みんなすてなんじょにがするべ!

今なすべきは意見を持ち発言すること。どうも心配な雲行きのこの国、言うべきことを静かにしっかりと言い続けたい。。

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

秘密国家のおそれあり

2016年12月28日 | 憲法守るべし
私はしんぶん「赤旗」も購読している。日本共産党の機関紙だが、党のことや関係することだけが書かれているのとはちがう。必要な情報が得られ、ものを考えるのに欠かせない新聞と思って読んでいる。
今日の一面2番目の記事見出しは「派遣陸自が日報廃棄 南スーダン武力衝突時の資料」だ。たぶんこれは「赤旗」以外の新聞などは報道していないと思う。

「赤旗」は、事実を次のように伝えている。
「戦争法のもとでの活動を国民や国会が検証するために欠かせない1次資料が、自衛隊内の判断だけで廃棄されていました。廃棄は、首都ジュバで政府軍と前副大統領派の武力衝突があった同時期の7月7日~12日の派遣部隊の活動日報について、ジャーナリストで『平和新聞』編集長の布施祐仁さんが9月に行った行政文書開示請求で分かりました。防衛省は今月2日付で『すでに廃棄しており、保有していなかった』と不開示を通知していました」
そして、PKO業務文書の保存期間は作成翌年度から3年間だが、短期に目的を終えるものは作成翌日から1年以内の廃棄を認めていると解説している。

これまでも、日本政府の公文書や議事録などに対する考えや扱いが、国民主権からかけ離れていることを示す例はいくつもあった。戦争法のもとで、自衛隊の立場が強まっているときに、自衛隊の活動にますます国民の目が届かなくなっていくのは大変恐ろしいことだ。
国民の前に出される文書は墨塗りが今や〝当たり前〟になっているが、今後はその文書すら「政府の判断で」廃棄されていて提出できないのも当たり前になりかねない。秘密国家ニッポンに向かってまっしぐらに突き進んでいる。
コメント (1)

安倍首相は公開質問状に答えてください

2016年12月26日 | 憲法守るべし
高橋哲哉東大教授や映画監督オリバー・ストーンさんたち53人の日米著名人が、安倍首相に公開質問状を出した。(26日、朝日新聞)
安倍首相の真珠湾訪問に関して、首相の歴史認識を質すもので、「中国や朝鮮半島、他のアジア太平洋諸国、他の連合国における数千万にも上がる戦争犠牲者の『慰霊』にも行く予定があるか」などと問うている。
首相が真珠湾訪問を発表した直後に、私も「真珠湾だけではない」と書いたが、質問状では「日本が攻撃した場所は真珠湾だけではない」と指摘し、首相が2013年の国会答弁で「侵略戦争の定義は定まっていない」と主張したことにもふれて、「連合国及びアジア太平洋諸国に対する戦争と、対中戦争を侵略戦争とは認めないということか」と問いただしている。
安倍首相の「謝罪のためではない」「慰霊のための真珠湾訪問」との言い分には誤魔化しがある。政治的な臭いが立ち込めている。国会解散・総選挙に利用しようとしているとも言われている。〝邪悪な心〟で慰霊されても、あの戦争の犠牲者は心安らかにはなれないだろう。
首相は公開質問状にちゃんと答えて、まちがった戦争だったと認めたうえで慰霊に出かけるべきだ。
たぶん、正面から向き合って答えることはしないだろう、あるいは黙殺して質問に答えることさえしないかも知れないと予想しているが。
コメント (1)

日本の恥ずかしい国連外交

2016年12月24日 | 憲法守るべし
国連総会で、核兵器禁止条約を制定するための会議を来年3月に開始する決議が採択されたが日本は反対したとTBS報道特集が伝えた。
全ての核保有国が反対しようが、歴史上初めて、核兵器を「悪」として法的に禁止する条約を決める会議が始まる。その決議採択をリードしてきたのは、メキシコなどいわゆる大国ではない国々だ。「大国」がそろって反対しても、とどめることができない正義の大きな力で世界史をつくる時代が始まっていると感じる。
その中で、日本政府は情けない姿をまたもさらけ出したものだ。あきれてしまう。総会だから「大国」の拒否権は効かない。条約は制定され百か国を超える多数の国々が加わることになるのは確実だ。トランプもプーチンも、シーチンピンも安倍晋三も皆孤立した少数グループに落ちる。ますます「核の傘」の論理は国際的に通用しなくなる。安倍晋三は恥ずかしい立場に落ちることを見通せないから情けない。
今日のTBS報道特集は、沖縄の米軍北部訓練場「返還」のウソを分かりやすく、しっかり突いていてよかった。

       ここからイラン旅行記
モスクの「内部の壁面は釉薬で色鮮やかに装飾されたタイルで埋め尽くされている。シンメトリーに構成された全体の図案のなかで連続する精緻な模様、そして、青を基調とした鮮やかな色使いには圧倒的な力と美を感じさせる。」(ワールド航空サービス社パンフレット)
正方形のタイルに絵付けしたものだけでなく、タイルを砕いてモザイクにした装飾もある。青以外にも美しい色が施されたタイルが用いられている。




コメント

イラン人が想う天国は

2016年12月23日 | 憲法守るべし
イラン高原の大部分は乾燥した気候で砂(土)漠が広がる風景。



水を得るために山岳地帯に降った雨を、地下にトンネルを掘って何キロも、何十キロも引いてこなければならなかった。そのトンネル、つまりカナートはペルシャ人が発明した優れた技術だが、工事は命がけだった。だからイラン人が想い描く天国では、水と花と木々があり小鳥が歌い飛び交っている。
王様や有力者たちは、庭園を天国に見立ててこの世に再現しようとした。池があり噴水から水があふれ、木々が木陰をつくるそんな庭園を造った。
モスクの装飾タイルの青色や、幾何学模様がすごくきれいなのは、水や花への憧れが込められているのかもしれない。




コメント (1)

原発事故被災者は「肩身が狭い」おもいで暮らしている

2016年12月22日 | 憲法守るべし
NHKテレビ仙台局が、毎週木曜日の昼12時20分から放送している「被災地からの声」は、今でも3・11被災者と被災地の現状を知らせ続けている数少ない貴重な番組だ。東北地方だけへの放送ならばもったいない、全国の人々に見てもらいたい番組だ。
今日は、「福島をはなれた被災者」の思いを伝えていた。原発事故被災者に払われる補償金に多額の税金が使われることについて、東京に避難している被災者が語った「肩身が狭い思いをしている」との言葉が強く印象に残った。この方はカメラの前で思いを語ったが、福島の被災者という理由でいじめられる子どももいると同じに、おとなも肩身が狭い思いをしながら被災者であることを隠して暮らしている人もいる。津田アナウンサーの「取材を断った被災者が多数いた」とのコメントが重く響いた。被害者が身を縮めて暮らし、世間もそうだが、何よりも被災者に申し訳ないと伏して謝罪すべき東電や政府は、心を痛めるどころか原発推進・再稼働しか考えていない。避難区域指定が解除されて〝帰還できる〟地域となると、元住民は避難住宅で暮らせなくなるとか、家賃の補助が無くなったりするのだろうか?そうなのか!と思わされる発言もあった。国の来年度予算案では、震災復興予算はまた減額されるそうだ。

     ここからイラン旅行記
イランは7世紀以降イスラム教の国になったが、ペルシャ建築の伝統が生かされたモスクが造られ、やがてアラブ諸国にも広まっていった。ペルシャ式建築の三大要素である「イーワーン」、「ドーム」、「タイル装飾」は、古代ペルシャの宮殿で玉座や謁見室で用いられた様式だそうだ。
「イーワーン」は、天井がアーチ形やドームの局面でつくられている広間で、前面の部分が外部(屋外)に解放されている。たいがいの立派なモスクは入り口をはじめ随所にイーワーンが設けられている。
ドームの部屋は底面が四角形だが、アーチを用いて上に向かうにつれて円形になっていく。高度な建築技術がなければ造れないが、古代ペルシャの発祥だそうだ。イーワーンの天井はムカルナスとよばれる鍾乳石が垂れ下がったような装飾が施されている。


   イマーム広場 シェイフ・ロトホッラーモスクのムカルナスの一部   
コメント (1)

イスファハンは世界の半分

2016年12月20日 | 憲法守るべし
16世紀末、サファヴィー朝の最盛期に、アッバース1世がイラン高原の中心部に位置し、水利にも恵まれたイスファハンを新たな都に定めた。市街の中心部に、たて510m、よこ163mの広大なイマーム広場がある。2階建てのアーチ式回廊で囲まれ、1階はバザール、2階には職人たちが住んでいたという。イマーム広場ではポロの試合や演劇、軍事パレードなどが繰りひろげられ、こうした催しがないときには露天商が店を出し、市民や各国から訪れた商人でにぎわったという。繁栄したイスファハンは、「世界の半分」と称えられた。

イマーム広場  右にあるのが、2本のミナレットがそびえる大モスク、マスジェデ・イマーム。


ライトアップされたイマーム広場  正面は王家専用だったジェイフ・ロトフォッラーモスク
コメント (1)

安倍政権の従属・屈辱の姿勢に〝不快感”

2016年12月19日 | 憲法守るべし
菅義偉官房長官は19日の記者会見で、オスプレイの墜落事故に絡み、翁長沖縄県知事が、22日の米軍北部訓練場の返還式典の中止を求めていることに「そもそも知事は、オスプレイの事故が起きる前から欠席と述べていたのではなかったか」と不快感を示したと、産経が伝えている。
沖縄県民と国民の感情から大きくずれている政府の姿が、またまたあらわになった。不快感を覚えているのは国民であり、安倍首相、菅官房長官、稲田防衛相らに対してだ。
北部訓練場返還式典は、オスプレイパッドの〝完成祝賀〟行事の意味ももつものだ。「広い訓練場を返還していただいたから、辺野古新基地もオスプレイパッドも受け入れなさい」と大宣伝する場に、沖縄県知事が出席して首相とともに米軍に頭を下げることなどできるわけがない。
しかも今日、米軍がオスプレイ飛行を再開したことに抗議の一言もないどころか、菅官房長官は「理解できる」と言い、防衛相が沖縄に出かけて住民に説明(つまりは説得だろう)すると報道されている。これほどの従属・屈辱の姿勢に「不快感」を感じない人がいるだろうか。
コメント (2)

今度は、衆院選で勝ちたい

2016年12月19日 | 憲法守るべし
臨時国会法案成立率は94.7%だったそうだ。近年なかった高率ということだが、裏を返せばそれだけ与党と維新が組んで横暴な国会運営をした〝成果〟ということだろう。大変残念だが、今の与党・維新グループには、「多数決」することが民主主義と浅い理解しかない議員が多すぎる。それを正すには、国民の運動と世論の変化、それと結びついたしっかりした野党協力をすすめて衆議院選挙でこんな勢力に多数を与えないことだ。
すぐできることは、からしだねさんが、繰り返し語っているように、「あきらめずに言い続ける」こと。一人でも多くの人に聞いてもらう・理解してもらう努力だ。私には、一人でもやる勇気はないが、集会やデモに出て声をあげることはできる。毎月の「19日行動」(今日は昼休みデモ)に参加した。


   盛岡の「映画館通り」(シネマストリート)を行く「戦争法廃止」のデモ


コメント

温泉とうまい酒でもてなされて帰ったプーチン大統領

2016年12月17日 | 憲法守るべし
プーチン来日で「北方領土」への関心が一気に高まったが、領土返還についての進展はなにもなかった。それどころか、安倍首相が盛んに「北方四島」を強調したことで、「北方領土」は「四島」との間違った認識が国民に広まり定着したのではないかと思う。安倍・プーチン会談がもたらした最大の問題点だと思う。テレビも新聞も政府の言うとおりに報道して安倍政権を助けている。
前にも書いたが、もう一度書かなくてはならない。
「北方4島」の歯舞諸島と色丹島はもともと北海道の一部で、国後島と択捉島は1855年に江戸幕府とロシアの間で結ばれた日魯通好条約で日本領であると確定した。この条約ではウルップ島以北の千島列島はロシア領と確定し、樺太(サハリン)は日露混在の地であったが、1875年の樺太・千島交換条約で、千島列島は日本領土、樺太はロシア領土となった。日ロ両国が、平和的な交渉によって決めた日本の北方領土は、「北方4島」と千島列島である。戦争など不当な方法で他国から奪い取った領土ではない。
今、これ等日本領土をロシアが実効支配しているが、それは1945年8月、ソ連が対日参戦・軍事占領した結果である。米・英が、ソ連に対日参戦を要請するにあたりソ連が求めた千島列島の領有を容認したため、サンフランシスコ講和条約で日本に千島列島の放棄が押し付けられた。
日本が、千島も含む北方領土の返還を求めるのは正当な主張だ。「共同経済活動が進めば平和条約締結(「北方4島」返還)の道が開ける」などとあてのない期待を語って、卑屈な外交をすべきでないと思う。

ここからイラン旅行記
10月28日の私たちの予定には、世界遺産・キュロス大王の墓や宮殿跡を訪ねることが含まれていた。これほどの大渋滞が起きるとは、さすがの我がガイドも気付かなかったようで、大王の墓の8Kmほど手前のレストランにやっとたどり着いたが、それ以上進むことができなくなってしまった。おまけに、バスのファンベルトの故障で引き返すこともできなくなった。ガイドと添乗員は電話したり駆け回って代わりのバスを探し、運転手と助手は修理に必死にがんばった。
引き返せるようになるまで、レストランの前庭で暇つぶしするしかないとあきらめたのだが、ここで昼食中のイランの家族が、「こっちに来い、これを食べろ」と誘ってくれたのだ。レストランで昼食を食べた後だったが、車座になって「上を向いて歩こう」を歌ったり、ある人は即興のダンスをしたりと、思いもせぬ日本・イランの国民交流で楽しい時間を過ごすした。
ペルシャの時代からつづく、イランの人々の“旅人をもてなす伝統”を目の当たりにした。ファンベルトの応急修理もできて無事戻ることもできた。イランでは、経済制裁のせいでよい部品が手に入らないので、自ずと修理の腕は上がっているそうだ。
イランの人々の良さが際立った一日だった。本当に良い旅になった。


   この家族に感謝!ありがとうございました。どうぞお元気で!!


   
コメント (1)

イラン建国の祖の誕生日に

2016年12月16日 | 憲法守るべし
今のイランの態勢に疑問を持つ人々は、イラン建国の始祖・キュロス大王の誕生日の10月28日に、パサルガダエの大王の墓(廟)の周りに集まって気勢を上げた。携帯やSNSなどで呼びかけ、連絡を取り合いながら、数十万の人々が国内各地から車でパサルガダエの大王の墓をめざしたという。(200万人が集まったとも伝えられていた)

パサルガダエではキュロス大王の墓に向かう車で大渋滞が発生した。


     それでも人々は陽気だった。


    パサルガダエに向かう車の列の傍らで遊牧民が羊を追っていた。










コメント