みんなすてなんじょにがするべ!

今なすべきは意見を持ち発言すること。どうも心配な雲行きのこの国、言うべきことを静かにしっかりと言い続けたい。。

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        民主主義を理解しない首相

2014年06月30日 | 憲法守るべし
 公明党は影の筋書き通りに集団的自衛権を容認するところに落ちた。この党に未来はない。なぜか?「平和の党」などと偽の旗印を掲げて戦争する道を歩んでいるからだ。
 自民党は党是に沿っているようだが、国民の意思から大きく外れたところで、しかもやってはならないことを、やってはならない方法で「決める」とんでもない党で、やはり未来はないだろう。

 
 首相官邸の「ご意見・ご感想」に以下のようにメールした。

 国民の6割が世論調査で明確に反対の意思表示をしています。内閣には、国民から国民の意思に反する決定をする権限を与えられていません。
 首相は政治家ですから、自身の考えをはっきり言うのは当然ですが、安倍首相は「思うことは何でもできる」と勘違いしているのではないでしょうか。
 民主主義を理解しない首相に、国民を守るなどと言われても怖くなるだけです。恩着せがましいことを言わずに、民主主義、立憲主義を守ってくれた方がずっと安心です。
 集団的自衛権行使容認の閣議決定はやめてください。
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またしても裏切った公明党

2014年06月28日 | 憲法守るべし
 1週間ほど休んでいる間に、集団的自衛権行使容認をめぐる与党協議が進展し、案の定公明党は自民党に屈服した。

 公明党はこれまで何度も政治の重要局面で同じような裏切りを繰り返している。
 最近では教育委員会制度「改正」で、はじめは自民党案を「教育への政治介入を許す」おそれがあるとして受け入れなかった。しかし、与党協議の結果自民党案の根本の部分、つまり政治が教育に介入できる仕組みを「首長が自治体の教育大綱を定める」とし、教育委員会を首長と新教育長の下に置くことで決着してしまった。
 福祉の党を売り物にしていながら、社会保障の切り下げをすすめる自民党と駆け引きをして、多少の譲歩を引き出しては「公明党が頑張って食い止めた」と宣伝して国民、特に支持する創価学会員をだまし続けてきた。
 
 
 自称平和の党は、“言葉遊び”をして集団的自衛権行使に「歯止め」をかけたと宣伝するのだろうか。創価学会は集団的自衛権容認を容認するのだろうか。
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       自民党・安倍政権による教科書支配   最終回

2014年06月22日 | 憲法守るべし
 岩手日報(6月19日)は、特集「集団的自衛権 100人に聞く」で集団的自衛権の行使容認に関する聞き取り調査の結果を報じた。行使容認に向けた憲法解釈変更について「賛成する」と答えた人は25人で、「反対する」とした50人の半数にとどまったという。
 岩手県内の100人に聞いたのだから、国民の意識もこの割合だとは言い切れないが、間違いなく急速に安倍政権への警戒心が広がっている。国民が主権者、自公の秘密協議で勝手に大事な憲法9条変えさせるわけにはいかないのだ!!
それでは、教科書支配についてのまとめを記してこのテーマ最終回とする。



5 自民党安倍政権がめざす教育と教科書


 自民党政権は、戦後打ち立てられた民主教育の制度を歪めて解釈し、或いは一部をつくり変えながら教育を支配してきたが、安倍内閣は「強く・美しい国」「日本を取り戻す」ために、教科書制度と教科書をはじめ、教育に関わる一切の制度を全面的に改めて、「教育支配の仕組み」を一気に仕上げようとしている。今国会で成立させた教育委員会制度「改正」や大学「改革」などもまたその一環であろう。さらに、6・3・3・4制の学校制度を変えることも日程に上がってきているようだ。
 安倍首相が2013年1月、教育再生実行会議の初会合で「日本を取り戻すためには教育再生が不可欠」とあいさつで述べたとおり、憲法9条の「戦争放棄」を廃止し、戦前の日本のような国に戻すためには、それにふさわしい「国民の育成」が不可欠であろう。
 首相官邸に設置した「教育再生実行会議」のメンバーには、「新しい歴史教科書をつくる会」の元会長で、男女共同参画など男女平等の社会実現を攻撃し続けている八木秀次氏、沖縄戦での集団自決強要はなかったと主張している曽野綾子氏、教育基本法に「愛国心」を盛り込めと主張した河野達信氏など、安倍首相の“思想的同志”が並んでいる。また、文科大臣の諮問機関の「中央教育審議会」には、「日本政府や軍が慰安婦を強制連行した事実はなかった」、日本は「東京裁判の判決を受け入れたが、日本憎悪から生まれた同裁判の違法性や価値判断まで受け入れたわけではない」と歴史の修正、戦後レジウム打破を唱える櫻井よし子氏を加えた。
 八木氏や櫻井市などには、歴史認識の他にも共通する考えがある。八木氏は「教育には何らかの共生が必要であり、子供たちの意思だけに任せていたのではとても成り立たない」だから「手を挙げてでも言うべきことを言い、するべきことをさせるのが親の愛情」と言い、さらにはスマップの「世界に一つだけの花」が「ナンバーワンにならなくてもいい」と歌うのを、「こんな歌を学校で歌わされていたのでは、子供たちは何も努力しなくなる」と非難した。櫻井氏は「体罰と呼ぶのか肉体的鍛練と呼ぶのかの違いがあると思うが、そういったことをもう一回取り戻さなければならない」「体罰を教育と位置付けることは肉体的苦痛をさまざまな形で教育の中に取り入れるということだから、それは人間は無限の可能性を与えられていると同時に、無限の存在じゃないということをきちんと教えることだ」と講演で語っている。
 彼らに共通するのは「教育には強制力が必然的に伴う」「これが望ましく美しいと考える“型”にはめるのが教育や躾の本質にほかならない」(八木)とする体罰や競争といった「強制力」に頼らなければ子供の意欲を保てないという教育観だ。
 安倍首相が執念を燃やす「教育再生」は、①国家による統制の強化、②競争の激化、③事実に反した歴史教育の押し付け、④国家主義的な教育の徹底をねらう道徳の教科化などを柱としている。そのやろうとしていることは、自民党政権がこれまでにやってきたことの延長上にあるが、「教育再生」によって出来上がる教育の中身は全く異質のものとなるだろう。
 池田・ロバートソン会談が、【子どものための教育】から【国家のための教育】へと制度と内容を大きく変えるきっかけになったように、「安倍教育再生」は、【戦争しない国の教育(教科書)】から【戦争する国の教育(教科書)】へと制度と内容を大転換することになるに違いない。



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        自民党・安倍政権による教科書統制   第八回

2014年06月20日 | 憲法守るべし
 今日盛岡市内で昼デモがあり参加した。集団的自衛権行使という戦争する政治反対をはじめ安倍政権の止まらぬ暴走に抗議するデモだ。
 また昨日は、岩手県奥州市議会が「集団的自衛権行使を容認する憲法解釈の変更を行わないことを求める意見書」を全会一致で可決した。県内では二戸市、遠野市がすでに同趣旨の意見書を採択している。
 反対の声がどんどん広がっている。世論こそ安倍政権が恐れるもの。国民こそ政治の主人公だ。

 では、本題の教科書統制に話を移そう。



④ 第3次教科書攻撃・・1990年代から今に続く

 河野談話、村山談話が出されて「慰安婦問題」や「南京虐殺」など「侵略の事実」を書く教科書が多くなると、そうした教科書を排除する動きが再び強まる。
 侵略戦争を反省することは「自虐史観」だとして激しく攻撃するとともに、自ら教科書(最近では補助教材も)をつくってそれを子どもたちに与えようとする作戦が採られ今に続いている。その最初に「日本を守る国民会議」が高校社会科教科書を発行したが、検定に合格したもののほとんど採用されなかった。
 これにいっそうの危機を感じた安倍晋三氏はじめ、自民党などの靖国派議員と藤岡信勝氏などの学者や“ジャーナリスト”などが教科書検定制度と採択制度の抜本的な変更を迫って巻き返しを図り、今や教科書検定審議会に、教科書に政府見解を書くように求めるなどとした「教科書検定基準の改定」についての報告をまとめさせるまでに至っている。
 報告は「教育基本法が変わっても自虐的な記述の教科書が多い」と主張する自民党の意向に沿うもので、教育基本法の「教育の目標」に照らし「重大な欠陥」が見られる教科書を不合格にするよう、検定審査要項を改定することが適当であるとしている。
 また報告は社会科の検定基準に①特定の事柄を強調しすぎない、②近現代史で通説的な学説がない数字などの事柄は通説でないと明示する、③政府統一見解や最高裁判例にもとづいた記述をすることの三点を加えるよう求めている。
 文科大臣の「教科書改革実行プラン」そのままの検定審議会報告の内容に、上山和雄審議会委員(国学院大教授)は「政権の交代や一部の人たちの主張によって基準が改定されるのは異常」と反対した。
 2014年1月、文科省は報告にしたがって検定基準を改定し、今春新たに検定申請を受け付ける中学校の教科書から適用するとしていたが、文科省から指示されたわけでもないのに、出版社の〝自主的″判断で来年度から使用される小学校社会の全ての教科書に、竹島と尖閣諸島をめぐる領土問題が記述されていた。安倍政権の狙い通りになったのである。   (つづく)



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       自民党・安倍政権による教科書統制   第七回

2014年06月17日 | 憲法守るべし
 自公両党の集団的自衛権容認についての協議は完全に自民党ペースですすんでいる。公明党が政権にくっついていたいという間違った願いにしがみついているかぎり、言葉の修正を求める程度しかできないだろう。公明党に期待してるだけでなく、国民の世論をわっと広げること。
 安倍首相は、そうならないうちに早く閣議決定してしまいたいのだろう。公明党はそのための時間稼ぎの役にはたつかも知れない。こんな皮肉が本当にならないよう、公明党よ、しっかりしてくれ。



③ 第2次教科書攻撃

 1980年代になると大きな変化が起こった。
 社会科教科書の検定で「侵略」を「進出」などと書き替えさせられていることに中国や韓国が「歴史の事実を歪めるもの」と激しく抗議し、また沖縄戦での日本軍による住民虐殺を検定で削除したことに沖縄県民あげての抗議行動が起きた。
 国内外からの批判と世論の高まりのなかで1982年、政府は宮沢官房長官談話を出し、文科省は社会科教科書の検定基準に「近隣のアジア諸国との間の近現代の歴史的事象の扱いに国際理解と国際協調の見地から必要な配慮がされていること」(近隣諸国条項)を追加して、沖縄の問題にもこの条項を適用することにした。
 その後もアジア諸国の戦争被害者が日本政府に補償を求める裁判をおこすなど厳しい日本政府批判が続いたため、政府は1993年河野官房長官談話で「慰安婦」についての日本軍の関与と強制を認め、お詫びと反省の気持ちを述べ、「歴史研究と歴史教育を通じてこのような問題を永く記憶にとどめ、同じ過ちを決して繰り返さないというかたい決意」を表明した。  
 1985年、自民党歴史検討委員会が「大東亜戦争の総括」で大東亜戦争は自衛のための戦争、アジア解放のための戦争であった、加害はでっち上げなどと主張したが、政府は村山首相談話で「植民地支配と侵略」への反省を表明した。こうしたことにより、1996年の中学校歴史教科書の全てに「慰安婦」問題が記述されることとなった。

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        自民党・安倍政権による教科書統制   第六回

2014年06月15日 | 憲法守るべし
        4 教科書検定を通じた教科書の統制


 では、教科書検定制度をつかった教科書統制の変遷と現況はどうか。
 戦後しばらくの間は、政治が教育に介入できない検定制度が実施されていたが、中国革命、朝鮮戦争などが起こり、アメリカの対日政策が大きく変わると日本の教育政策も大きく変わった。

① 政治の介入を防ぐ検定制度

 戦後国定教科書制度は廃止され、1948年から教科書検定制度が始まった。当初は、教育の国家統制を避けるため打ち立てられた教育の地方分権の原則に基づき、都道府県教育委員会が検定を行うこととされていた。(ただし、用紙割り当て制が撤廃されるまでの間文部大臣が行った)
 検定基準には、教育基本法に掲げる教育の目的と一致していること、立場が公正であること、学習指導要領に準拠していることがあげられていた。
 1947年の学習指導要領試案には「これまでの教育では、その内容を中央で決めること、それをどんなところでもどんな児童にも一様に当てはめていこうとした。だからどうしても画一的になって、教育の実際の場での創意や工夫がなされる余地がなかった」と書かれていた。文部省に教科用図書検定調査会が置かれ、16人の委員と700人の調査員が任命された。一冊の教科書について4~5人の学者や教員からなる非常勤の調査員が原稿の審査を行って合否を決めた。

② 第一次教科書攻撃

 転機となったのが1953年、池田・ロバートソン会談だ。日米政府は「日本政府は教育及び広報によって日本に愛国心と自衛のための自発的精神が成長するような空気を助長することに第一の責任をもつ」ことを確認した。その日本側覚書は、日本が十分な防衛力持つことを妨げる制約として「憲法第九条は非常に明確で、しかもその改正は非常に難しく規定されているので・・」「占領軍によって行われた平和教育が非常に徹底しているということで、『国民よ銃をとるな』という気持ちは日本中によく行き渡っている」ことをあげ、そこで「日本人が一般に、自分の国は自分が守るという基本観念を徐々にもつように、日本政府は啓蒙していく必要がある」と結んでいる。
 このときから自民党政権は「銃をとる愛国心」形成のために本気になった。執念深く教育と教科書を攻撃し捻じ曲げてきた。
 1955年、日本民主党が「うれうべき教科書の問題」を発行して、「いまや、日本の教育が、国民の気のつかないところで、教科書を通じて、くずれ去りつつある」として教科書名やその著者をあげて「偏向教科書」、「赤い教科書」と攻撃したうえで、「これが文部省検定の日本義務教育の教科書であるということはとうてい信ぜられない」と教科書検定を非難した。これが検定制度改悪の出発点であり、いわゆる「自虐史観論」の元祖と言ってもよい内容を含む攻撃であった。
 1947年の学習指導要領試案には「絶対主義、独占資本主義的傾向やさらに軍国主義的遺制が、日本をして侵略的な政策をとらせた」として、「日本の中国侵略」などと「侵略」の用語を用いていたが、1951年の指導要領では「日本の大陸進出」に変わり、以後「侵略」は使われなくなり「進出」に統一された。加えて1956年、教育委員会法の廃止、地方教育行政法制定が強行された。教科書法は各界の反対により廃案となったものの、文部省は省令によって常勤職員の教科書調査官を任命して体制を強化した。その結果1957年の検定では提出された教科書のうち三分の一が不合格とされ、その中に、家永三郎氏の高校教科書「新日本史」もあった。「自国の行為につき否定的な価値評価を生む『侵略』の用語は教育上好ましくない。『武力進出』など客観的なことばに替えよ」(家永三郎氏の「新日本史」への検定意見)。これに対して家永三郎氏が1965年、「教科書検定の違憲・違法」を訴えて教科書裁判を提訴した。
 「教科書検定訴訟を支援する全国連絡会」が結成され、32年間のたたかいの中で1970年「杉本判決」、また第三次訴訟では四か所の検定が違法と判断された。1976年5月、旭川学力テスト事件に対して最高裁大法廷は「学習指導要領は大綱的な基準である限りにおいて合憲・合法」、「国家の教育内容への介入はできるだけ抑制的であるべき」との判断を示したが、学習指導要領を根拠に検定でもって教科書支配を強める政府の姿勢は今も変わってはいない。
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       自民党・安倍政権による教科書統制  第五回

2014年06月14日 | 憲法守るべし
 自民党石破幹事長は、高村副総裁が自公協議に示した集団的自衛権行使のための3条件で、政府が考えるすべての場合に行使が可能との考えを述べたという。「無制限の行使」が可能ということになるが、公明党は言い訳しつつ附いていくのだろうか。今日もまた不安がつのる。前置きはここまでにして本論に進む。
 


③ 強まる高校の教科書採択への攻撃

 2010年代になると、いまだに(?)教員の意見によって学校ごと採用申請した教科書を県教委が認めて採択している高校の教科書採択が激しく攻撃されるようになった。首長に従う教育委員会が、あるいは議会が校長に圧力をかけて、特定の教科書を採択させない或いは特定の教科書を採択させることを迫ることが現在も進行中だ。
 2012年3月、産経新聞が「高校日本史A」(実教出版社)を非難するコラムなどを掲載したことをきっかけに、東京都教育委員会は、実教版を採択しないよう都立高校長に要求して採択申請を取り消させた。
 横浜市教委は、市立高校が実教版「高校日本史A」や「高校日本史B」を選定した届を出したにもかかわらず別の教科書に変えて採択した。2013年には、神奈川県教委が校長に再検討を求めた実教版「高校日本史A」「高校日本史B」は採択ゼロとなり、東京都教委は実教版教科書の「使用は不適切」と各高校に通知、採択はゼロとなった。
 同年、大阪府教委は、実教版教科書は「記述が一面的」と各高校に通知したが9高校が選定を申請したため、府教委は条件(諸説あることに配慮して教える)付きで採択を決めた。大阪市教委も各校の実教版採択を認めたが、来年度以降市教委が自らの判断で採択を行うとした。
 愛媛県教委は、県立高校と中等教育学校(注:中高一貫校)の後期課程教科書として明成社版「最新日本史」の採択を決定。前年から採択している3高校と合わせて5校となった。
 2013年8月、埼玉県教育委員会は各高校が選定した実教版を含むすべての教科書の採択を決定したが、埼玉県議会文教委員会は閉会中であったが、実教版教科書採択を申請しない8高校の校長をよびつけて審議を行った。校長、県教育委員長ともに「問題はない」「再考はしない」と述べたため、文教委員会は教科書採択の再審査を求める決議を多数決で採択した。
 

 

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      自民党・安倍政権による教科書統制   第四回

2014年06月13日 | 憲法守るべし
 公明党よ、しっかりしろ!自称平和の党の船体が傾き始めた。「条件付き」は政治の世界では国民をごまかす方便だということはいくつもの例がある。「国旗・国歌法」が強制するものではないとして成立するや、教育支配の強力な「武器」となっているのもその一つである。公明党よ平和の党と称するのであれば集団的自衛権はダメと断言して頑張れ。

 ここで、自民党政権がどのように教科書統制を行ってきたかに移る。


           3 教科書採択を通じた教科書統制の変遷


① 初めは学校ごとの採択だった

 採択制度が教科書統制の武器として積極的に利用されるようになったのは1990年頃からだ。
 1948年に制定された教育委員会法第7条は「二 第三項に規定する委員を除く委員は、日本国民たる地方公共団体の住民が公職選挙法の定めるところにより、これを選挙する。 三 委員のうち一人は、当該地方公共団体の議会の議員の内から、議会においてこれを選挙する。」と、そして第49条では教科書採択は教育委員会の権限と定めていた。当時の日本では戦前戦中の反省に立って小・中・高校とも学校ごとに使用する教科書を教員が話し合って決めた。
 ところが1956年、「地方教育行政の組織及び運営に関する法」が国会に警官隊を導入する混乱の中で成立し、「教育委員は選挙で選ばれる」と定めた教育委員会法はわずか8年で廃止された。しかし、「地行法」でも教科書の採択は教育委員会がおこなうとされ、それまでと同じようなやり方が続けられた。
 1963年、「教科書無償措置法」が定められると、教科書は採択地区ごとに教育委員会が採択する現行制度が実施されることになった。しかし、地方教育行政法の定めもそのまま残り、実際にはいろいろな方法で学校現場の意見を聞いて教育委員会が判断をしていた。


② 教科書採択権者の責任を明確にせよ

 1990年代に入ると日本を守る国民会議などの活動により、文科省は「教職員の投票によって採択教科書が決定される等採択権者の責任が不明確になることのないように」と通知し(1990年)、教科書採択から教員などを排除するよう教育委員会に求めた。
 ところが政府は、1997年になると通知とまったく反対の決定をする。行政改革委員会の意見書を受けての閣議決定は「将来的には学校単位の採択に向けて検討していく必要があるとの観点に立ち、当面の措置として、教科書採択の調査研究により多くの教員の意向が反映されるよう、現行採択地区の小規模化や採択方法の工夫改善についての都道府県の取り組みを促す」とした。文科省はこれに沿って、通知「教科書制度の改善について」を出し、都道府県に「行革委意見の趣旨を踏まえて採択のあり方を改善すること、市町村教委にも同様の改善を図る指導をすることを促した。
 2001年、新しい歴史教科書をつくる会の教科書「新しい歴史教科書」「新しい公民教科書」(扶桑社版)が採択に参入したことで文科省の姿勢はまた逆戻りする。
 2001年度、扶桑社版教科書を採択した市区村立学校はゼロ。2005年度、同教科書の採択は東京都杉並区、栃木県大田原市だけだった。「つくる会」などは「教科書の採択権は教育委員会にあるから、採択について現場の意見を聞くことなく、教委独自の判断で行え」と要求したため、文科省は90年通知を引き合いに「採択権者としての自覚と責任のもと、適正かつ公正な採択の確保」をするよう指示した。
 これによって、教育委員会は学校票の廃止、教職員が作成する調査研究資料や採択のための委員会による教委への答申などでの順位づけ及び一種類への絞り込みなどの禁止等の措置をした。
 こうして小中学校教科書については、教員などの意見を排除して教育委員会が独自に判断して採択する方向に大きく流れが変わった。   (つづく)
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      自民党・安倍政権による教科書統制   第三回

2014年06月12日 | 憲法守るべし
 今注目の「集団的自衛権容認」についての与党協議の行方は、公明党が容認反対をどこまで貫くかにかかっている。平和の党公明党が本物かどうかが試されるのだから、本気で反対を通してほしいと思う。大変大きな国民の期待が公明党に集まっている。
 でも、しだいに公明党の本性のようなところもチラチラしだしてきて、「上手に」自民党の「領地」への着地を考えているような気配が表れてきたような気もする。
 公明党がどちらに行くかは関心があるところだが、集団的自衛権容認を許すかどうかは国民が決めること。「反対」の世論がどれだけ強くなるかにかかっている。自公の協議で決まるのではないのだ。
 前置きはここまでとして、話題を教科書問題に移そう。



           2 教科書は教育支配の道具にされてきた

 日本では「文部科学大臣の検定を経た教科用図書又は文部科学省が著作の名義を有する教科用図書を使用しなければならない」(学校教育法第34条など)と法律で決められていて、日本の歴代政権は、明治以来教科書を統制し教科書を教育支配の道具として使ってきた。
 「教科書はある意味で『巨大なメディア』といえます。この教科書を統制することで国民の社会認識や歴史認識をはじめ考えや意識を容易に誘導・統制することが可能になるのです」(子どもと教科書全国ネット21「教科書国定化か?」)
 教科書の統制は、戦前は国定教科書として行われ、戦後は主に教科書検定制度と教科書採択制度によって行われていて、安倍政権はこれからもっと強く統制・支配しようとしている。
 
 自民党の2012年衆議院選挙公約(日本を取り戻す・Action2教育再生)には「子供たちが日本の伝統文化に誇りを持てる教科書で学べるよう、教科書の検定基準を抜本的に改善し、あわせて近隣諸国条項も見直します」と書かれており、また安倍首相は「強い日本を取り戻すためには、日本の将来を担う子供たちの教育の再生が不可欠だ」と述べている。
 これは、「教育再生」という一政党の(安倍流の)政策を基準に検定を行い、一政党の考えを反映した教科書で教育を行う、教育支配を強めると言っているにほかならない。    (つづく)

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      自民党・安倍政権による教科書統制  第二回

2014年06月10日 | 憲法守るべし
            ② 教育委員会らしさを示した竹富町教委

 安倍政権は竹富町に対してなぜこれほどまでに一方的で執拗かつ強権的だったのか?八重山教科書問題から学ぶことは何か?

 2011年8月、竹富町と石垣市、与那国町でつくる教科書採択協議会が、育鵬社版支持の協議会会長の主導のもと規約を大改定して、反対を押し切って中学社会科公民教科書に育鵬社版を選定した。竹富町が寄付などによって東京書籍版を購入して生徒に配布したことを文科省は違法だとして、是正要求や違法確認訴訟をふりかざすなどして育鵬社版に変更するよう圧力をかけ続けた。
 
 2013年10月19日付岩手日報は、八重山教科書問題に対して「不気味さ募る国の対応」と題する論説(社説)を掲載して「問題は単なる法令違反の有無にとどまらない。根幹は、現行制度下、原則的に政治から独立している地方の教育行政に、時の政権を背にする文科相が権限を及ぼそうとすることの意味だ」と事の本質を的確に突いた論陣を張った。

 「教科書採択権は教育委員会にある」ことを武器に、採択を通して教科書支配を進めてきた文科省だが、教科書統制を“完成”させるためにはここで抜け道を残すわけにはいかないが、同じく「教育委員会に採択権がある」と主張して“文科大臣の意に反する教科書”を譲らない竹富町教育委員会に対して納得させられる反論ができず、力をもって従わせにかかったのだ。
 しかし、竹富町教育委員会は屈しなかった。最後まで育鵬社版教科書を子どもに与えることはできないとする教育委員会を町民が集会を行うなどして支持した。全国各地から支持が寄せられ、私たちも支持を伝えた。
 
 竹富町教委は、憲法の教育理念に添って「子どものために」努力する姿勢を貫く教育行政と「子どものための教育」を求める住民のちからが合わされば、政権の横暴な介入をはねのけて教育と教育の地方自治を守ることができることを示した。これが私たちが得た確信である。   (つづく)

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