すすきのゼロ番地飲食店街

再発見!中央区南6条西4丁目に昭和レトロな雰囲気を漂わせる建物
1階が市場、その地下にすすきのゼロ番地飲食店街がある

すすきの歴史背景(2)

2012-06-10 | Weblog

 すすきの交番前

 さらに明治5年、岩村判官は政府高官を接待するために建坪 193 坪の「東京楼」

(南 6 西3 現第 2 桂和ビル)を建て、東京品川から遊女を呼び

優雅な花魁道中を繰り広げており、

東京楼は榎本武揚、黒田清隆ら多くの政府高官が利用した。 

花魁道中は花魁が振袖新造と呼ばれる若い花魁候補や禿とよばれる少女を

従えて芸妓置屋から待合茶屋まで練り歩くことで、今日では、

すすきの祭りの

催し物として毎年再現されている。

開拓使は明治10年に一定の区域外には芸妓置屋、待合、料亭の営業を

許可しない

三業規則を定めて、正式に「札幌遊郭」を発足させた。

三業とは貸座敷業、芸妓業、娼妓業であり、娼妓は、独立した営業者として

貸座敷業者から

部屋を借りて営業することになったが、実態は変わりなかった。

娼妓は東北出身者が多く、彼女達は年季奉公という形で働かされていたが、

一定の年限を働いても

郷里に帰ることはほとんど無かった。

年季を明ける率は極度に低く、大半の遊女が生涯を遊廓で終えている。

当時の遊女たちを偲ばせるものとして、豊川稲荷(南7条西4丁目)の

境内に、芸妓の名が刻まれた慰霊碑が残されている。

水子供養も行われており、地蔵に刻まれた文字の陰からは、彼女たちの

哀しい半生が見え隠れする。

=つづく=

  • 1871年 - 北海道開拓使により薄野遊廓が建設される
  • 1880年 - 札幌警察署薄野交番所(薄野交番)設置
    1918年 - 札幌市電薄野駅開業
    1920年 - 薄野遊廓が白石区菊水に移転する
    1971年 - 地下鉄南北線すすきの駅開業
    1974年 - マンモスキャバレー「ミカド」開店。松坂屋札幌店開店
  • (1979年ヨークマツザカヤ・1994年ロビンソン百貨店札幌店に店名変更)
    1981年 - 第1回すすきの雪まつり(現在のすすきの氷の祭典)開催
    1988年 - 地下鉄東豊線豊水すすきの駅開業
  • 2008年 - ロビンソン百貨店が撤退を表明、時計付き街灯が再建
  • 2009年 - ロビンソン百貨店が閉店。同ビルに総合商業施設「ラフィラ」開店。
  • 2010年 - 札幌東宝公楽が閉館。

 

平成24年5月30日(西側)・営業のご案内 

        •  味処   北 桜     高橋郁子   513-2285
        • スナック  ちろる     関 憲子   521-4482
        • スナック  カトレア    綿谷節子  531-6710
        •   ボヌール        澤村真弓   561-8558
        • dining AmafasA     東館孝一   532-0550
        • 居酒屋  野武士    山崎マサ子  531-7523
        • スナック  Again     木下知恵子  521-3639 


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