旅してマドモアゼル

Heart of Yogaを人生のコンパスに
ときどき旅、いつでも変わらぬジャニーズ愛

短編集「Loving YOU ~Fly to...~」<3話>

2011-12-03 | 管理人著・短編集(旧・妄想劇場)

 <1話> <2話>

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 11月、パリは晩秋から冬へと向かう季節でありながら、プランタンやギャラリーラファイエットなどの百貨店を筆頭にクリスマスのディスプレイで街中が彩られ、シャンゼリゼなどの大通りはイルミネーションで輝き、ひときわ華やいだ雰囲気に包まれる。
 クリスマスモードなウィンドウディスプレイが目を引く高級ブランドショップが立ち並ぶモンテーニュ大通りを職場に向かって歩きながら、私は仕事の電話を2本終わらせた。
 パリでの生活が始まってほぼ3週間。とにかく、仕事を覚えて慣れるだけでいっぱいだった。仕事は広告代理店業務なので、日本でやっていた仕事とほぼ同じなのだが、仕事の進め方が微妙に違っていたり、日常生活に困らない程度には出来るフランス語も、仕事で使うとなると勝手が違った。初めて耳にする言葉に何度も戸惑ったりつまづいたりしながら、近頃ようやく慣れてきた。それに、クライアントは日本の企業ばかりで、日本語でのやり取りが多く、仕事そのものがやりにくいということはない。
 ヴィトンショップのウィンドウに並ぶ新作に足を止めた時、携帯が鳴った。私はバッグから取り出すと、相手を確かめずに出た。
 「Allo.Je suis…」
 ― 俺だけど。
 田宮だった。私をパリに引っ張ってきたきっかけを作った張本人。
 「なんだ」
 ― なんだはないだろ。どう?もう慣れた?
 「まだ1ヶ月も経ってないのに慣れるわけないでしょ」
 ― マイコさんからは『優秀な人を紹介してくれてありがとう』って言われたけど?ちゃんとやれてるんだろ?
 「そんなのリップサービスでしょ」
 ― 前にも言ったけど、マイコさんはお世辞とか言わない人だよ。
 それは確かにその通りだった。私の直属の上司であり、会社の社長でもある小暮マイコは、いつでも思っていることをそのままストレートに言う。非常にわかりやすいが、聞いているこちらがビックリしたり、焦るような発言も時にある。しかし、海外でビジネスをするということはこういうことなのだと、彼女の仕事を間近で見てあらためて思う。思っていることをハッキリと口に出す、それは私にはまだまだ真似の出来ないことだった。
 ― ところで、今日久しぶりに夕食を一緒にしないか。
 「どうしようかな」
 ― 断るなよ。サヴォア予約したんだから。
 「何時?」
 ― 8時。
 「奢り?」
 ― 今日はね。君と二人だけだし。
 それじゃ喜んで、Merciと電話を切りながら、田宮に小暮マイコと初めて引き合わされた時を思い出した。
 あの日、田宮と二人、ルーブル美術館から向かったレストランで、先に席に来ていた彼女を紹介された。年は40代前半くらい、小柄で華奢な体型だが、動作や話し方が生命力に溢れていてパワフルだった。てっきり田宮に年上の恋人ができたのかと思っていたら、彼女は、私の今の会社での仕事内容を事細かに聞いてきた。
 なんだか面接を受けてるみたい……と思いながら答えていると、最後にいきなり、自分の会社で働いてみないかと誘われた。
 最初はパリ流の冗談だと思っていたら、彼女が具体的な仕事の内容や就労ビザの話、パリでの住まいの手配まで、細かな話を進めてきたので、これは冗談などではないのだと気づいた。
 「じつは共同経営者が、11月から産休に入ることになってね。まあ経営者と言っても、うちは小さい会社だから、トップ自ら営業にまわったり動いてるの。だから彼女の代わりが務まるような即戦力になれる人材を探していて。条件1、クライアントは日本人だから日本的な機敏がわかる日本人が望ましい。条件2、かつ広告代理店の業務に慣れた人。パリ在住の日本人はけっこういるけど、私が求める人材がなかなか見つからなくって。それで、誰かいい人知らない?って、ウチの上客である田宮さんにお願いしてたというわけ」
 まさかこんなに早く紹介してもらえるとは驚きだったわ、と小暮マイコは私が入社するものだと決めつけているようだった。
 「あ……でも、今の会社をすぐに辞めるというわけには……」
 「そうね。仕事の引き継ぎもあるでしょうし」
 いや、これはそれ以前の話だ。そもそも転職自体考えてもいないのだから。
 「すみません。私、転職なんて考えてもいないんです。今、初めてこの話を聞かされたので……」
 戸惑った顔を田宮に向けたが、彼は口元に微笑を浮かべただけで何も言わない。そして返ってきた小暮マイコの言葉に私は驚いた。
 「それは知ってる。あなたと実際に会って話をして、もし気に入ったら頑張って自分で口説いてくれって、この人に言われたの」
 小暮マイコは田宮を指差して、私の方に身を乗り出した。
 「ねえ、明日、会社に来てみない?実際に見てもらうのが一番だと思うから」
 「でも……」
 「今、あなたが所属している会社はあなたのキャリアにこれからも必要?」
 「キャリア……」
 「私の下で働けば経営学も学べるわよ。小さい会社だもの。仕事に制約なんてないから、あなたが思うように動いてみればいい。どんな仕事だって会社とそしてあなたを成長させるチャンスになる。ねえ、自分がどこまで出来るか、チャレンジしてみたくはない?」
 彼女のパワフルな語りに圧倒されて黙ってしまった私を見て、田宮が静かに言った。
 「君自身の人生の選択だからね。後悔しないようによく考えたらいいよ」
 「でも時間はないのよ。ここに滞在している間に答えを出してほしいわ」
 彼女は田宮の腕をポンと叩いた。
 「明日、彼女をウチに連れてきて。頼んだわよ」
 翌日、私は田宮と一緒に朝から彼女の会社を訪れて、産休に入るという共同経営者のミサさんと会い、仕事の内容を具体的に聞かされた。そして午後からは小暮マイコに連れ回され、彼女の仕事を目の当たりにしたのだが、現場を見ているうちに私はすっかりこの仕事に魅せられてしまった。再び夕食を共にする頃には、私はその場で雇用契約を交わしてもいいような気分になっていた。
 「それじゃ11月から働けるかしら?」
 小暮マイコの問いに、何の躊躇いもなく私は、ええもちろんと頷いた。
 今抱えている仕事の引き継ぎは何とかなるだろう。この会社のように一人体制でこなす仕事は少ないし、私の仕事をサポートしている後輩二人に引き継げば問題ない。それから退職手続きと、今住んでいるマンションを引き払って……
 その時、部屋の合い鍵を渡している彼のことを思い出した。
 「ところで、あなた恋人はいるの?」
 まるで、私の気持ちを見透かしたような彼女の質問に私は慌てた。わかりやすく顔に動揺が出ていたのかもしれない。彼女がわかった、というように頷いた。
 「遠距離恋愛になるけど覚悟は出来てる?」
 遠距離恋愛……というには日本とパリではあまりに遠すぎる。
 黙ってしまった私を見て、マイコさんは大丈夫よ、とケラケラ笑った。
 「一生戻れないわけじゃないんだから。うちは夏のバカンス休暇もクリスマス休暇もちゃんとあるわよ。安心して」
 でも、その休暇と彼のオフが合うかどうかはわからない。だいたいクリスマス休暇の時なんて、年末の歌番組にライブ、加えて正月の特番撮りなんてあったら多忙を窮めているはずだ。
 しかし、彼と離れて暮らすということがどういうことなのか、この時、私はまだちゃんと理解していなかった。新しい仕事への関心で気持ちが高揚していて、自分の決断を彼も喜んでくれるはず、と楽観視していたのだ。

 日本に帰国後、会社へ出した退職願いは、多少の混乱と動揺を招いたが、今年から複数人体制で仕事をするようにしていたおかげで、仕事の引き継ぎはそれほどの手間はかからなかったし、退職までの手続きも人事部の指示通りに必要書類を整えたりして、比較的スムーズに進んでいった。
 就労ビザなどパリの方の手続きは小暮マイコが手際よく進めていて、こちらはすべてお任せだった。
 部屋の整理も、パリに持っていくもの、実家に戻すものを少しずつ分けたりして、時間があまりないのにも関わらず順調に準備は進んだ。
 ただ、簡単にはいかなかったのが、彼への説明だった。
 帰国した日に会ったあの時、結局、私は話を切り出すタイミングに迷って、彼に何も言えなかった。それ以降、彼とは会えない日が続き、その間にも移転の準備は着々と進む。ついに部屋を引き払う日が1週間後に迫って、私は焦りだした。

 「ええっ!まだ話してないの?」
 有給休暇の消化で休みを取って、行政的な手続きを済ませた後、気分転換に美術館へ行った帰り道、私はオープンカフェで美奈子と待ち合わせた。
 美奈子は、私が彼にパリ行きの話をまだしていないことを聞いて、呆れたと首を何度も振った。
 「ちょっとおかしいって。いまのこの時点で彼に言ってないなんてありえない。誰よりも一番先に話すべきでしょう?何を恐れてるの?」
 「別に恐れてはいないけど……」
 「じゃあ何で話さないの?」
 「タイミング……」
 彼女は顔の前で手を払うように振った。
 「意味不明。あなたが言えないなら私から彼に話そうか?」
 私は首を横に振った。
 「大丈夫。今日の夜、会うことになったから」
 「あら、そう」
 美奈子はコーヒーカップの縁を指でなぞった。
 「部屋で?」
 「うん」
 「びっくりするでしょうね。部屋の中が片付いてて」
 美奈子の指が止まった。
 「ベッドルームはどうなってるの?」
 「そのままにしてある」
 彼が私のためにリメイクしてくれた寝室は、最後まで手をつけることが躊躇われた。ここだけは、彼が何も知らないうちに動かすようなことはしたくなかった。
 「そう」
 また美奈子の指がカップの縁をゆっくりとなぞり始める。
 「どうするの?」
 「ベッド以外はパリに持っていこうと思ってる」
 「そうなんだ」
 「何?」
 「何が?」
 美奈子と私の視線がぶつかる。
 「何か言いたいことがあるみたい」
 美奈子が先に視線を外した。秋の穏やかな日差しが、彼女のパステルカラーのワンピースに柔らかな光と影を作っている。
 「つまり、パリに行っても、彼との関係を続けるつもりなんだ」
 私は美奈子の言葉の意味がわからず、首を傾げた。だって、彼を嫌いになったわけじゃない。離れて暮らしても彼への想いは変わらない。
 「遠距離恋愛してる人なんて、この世にたくさんいると思うけど?」
 「なるほどね。彼も自分と同じ気持ちだと思ってるんだ」
 どういう意味だろう。
 「ねえ。もし彼から遠距離恋愛は無理だ、と言われたらどうするの?離れて何年も暮らすくらいなら別れよう、彼がそう言うかもしれないとは考えなかったの?」
 私は言葉を失った。美奈子の言葉にショックを受けたわけではない。ずっと自分で気づかないフリをしていた、自分自身の真の気持ちを言い当てられ、目の前に突きつけられたからだった。
 そう。ここに至るまで、彼にパリ行きを言えなかった理由はまさにそれだった。パリで生活すると言った途端に、彼から別れを切り出されたらどうしよう。考えるだけで胸がかき乱され、息が止まりそうになる。とても耐えられそうにない。
 美奈子は小さなため息をついて、私を上目遣いに見た。その眼差しには私を憐れむような表情が浮かんでいる。
 「やっぱりあなたって自分のことしか考えてないのね。だから大切なことをいつまでも彼に伝えなくても平気な顔してられるのよ。こんな間近になって、ずいぶん前に決まってた恋人の決断を知らされる彼の気持ちはどんなものかしらね」
 美奈子はゆっくりと視線をコーヒーカップに落として、呟いた。
 ― もし、私が彼の立場だったら、自分は彼女に必要のない存在なのかもって思っちゃうな……

 眠りが浅かったのかもしれない。不意に明かりと人の気配を感じて、私は目を開けた。
 「おはよう」
 彼の笑顔がすぐ目の前にあった。私は瞬きした。
 「……朝?」
 「ちゃうよ」と彼が笑う。
 「ゴメン。起きて待ってたんだけど、寝ちゃったみたい」
 ソファーから起き上がった私の隣に彼が腰を下ろして、私の首の後ろを揉んだ。
 「疲れてんとちゃうか。秋はイベントいっぱいあって大変やろ」
 「うん……」
 思わず口ごもった。実質、もう仕事はしていない。
 「なあ、おまえ……引っ越すんか?」
 「えっ?」
 彼からいきなり核心に入ってきて、私は焦った。きっと、そこらじゅうに置いてある段ボールを見て、思い至ったのかもしれない。
 私の首を揉んでいた彼の手が離れて、私は彼の顔を見た。さっきまであった笑顔はそこになかった。彼の横顔にさしている影に胸を突かれて、心がざわめく。
 「俺、アホやけど……」
 「……」
 「多少の英語はわかるで」
 彼が何を言おうとしているのか、わかった。荷物を分けるときに間違えないように、と気をつけたことが、逆に彼に気づかせてしまった。
 「段ボールに書いてるやろ。『実家』はええよ、わかるよ。だけど、『PARIS』って何やねん」
 「……」
 「あれ、パリって読むんやろ。俺かて分かるわ」
 彼がゆっくりと視線を私に向けた。私を見つめる彼の目に動揺が見え隠れする。
 「おまえ……パリに行くんか?」
 私は黙って彼を見返した。肯定も否定もしないで、唇をぎゅっと引き結んで、彼を見た。その問いの答えに「NO」はない。でも、「YES」という答えは言葉にすることが出来なかった。何も言わない私に、彼はおのずと答えを出したようだった。
 「いつ、決まったん?昨日今日の話やないやろ。この前、パリから帰ってきた時には決まってたんか?」
 彼の声がかすかに震えている。美奈子の言うとおりだった。私は彼を傷つけた。独りよがりな思い込みで勝手に動いて、彼の気持ちを一切考慮することなく無視したのだ。
 「……ずっと言わなきゃって思ってたの。でも、なんかどうしても言えなくて……」
 「いつから行くん?」
 私は息を小さく吸ってから、答えた。
 「今月末……」
 「今月末?」
 おうむ返しのように言ってから、彼は両手で顔を覆った。くぐもった声で、なんやそれ……と呟くのが聞こえた。
 「ごめんなさい……」
 彼の気持ちに寄り添いたくて、手を伸ばして彼の肩先に私の指が触れた時だった。「ちょっやめてくれんか」と、彼がその肩で私の手を振り払った。
 付き合って以来、彼からこんなにもハッキリと「拒否」されたのは初めてだった。そんな彼の反応に、私は怯え、まるで蛇に睨まれた蛙のように、身も心も縮こまってしまい、言葉も失い、ただ彼を見つめることしか出来なかった。
 顔を両手で覆ったまま、彼はしばらくじっとしていたが、帰るわ、と一言だけ呟いて、私の方を見ることなく立ち上がった。
 立ち去る彼を、私は追いかけることすら出来ずに、彼が座っていた場所を茫然と見つめ続けていた。


To be continued


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めっちゃ久しぶりの連載です。

本当はツアーが始まる前に終わらせる予定だったんだけど、なんだかね(笑)
最後に2話を書いてから、1か月以上も空けてしまいました。ひどいですねー
改善策として、スマホで短編をサクサク書く方法を探さないと。
あれかな、小さいキーボードみたいなんがあるといいんだけど。
それか、iPADを買うかなあ。

この連載ですが、、頭の中ではもうラストまで話は出来てますので、東京ドームまでには話を終わらせます。
さて。「彼」と「私」はどうなるんでしょうかね。
なんだかんだあっても、どうせハッピーエンドなんやろと思わせておいて実は…
となる可能性もないわけじゃないです。

続きをお楽しみに。

あ、仕分けのアムロ横山、ステキでしたねー
てか、ヒナちゃんがシャアって(笑)
レコメンコンビ、むちゃ美味しすぎるわー