音次郎の夏炉冬扇

思ふこと考えること感じることを、徒然なるままに綴ります。

かげろう(一発屋)にならないで

2010-12-22 03:31:50 | 本・雑誌
話題の齋藤智裕『KAGEROU』ですが、さすがに買いはしなかったものの、書店で平積みになっているものをパラパラと立ち読みをしました。流し読みしただけで感想を云うのは気が引けるのですが一言だけ。

著者は帰国子女にして英語が堪能、桐蔭学園でサッカー全国大会に出るわ、慶應ボーイだわ、人気俳優になるわ、当代きっての人気女性シンガーソングライターと結婚するわで、まるで劇画のような半生を送っており、若大将シリーズを地で行くような人です。そういうスーパーマンが処女小説で新人賞を受賞というのは、いささか出来すぎの感もありましたが、期待される要素というのはあったように思います。(だから売れている)

「ラブソングは二枚目には書けない」とか、「ファッションデザイナーは微妙な容姿の方が多い」とか「物書きは非社交的で偏屈」というイメージがあって、それはコンプレックスや屈託が創造のパワーになり、ものを紡ぎだすことにおいては、実体験よりもイマジネーションの方が重要だという意味で真理なのですが、なんの物怖じも不要なイケメンで頭も良いスポーツマンが小説を書いたら、一体どんなものになるのだろうという興味は誰しも持っていたと思うのです。

で、アマゾンのレビューが凄いことになっているようですが、あまり見ていません。あの豊崎社長はポッドキャストで、タイトルが意味不明、比喩が紋切型で稚拙と酷評していましたが、一応新人ですから、あまり巧みな構成やレトリックを期待してもどうかと思います。ただ、私が残念だったのは、会話文にいくつか首を捻るところがあったことです。

例えば、主人公のヤスオが会社をリストラされたくだりを語る場面があるのですが、

「会社に忠誠を尽くしてきたのに~」という表現がありました。

これは自分ではまず云わない台詞でしょう。普通は「あの人も会社に忠誠を尽くしてきたのになあ」とか「組織に忠誠を尽くしてきたのに汚職のスケープゴードにされた」など、第三者がいささかの憐憫や嘲笑の念をもって用いる表現です。もっと上の世代ならともかく、ヤスオは41歳という設定ですから私とほぼ同じ歳です。同じ状況であっても、下手な芝居でもない限り自らが口にすることはないでしょう。この辺の言語センスはどうなのかなと。

役者で小説家というパターンは珍しい、というかほとんど思いつかないのも当然で、俳優は身体を使って演じることこそが表現であり、物書きとは別のアプローチをしているからです。齋藤氏はモデルのバイトからスカウトされて芸能界入りしましたが、スパッと引退したところからすると、役者稼業に拘りがないのかもしれません。でも仮の姿だったとはいえ月9の主演まで務めたわけですから、これまで下手な脚本やベタな台詞にも何度か遭遇してきたでしょう。「いわねーだろ、こんなこと!」みたいな。だからリアルな会話表現にはもっと意識的かと勝手に思っていたのです。

それに齋藤氏は前掲のようなキャリアを持ち、ウィキによればお姉さんも準ミス慶應(その時のミス慶應は日テレの鈴江アナ)というんですから、貴族のような家庭ですよね。我々が想像もつかないような世界をリアリティーを持って語れる人材であり、それこそあのルックスですから、女性と会話する機会などは普通の男性の何百倍もあったでしょう。(黙っていても向こうから話しかけてくるから)だから、他の誰も描けない世界を提示することができるのではないかと、期待するところが若干ですが、あったのです。

私は小説を読むにおいて、会話文をかなり重視していて、30代の普通の女性が「~ですわ」とか云っている箇所にぶつかると思わず本を閉じたくなってしまうのですが、最近読んだ中で感心したのは、久保寺健彦『みなさん、さようなら』(幻冬舎文庫)です。さすが新人賞3冠をゲットした逸材だけあって、設定と構成がユニークでリーダビリティーが高く、特に会話文の瑞々しさが素晴らしい。この作品は、以前に首藤さんが紹介していた時から注目していたのですが、このたび文庫になって初めて読んだのです。特に少年と少女のやりとりがナチュラルで、小説世界にすーっと入っていけるのです。著者が長らく塾の先生をしていたからなせる業なのかもしれませんが、そういえばあの重松清も一時期、ライターになる前に多摩センターで塾講師していましたからね。『フリーター家を買う』や『阪急電車』でブレーク中の有川浩も、ライトノベル出身の作家らしく会話文は巧いと思います。おぢさんには少々甘目のラブコメですが。。。。


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