ケンメリレポート from ケンメリパラダイス

C110型スカイライン 通称”ケンメリ”にまつわるブログです。
ケンメリに乗ったり触ったりしたら更新してます。

届けもの

2011年03月28日 17時05分49秒 | レポート
そろそろ燃料騒動も落ち着きを見せ始めているので、ケンメリに乗ってもバチは当たらないと判断して出動。

家に届いたリンゴを実家へ搬出するためと帰りに灯油を購入するため。
夜勤の代休で平日休み。
午前中は団地役員としての仕事をこなしつつお昼過ぎから出発。
リンゴはトランクへ、ポリタンクは助手席へ乗せてケンメリ始動。
エンジンが一撃でかかった。

ゆっくり進んで、後ろに遮蔽物がないところでアクセルを軽く踏んでアイドリング。
ガラス越しに差し込む日差しがものすごく暖かく、冷たくなっていた指先もあっという間にポカポカに。
空気がむあっとしてきたので、軽く窓を開けて換気。
そのまま左手をパワーウィンドウのスイッチからシフトノブへと移動して、出発した。
道はさほど混んでおらず、陽気に誘われてるのか居眠りしてるのかやや挙動不審な車が前を走っている以外は至って平常。
お決まりのコースで実家に向かう。
実家へ到着後、リンゴを搬入し、ついでにラーメン屋へ。
久しぶりのラーメン+半チャーハンセットでカロリーオーバーまっしぐら。

その後実家に再び顔を出して、黒烏龍茶を飲んで帰還することに。
いつものコインパーキングから出て、これまたいつもの帰り道。

しかしその帰り道でメルセデスSLSを目撃。
初めて肉眼で見るその姿にしばし呆然。

ドアを開ける姿も見たいが、残念ながらこちらの車列が進んでしまい、その姿を拝めたのは一瞬だけだった。

環八を超えるとやや渋滞気味に。
原因は街路樹の剪定作業で、その作業エリアから先はスムーズに流れていた。

狛江を抜けて世田谷通りへいく途中で灯油を購入。
灯油の価格も前回入れた時より100円ほど上がっておりちょとびっくり。
このご時世仕方が無いのだろうが・・・
スタンドの熟練の店員さんとしばしケンメリトークを交わした後再び帰路に着く。
遠出をしたくなるような好天だが、今日もすんなり家へ帰還。
ケンメリを停めて荷物をおろしカバーを掛ける。

当たり前のように行なっていることだが、これがいつできなくなるかと思うと、
やはり「いつか」「今度」という事はしないように生きていこうと改めて思った。

復活の狼煙

2011年03月23日 11時37分40秒 | レポート
夜勤明けで帰る途中、薬局のワゴン(カート?)にティッシュペーパーとトイレットペーパーが山積みに。
お一人様一個までの注意書きはあるものの、行けば普通に買える状態。

コンビニに行ったら、お水コーナーに500mlから2リットルまでぎっしり陳列。
(電池はまだ無いけど)

震災から10日間。
被災地の方たちは未だ辛い状況下で過ごされているが、我々は停電の影響はあるかもしれないが、少なくとも日常の生活は送れているはず。

それでも我先に買い占めを行ったりしていた人たちは今頃カップ麺すすってるんだろうか・・

そんなことを思いつつ、雨が上がったのでケンメリの元へ。
カバーをはぐって水滴を除去。

今出来る事をやってあげたい。

カバーもボディも乾いているが、トランク周りはその構造と日当たりの関係からなかなか水気が乾ききらない。
溝の部分や、テールランプの入り組んだところなど、雑巾を這わせて水気を取っていく。

ボンネットも開けて、ドアも開けてサイドステップなどを拭いていく。
最後に乗ってから8日間しか経ってないが久しぶりな気分だ。
いつでも乗れる時でも20日間くらい放置してたこともあったくせに、車検とかその他で乗れない状況下にあると恋しくなる悪い癖。
それでもケンメリがあったおかげで、震災時に母と奥を救出できたことを考えれば、その労をねぎらうことくらいなんともない。
というか、こうしてケンメリに触れていられることがなにより嬉しい。

一頻り拭いた後、ボディカバーの擦れなどで付いてしまったエッジ部分を丹念に磨いて黒ずんっでいる汚れを除去。
モールからもやはり水たまりが出てきているので、それらも拭いて仕上げる。

ここまでやった後、エンジンを掛けるくらいならと思いコックピットに座り込む。
ガソリン臭が漂い、遅れ気味の時計の音がチッチッチッと聞こえてくる。
キーを挿し込み、撚る。
後方から電磁ポンプの音が聞こえる。
アクセルを踏み込み、セルをもう一段階捻る。
一撃でエンジンがかかったが、アクセルを緩めたためすぐにストール。
慌ててセルを捻る。
何度かやってるうちになんとか安定し始める。
アクセルをぐっと踏み込み2500回転ほどまで回し続けて安定させる。

目覚めた。
排煙で壁を汚すのが躊躇われたので、少し動かして排気方向を変える。
ちょうど斜向かいのマンションから陽が出てきて、ケンメリのいる場所を照らし始める。
眩しい日の光と共に、車内がじんわりと暖かくなっていく。
アクセルを徐々に戻して足を話すと、900回転ほどでしっかり安定。
ダメもとで行ってみるか。
そう思って、ギヤをローへ入れてクラッチを繋ぎ、駐車場内を走り始める。
スロープを降りて団地内の道路を抜けて、公道へ出る。
左右に気をつけてケンメリ発進。
いつも給油しているスタンドを目指した。

ラジオからは今朝起きた余震の事を報じているが特に被害はなく、交通規制も解除されたとの報道。
そして、いつものスタンドへ到着した。
スタンド内は灯油を給油している人が一人いるだけで、特に混雑している様子も売り切れで閉鎖されている様子もない。
数日前は長蛇の列ができて、警官二名が交通整理を行うくらい混雑しいたのを目撃したが本当に馬鹿だと思った。

価格は前回給油時より若干高いが、数年前に高騰していた頃よりはまだ良心的な価格。
そして、入手が厳しい状況を考えれば、並ばずにすっと買えるのがどれだけありがたいか。

渋滞の中、家族を乗せて活躍してくれた愛車にやっと食事を取らせることができた。

満タンになり、燃料計の針も右側にぐぐっと戻って一安心。
来た道を戻る形でケンメリを走らせる。
過度な速度は出さないが、アクセルをぐっと踏み込んでギヤダウンする。
徐々にエンジン音もスムーズになっていく。

まだまだ完全に元通りになるのは時間がかかるかもしれないが、少なくともケンメリは必要に応じて動かせるようになった。


法事3

2011年03月15日 21時35分15秒 | その他




素晴らしい車をありがとうございました。

ゆっくりお休みください。


追記
この日は計画停電により電車の運行がかなり制限されておりましたが運行時間内にどうにか参列できました。
状況は依然として厳しいですが、氏の最期に挨拶に訪れた方々に敬意を表します。

ケンメリで出勤

2011年03月14日 05時59分51秒 | レポート
日曜日の深夜。
翌朝の出勤がどうなるか不安な気持ちのまま布団に入るが眠りが浅く、携帯電話の着信で目が覚める。
夜勤で入っている後輩からだった。

地震の影響で都内近郊の電車が全く動いておらず、また動く予定もないとのことで、
管理部門から車持ちは車で出勤せよとの指令が下ったとのことだった。

予想もしない事態に驚く。
自家用車で通勤しろなんて言われる日が来るとは夢にも思わず結局朝になってからネットで軽くルートを検索。
奥の方も通勤で使う路線が前線ストップのため自宅待機に。

ディーラー時代には車で通勤(ケンメリ含む)もなくはなかったが、まさか今になってこういう日が来るとは。



スーツにドライブ用のシューズを履いて、ナビで目的地をセット。
同僚の先輩をピックアップしていくかどうか連絡を取るが、時間的に難しいとのことで単独で向かうことになった。
朝方の出勤をケンメリで・・・まさかこういう形で再現されるとは。

相変わらずラジオのニュースは震災情報ばかりだが、徐々に合間に音楽が流れるようになってきた。
被災地の子どもの為にアニメソングが流れるのだが、そんな状況下で何も出来ない自分が心苦しい。

そして、連日の走行でガソリンが心許ない。
往復路は行けるだろうができればどこかでガソリンを入れたいのが心情。
しかし地元24時間のスタンドはカラーコーンで入り口が塞がれており、離れたところのスタンドは開店前なのに既に開き待ち渋滞がかなりの列を成していた。
勤務先は都心方向とは逆方向なので比較的スムーズに走れるが、反対方向は車での通勤を諦めたくなるくらい渋滞している。

東名川崎から横浜町田まで進む。
高速道路も空いていて、これが休日のドライブだったらどれだけ良かったかと思いながら走行車線から追越車線へ移る。
ガソリンが少ないことは重々承知だが、これまでの渋滞走行のカブリを取るのも兼ねてエンジンを回す。

横浜町田インターで降りて、246へ。
さすがにこの辺りは混んでおり、少々時間を要した。
246沿いのガソリンスタンドはどうかと思ったが、軽自動車から大型トレーラーまでもが同じスタンドへ渋滞しているのを見かけて、給油は諦めた。
ナビを頼りにしつつも、徐々に見知った景色を見かけ会社近くまで来たのを実感。

勤務先に到着し、インターホンでゲートを開けてもらう。
そこへケンメリを進ませて、警備室で駐車証を受け取りダッシュボードへ。
会社敷地にケンメリという非常に不思議な光景を見ながら勤務についた。

この日定刻に出社できたのは自分だけだった。
仕事も震災の影響を受けてかなりの障害があったが、とりあえず帰宅できる状況になったので、帰る方向が同じ先輩を乗せての帰還。
初生ケンメリに驚きの声を上げる先輩を乗せて自宅へと向かう。
ルートは同じく、246から東名横浜町田インターを目指す。
朝とは反対に今度は下り車線が大渋滞。
上りも渋滞している・と思いきや、こちらはやはりガソリンスタンドの渋滞だった。
スタンドを超えれば、普通に走れるというより、車の数は殆ど無い状態。
あっさりと町田インターまで到着し、高速に入る。
燃料計を見ながら加速していく。
キャブ車の音が珍しいらしく、同乗の先輩は再び驚いていた。
川崎インターまではかなり早い時間で到着。
インターから降りるとさすがにこの辺りは渋滞していた。

混雑箇所を回避する形で再び裏道作戦を敢行。
多少のショートカットにはなったと思うが、その先の道路状況もたいして変わりはなかった。
目的地は小田急線が折り返し運転を行っている経堂駅。
連日同じような道を通って向かっている気がする。
燃料計はまだまだEラインには達していないが、さすがに明日も車で、と言われたら無理なレベルだろう。

経堂駅まで行くのであれば、川崎で降りず東京インターまで行けばよかったかな、と後から後悔するが、時既に遅し。
とりあえず見知ったルートで経堂駅に到着。
先輩を下ろした後、奥へ連絡して帰還を伝える。

経堂から自宅までは通常だったら20分かからない。
が、今日は状況がひどく、結局駐車場に戻ってきたのは70分後だった。
往路で見かけたガソリンスタンドは復路では閉店しており、もはや給油の道は絶たれたようだ(苦笑)

明日は幸い仕事は休みだが、明後日以降電車が止まっていた場合はケンメリは動かせないのでタクシーを使う予定。

少し落ち着けばガソリンも普通に給油できる状況になると思うが、我先にの自己中連中がこぞって給油、買い占めを行ってる現状が実に嘆かわしい。



拾い画像だがこれがヤラセや仕込みであることを願う。
素でこういう思考の人が理解出来ないし、70年代のオイルショックから何も学んでないのが嘆かわしい。



母を実家へ送りに

2011年03月13日 13時21分06秒 | レポート
母に二日続けて当家に滞在してもらったが、用事があるため自宅へ戻る必要があるとのこと。

朝になって朝食を済ませると即座に出発。
日曜日の朝方、普段であればもう少し車の数が多いような道路もさすがに今日は少ない。
天気が良い時はネズミ捕りも行われてる箇所もさすがに人はいない。(いないことのほうが多いのだろうが)

自宅から実家への道筋はいつもどおりのルート。
途中荒玉水道道路を通過中に大型車の侵入を防ぐためのポール(過去のレポートで再三、車両感覚のつかめない車が0km/hまで落として通過する)のところで、糞詰まりになってるのを目撃。
遠目からしか確認できないが、どうやら有名ハイブリッド車がポールで停まったところへ後続車両が追突したような感じだった。
後続車両からドライバーが降りてきて検分を始めたので、即効でルートを変更する。

環八に出てさらに甲州街道、そして実家へと到着。
コインパーキングに入れることなく、軍用機のタッチアンドゴーよろしく母を下ろしたらそのまま自宅ヘタUターンした。
帰り道はいつもは狛江の方から抜けていくルートを使っているが、今日は道路状況が空いていたので、往路と同じルートを選択。
先程の追突(?)がどうなったか気になったという野次馬根性がなかったわけではないので、
現場付近の道へ出てミラー越しに確認してみたが特に警察車両とかがいるわけではなく車の姿はなかった。もしかしたら追突はなかった、あるいは被害は軽微なりという状況だったのかもしれない。

自宅から実家へ行きトンボ帰りで1時間弱で帰宅。
無事に帰れてほっとしながらケンメリのカバーを掛ける。

エコからエゴへ

2011年03月12日 13時20分16秒 | レポート
地震から一夜が開けた。
余震は続いている。
こんな日だが奥は出勤。しかし電車は全線にわたって運行停止状態。
というわけで、奥の職場までケンメリ出発。
ついでに母も実家へ送るので一緒に同乗していく。

道路状況はかなり落ち着いており、土曜日ということもあってか出勤する人も少ないのだろう。
今日は裏道を使わずに分かりやすい大通りを使って進んでいく。
渋滞を予想してかなり早く出発したが、拍子抜けするくらいにあっさりと到着。
昨夜では考えられないくらいの時間。
奥を降ろして、また帰りに迎えに来ることを伝えて今度は実家を目指す。
所沢街道を走って実家のある杉並方向を目指す。
この道は大学時代友人宅へ向かうのになんども通った道だなあと思い出す。
所沢街道から今度は新青梅街道へ。
この辺りに来るとだいぶ車の数が増えてきたが進めないほどではない。
荻窪警察署の前を右折して裏道を使う。ここも大学時代の先輩に教えてもらったルートだなあと思っているとデジカメを構えた男性が。
被写体はケンメリではなく・・カメラの先には倒壊した鳥居があった。

こんなところに地震の爪痕を確認して、改めてその規模の大きさを感じる。
その後井の頭通りに出て、さらに荒玉水道を向かって実家へと到着した。

コインパーキングにケンメリを停めて実家へ。
家の中は特に物が倒れたりという被害はなかったが、飼っている鳥がパニックを起こしたようで、鳥かごの中に暴れて血が飛び散った跡が。
そして、人が来るとピーピー鳴くのが今日は無言のまま。
余震がだ続くので念の為に母には本日も家へ泊まってもらうため着替えなどを回収。
しかし母は当然実家が落ち着くようで、本来であれば着替えを取ったらまた家に戻る予定が、のんびり過ごしてしまい気づけば奥の終業時刻。そのまま置くの職場へ向かうことに。
その前に夜ご飯用のおかずを買おうと近くのスーパーへ行くが、なんと菓子パンやカップ麺、水が無くなっている始末。
即席製の食料がない反面、食材はまだまだ残っているので安心だが、分かりやすい反応になんだか苦笑い。

飲み物と食料を買って店をでる。
再びケンメリに乗り込み朝に行った奥の職場を目指す。
井の頭通りから環八へ。
環八から新青梅街道。

道は既に渋滞が始まっていたが、こちらも流れているのでゆっくりではあるが前に進んでいった。
途中の渋滞箇所はほとんどがガソリンスタンドの渋滞で、給油を待つ車が相当な行列を成していた。

新青梅街道から所沢街道へ戻って奥の職場を目指す。
待ち合わせ予定時刻にどんぴしゃで到着。
10分ほど待った後に奥と合流して自宅へ向かう。

帰り道途中はかなりの渋滞に遭遇。
渋滞の原因は全部が全部ではないかもだがやはりガソリンスタンドへの渋滞。
その縦列に阻まれて右左折ができずさらに二次渋滞が起きているようだった。
小金井街道にさしかかったところで、全く進まなくなってしまったので、少し空いた隙間からUターンを敢行し、遠回りになるが、別ルートを選択。
東八道路からさらに細い道を通って味の素スタジアム付近を通過して甲州街道へ。
そこからはスムーズで鶴川街道を使って多摩川の橋を超える。
超えたところから川沿いの道を進んで帰還・・する前に食事をしようということに。
昨日のファミレスのような状況がまだまだ続いているかもしれないが、我々が立ち寄ったのは地元のラーメン店。
ベテラン夫婦が経営しており、全く影響がない様子。

奥とR33でよく来たなあと思いながら、母と三人で来店し食事にありついた。
コンビニやスーパーも普通に開いている状況だが、買い占めに走る浅ましい行為は理解出来ない。
食事を摂った後自宅へ戻る。
母と奥を先に家へ行かせて、ケンメリにボディカバーを掛ける。
連日の大活躍に母と奥からの評価は鰻上りだが、渋滞路の都内を走ったおかげで燃費はあまり芳しくない。
昨日給油して走行距離の割にはかなりのGASを食ってる計算だ。

それでも公共交通機関が麻痺している状況では、自由に使える車がどれだけありがたいものかを改めて認識し家へ戻った。

それぞれの0311

2011年03月11日 16時19分38秒 | レポート
夜勤明け。
例によって帰宅後は居眠りこいていたわけだが、なにやらゆらーりゆらーり・・・

大きな地震でした。

さすがにパニックになり飛び起きていろいろ身構えるが成す術無く。
部屋のものは特に大きな倒壊や落下物もなく、落ち着いたタイミングで倒壊の可能性の有りそうなものを予め全部床に移す。

その中には当然部屋に鎮座しているケンメリのボンネットなどスペア部品も。

世間様の混乱ぶりは既にメディアにて周知されてるかもしれないが、まさか自分自身が生きてる間にこのような災害に遭うとは驚いた。もちろん可能性は0ではなかったのだろうが。

そして各地で電車が動いていない事態を確認する。
こちらは夜勤明けで戻ってきているが奥は仕事に行ったままである。
職場やらいろんな人の安否が気になるところだが当然のように電話はつながらず、下手したらメールもつながらず。

家着のままブルブル震えていたが、このままではいけないと普段着へ着替える。
着替えてからはパソコンとテレビの画面で情報収集。
そんな間にも余震が続き外へ退避するべきか判断に迷う。

そして、テレビで津波の映像がリアルタイムで映し出される。
ただ観てるだけしかできない魅力さになんとも言えないものを感じるが、どうしようもなく・・・

出来ることをしようと思い、とりあえず自宅で待機。
夕方日も暮れてきた頃にやっと奥と電話がつながった。
やはり電車は全てストップで奥も最寄り駅ではなく別の駅まで徒歩で移動することに。
合流場所を新小平駅として、救援に向かった。
道路状況は混乱の極みであり、なんとかWEB上で渋滞していないエリアを調べつつ、かつ裏道を駆使して迎えに行く。

多摩川沿いを走ると、夕焼け空の向こうに薄い線状の雲が。
それを横目に見ながら川沿いの道から裏道へ回避する。

府中街道に出る手前からかなりの渋滞に遭遇。
少しずつ進んでいるとうしろから救急のサイレンが聞こえてくる。
救急車でも消防車でもパトカーでもなく、警視庁の緑のトラックだった。
初めて見るなあ・・と思っていると、反対車線を疾走していった。

そして府中街道に出ると、先程のトラックが南武線の踏切前で横付けに。
南武線は踏切上で停車しており、その前を警察が封鎖していた。
その光景にも驚きながら、府中街道を北上。

なんとか国分寺あたりまで到達。
しかしそこから先が全く進まない状態に。
信号のタイミングを見計らって府中刑務所付近の交差点まで強引に進めて右折。
国分寺街道の方へ回避した。

国分寺街道の方も状況はさほど変わらないが、進み具合は幾分マシかもしれない。
途中、ガソリンスタンドを発見して給油。
この混乱で混雑しているかと思ったがそうでもなく普通に給油して再び国分寺街道を北上。
新小平駅まであと数km、空いていれば5分とかからなそうな距離だがかなりの時間が経っても進んだ距離は僅か。

自宅を18時頃に出て、新小平駅に到達したのはおおよそ20時過ぎ。
当然電車は停まっているが駅前改札口には何かを待つ人々、バス停(タクシー乗り場?)にも行列が出来ていた。
ケンメリを降りて奥の姿を探すが見当たらない。
一旦車内に戻って待機すること数分。
後方から奥が歩いてきた。

車内に乗り込んだ奥から汗の匂い。
この寒さの中で汗をかくほど歩いてきたのかと思うとやりきれない気持ちになる。
奥と合流した後、母からのメールを確認。
どうやら溝の口まで来たが、そこからどこにも行けず足止めを食らっているとのこと。

ナビの目的地を溝の口に再設定し再度救出に向かう。
あちこちに人影が多く、電車が止まったため道路を多くの人が歩いている。
人によっては横断歩道を無視して歩いていたり、黒っぽいコートで目立たなかったりと二次被害を出さないように慎重に走る。
しかしながら、合流などでは譲り合いが多く、こちらも何度も譲ってもらい、冷静なドライバーに頭が下がる。
そんなこんなで新小平駅から2時間以上かかって溝の口付近に到着。
交差点には多くの人が未だに歩いており、いつもの金曜日の夜とは違い徒歩で帰宅をする人々ばかり。
駅前へ車で向かうのは無理と判断し、ケンメリをコインパーキングに停めて駅へと向かう。

人並みに紛れて駅へ到着すると、そこにはタクシー待ちの長蛇の列があった。
一階、二階まで続いている行列に驚き、改札口付近の階段に座り込んで情報収集か、連絡をとっているのか携帯をいじってる人が多い。
既に22時を回ってかなりの寒さ。
メールで教えられた場所付近を捜索していると・・・行列の中に母がいた。

我々を視認すると涙ぐんでやってきた。
並んでいるうちに仲良くなった前の人と挨拶を交わして、行列を離れる。
長い時間寒空のもと動かずにいたせいか、足の感覚が鈍いらしく、歩速はかなりゆっくりに。
母と奥をケンメリに乗せて家へと戻ることになった。

夏は熱くて忍耐を要するケンメリだが、こんな日はフロアからの排気熱も歓迎されている。
自分の家族二人だけだが、なんとか救出することができた。
できれば並んでる人を家とは言えとは言わずとも最寄り駅、あるいは大きな乗り継ぎ駅まで乗せてあげたい気持ちはあるが、さすがに現実的ではなく。
溝の口から自宅へ戻る途中、ファミレスへ立ち寄る。

ケンメリを駐車場に停めて、やっとの食事に母と奥の顔がほころぶが、店に入ると店員さんがいない。
いないというよりは、少ない、少なすぎるくらいだった。

おそらくは地震の影響で交代の人が来ないか何かで若い女の子が一人で切り盛りしているようで、先に入っていた人は1時間も待っているとのこと。
ここで食べずとも死にはしないので、店員さんいプレッシャーを与えるよりは、と店を後にする。
地元付近に戻ってきたのは23時過ぎ。
本日は緊急対応で母も泊まることとなり、コンビニで軽く食料を買って家へと戻る。
テレビもラジオも未曾有の災害を報道し続けており、時折流れる緊急地震速報に身構えながら夜を過ごした。

おつかい

2011年03月10日 16時00分10秒 | レポート
本日は珍しく奥が平日休み。
家の雑事が一段落したところでおでかけ。

おでかけ・・と言っても遠出するわけでもなくいつものご近所。
まずは郵便局へ。
所用を済ませた後はディスカウントスーパーに。
今回も車で来ているから大物を買う・・かと思いきや小物ばかり。

今度は家の近所の燃料屋さん。灯油が切れていたのでポリタンクを後部に積んで補充。
以前来た時はここの社長とケンメリ談義したのを思い出す。
灯油を入れてもらった後は、リヤフロアではなく、トランクに積み直す。
広くなった(ガラクタを片付けた)トランクはちゃんとトランクとして使えるのが喜ばしい(当たり前だ)


お使いを終えた後は駐車場へ。
本当に普通の車として使えることがなにより嬉しく、多少キャブがゴボゴボ言い始めてたが、
次回走るときは気持ちエンジンを回してやろうと思いながらカバーをかける。

そして今宵も夜勤へ・・・・

あなたの街のポリスステーション

2011年03月08日 15時08分42秒 | レポート
昨日は雨が夜更け過ぎに雪へと変わって夜勤明けの当方はえらく凍えていたり。
会社から電車を乗り継ぎ、地元駅に付いた頃には霙になって、さらに家に付く頃には雨に戻ったが、
寒さは変わらずで昨日は帰宅後は風呂に入って布団の中で包まるという・・

そして本日は例によって露払い。
9割乾いてるボディカバーの下には、部分的に水滴の残るケンメリのボディ。
雑巾を取り出し、トランク周り、グリル周りボンネット開けてエンジンルームなど、水のたまるいつもの場所を丹念に拭き上げる。
ひと通り綺麗になったところで、エンジン始動。
2000回転とやや高い回転数でアイドリングを行う。
雪が降ったとは言え、だいぶ暖かくなってきているせいか、ギヤの入りがすぐによくなる。

水温計を見ながら出発進行。
本日はご近所一周ではなく・・・警察へ。

本当ならば昨日行こうと思っていたが、先述のとおり外出には不向きな天候だったため
露払いも兼ねてその用事をケンメリで済ませることに。
健康のために歩いて行こうとも思ったが、1月に同様に歩いて行ったので、逆にケンメリで行ってみたくなった。というか歩くのめんどくさくて・・・

いつもは歩いて通っているやや狭い道筋をケンメリで走る。
商店街の中を通るので飛び出しなどに注意しつつ、前を行くタクシーに追従する形で抜けていく。
大通りではないので渋滞はなく、あっさりと目的地近くまで到達。

ケンメリをおもむろに停めて・・・

パチリ。

件のヨンメリパトカーを持って来るべきだったか(笑)

用事は何のことはない免許の更新である。
1月に案内の葉書が来たのでさっさと済ませてしまおうと徒歩で来たのだが、更新可能日和4日も前に来てしまい、受付のおねえさんも判子押してから気づく始末。
じゃあ後日・・・とうかうかしていたら、気づけば期限まであと数週間。
こりゃいかんと夜勤前の出動となった。

書類を出して視力検査。
で、おしまい。(え?)

優良運転者ならば、その場で交通教習ビデオをみておしまいだったのだが、
一般講習車は後日、区の施設にて講習会があるとか。
それがまた5月というので、今度は忘れないようにしなければ・・・

5分ほどで終わって再びケンメリに乗り込む。
歩いたら片道30分はかかるので、車で来て正解だったかも。
帰り道は商店街ではなく、大通りを通ってサクサクと帰還。
右に左に曲がったおかげで、きっと細かいところの雨水も取れたに違いないと思いつつ、
ボディカバーを掛ける。

気候も暖かく、吹け上がりも快調。
そろそろ遠出したい気持ちがムクムクと膨れ上がってくるのであった。

法事2

2011年03月05日 18時25分10秒 | レポート
1月は父の法事。
今日は叔父の法事。

前回は礼服はスーツキャリーで持っていったが、本日は着用していくことに。
礼服に黒ネクタイという出で立ちでケンメリに乗り込んだ。
前回は体調不良で不参加だった奥も本日はスーツ着用で同乗。
エンジンを掛けるが久しぶりに被らせてしまい始動に手こずる。
最悪プラグ交換が必要かと思ったが、3,4度目の挑戦でなんとか安定した。

ほっと一息ついていつもより高めの回転数でアイドリング。
USBファイルでの再生をやめてラジオに切り替え水温の上がるのを待つ。
針が動き始めたところで、出発進行。
久しぶりの革靴での運転でクラッチミートが若干もたつき、変速ショックが出てしまう。
未熟な運転技術に奥が軽く酔ってしまい、恥じ入るばかり。

ラジオでは各高速道路の渋滞情報を流しており、好天の週末は遠出をする人が多いことを改めて感じる。
好天とはいえ、日陰や風が当たるとまだまだ寒くコートは必須。今日は車なので置いてきてしまったが。

世田谷通りから荒玉水道を抜けていくいつものルートだが、今日は目の前の白いバンが車線の真ん中よりに止まる形で信号待ちをしていた。
ケンメリだとどうにか、その空いてる隙間を抜けて、左折側のレーンへ入れたが、ケンメリの後続にいたレンジローバーは白いバンに阻まれ通過できない。

状況に気づいた白いバンが今さらながら車体を車線内に戻そうとしているのをバックミラーで見ていたが、ギヤチェンジは下手でもレーンチェンジはしっかりやろうと思った次第。

水道道路を抜けて環八へ。
目の前のホンダの車も車両感覚を掴みきれてないようで、大型車対策のポールや対向車とすれ違うたびに0km/hまで速度を落とす減速。
土日らしいドライバーを目の当たりにしつつ、混雑気味の環八から大通りを抜けて法事を行うお寺の駐車場へケンメリを入れた。

駐車場から降りると従姉妹がすでに到着しており、その従兄弟の旦那さん(初見)からケンメリをネタに話を振られたりと話題作りに今日も貢献。

法事が終ったあとは、母と奥とを乗せて実家へ。

実家にて子供の頃のアルバムを見ていると、再び面白い発見が。
以前もヨンメリが映っているのを発見して驚いたものだが、今日もまたヨンメリネタが。


幼なじみの女の子と一緒に写った写真。

しかしよく見てみると・・・

おや?

これは・・・もしかして・・・

ヨンメリパトカー?

なんと当時既にヨンメリのオーナーだったことが判明!
パトカーで婦女子とデートですよ?

そんな自分にしかわからない小さな発見を一人興奮気味に家族に説明。

俺「こここ、このパトカーね、この前3000円で買ったんだよ!」

母「まだそんなもの買ってるの(ため息)」

親孝行の仕方がわからないとかいう変なCMが流れているが、ここにもわかってない36歳が一人。

夕方には実家を後にする。
もらったお土産をトランクに入れて、トランクが実用に耐えうるという実にアタリマエのことをさも偉業のように説明する俺。
土産の上にボディカバーをしまって、トランクを閉じて運転席へ。
駐車料金を支払い家へと戻る。

土曜の夕方とあり、道路はかなり混雑。
のんびりラジオを聞きながらの帰路。

陽が長くなったせいか、この時間でようやく夕焼けが。
助手席の奥に頼んで撮ってもらった一枚。

帰りは革靴でもしっかりクラッチミートし、酔うような無様な運転はしなかったと思いつつ、無事に駐車場へ到着。
ボディカバーを掛ける頃には夕暮れ時で、外灯の灯りが目立つ暗さに。
さすがに風が冷たいのでもらった土産を抱えながら、足早に自宅へと戻った。