音次郎の夏炉冬扇

思ふこと考えること感じることを、徒然なるままに綴ります。

若き才能を応援したい

2006-09-16 16:33:29 | 本・雑誌
一冊の本を送っていただいたので読んでみました。『投資銀行青春白書』 これがすこぶる面白い。
ここ2年くらいで、ライブドア問題やその他、いわゆる経済ニュースが一般紙誌にも頻繁に取り上げられるようになって、マーケットに関わる人以外でも、ベーシックな知識を備えることのニーズが高まっているように思います。だからこそ、これらの事象をかみ砕いて伝えられる等身大の伝道師が必要なのです。

著者の保田隆明さんとは、何回かお目にかかる機会があったのですが、世の中には優秀な人がいるもので、「目から鼻に抜ける」という言葉は、こういう人のためにあるんだなあと思ったものです。才気煥発なだけでなく、ビジュアル的にもイケているのが羨ましい。ファッショナブルな出で立ちと小顔に、涼しげで知的な眼差しをたたえている・・・独身時代は合コンで向かうところ敵なしだっただろうなと。実際に現在も日テレ情報番組のレギュラーとしてだけでなく、ライブドアや楽天などの事件では、ニュース番組によくコメンテーターとしてお姿を見かけるようになっています。

一部の大学教授のように、難しいことを難しく書いたりしゃべったりする人というのはたくさんいますが、著者のように、難しいことを誰もがわかるように伝えるにはどうしたらよいかという方法論に、日夜心を砕いて実践している人というのは決して多くないと思います。

本書は、小説仕立てで外資系投資銀行の内幕をリアルに描いたもので、メインターゲットは金融志望の若い人に定めているのかも知れません。でも、巷間世間を賑わせているM&Aの実態や、株式分割、IR、デューデリジェンス(精査)などの用語がイマイチわからない人たちへの絶好の解説書にもなっています。ただ、この本は図表を用いた実務書ではなく、多くは投資銀行マンである主人公のミヤビと先輩梶田の問答で構成されている小説仕立てなので、すーっと読めてしまうと思います。昨今、銀行や証券会社が一様に「投資銀行宣言」なぞしていますが、一体投資銀行ってなんだ?

内容は読んでいただければいいので詳しくレビューはしませんが、私は親しい友人が外資系金融機関に勤めていた当時、こいつは一体何をしているんだ?と思った疑問のいくつかが氷解したという意味で興味深かったです。ああ、そういうことだったのねと。

いつ電話してもセクレタリーの方から「ミーティング中です」と応答され、「なんで日がなミーティングばっかりやってんだ!?」と思ったこととか、毎日深夜2時3時にタクシーで帰宅して、休日も出勤するので奥さんが般若のような形相に変わっていったこととか、たまのランチをした際にも、個別の案件については守秘義務があるので固有名詞は避けるものの、日本経済の壮大な話をしたと思えば、次の瞬間には大阪の平凡なメーカーにプレゼンしに行って「お宅の経営、こんなんじゃ駄目ですよ」とはったりかまして帰ってきたとか、コンサルみたいなこともやっている・・・。あとは外資系のメンタリティー(とにかくアピールが大事!アメリカ本社のボスに覚えめでたくなるようには英語力が必須とか)とか、雇用形態(ボーナスは目の玉飛び出しそうだけど可分所得は決して多くない)とか、頭のいい人がロジカルにやっている仕事と思いきや、持田社長率いるゴールドマンサックスが、広告代理店も真っ青の「THE接待」というべく泥臭い営業を展開していることとか、役職名(アソシエイトとバイスプレジデントってどっちが偉いんだ?)・・・など一般人にはなじみの薄かった外資系金融機関の裏側を覗くことができます。

この本は、著者の自伝的な作品とも読めます。ヒロインのミヤビも先輩の梶田も、ともに20代のころの彼の分身でしょう。保田さんとちょっとしたミーティングをした際に、お土産で持参してくれた超絶的な技巧を施したパワポのレジュメ(毎日いじくりまわしてたんですね、さすがプロです)や、彼がスピーカーを務めたあるカンファレンスに出席したときに驚倒した神懸かり的な講演(プレゼンに次ぐプレゼンの日々を送っていたんですね)を間近に見たことがあるので、納得がいきました。

読後に自分の「青春」を思い出しました。私は今とは全く異業種ですが、新卒でエンドユーザー向けの営業をしていました。人のこころを動かすためのプレゼン資料の作成は、いくらやっても終わりがない作業です。年の近い先輩・後輩とワイワイガヤガヤやりながら、日が変わることも度々で、会社のソファーで雑魚寝することもありました。今のようにPCがありませんから、資料を作成するためにカタログの写真をカッターで切り取っている最中に自分の指を切ってしまった同僚が断末魔のような叫び声を上げて、救急車で運ばれるのを見守ったのも、今ではいい思い出です。

投資銀行もハードワークですが、若いうちは「虎の穴」に入って揉まれる方が、後々役に立つのじゃないかなあと。今の若い人は、最初からまったりしようとしてはいないでしょうか。年をとって「まったり」するのはいいと思うのですが。

著者はブログでも、奥さんとの夫婦喧嘩などのお話も、重くならず率直にさらっと書ける技量の持ち主で、いつも感心しています。端整な風貌からは想像できませんが、関西の尼崎出身で野球部上がりゆえか骨っぽさのようなものも感じられます。この本を読んだ方は、軽妙な語り口の中に、時折ハッとさせられるセンテンスに出会うことでしょう。著者のトライアルともいえる本書のボーイミーツガールのお話は、多くの人の共感を得るコンテンツです。だって世の多くのカップルは社内結婚ですからね。

というわけで、保田隆明さんは今後も要注目です。
こういう才能あふれる方は、これからマルチな活躍をされるのだと思いますが、この本を読んで、経済だけでなく、小説も書けるのではないかと思いました。


三菱銀行出身で、銀行ミステリーの俊英である池井戸潤さんが、かなり前ですが、ある雑誌に思わずほろっとする恋愛ショートストーリーを寄稿していました。

あるOLの女性が主人公です。タッグを組んでいる男性の先輩社員が、会社のセキュリティーシステムの暗証番号をうっかり失念してしまいました。職責上、彼がそのことを公にするのはまずいので、内々に彼女に相談してきたわけです。本人以外知る由もない数字の組み合わせが彼女にわかるはずもありません。先輩社員から何かのキーワードにまつわる数字だとヒントを聞くのですが、それだけでは当然わかりません。でもふとしたことから彼女は街角の占い師に出会い、このことを相談します。女性占い師は色々不躾なことも聞いてきます。その先輩社員に恋人はいるか?とか・・・。

彼女はドキッとします。心の中で「それは私が一番知りたいことだ」と。

そしてその占い師は、ある番号を彼女に告げます。半信半疑で先輩に電話すると、受話器の向こうから歓喜の声が聞こえてきました。

え、どうしてわかったの? どうして?

たしかにその番号は、ヒントのキーワードにまつわる語呂合わせですが、すぐに的中させるなんて、この占い師は何者なの?

占い師は言いました。

「その番号は彼にとって特別なものだといいましたね。」

「はい・・・」

「それはあなたの誕生日じゃないですか」

あっ!

「占い師は最後に占い師らしいことを言った」

と結ばれるショートストーリーなのですが、本書にも同じ香りがしました。

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