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HonuのMacDogMusic部屋

Macと愛犬と音楽を連れづれに

5番目のビートル Sirジョージ・マーティン 死去

2016年03月09日 | Beatles

 マーティン氏のビートルズ作品は申すまでもなく、セリーヌ・ディオンからジェフ・ベックやマハビシュヌ・オーケストラに至るまで数々のプロデュース作品、音楽界への貢献は計り知れません。

 Let It Beで比較すると、Get Backグリン・ジョーンズ版=すっぴん、フィル・スペクター版=厚化粧、Naked=集成お色直しに比べ、マーティン版はナチュラル・ビューティです。

 White Albumは1枚にすべきだったと言っていましたが、一体どんな選曲になったのでしょうか。氏のアルバム In My Lifeを聴きながら追悼したいと思います。終曲 In My Lifeでのショーン・コネリーの朗読は、氏自身のレクイエム・・・


光あるところに影がある。水木しげる氏追悼

2015年12月05日 | Beatles

 天才漫画家の手塚治虫が科学の明るい未来と崇高なヒューマニズムを描く一方で、人の心の闇にうごめく妖怪や凄絶な玉砕体験を描いた異才水木しげる。

 手塚は、水木への対抗意識から傑作「どろろ」(おどろおどろしさのためか飽きたのか、妖怪退治が後半から早送りになり打ち切りなったのが残念)を描き、その後の「ブラックジャック」など清濁併せ持つ新展開で低迷期を脱する契機となった。



 下積みから脱し陽の当たる出版社パーティーの席で、手塚は「あなたの絵は雑で汚いだけだ。僕だってあなたみたいな妖怪ものぐらいいつでも描けるんですよ」と言って立ち去ったという。(石ノ森章太郎、大友克洋らにも同様の言辞を放っており、手塚流でライバルと認めた証しのようだ)

 水木はその場で反論せず、のちに自分が世界で一番で無ければ気がすまない棺桶職人を主人公にした短編「一番病」を描いてお返しした。手塚没後も、賞金に目がくらんで(笑)手塚賞特別賞を受賞したが、一番病じゃなかったので長生きしている(笑)とだめ押しスピーチしている。

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 この二人、Beatles解散後のJohnとPaulの愛憎劇に似てなくもない・・長生きは真逆だけれど。類い希なライバルの真ペン勝負、雲の上に舞台を変えてReprise、「鬼太郎ファミリーVS.百鬼丸」か。R.I.P.(敬称略)

 

※Paulと手塚氏は、ブラックホールのように一切合切吸引し、ホワイトホールのように次々に作品生み出す。最後には自分自身を吸い込んで世界を裏返してしまうバキュームモンスターみたいな・・(^^;; 


ジョンとポール'74Reunion

2015年12月03日 | Beatles

 お気づきかと思いますが、母親喪失トラウマで番った双頭の甲虫の長く曲がりくねった道…の左上の画像は本人達ではなくいつも抱腹絶倒のmerseyboysです。'74Reunionこんな感じだったと・・

 

 一人ビートルズから発展しネタが過多になりデイブ・スペクター化しつつありますが、ジョンとフレディ編には思いっきり笑い泣きしました(^0^;)

 

 


母親喪失トラウマで番った双頭の甲虫の長く曲がりくねった道…

2015年11月28日 | Beatles

 多感な時期に母親を失ったトラウマでつながった朋輩JohnとPaul。PaulはYesterdayを作ることで鮮やかに超克しましたが、これはJohnにとってエバーグリーンな名曲で喪失感を昇華されたことで2重のトラウマとなりました。屈折した愛憎は、The Dirty Mac(E.C.やKeith,M. Mitchellとのスーパセッション) など露骨な面当てなどなど・・・そして瓦解へとつながって行きました。

 Johnはソロになって「ジョンの魂」のMotherで超克しましたが、音楽・歌詞的にYesterdayのように技巧を凝らさず、当時受けていたプライマル・スクリーム療法の影響のもと、心の奥底から懊悩をありのままに吐露することによって解放されました。実生活でも符合して、代理母としてグレートマザー(太母)的なYokoとLindaを授かりました。

 Two of Usの歩んだ道を辿ってみると、JohnがIn my Lifeで故郷を読み込めばPaulはPenny Laneで、さらにMull of Kintyreで(Pubでの?)国民的愛唱歌を作りました。JohnはImagineで、先行したPaulに決定的なコンプレックスを与えました. Pipes of Peaceなどではまだまだメッセージの飛距離が足りません。未だに決定打が出せずにいます...。

 そう見ると2人には相聞歌がたくさんあります。さっと思いつくだけでも、Lovely LindaとOh!Yoko、The Luck Of The IrishとGive Ireland Back to the Irish、Happy X'masとWonderful X'mas 、Well Well Well とLet Me Roll It・・、打合せしたかと思えるほどシンクロしています。もしこれら一緒に制作したなら、とてつもない影響力をもった楽曲になったはずですが・・単純にI've Got A Feeling的合体でも。PaulはWanderlustでは1人で2人分演じて船出しようとしましたが。

 そしてPaulにもう一つ残されているJohnへの負い目は、JohnがGodで成し遂げたBeatlesの超克です。Paulにとって、これは常にBeatlesの幻影を求め続け巨大化する私たちBeatles fanの超克でもあります。

 ダコタハウスでは門前払いされていたPaulが、1974年Wings全米ツアー中に失われた週末中のJohnのもとを訪れ、S.Wonderを交えてセッションを行いました(画像参照)その後JohnがYokoのもとへ戻り主夫生活に入ると、Paulの音楽活動もスローダウンすることに・・。

 そしてJohnが凶弾に倒れた後、Paulは永遠に回帰する日々を永遠に成長しながら過ごす超人のように、精力的に活動しています・・天国でJohnと再びまみえる日に向けて。今年もまもなくJohnの命日を迎えますが、こんなことを思いました。


稀代の名曲Yesterdayに寄せて

2015年11月15日 | Beatles

 秋雨のけぶる週末、卑劣なテロの知らせに何とも居たたまれぬ気分です。秋の空模様のように、幸せに満ちた人生も一瞬にしてもう戻らないYesterdayになってしまいました・・。。亡くなられた方へ深く哀悼の意を表するとともに、ご遺族の方々にお悔やみ申し上げます。

 この曲は自分のもとを去った恋人を想う歌と思われがちですが、Paulが14歳の時に癌でこの世を去った母への想いを歌った曲ものです。清志郎さんのDaydream Believerも同じですね。今ではJohn、George、Lindaとの別れに際して特別な感慨を持って歌ったことでしょう。

 Little WingsさんのビートルG(コードフォーム)をめぐる実践的解析講座で感銘を受け、Yesterdayのライブ演奏を振り返ってみました。私は幸運にもTV放映の武道館とJames Paul McCartony Showで、生では東京ドーム Live2013,2015で聴くことができました。この名曲とともに様々な人々との思い出を改めて噛み締め大切にしたいと思います。

<Beatles1965>

EdSullivanショーやUKツアーでもPaulのソロで演奏されました(ビートルG)

<Liverpool 1965>
 

electric organの弾き語りで演奏されましたそうです(ビートルG?)聴いてみたいですね。

<Live in Germany1966>

バンド演奏で、PaulはBassでJohnがギター伴奏(ビートルG)のため、全音上げのGキーで歌っています。

<武道館1966>

 PaulはBassでJohnのギター伴奏なので、全音上げGキーで歌っています。演奏後、初ドウモ~を使用しています。

<James Paul McCartony Show1973>

 Beatles曲の封印を解いてますね。NHK世界のワンマンショーで放映。切々と歌う姿に感涙しました(;O;) ゆっくりしたテンポでJohnとの思い出を噛みしめるような歌い方で、Here TodayやSomedaysのようでもあります(レギュラーG)

<Austrailia1975>

 サウンドチェックの演奏(レギュラーG)BeatlesのライブではGeorge が紹介していました~“For Paul McCartney of Liverpool, Opportunity Knocks!(LoL)” Paulはこの演奏後にを振りながら"Opportunity Knocks"と叫んでいます(笑)

EndingのEm7、A 、Cで1弦ソをステイさせ、2弦をレド#ドと下降させています。

<ジェイルハウス1980>


 もちろんアカペラです・・フィリピン・マニラの拳銃密輸事件にからみ仲間一人を射殺、殺人罪で逮捕されていた極道が、ポールと警視庁の留置所で居あわせました。彼が五房でポールは二房、距離にして数メートルという近さ。そこで奇跡が起きました。

「ポール ! イエスタデイ、プリーズ ! 」と叫ぶや、ポールは「OK ! 」と応じ、トントコトンと床を叩いてリズムを取りながら、透き通るような声で『イエスタデイ』を歌い始めたのです。まさにそれは獄中のコンサートでした。

 壁越しにポールが歌ってくれた「イエスタデイ」を聴いたことで人生観が変わり、彼の歌を聴いたことがきっかけで更生したそうです。

<Live at the White House 2010>

 オバマ大統領ファミリー列席の下、ホワイトハウスで開催されたガーシュイン賞受賞記念コンサート。
S.Wonderらの大物アーティストのカバーの後で歌われました(ビートルG)

 就寝中にメロディが浮かんだYesterdayは、朝飯にちなんでScrambled Eggsというタイトルでした。その一節 "Scrambled Eggs,oh my baby how I love your legs?" が披露されています(LoL)

<東京ドーム 2013>

 福島の人達に捧げると歌ってくれました(;o;)(ビートルG)

 

PS.ビートルGは、2弦が調性を決める3度でなく5度なので、メジャーかマイナーか調性がはっきりしなくなります。楽しい日々が昨日になったことがまだ信じられない、あるいは、どうしたらいいのだろうという揺れ動く気持ちが表現されているのでは・・Wings時代はレギュラーGでメジャーになっているのは、Beatlesを超えてやるぞ!と吹っ切れた感じで強がっていて実は・・・みたいな(^_^;)