みんなしてなんじょにがするべ!

今なすべきは意見を持ち発言すること。どうも心配な雲行きのこの国、言うべきことを静かにしっかりと言い続けたい。。

カラスは学ぶことができる

2015年02月28日 | 憲法守るべし


フロリダでマナティが暖かい水を求めて排水溝に入り込んで動けなくなっているところを救助されたニュースを見て、寒いときには暖かいところに集まりたくなるのは皆同じと、こんな写真を撮っていたことを思い出した。
あるアパートの2階にある通気口に、寒い日にはカラスが2羽やってきてしばらくの間寄り添うようにとまっている。カラスは学習能力が高いと聞いていたが、きっと暖められた空気が出ているのに気づき訪れるようになったのだろう。晴れた日でも雪の日でも寒い日にはやってくる。





皇太子さま会見

2015年02月24日 | 憲法守るべし
皇太子さまが55歳の誕生日に当たり記者会見された内容が宮内庁ホームページに掲載されている。


「被災された方々の悲しみやご苦労に思いを寄せ,厳しい環境の中で暮らしておられる方々の幸せとご健康をお祈りいたします。・・・」と自然災害の被災者に思いを寄せた後、戦後70年を迎えて戦争と平和についてどのようにお考えかと問われたのに対して次のように述べられた。

「・・・亡くなられた方々のことを決して忘れず,多くの犠牲の上に今日の日本が築かれてきたことを心に刻み,戦争の惨禍を再び繰り返すことのないよう過去の歴史に対する認識を深め,平和を愛する心を育んでいくことが大切ではないかと思います。そしてより良い日本をつくる努力を続け,それを次の世代に引き継いでいくことが重要であると感じています。・・・私自身,戦後生まれであり,戦争を体験しておりませんが,戦争の記憶が薄れようとしている今日,謙虚に過去を振り返るとともに,戦争を体験した世代から戦争を知らない世代に,悲惨な体験や日本がたどった歴史が正しく伝えられていくことが大切であると考えています。・・・我が国は,戦争の惨禍を経て,戦後,日本国憲法を基礎として築き上げられ,平和と繁栄を享受しています。戦後70年を迎える本年が,日本の発展の礎を築いた人々の労苦に深く思いを致し,平和の尊さを心に刻み,平和への思いを新たにする機会になればと思っています。・・・」


憲法上の制約があるため「政治的発言」にならないよう配慮されていると思うが、それでも、“今の日本”をどうとらえるかでは安倍総理の認識とは違うと分かる話しかたをされている。

皇太子さまは「我が国は、戦争の惨禍を経て、戦後、日本国憲法を基礎として築き上げられ・・・日本の発展の礎を築いた人々の労苦に深く思いを致し・・・」と、長い歴史を持つ日本だが〝いまの日本”は昭和20年の敗戦を境として“日本国憲法を基礎として築き上げられ”た日本であるとの認識をもとに語られている。


安倍首相は19世紀までさかのぼって明治維新をスタートに国を築いた人々を語るのななぜか。
首相は、皇太子さまが言う日本は、脱却すべき日本・壊すべき日本であり、美しい日本は明治からの日本にあると固く信じているからだろう。


辺野古 弾圧に米軍まで乗り出した

2015年02月22日 | 憲法守るべし
沖縄の辺野古基地建設に反対してたたかっている県民二人を米軍が拘束したいうニュースが伝えられている。現地の「辺野古浜ニュース」を転載する。


2月22日午前9時5分、山城博治さんと他1名が、米軍により拘束。名護署に移送されました。現在、多くの市民が名護署前に集まり、声を上げ続けています。

「提供地域内に入った」ことが拘束理由とのことですが、2名はデモ隊に基地境界を示すイエローラインの内側に入らないよう誘導している最中の拘束でした。沖縄タイムスの写真には博治さんの足を持って基地内に引きずり込む米軍と協力する警察、機動隊のようすが写っています。

ゲート前に結集を、名護署、米国、防衛局へ、抗議を!

名護署 184-0980-52-0110
米国大使館 184-03-3224-5000
沖縄防衛局 184-098-921-8131

14:00 市民2名は名護署に移送されたとの連絡があり、市民、抗議のため名護署へ
14:30 名護署「刑特法違反」で逮捕拘留手続きをとるとのこと。弁護士が接見へ。
15:00 国会議員、県議、名護署に到着、副署長と面会(大城正人署長は面談拒否)

◇ 接見した照屋寛徳さん(弁護士・衆議院議員)からの報告

「二人は今、完全黙秘をしておりますので名前を特定して申し上げられませんが…」
「髭を生やした男は大変元気であります」
「皆さんの抗議をする声は仲間の所にきちんと届いて、皆さん方の抗議の声に元気一杯でございます。」
「権力の弾圧にめげないで頑張るから、みなさんも辺野古新基地建設阻止の日まででがんばってくださいとの伝言がございました。」

◇ 副署長と話した赤嶺政賢議員からの報告(署長は面会を拒否)

「米軍が米軍基地に入ったという事で拘束して取調べをした上で、法に則って名護署に身柄を引き継いだんだと、名護署はこう説明していました。しかし米軍が法に則ったというのはどういう事だと言っても、米軍が判断した事で自分達には説明できないと言います」

◇ 県議団からの報告

「県警は、突然米軍がやって来て拘束したと。私たち(県警)はやっていませんと」
「米軍が判断したことで名護署では説明できない」
「法律の問題も答えられない。抗議も受け付けない」
「米軍のする事は県警は判断しません」
「どういう法律で米軍が逮捕したのかと聞いても《現時点ではわからん、今から調べる》」

4.弁護士からの報告
「山城さんに関しては、米軍のガードマンが中に引きずり倒した、もう一人は助けようとして倒された」
「「基地の中に入った」というのは倒されたのが理由」
「線の中に入ったのは自分の意志じゃない。違法行為はありえない」
「そのあと軍人から二人に後ろ手錠かけられ、約3時間拘束。その後名護署に移送」
「県警は記録のビデオを観て「これでいいんですか?」と確認して名護署に連れてった」

公明党はつらいよ!?

2015年02月21日 | 憲法守るべし
憲法違反の集団的自衛権容認閣議決定を具体化する憲法違反の作業がいよいよ本格化している。安保法制の整備のための自公による与党協議に、次々と政府が自衛隊の活動を拡大する提案を続けている。

今朝の新聞によれば、自衛隊の海外派兵に関する周辺事態法と国連平和維持活動(PKO)協力法を「改正」して新たな恒久法を制定する方針を示したという。
周辺事態法は地理的な制約を取り払うこと、PKO協力法は国連安保理事会の決議がなくても後方支援ができるようにするのだそうだ。


いつもの通り公明党は「慎重」だそうだ。公明党自身が「慎重です」と言ったのではないとは思うが、「反対ではないよ。でも、もうちょっと慎重にやろうよ」という態度なのだろう。
自衛隊は「専守防衛」(日本国内だけ)から「周辺事態」(日本の周辺)へと活動範囲を広げてきたが、今度は「世界中どこまでも出かけていくぞ、それも政府(首相)が命令すればいつでもOKだ」ということだから、憲法はあっても無きに等しい状況になる。
それなのに自称平和の党の「慎重」と受け取られる態度はどうしたことか。平和の党を演じ続けたいし、与党から離れたくもない公明党のジレンマにちがいない。

マッサン

2015年02月20日 | 憲法守るべし
「あまちゃん」以来NHK朝ドラを楽しみに見ている。今放送中のマッサンも面白く見てきたが、ついに昭和17年まで時が進んで、米英との戦争はミッドウエィ海戦の大敗北を境に連戦連敗へ、大きな転機にさしかかった。それだけに国民への監視・弾圧ははげしくなった時期で、マッサンの家族にも襲いかかてきたところで、ハラハラしながらみている。
エリーさんが、「私のどこが悪いか分かるように説明してください」と特高に反論するが、これは70数年前だけのことではないぞとふと考えた。
当時は治安維持法や軍機保護法などをはじめとする国民弾圧法とともに、教育をはじめとして国民精神を戦争に動員する仕組みがつくられ、国民互いに監視しあうような体制になっていた。今の日本がそんな体制にあるとは誰も思わないが、しかしそういう不安な方向に進んでいるかもしれないという感じは否めない。
特定秘密保護法。国民は何が秘密かも分からないなか、ある日突然警察に連行されるかもしれない。「わたしのどこが悪い」と聞いても「それは秘密だ」と無理やり連れて行かれる。そんな日が来るかもしれない。すでに、ある勢力にとって気に入らない発言、行動に対してはテロが予告される、脅しの手紙やメールが届きネット上で悪罵が浴びせられるなどがまかり通っている。
マッサンとエリーさん負けるなと応援しながら、あんな世の中に戻してはならない、戦争もやむを得ないなどという理屈を通してはならないと強く思い、明日からを楽しみにしている。

野中氏の揺るがぬ保守の良心

2015年02月16日 | 憲法守るべし
盛岡市材木町《賢治ストリート》で見つけた


安倍内閣の閣議決定・集団的自衛権容認によって自衛隊の性格がガラッと変わり、当然訓練や装備も海外で戦争ができる軍隊のものになっていく。来年度防衛予算(案)は5兆円の一歩手前まで拡大した。テロ組織による人質事件を機に、政府・与党などのなかには自衛隊による邦人救出まで言い出す始末だ。
本当に、このときとばかりに調子に乗って勇ましいだけの軽率な議論をする“せんせい”達によって、自衛隊員と若者の命が奪われることになりかねない。


昨日のテレビ番組で野中広務元官房長官が、安倍首相の施政方針演説について「わたしが中学生のころ、昭和16年に東条英機首相が(行った)大政翼賛会の国会演説のラジオ放送を耳にしたときの感じと変わらない」「重要な部分に触れないで、非常に勇ましい感じで発言された」と述べ、ODAに関する新たな「大綱」にも「非軍事的援助と言いながらも、それが先方で軍事的に使われても何も言えない」「これからの平和につながらない」と指摘した。そして最後に「わたしは戦争を経験した生き残りの一人だ。「どうか現役の政治家に『戦争はおろかなものだ』『絶対にやってはならない』ということを分かってほしい」と訴えた。(しんぶん赤旗より)

朝日新聞は「戦後70年」第2部として「戦争のリアル」の連載を始めた。多面的に「リアル」を伝えてほしい。






道徳を「特別の教科」にすることについて そのⅥ-4

2015年02月15日 | 憲法守るべし
安倍政権が進める道徳科目を設けて評価を指導要録に書く(多くの学校では“通信簿”にも書くだろう)ような道徳教育では道徳性を育むことはできない。ましてや国家主義道徳を説くのでは反道徳であると書きながら、道徳教育はどのようにおこなわれるべきかにもふれてきたが、最後にそのところを整理しておきたい。

1 道徳的判断の最も根本にあるべき価値=「人間の尊厳」についてしっかり伝えることが大事だ。そのために教育活動のいろいろな場面で「基本的人権」について十分に教えなければならない。

2 学校が「人間の尊厳」を大事にするところでなければならない。授業でも、生活全体でも子どもがだいじにされる学校づくりの努力が求められる。当然だが、校長を含む先生たちの間にも民主主義的な関係がつくられなければならない。

3 子どもたちの自治的な活動を盛んにして、子どもたちが民主主義を実際に体験して身につけていくように導くこと。子ども、保護者、教職員などがいろいろな形で学校づくりに参加できる仕組み作りが検討されなければならない。

4 子どもたちは「愛国心」をどのように学んだらよいかは、今道徳教育を考えるうえで避けては通れない。他国を敵視し他民族を蔑視して「我が国こそ一番」といったふうな偏狭な愛国心ではない、日本国憲法の原則に立つ愛国心を育むことだ。日本の歴史や文化を学び、「人間の尊厳」、「平和」、「民主主義」の方向で子どもが自主的に判断する力を育てることが肝心だ。

5 おとな自身がよりよい社会を築くために努力すること。「道徳性」を素直に実行しやすい社会でなければ道徳は歪まざるを得ない。社会から一つ一つ「人間の尊厳」を歪め否定するものを取り除いていくおとなのたたかいは、「無言の道徳教育」である。



道徳を「特別の教科」にすることについて そのⅥ-3

2015年02月11日 | 憲法守るべし
自民党・文科省が子どもと教師に〝押し付けている”「道徳教育」は、子どもの道徳性を育まないばかりか人格の完成を妨げることさえある。


愛知県一宮市立中学校のある校長が、建国記念の日にあたって生徒に講話を行ったことがその学校のホームページに掲載されている。
文科省が定めた学習指導要領に「忠実に従って」道徳教育の一環として行ったものだろうが、「立派な日本」だから「日本を愛しなさい」とは、自然や社会に対する科学的認識(力)は道徳教育を成り立たせる重要な柱であるとともに、人間が人間らしく育つために欠かせない能力であることは眼中にない。まさに“修身”の復活である。


以下のURLより転載します。

http://www2.schoolweb.ne.jp/weblog/index.php?id=2320068&type=2&category_id=12055

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2月11日は建国記念日です。
そこで、今日は日本のルーツ、日本の起源について、お話をしたいと思います。

日本の建国は、今から2675年前の紀元前660年2月11日、初代、神武天皇が即位した日が始まりです。

世界一広いお墓、大仙古墳で有名な、16代仁徳天皇が、ある日高台に登って遠くをご覧になられました。すると人々の家からは、食事の準備のために煮炊きする煙が少しも上がっていないことに気付いたのです。
仁徳天皇は「民のかまどより煙がたちのぼらないのは、貧しくて炊くものがないのではないか。都がこうだから、地方はなおひどいことであろう」と仰せられ、三年間、税を免除されました。
税を免除したために朝廷の収入はなくなり、宮殿は大いに荒れました。天皇は衣を新調されず、茅(かや)葦(ぶき)屋根が破れ、雨漏りがして、星の光が屋根の隙間から見えるという有様でした。

三年がたって、仁徳天皇が同じ高台に出られて、遠くをご覧になると今度は、人々の家々から煮炊きする煙が盛んに立つのをご覧になり、その時、仁徳天皇がこのように言われたということです。
「高き屋に のぼりて見れば煙立つ 民のかまどは賑わいにけり」
そして、一緒におられた皇后に「私は豊かになった。喜ばしいことだ」とおっしゃったということです。
皇后はそれを聞いて「陛下は変なことをおっしゃいますね。衣服には穴があき、屋根が破れているのに、どうして豊かになったといえるのですか」
すると「国とは民が根本である。その民が豊かでいるのだから、私も豊かということだ」と言われ、天皇は引き続き、さらに三年間、税をとることをお許しにならず、六年が経過して、やっと税を課して、宮殿の修理をお許しになりました。
すると人々は命令もされていないのに、進んで宮殿の修理をはじめ、またたくまに立派な宮殿ができあがったといいます。

この話は神話であり、作り話であるという説もあります。しかし、こうした神話こそが、その国の国柄を示しているとも言えるのです。

こうした天皇と国民の関係性は、何も仁徳天皇に限ったことではありません。敗戦直後の1945年9月27日、124代昭和天皇はマッカーサーと会見をしました。そして、その会見で昭和天皇はこのようにマッカーサーに話したのです。

「今回の戦争の責任はすべて自分にあるのであるから、東郷や重光らを罰せず、私を罰してほしい。ただし、このままでは罪のない国民に多数の餓死者が出る恐れがあるから、是非食糧援助をお願いしたい。ここに皇室財産の有価証券類をまとめて持参したので、その費用の一部に充ててほしい」と述べたのでした。

それまで、天皇陛下が、多くの国王のように、命乞いに来たのだろうと考えていたマッカーサー元帥は、この言葉を聞いて、やおら立ち上がり、陛下の前に進み、抱きつかんばかりにして陛下の手を握り、『私は初めて神のごとき帝王を見た』と述べて、陛下のお帰りの際は、マッカーサー自らが出口まで見送りの礼を取ったのです。

このように、初代、神武天皇以来2675年に渡り、我が国は日本型の民主主義が穏やかに定着した世界で類を見ない国家です。
日本は先の太平洋戦争で、建国以来初めて負けました。しかし、だからといってアメリカから初めて民主主義を与えられたわけではありません。また、革命で日本人同士が殺しあって民主主義をつくったわけでもありません。
古代の昔から、日本という国は、天皇陛下と民が心を一つにして暮らしてきた穏やかな民主主義精神に富んだ国家であったのです。

私たちは日本や日本人のことを決して卑下する必要はありません。皆さんは、世界一長い歴史とすばらしい伝統を持つこの国に誇りを持ち、世界や世界の人々に貢献できるよう、一生懸命勉強に励んで欲しいと思います。

いわての子どもを健やかに育む条例

2015年02月08日 | 憲法守るべし
      朝焼けの岩手山


1月27日岩手県は、岩手県子ども・子育て会議子ども育成部会でまとめた「いわての子どもを健やかに育む条例」(仮称)を2月県議会に提案し、可決されれば今年4月から施行すると発表した。
発表では、岩手の子どもをめぐる現状、課題について、「少子化・核家族化が進行し、子育ての孤立化が懸念されるなど、社会全体での子育て支援が必要」、「児童虐待や子どもの貧困化など、子どもの権利にかかる課題への対応が必要」などをあげて、「本県として子どもを健やかに育むための基本理念等を定め、社会全体で支援に取り組んでいくことが必要との考えから」条例を定めると説明している。

部会では、(国は消極的に扱っているように見える)子どもの権利条約も念頭に話し合われたもようで、県民の運動や遠野市など自治体の取り組みが県政に反映されたと思われる。
条例案はまだ発表されていないが、岩手県のホームページには条例素案が掲載されている。



道徳を「特別の教科」にすることについて そのⅥ-2

2015年02月07日 | 憲法守るべし
和歌山県紀の川市の小学生殺人事件、名古屋の大学生による殺人事件など、最近はなぜ事件に至ったのか理解できないものが多く困惑する。全く関係のない人間をなぜ殺すのか、殺せるのか。その犯罪者の“特殊な性格”があるのだろうが、日本の社会が病んでいるとしか言えない。
その“特殊な性格”は、生まれながらに備わったもではない。そんなものをもって生まれてくる人間はいない。育つ過程で、家族も含めた回りの人間関係の影響を受けて人間性・道徳性は形成される。家族はまた、もっと大きな社会の強い制約や影響を受けている。もちろん同じ社会の中にあれば誰も同じになるのではないが、社会が病んでいればいるほど一人ひとりの人間性・道徳性は歪められる可能性は高まる。


学校において、人間関係の中に日々起きる問題・課題の解決を図る生活指導を中心に、子どもたちの自治的、民主的な活動を通じて道徳教育がすすめられたとしても、それで道徳的な実践がなされるかといえば難しいのが現実だ。ましてや、指導要領が定めた徳目を並べた計画の順番に「授業する」・「勉強する」のではいっそうのこと難しい。
文科省などが道徳の教科化を言い出すきっかけにされた大津市のいじめ事件を検証した第三者委員会が「道徳教育の限界」を指摘している通りだ。

問題行動を繰り返す子どもと向き合って“苦闘”する中で先生たちは、どうすれば子どもは変わるのかを経験的につかんできたという。
その一つは、教師(おとな)は、問題行動を繰り返す子どもに頭ごなしに「ダメッ!」と否定するのではなく、まず子どものおかれた苦境を知り、同じ人間としてその苦境に共感し支えること。
二つ目は、子どものおかれた非人間的な現実を少しでも人間的な環境に変えること。子どもが安心できる場を常識にとらわれずにつくること。この二つだという。

勝田守一さんが言った「人間の尊厳を実現することが道徳性の核心」であるならば、道徳性を育む道徳教育は、「何かの規範にあっているかあっていないかではなく、その人の人間の尊厳を守るために必要なことを選び取ろうという、スパンを長くとった対応」でなければならない。
先生たちにそのような道徳教育の確立を期待するとともに、親・保護者はじめ国民がやらなければならないことがある。

いま子どもたちもおとなも、病んだ社会で困難な人と人の関係の中で懸命に生きている。その人と人の関係を「どんな人間も暴力を受けたり、嫌な目にあわされたりする理由はない。どんな人間にも人間の尊厳がありそれを互いに犯すことは許されないという、20世紀に確立した基本的人権を土台にした関係」につくり変えていく努力が求められていると思うのだ。
そのような学校、そのような社会にするための努力をおとながしないで、「子どもは道徳心が足りない」といって“ありがたい”規範意識(徳目)を教示するのはやめなければならない。