こんな本を買ってみた。
本屋でこれを見つけたとき、私は、買うべきか買わざるべきか、非常に迷った。
今のところ、癌を発症しているようではないし、まして余命半年と言われているわけでもない・・・・・。
我が国には「言霊」という観念があって、縁起(?)の悪いことは口にするのを避けるものだとされているが、この場合は・・・・。
差し迫って必要でもないのに、買って手元に置いたりしたら、「呼ぶ」のではないだろうか?
まだ、お迎えをお招きするのは困るなあ。
だが、実は、私の本棚には「死」という文字のついた本がズラリと並んでいるのだ。マニア?
「死」文庫を持っていながら、いまさら何を恐れるかとも思うのだが、この本はタイトルがあまりに直球すぎる。
死に関しては、人はいくつかのタイプに分かれる。
まず、死なんてことは全然考えないタイプ。
わたしは死はいつも生の隣に座っているものなので、死を考えていない人なんていないだろうと思っていたが、身近にそのタイプがいたので驚いた!
私より一回り上で、大変朗らかな人なのだが、「自分が死ぬなんてこと、考えたこともないわ~!」と、それはまた良く通る声で歌うように言ったのだった。
そうか。もしかしたら、人間としてそのほうが前向きで良いのかもしれない。
それから、死が怖くて考えたくないタイプ。
きっと、このタイプが一番多いに違いない。
それに対して、一番少ないであろうと思われるのは、死を達観していて、恐れないタイプ。羨ましいなあ。自分にばっちり合う信仰に出会えた人だとそこに行き着くことが出来るのだろうか。
ああ、それからジャーナリストとか、作家とか、ものを書く人もきちんと事実を把握する習慣が出来ているし、内観することに長けているから、わりと冷静だ。
そして、死ぬのが怖いから、よく調べておいていざというとき慌てないようにしたいというタイプ。わたしも、これです。
このタイプのみなさんそうだと思うが、調べれば調べるほど訳がわからなくなってくる。
そりゃそうだ。だって、死んであの世を見て帰ってきた人がいないのだから、ほんとのところがわからない。
臨死体験をした人がいるけれど、人間は生命の危機に瀕するような状況になると脳内麻薬なるものが出るということで、苦痛を感じないメカニズムになっているようだから、ほんとに花畑のようなところを見たのか、ただの幻影かがはっきりしない。
やっぱり、イタコに頼むしかないのか?
科学で割り切れないのなら、私はもうそっちへ行くよ。っていうか、完全にそっちを信じられたら、それはそれで儲けものだ。
おっと、話がきりのないところへ行くところだった。
そうではなくて、その前、まだ命のある六ヶ月間の話でした。
やるべきことは山のようにあるのに違いないが、死を達観出来ていない人にとって一番厄介なのは、なんといっても自分を納得させることだろう。
私もじたばたするのだろうなあ。トホホ。
実際に、余命六ヶ月を宣告されて、この本を買うことが出来るのは、その段階をある程度超えることの出来た人なのだろう。
本屋で、今差し迫っているわけでもないのに、この本買ったら「呼ぶ」んではないか、と迷ったが、それでも買うことにしたのは、ほんとにそういう状況になったときには、私にはとてもその勇気が出ないかもしれない、と思ったからである。
レジで「この人、この本が必要な状況なのか」と緊張されても困るから、もう一冊とんでもなく柔らかい本も買うことにしたりして、本を買うのにこんなに苦労するのは初めてだ。
「本にカバーをお掛けしますか?」・・・・当たり前だっつーの!タイトル見たんでしょ!電車でこの本読んでたらみんなドン退きだよ。
「○○ポイント貯まっておりますが、お使いになりますか?」
・・・・ポイントかあ。私がほんとにそうだったら、ここでポイント使っちゃうのも負けた気がするしなあ・・・・・・、あっ、おいおい、客がこういう本レジに出して、お兄さん、それ、聞ける?
ほんとにマニュアル通りだね!
緊張させては気の毒と思って損したよ!
ああ、こんな些細なことで懊悩するのだ。
ほんとに「その時」がきたら、この類の本を買うのはチェーン店はやめにしよう。
営業スマイルは私の心をささくれ立たせるに違いない。
それから、馴染みの本屋はパス。
行きずりの本屋で、酸いも甘いも噛み分けたような顔のおじいさんが座っているところに限る。
ばあさんは駄目だ。顔に、気持ちが出ても困る。
きっと、同情されたくない。
やっぱり、今回、宣告受ける前に買うことにして良かった。
さらに、土俵際で本気で読むのではなく、平常心で読むことが出来るのは、ますます良かった。
・・・実は、15日、誕生日がきてひとつ年をとりました。
もう、折り返しを(とっくに)過ぎました。
癌年齢の大海を泳ぎまくってます。真面目に備えておくのも悪くないと思います。
今年の、誕生日を、とりあえず無事に迎えることが出来ました。
お母さん、ありがとう。そして、みなさん、ありがとう。