このワークショップの会場になったサンタフェの考古学センター、スクール・フォア・アメリカン・リサーチのダグラス・シュウオーツは、いまや考古学は他の分野との相互作用をとくに必要としている学問だとして、つぎのようにいった。
この分野の研究者は三つの基本的な謎をつきつけられている。
第1は、霊長類はいつ複雑な言語や文化をはじめとする人間性をかくとくしたのか?
約数百万年前、直立猿人が出現したときか、それともほんの2、3万年前、Homo neanderthalensisネアンデルタール人が完全に現代的な人間、ホモ・サピエンス・サピエンスに道を譲ったときか?
いずれであれ、どうして変化がもたらされたのか?数百万の種がわれわれの脳ほど大きな脳をもたずにうまくやってきた。なぜわれわれの種は別だったのか?
⇒2010年5月7日サイエンスには同じくマックス・プランク進化人類学研究所などによって、アフリカを出たホモ・サピエンスが10万~5万年前の間に中東でネアンデルタール人と混血していたという論文が収載された[2]。
第2に、なぜ遊牧的な狩猟と採集生活が農業と定住に取って代わられたのか?
第3は、どんな力が働いて、技術の分化、エリートの誕生、経済や宗教のような要素に基づく権力の出現、といった文化的複雑性が生み出されたのか?
アメリカ南西部のアナサジ文化の盛衰が残した考古学的遺跡は、あとの二つの問題に対する格好の野外研究所となっているが、これらの謎はどれ一つとしていまだに真の答えを見出していないと、シュウオーツはいった。
備考
Basket Maker1927年に、ニューメキシコ州のサンタフェ付近にあるペコス(Pecos)遺跡に関するアメリカ南西部の考古学に関する研究大会で、アメリカでもっとも偉大な考古学者の一人アルフレッド・ヴィンセント・キダーが、バスケット・メーカー文化をI期からIII期、プエブロ文化をI期からIV期に区分する編年の枠組みを提唱し(ペーコス分類)、現在も使われている。
答えを見出す唯一の望みは、考古学者と他の分野の専門家がこれまで以上に十分な協力態勢を確立することになると、彼は感じていた。
考古学のフィールドワーカーたちは、古代の気象やエコシステムの変化を再構築するうえで、物理学者、化学者、地質学者、古生物学者らからの豊富な情報を必要としているが、またそれ以上にに、古代の人間がどんな動機につき動かされていたかを理解するために、歴史家、経済学者、社会学者、人類学者からの情報も必要としていると、彼はいった。
そういった議論に大いに共鳴したのは、シカゴ大学の考古学者で、わずか数週間前にスミソニアン研究所の長官に就任したばかりの、ロバート・マコーマック・アダムズだった。
少なくとも過去十年間、文明の発展に対する人類学者の漸進主義的アプローチにますます我慢ができなくなってきたと、彼はいった。
メソポタミアに出かけて発掘していたとき、そういった古代文明がカオス的な変動と激変を体験しているのを知り、次第に、文明の盛衰は一種の自己組織化現象であって、人間は環境に対する認識の変化に応じてしかるべきときにしかるべき文化的オルタナティブを選択しているのではないかと考えるようになったと、彼はいった。
この自己組織化の話題をまったく異なった形で取り上げたのは、複雑性の現象をもっと根源的なレベルで研究しょうとしていたイギリス出身の25歳の鬼才、プリンストン高等学術研究所のステイーブン・ウルフラムだった。
事実、彼はイリノイ大学に複雑系研究センターを設立すべく、すでに大学と交渉していた。彼はつぎのようにいった。
物理学や生物学におけるひじょうに複雑なシステムを調べてみると、たいていの場合、その基本構成物と基本法則はきわめて単純である。
つまり複雑性は、こういった単純な多数の構成物が同時に相互作用することことから生まれている。複雑性とは組織化----システムの構成物が相互作用する無数の可能な状態----の中にある、と。
ウルフラムは、最近彼を含めた多くの理論家たちがセル・オートマトンというのは、プロセスグラマーが定めた法則に従ってコンピュータの画面にパターンを発生させるコンピュータ・プログラムである。セル・オートマトンには厳密に定義されているという長所があるので、結果を詳細に解析することができる。にもかかわらずセル・オートマトンは変化が豊かで、きわめて単純な法則から驚くほどダイナミックで複雑なパターンが生まれる。
理論家たちの挑戦はいつどのよにして自然界にそのような複雑性が出現するかを記述する普遍的法則を定式化することであり、答えはまだ得られていないが自分は楽天的に考えていると、彼はいった。
が、彼はこう付け加えた。この研究所をどのようにするにしても、研究者一人ひとりが高水準のコンピュータを与えられるべきである。コンピュータは複雑性の研究の必要不可欠の道具である、と。
この分野の研究者は三つの基本的な謎をつきつけられている。
第1は、霊長類はいつ複雑な言語や文化をはじめとする人間性をかくとくしたのか?
約数百万年前、直立猿人が出現したときか、それともほんの2、3万年前、Homo neanderthalensisネアンデルタール人が完全に現代的な人間、ホモ・サピエンス・サピエンスに道を譲ったときか?
いずれであれ、どうして変化がもたらされたのか?数百万の種がわれわれの脳ほど大きな脳をもたずにうまくやってきた。なぜわれわれの種は別だったのか?
⇒2010年5月7日サイエンスには同じくマックス・プランク進化人類学研究所などによって、アフリカを出たホモ・サピエンスが10万~5万年前の間に中東でネアンデルタール人と混血していたという論文が収載された[2]。
第2に、なぜ遊牧的な狩猟と採集生活が農業と定住に取って代わられたのか?
第3は、どんな力が働いて、技術の分化、エリートの誕生、経済や宗教のような要素に基づく権力の出現、といった文化的複雑性が生み出されたのか?
アメリカ南西部のアナサジ文化の盛衰が残した考古学的遺跡は、あとの二つの問題に対する格好の野外研究所となっているが、これらの謎はどれ一つとしていまだに真の答えを見出していないと、シュウオーツはいった。
備考
Basket Maker1927年に、ニューメキシコ州のサンタフェ付近にあるペコス(Pecos)遺跡に関するアメリカ南西部の考古学に関する研究大会で、アメリカでもっとも偉大な考古学者の一人アルフレッド・ヴィンセント・キダーが、バスケット・メーカー文化をI期からIII期、プエブロ文化をI期からIV期に区分する編年の枠組みを提唱し(ペーコス分類)、現在も使われている。
答えを見出す唯一の望みは、考古学者と他の分野の専門家がこれまで以上に十分な協力態勢を確立することになると、彼は感じていた。
考古学のフィールドワーカーたちは、古代の気象やエコシステムの変化を再構築するうえで、物理学者、化学者、地質学者、古生物学者らからの豊富な情報を必要としているが、またそれ以上にに、古代の人間がどんな動機につき動かされていたかを理解するために、歴史家、経済学者、社会学者、人類学者からの情報も必要としていると、彼はいった。
そういった議論に大いに共鳴したのは、シカゴ大学の考古学者で、わずか数週間前にスミソニアン研究所の長官に就任したばかりの、ロバート・マコーマック・アダムズだった。
少なくとも過去十年間、文明の発展に対する人類学者の漸進主義的アプローチにますます我慢ができなくなってきたと、彼はいった。
メソポタミアに出かけて発掘していたとき、そういった古代文明がカオス的な変動と激変を体験しているのを知り、次第に、文明の盛衰は一種の自己組織化現象であって、人間は環境に対する認識の変化に応じてしかるべきときにしかるべき文化的オルタナティブを選択しているのではないかと考えるようになったと、彼はいった。
この自己組織化の話題をまったく異なった形で取り上げたのは、複雑性の現象をもっと根源的なレベルで研究しょうとしていたイギリス出身の25歳の鬼才、プリンストン高等学術研究所のステイーブン・ウルフラムだった。
事実、彼はイリノイ大学に複雑系研究センターを設立すべく、すでに大学と交渉していた。彼はつぎのようにいった。
物理学や生物学におけるひじょうに複雑なシステムを調べてみると、たいていの場合、その基本構成物と基本法則はきわめて単純である。
つまり複雑性は、こういった単純な多数の構成物が同時に相互作用することことから生まれている。複雑性とは組織化----システムの構成物が相互作用する無数の可能な状態----の中にある、と。
ウルフラムは、最近彼を含めた多くの理論家たちがセル・オートマトンというのは、プロセスグラマーが定めた法則に従ってコンピュータの画面にパターンを発生させるコンピュータ・プログラムである。セル・オートマトンには厳密に定義されているという長所があるので、結果を詳細に解析することができる。にもかかわらずセル・オートマトンは変化が豊かで、きわめて単純な法則から驚くほどダイナミックで複雑なパターンが生まれる。
理論家たちの挑戦はいつどのよにして自然界にそのような複雑性が出現するかを記述する普遍的法則を定式化することであり、答えはまだ得られていないが自分は楽天的に考えていると、彼はいった。
が、彼はこう付け加えた。この研究所をどのようにするにしても、研究者一人ひとりが高水準のコンピュータを与えられるべきである。コンピュータは複雑性の研究の必要不可欠の道具である、と。