は2000年当時が6.5%であったのに対し、13.7%に倍増するという試算を出している 。

 藤原智美著『暴走老人!』(文藝春秋)によれば、高齢者同士の隣人トラブルから殺人事件に発展したものも、その原因には高齢者の抱える孤独感があるのだという。北海道警察が窃盗で検挙された高齢者を対象に行ったアンケート調査の結果によれば、犯罪理由の第1位が「孤独」で、27.8%を占めたという。

 高齢者の孤独は、高齢者を犯罪へと走らせると同時に、高齢者の犯罪被害にも影響を及ぼしているという。たとえば、悪質商法による詐欺被害では、被害に遭った高齢者は犯人のことを、「親切に話を聞いてくれた」「親身に相談に乗ってくれた」と感じていたという 。ここに高齢者が日ごろから社会から隔離され、孤独な状況で生活をしていることが多いという現状が垣間見えるものと思われる。

 ところで、高齢者の体感治安はどうだろか。一般的に高齢者は心身の衰弱からか、前年齢層のなかでも一番犯罪に遭う確率は少ないとされているが、思うに、マスメディアが特異な凶悪事件を取り上げたりして、無用に不安を煽るようなセンセーショナルな犯罪事件の報道などが、高齢者の体感治安の悪化に一役買ってしまっているのではないか 。しかし、体感治安の悪化は高齢者に限ったことではない。

 野村総合研究所広報部が2005年5月に行った調査では、「この2~3年間に日本の治安が『悪くなった』と答えた人は全体の53.1%で過半数を超えた。『大変悪くなった』と答えた人も36.4%と、合計で89.5%の人の体感治安は悪化している。年代別には、『大変悪くなった』と答えた人の割合が50歳代以上では4割に達し、大まかな傾向として、高齢になるほど体感治安が悪化していることがうかがえる」としている。

 先述したように、高齢者による犯罪は、窃盗、横領、詐欺などがその大半を占めているが、放火などの凶悪な犯罪も高齢者によって行われている。放火はやり方次第ではマッチ一本さえあれば可能なことから、「弱者の犯罪」とも呼ばれているのはこのためであろう。殺人なども、絞殺のように力のいるものでなく、毒薬等を用いれば、体力の落ちた高齢者であっても比較的容易に実行できるとの指摘もある。高齢者による殺人は、配偶者が犠牲になることが多い 。

 高齢者が増加しているとはいえ、その増加の率を上回る勢いで高齢者による犯罪は増加している。このことは、やはり一概に高齢者が増えたのだから犯罪も増えると言える範囲を超えているものと思われる。一般的に高齢者による犯罪の増加ときくと、多くの高齢者の置かれている貧困という状態に注意を向けやすいと思われるが、生島浩福島大学教授は、たとえば高齢者による万引は、「孤独感や居場所のなさから気を引くためにするケースも目立つ」と指摘しているように 、高齢者が周囲のコミュニティーから孤立し、疎外されてしまっている現状こそが、高齢者を犯罪に走らせる主たる原因なのかも知れない。
 
 犯罪を行った高齢者がもし、犯罪を行わないで社会で暮らすよりも、犯罪を行ってでも誰かとコミュニケーションをとりたいと考えてしまっているとしたら、高齢者をそのような状況に追い込んでしまった社会そのものを見直す必要があると考えられる。高齢者による犯罪が増加しているからといって、その原因を高齢者にだけに求めることはできない。

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2 コメント

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Unknown (gunkanatago)
2008-05-26 13:55:39
 今回も大いに勉強になりました。近くの大型スーパーなどでも、居る場所がないのか、1日中店内でウロウロしている爺さんが多くいますね。下品な話ですが、こういう爺さん連中はトイレでも手を洗いません。既に心が空洞化しつつあるようです。仕事から引退すると直ちにやることがないというのは悲劇ですね。
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gunkanatagoさん (管理人)
2008-05-26 16:10:39
コメントありがとうございます。
そうですね。自分もそのような高齢者がショッピングモールなどのベンチで何をすることなくたむろしている姿をよく見かけます。

仕事=生きがい・自分の全て、とみなして生きてきた人たちがいるからこそ、今の日本があると思いますが、仕事以外に生きがいがなく、リタイアをした途端、抜け殻のようになってしまう人が多いのでしょうか。しかも、こういう人たちは痴呆症の発症率が高いということも聞いたことがあります。

しばしばマスコミを通じ、老後を豊かに生きている「第二の人生」を送っている老人の姿を見かけますが、あのような華やかな「余生」を送れる人はほんの一握りも実際はいないのだと思います。

大型スーパーでたむろする老人たちも、上記のような「理想」と、今の自分の置かれている環境の「現実」とのギャップに苦しんでいるのでしょうか。
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