<初出:2007年の再掲です>
巻二の五 信長、人物評定をすること
取り急ぎ、周辺諸国で尾張に攻め込んで来るほど
の事も無く、正直に言ってしまうとまずいが「織田
信長も柴田勝家もかなり暇」といった状況である。
ただあまり行動を起こさずにいると周辺諸国から
「何をたくらんでいるのか」と勘ぐられるので、頻
繁に美濃との国境木曽川方面や駿河との国境三河方
面に偵察隊として赴くことにして、体裁をつけるこ
とにしている。長秀と同様、馬から自ら、はでに着
飾り直垂・狩衣をつけて最前線で練り歩くのである。
本音では「偵察隊として敵前に姿を見せるもののし
ばらく軍は避けたい」という微妙な空気である。信
長としては大好きな『お鷹野』が、「しばらくは不
謹慎と見られる」という理由から長秀に禁止されて
おり、やや鬱々とした心境である。
丹羽長秀は三人で打ち合わせたとおり、『商品相
場の操作・経費のかからない得する軍・問屋との口
銭交渉』という課題を、木下藤吉郎・松井友閑と毎
日打ち合わせながら鋭意進行している。目的は一つ
「美濃の斎藤義龍に対し、義父山城守道三の弔い合
戦を仕掛けるだけの軍資金を作り出すこと」である。
美濃武将の調略は以前同様黒田城の和田定利を通じ、
水面下で順調に運んでいる。
信長もこの年数えで四歳になる奇妙丸(のちの菅
九郎信忠)の世話に手が回るようになり、自分が小
さい頃習ってきたのと同じく、弓矢・鉄砲・兵法と
乗馬・水練を教えるよう長秀・勝家に頼み、また中
国の史書(史記・戦国策など)や日本の史書(日本
書紀から源平盛衰記・吾妻鏡・太平記などまで)を
読ませて教養をつけるよう指示を下す。
永禄三年(一五六0)年末、たまたまこの日は清
洲城で、畿内から関東までの国々の動きを分析して
いるうち、人物評定を行うことになった。
「ところで都のほうでは三好長慶殿がかなり力を持
ってきたそうじゃが、どうなっておるのかな?」
「そう、河内十七ヶ所の陣で畠山氏を打ち破り、細
川晴元殿とももめておるようですな」
「三管領(細川・斯波・畠山)もかたなしだな!世
の中これからどうなっていくのであろうか・・」
「とはいえ、その細川氏の中でも主家(京兆家)の
晴元殿も一時期のような勢いがなくなったが、庶家
(和泉半国上守護家)の流れを汲む藤孝殿という人
物がやりてとのもっぱらの評判でして」
「ほ~う、なるほど、細川藤孝殿か!近江の和田惟
政と黒田城の和田定利の兄弟もよい人物と付き合っ
ているものじゃ!」
「現在は第十三代足利将軍義輝の片腕と目されてい
るそうでございます」
「なるほど・・和田兄弟の話だけでこれまで対面し
たことがないが、どんな人物じゃ?政治手腕以外に
は?」
「古今の典礼に通じており、特に平安時代の史書・
歌書にかけては並ぶ者が無いとの評判が伝わってき
ております」
「すると古今和歌集なども、もちろんであろうな?」
「御意」
「美濃の件が一段落したら是非あってみたい人物で
あるな。次に関東の方面についてはどうなっておる?」
「駿河はご存知の通り今川氏真殿に統率力が無く、
現在国としてまとまっていないようですな。かえっ
て北条氏康殿が上総の里見殿を攻撃するなど調子が
良い」
「それは儂も耳にしたが、『里見から救援要請を受
けた越後の長尾景虎殿が上杉憲政殿に同道する形で
関東に進軍した』というところ以降はどうなったの
か教えてくれるか」
「御意。その後三国峠を越えた長尾景虎殿が厩橋城
を奪回し、上杉憲政殿を城主として入れたと伝わっ
ております」
「これはいい勝負だな!平家の流れを組む北条氏と
足利将軍への謁見を果たしている長尾氏とが関東で
雌雄を決するということだな!ただ元はといえば長
尾氏も桓武平氏であるから平家同士が関東で戦うと
いうことか!平家の儂も是非一度見に行きたいもの
だ!」
「こら、三郎、いくらなんでもそこまで無責任なこ
とは言うな!不謹慎である!」
長秀から怒鳴られても信長はニヤニヤしている。
「今川・北条があての無い関東での戦いで戦費を使
い、長尾が上杉の臣下として同じく関東で戦費を使
い、武田は国内の武将統一と平定で戦費を使う。そ
うすれば米や他の産品の租税と販売口銭で軍資金が
貯まっていくのはどこの国だ?五郎左衛門も頭がぼ
けたか?」
五郎左衛門も信長がそこまで先読みしていたとは知
らず、「あっ!」と驚いたまま開いた口がふさがらな
い。信長は相変わらずニヤニヤしている。が、長秀
が一つだけ思いつき、
「金が貯まるのは尾張と三河ですな!」
と答えると、今度は信長の口が「あっ!」と空いた
ままふさがらない。冷静に考えると、意外にもこの
戦乱の世の中で十分な軍資金を蓄えることのできる
環境にあるのは尾張と三河だけであった。
「う~む。あの三河の大たわけは、桶狭間での無作
法を含めてやることなすことでたらめだが、非常に
強い運を持っていると見えるな」
「御意。好き嫌いは別にして、松平元康殿(のちの
徳川家康)とは、『しばらくは極端な軍はせぬよう』
打ち合わせしておく必要がありますな。あと、『大た
わけ』が自分の置かれた良い環境と強運に気づく前
に我が陣に取り込んでおく必要があるかと」
「儂もそう思う。特に長男竹千代が数えで二歳、今
年は長女の亀姫も生まれておるからかなり気合も入
るであろう。そのほか特に動きはあるか?」
「先ほど申し上げた三好長慶殿に関して、家宰の松
永弾正忠久秀殿という人物が、かなり力を蓄えてお
るようで、今回の河内十七ヶ所の陣の後、大和を制
圧して御城(多聞城)の作事を開始したとの事。あ
の管領を管領とも思わぬアクの強い三好長慶殿の下
でそつなく事業をこなすとは、これですな」
といいながら、長秀は自分の眉間の辺りを人差し指
で横にすっと引くしぐさをする。いわゆる「頭が切
れる」という意味である。
新しい人物が新しい波を起こしてゆく。そして波
は時の流れとなり久しくとどまることは無い。すく
なくとも織田信長・柴田勝家・丹羽長秀の三人は新
しい波の頭にのっており、周囲に湧き上がる新しい
波頭を冷静にながめていた。
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<JR岐阜駅前の黄金の信長公像>
巻二の五 信長、人物評定をすること
取り急ぎ、周辺諸国で尾張に攻め込んで来るほど
の事も無く、正直に言ってしまうとまずいが「織田
信長も柴田勝家もかなり暇」といった状況である。
ただあまり行動を起こさずにいると周辺諸国から
「何をたくらんでいるのか」と勘ぐられるので、頻
繁に美濃との国境木曽川方面や駿河との国境三河方
面に偵察隊として赴くことにして、体裁をつけるこ
とにしている。長秀と同様、馬から自ら、はでに着
飾り直垂・狩衣をつけて最前線で練り歩くのである。
本音では「偵察隊として敵前に姿を見せるもののし
ばらく軍は避けたい」という微妙な空気である。信
長としては大好きな『お鷹野』が、「しばらくは不
謹慎と見られる」という理由から長秀に禁止されて
おり、やや鬱々とした心境である。
丹羽長秀は三人で打ち合わせたとおり、『商品相
場の操作・経費のかからない得する軍・問屋との口
銭交渉』という課題を、木下藤吉郎・松井友閑と毎
日打ち合わせながら鋭意進行している。目的は一つ
「美濃の斎藤義龍に対し、義父山城守道三の弔い合
戦を仕掛けるだけの軍資金を作り出すこと」である。
美濃武将の調略は以前同様黒田城の和田定利を通じ、
水面下で順調に運んでいる。
信長もこの年数えで四歳になる奇妙丸(のちの菅
九郎信忠)の世話に手が回るようになり、自分が小
さい頃習ってきたのと同じく、弓矢・鉄砲・兵法と
乗馬・水練を教えるよう長秀・勝家に頼み、また中
国の史書(史記・戦国策など)や日本の史書(日本
書紀から源平盛衰記・吾妻鏡・太平記などまで)を
読ませて教養をつけるよう指示を下す。
永禄三年(一五六0)年末、たまたまこの日は清
洲城で、畿内から関東までの国々の動きを分析して
いるうち、人物評定を行うことになった。
「ところで都のほうでは三好長慶殿がかなり力を持
ってきたそうじゃが、どうなっておるのかな?」
「そう、河内十七ヶ所の陣で畠山氏を打ち破り、細
川晴元殿とももめておるようですな」
「三管領(細川・斯波・畠山)もかたなしだな!世
の中これからどうなっていくのであろうか・・」
「とはいえ、その細川氏の中でも主家(京兆家)の
晴元殿も一時期のような勢いがなくなったが、庶家
(和泉半国上守護家)の流れを汲む藤孝殿という人
物がやりてとのもっぱらの評判でして」
「ほ~う、なるほど、細川藤孝殿か!近江の和田惟
政と黒田城の和田定利の兄弟もよい人物と付き合っ
ているものじゃ!」
「現在は第十三代足利将軍義輝の片腕と目されてい
るそうでございます」
「なるほど・・和田兄弟の話だけでこれまで対面し
たことがないが、どんな人物じゃ?政治手腕以外に
は?」
「古今の典礼に通じており、特に平安時代の史書・
歌書にかけては並ぶ者が無いとの評判が伝わってき
ております」
「すると古今和歌集なども、もちろんであろうな?」
「御意」
「美濃の件が一段落したら是非あってみたい人物で
あるな。次に関東の方面についてはどうなっておる?」
「駿河はご存知の通り今川氏真殿に統率力が無く、
現在国としてまとまっていないようですな。かえっ
て北条氏康殿が上総の里見殿を攻撃するなど調子が
良い」
「それは儂も耳にしたが、『里見から救援要請を受
けた越後の長尾景虎殿が上杉憲政殿に同道する形で
関東に進軍した』というところ以降はどうなったの
か教えてくれるか」
「御意。その後三国峠を越えた長尾景虎殿が厩橋城
を奪回し、上杉憲政殿を城主として入れたと伝わっ
ております」
「これはいい勝負だな!平家の流れを組む北条氏と
足利将軍への謁見を果たしている長尾氏とが関東で
雌雄を決するということだな!ただ元はといえば長
尾氏も桓武平氏であるから平家同士が関東で戦うと
いうことか!平家の儂も是非一度見に行きたいもの
だ!」
「こら、三郎、いくらなんでもそこまで無責任なこ
とは言うな!不謹慎である!」
長秀から怒鳴られても信長はニヤニヤしている。
「今川・北条があての無い関東での戦いで戦費を使
い、長尾が上杉の臣下として同じく関東で戦費を使
い、武田は国内の武将統一と平定で戦費を使う。そ
うすれば米や他の産品の租税と販売口銭で軍資金が
貯まっていくのはどこの国だ?五郎左衛門も頭がぼ
けたか?」
五郎左衛門も信長がそこまで先読みしていたとは知
らず、「あっ!」と驚いたまま開いた口がふさがらな
い。信長は相変わらずニヤニヤしている。が、長秀
が一つだけ思いつき、
「金が貯まるのは尾張と三河ですな!」
と答えると、今度は信長の口が「あっ!」と空いた
ままふさがらない。冷静に考えると、意外にもこの
戦乱の世の中で十分な軍資金を蓄えることのできる
環境にあるのは尾張と三河だけであった。
「う~む。あの三河の大たわけは、桶狭間での無作
法を含めてやることなすことでたらめだが、非常に
強い運を持っていると見えるな」
「御意。好き嫌いは別にして、松平元康殿(のちの
徳川家康)とは、『しばらくは極端な軍はせぬよう』
打ち合わせしておく必要がありますな。あと、『大た
わけ』が自分の置かれた良い環境と強運に気づく前
に我が陣に取り込んでおく必要があるかと」
「儂もそう思う。特に長男竹千代が数えで二歳、今
年は長女の亀姫も生まれておるからかなり気合も入
るであろう。そのほか特に動きはあるか?」
「先ほど申し上げた三好長慶殿に関して、家宰の松
永弾正忠久秀殿という人物が、かなり力を蓄えてお
るようで、今回の河内十七ヶ所の陣の後、大和を制
圧して御城(多聞城)の作事を開始したとの事。あ
の管領を管領とも思わぬアクの強い三好長慶殿の下
でそつなく事業をこなすとは、これですな」
といいながら、長秀は自分の眉間の辺りを人差し指
で横にすっと引くしぐさをする。いわゆる「頭が切
れる」という意味である。
新しい人物が新しい波を起こしてゆく。そして波
は時の流れとなり久しくとどまることは無い。すく
なくとも織田信長・柴田勝家・丹羽長秀の三人は新
しい波の頭にのっており、周囲に湧き上がる新しい
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