ロドス島の薔薇

Hic Rhodus, hic saltus.

Hier ist die Rose, hier tanze. 

真珠湾奇襲から六十五年

2006年12月08日 | ニュース・現実評論

真珠湾奇襲から六十五年

1941年12月8日月曜日に、大日本帝国海軍がアメリカ・ハワイの真珠湾を奇襲攻撃してから今日で六十五年を経過した。この奇襲攻撃を端緒として、日本はアメリカ・イギリス・ロシア・中国・オランダ・オーストラリアなどの連合国を相手に、全面戦争に突入することになる。

戦後に生まれた私たちは、当時の日本国民と政府の選択した決断の結果として、その後に国家と国民がどのような運命に至ったか、歴史的にこの目で見届けて知っている。

この戦争によって、日本国民の間に三百万人に及ぶ死傷者の被害を出した。もちろん、アメリカや中国などの敵国にも少なからぬ被害をもたらし、それらが今日に至るまで、中国の反日運動などに尾を引くことになっている。

それに何よりも敗戦後に日本国自体がアメリカに占領され、憲法を強制的に改定させられ、国家体制も強権的に変えられることになった。その結果として国内に生じた政治的、文化的な混乱は今日に至るまで続いている。日本国民は国家や民族としての誇りを失い、教育や道徳の劣化と崩壊を招いて、その再建もままならぬまま現在に至っている。真珠湾攻撃から65年後の今日の日本の現実を見るとき、この太平洋戦争は行なわれるべき戦争ではなかったことは明らかである。

当時の政府の選択としては、日米開戦を避けるべきであった。日本はなぜそれができなかったのか。この点について、太平洋戦争に対する批判と反省は、民間においても、また政府機関としても、まだきわめて不十分であると思われる。この戦争は、一般的な傾向としては、あたかも自然災害のように、また感情的に道徳的に「一億総懺悔」されるだけのように思われる。

もちろん歴史的な批判というものは、安易にできるものではなく、ある意味で歴史や現実は「理性的」なものである。歴史に対して謙虚であるべきなのは言うまでもない。しかし、それは何も批判を避けるということではない。むしろ、歴史的な事実に対する客観的で全面的な真摯で徹底した批判と反省こそが、真の謙虚さを示すものであると思う。

経済、政治、文化、教育、道徳などの観点から、また憲法をはじめとして、当時の大日本帝国憲法下の国家体制そのものの持つ問題点や欠陥などについて、その意義と限界について、全面的で客観的な歴史研究は、民間においても、公的機関においても実行されて、歴史的な文書として蓄積されてゆく必要がある。しかし、残念ながらそれは十分に実行されているとは言えないのではないだろうか。

今日のような開戦記念日や8月などの終戦記念日などには、いわゆる識者とされる人たちの意見が明らかにされるけれども、全体としてまだ十分とはいえないと思う。官民ともに、先の太平洋戦争などについての批判的研究の蓄積は質量ともにきわめて貧弱なものにとどまっている。

在野においてのみでなく、大学や大学院のアカデミズムの世界においても、また、内閣や国会などの国家機関のレベルにおいても、大日本帝国憲法や現行日本国憲法などの国家体制の組織上における欠陥などについての批判的な研究が極めて不十分であると考えられる。

先の太平洋戦争で火蓋を切った大日本帝国憲法下の国家体制では、内閣総理大臣の指揮権限の問題などが、とくに、憲法の制度上との関連で、その欠陥についての分析と批判がもっと深められていいと思う。当時の首相として近衛文麿氏などの指導力に対する批判なども見られるけれども、それは、単に近衛文麿氏の個人の資質の問題にとどめられるべき問題ではなく、明治憲法下の議院内閣制における、内閣総理大臣の権限規定にこそ問題があったと見るべきではないだろうか。

この議院内閣制の制度上の問題は、今日の日本国憲法にも引きずっていると思われる。明治憲法下でも現行の日本国憲法下でも、内閣総理大臣が強力な指揮権限を行使することのできないのは同じである。そのために問題が先送りにされたり、政治に停滞を招くことも多い。民主主義の政治体制の中でそれが十分に機能するためには、国家の最高指導者である首相に、どの程度の権限を与えるべきかという観点からも、大日本帝国憲法はどのような限界があったのか、また現行日本国憲法の実情はどうかといった観点からも検討されるべきだろう。

明治憲法の最大の欠陥として、軍隊の統帥権が内閣総理大臣に付属していなかったことが指摘されているのは周知のとおりである。内閣総理大臣は、陸軍大臣や海軍大臣に対して、強力な任免権をもたないのみではなく、陸海軍大臣によって内閣自体の命運を左右されることになった。

また、陸軍と海軍がそれぞれ陸軍省と海軍省として、独自の政治的な発言権を持っていたことも、軍事政策における政治的な統制が行き届かなかった原因である。その結果、海軍と陸軍がそれぞれ独自の省益を主張して、国家としての統一の取れた戦略を実行できなかった。このことも軍事戦略上の大きな弱点になった。

それは中国大陸における軍部の一部の跳ね上がりの暴走を許し、結果として、国家と国民に莫大な損害を与えることになった。海軍や陸軍などは、本来は、国防省の管轄のもとに国防大臣による国家の統一した意思の下に置かれて指揮、監督されるべきものである。

それらは明治憲法の起草者であった伊藤博文たちの政治的な判断によるものであるが、こうした明治憲法のもつ本質的な欠陥との関連で、先の太平洋戦争はまだ十分に批判的に研究されてもいないし、それはそのまま、戦後の日本国憲法の制度上の欠陥として無批判に引き継がれているのではないだろうか。それがまた今日の政治的な停滞の理由の一つにもなっている。

たんに大日本帝国憲法に対してのみではなく、この批判能力の不在は、今日の現行日本国憲法の欠陥についての国民の認識レベルにも現れているのではないだろうか。現行憲法の第9条問題などが戦後半世紀以上も放置されたままでいるのは、結局は国民の国家観に問題があるためではないか。

それはまた、最終的には大学や大学院における憲法や国家に対する学問的批判能力の水準の問題でもある。本来はそうした批判的研究は、日本国憲法の改定に生かされて、もっと早く、さらにより完全な憲法改正などに役立てられていなければならなかったはずである。

明治維新の指導者たち、大久保利通や伊藤博文、井上馨、板垣退助たちは、維新後に大日本帝国憲法を制定して、立憲君主国家としての体制を整備しつつ、欧米列強に対峙すべく、富国強兵政策を進めた。総体的にはそれはすぐれた国家運営として評価できるものである。その結果として、明治維新後わずか半世紀に足らずして、日本は日米通商条約などの不平等条約の改正を実現し、極東に自由で独立した強力な国家としての日本を形成しつつあった。

そうして日本は極東アジアの一角に、強力な独立国家として地歩を固めつつあったが、それは、その一方において、スペイン戦争以降、ハワイやフィリッピンを植民地とし、また中国に深く利権を確立しつつあったアメリカと太平洋を挟んで利害が対立することになった。

そうした当時の国際情勢において、日本はどのような戦略でもって対応すべきであったのかということについても、先の太平洋戦下の国家の組織体制の観点からと同様に、当時の指導者たちの判断と政治的な決断についても、個々に具体的に批判され吟味されなければならないだろう。

軍隊の統帥権が議会から独立していて、それが軍人の独走や軍部の政治への介入を許したことなどはすでに周知の事実である。しかし、そうした組織上の欠陥のみが、その後の歴史的な結末をもたらしたのではない。軍部における封建的な非民主的傾向や、軍人たちの、さらには国民一般の精神的な主体的な側面も批判されるべきだろう。

日米開戦の1941年からさかのぼること20年前の1921年に、第一世界大戦後の国際的な秩序形成のためにワシントン会議が開かれた。この会議において、日本とアメリカ、イギリス、フランス、イタリアなどの諸国の間で海軍の軍縮問題が話し合われた。このとき、海軍艦艇の保有比率を、英・米・日それぞれ、5・5・3にすることに決まったが、すでにその際にも、軍部からは強い反対があった。もし、この時に会議が成立していなければ、もっと早い時期に戦争状態に突入していたはずである。

それがかろうじてワシントン海軍軍縮条約として実現したのは、加藤友三郎や東郷平八郎といった、軍部に対して少なくとも指導力を発揮できる人間が当時には存在したからである。しかし彼らの死後は、英米との協調体制を主導できる人材はいなくなった。それも日米開戦を防ぎ得なかった大きな原因である。そうした人材の有無もまた戦争回避を大きく左右することになった。

昭和初期に日本が軍国主義的な国家体制に至るまでに、大正デモクラシーと呼ばれる民主主義的な時代趨勢は一時期としてはあったけれども、民主主義における国民全体の意識や制度はまだ未成熟な状況にあったといえる。

真珠湾奇襲に至る昭和初期の、そうした歴史的な状況に対して批判と反省が今日まだ十分であるとはいえないし、だから、その歴史的な教訓も生かされようがない。この程度では、同じ状況にふたたび立ち至ったとき、同じ間違いを犯すことになるかもしれない。

政府の失政によって、国民が悲惨な戦争を二度と体験せずに済むように、その結果として国民が動物以下の腐敗し堕落した状況にふたたび陥らなくとも済むように、また、平時においても、政府の政策の適切を期するためにも、国民は過去の歴史を教訓として、自分たちの指導者を育成し、また、自分たちの政府と国家と作って行かなければならないと思う。


 

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