( 8½ )(21)VR奥儀皆伝 TP-VR Attract. 謎解き・テーマパークVR Web版

2021-01-18 | バーチャルリアリティ解説
 Number21 / 分家テーマパーク(TDL)の開発思想 「入場料」「飲食」「物販」の売上が3分の1ずつになるような経営努力
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 画像借用元:https://1rankup.jp/tdr/maihamaeki-tdl.html

 東京ディズニーランドTDLは、1983年の開業でした。フロリダにある ウォルト・ディズニー・ワールド(WDW)内のマジック・キングダム(WDWのディズニー・パークの一つ)を、ほぼ完コピにした施設です。完コピした理由は、ちょうど その時期が EPCOTの造成中で めっちゃ忙しくて、ライセンス提供による TDLのデザイン変更に手が回らなかったためでした。しかし、私のように日米のディズニー文化を比較して注目している人間からは「願ったり」の造成です。「物販」(おみやげ)の売上で TDLが、WDWや諸外国のディズニーランドより抜きん出て多いことなどについては、また後に触れます。

 ただ一つだけ、WDWとの違いが ありました。「潜水艦」のアトラクションについては 米国の原潜に似ていることが 過剰に気にされて 最初の計画では見送られました。しかし、TDLの評判が高くなったことから、カーク・ダグラスの主演した傑作SF映画『海底2万哩』(1954年)から作られた「海底2万マイルという 非常に良くできたアトラクション は ディズニー・シー拡張時の目玉になって公開されました。ちなみに、私は TDLを分家のディズニーランド、シーのことは 「のれん分けのテーマパークと、勝手に呼んでいます。その他の」テーマパークと区別して分析するためです。


 画像借用元:https://matadornetwork.com/read/strangest-theme-parks-around-world/
 こちらは「その他の」テーマパークの一例です。

 今回は、TDLの「その他の」テーマパークとの決定的な違いとして、入場料」「飲食」「物販の売上が3分の1ずつになるように経営努力されている とTDLの株主総会などでも強調されている ことを中心に説明します。なかでも「物販」が 話の中心になりますが、私の考えでは、そうしたTDLのスタッフの努力は 「リピーターを確保」するために不可欠なのだと思います。新規のアトラクションの魅力や 夜間のパレードの内容の更新だけでリピータが確保できれば テーマパークの運営は もっと楽になるのですが、TDLの経営陣やスタッフは、そうではないことを知っていました。
 テーマパークの好感度で、最も重要な部分は、アテンダント(キャスト)の接客態度ですが、
 それに劣らず、非常に重要な部分が「飲食・物販」から観客の感じるメッセージだからです。

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 もしも IVRC(国際学生対抗VRコンテスト)の参加学生が、本稿をここまで読んで 「VRアトラクション製作の奥儀に関係が無さそうだから、と「飲食・物販」の話を読み飛ばすことに決めたとしたら、その判断は間違いです。あなたの作品を体験することが「観客にとって 一生に一度だけ」だったとしたら、あなたは、それで満足ですか? セガ・エンタープライゼスの業務用ゲーム機では、プレイヤーが気に入った作品を数十回トライしました。VR作品は操作の都度、別のシナリオを観客(プレイヤー)が体験します。IVRCの作品審査では 審査時間が限られていましたから、私は 2度目の体験を想像するために、わざと遊技場のすみに寄って実行禁止処理でリセットして貰うなど、あまり他の観客がしない動作を 必要だと思った時には やりました。何が言いたいのかというと、大勢の良質な観客に集まって頂いたり、システムの改善の都度 同じ観客に何度もトライして貰えると、作品は必ず良くなるからです。 米米ミュージックライドの揺動の大改編時に、観客から「お褒めの言葉」があった事を 少し思い出して下さい。
 今後、普及が見込まれる「家庭用」大画面VRの話は、ちょっと横に置きますが、大勢の観客、VR作品を わざわざ、そのシステムの設置されている日本科学未来館などの 都心から離れた 会場まで出向いて体験して下さるというのは、それは実は VR作品の開発時に必要な「習熟したプレイヤーからの評価を受ける」という重要なプロセスですから 考えてみると 大変重要で 有難いことだと思います。ですから、テーマパークや 万国博覧会で、「リピーター」の観客を確保するために プロの人たちがどんな手段を使って集客に苦心しているのか といったノウハウにも、VRの開発者には注意して欲しいのです。

 IVRC作品と「飲食・物販」の関係については、また後で触れます。

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 ウォルトと兄のロイは、ディズニーランドが当然 百年後にも存在してゲストを楽しませ続けていることを想定していました。(2Dの Mickey Mouseがスクリーンに登場して話題になったのは、1928年でした。3Dミッキーの DL、ディズニーランドにおける登場は、1955年のことです。しかしその後も、彼の人気は、DVDの再発売や 夜間のパレードでの登場、テレビの生中継などで ほとんど衰えておりません。)WDWでは アトラクション自体が、ウォルトの夢や希望を 観客と共につむぎ出す工場なのですが、同時に その場所は キャストたちの日常生活のコミュニティでした。東海岸のフロリダに (西海岸のDLまで来られないゲストのために)もう一つの DL、WDW(マジック・キングダム)を構想した彼らは、そこで働くキャストたちの社宅として EPCOTを構想しました。ニューヨークの中心 マンハッタン島に通う人たちの住居 ブルックリン市街区がモデルです。同時に、WDWが フロリダの交通の要衝の地に造られた利点も生かそうとしました。EPCOTには 近隣都市に働きに出る人たちにも一緒に住んで貰い、安心して育児のできる街で バックミンスター・フラーの提唱したエコロジーの未来都市を実装しようと考えていたのです。
 都市は 独自の経済環境を構成し、市政も 住民からの税収で維持されます。それで、WDWが独自の「飲食・物販」のノウハウを持っていたのは 非常に有利でした。EPCOTで住民が購入した飲食物や物品の代金は、一部が「税金」となって市の予算に組み込まれ、住民サービスを向上させます。そして、テーマパークにおける好感度は、先ずは アテンダントのゲストに対する接客ですから、EPCOTの住み心地が良くなれば、アテンダント(キャスト)のWDWでの接客態度も向上すると考えられました。そして、接客が良くなれば、WDWのリピーターが更に増えるのです。

 ですから、ウォルトの EPCOT構想は 完璧だったと私は思います。EPCOTに理想の都市が完成すれば WDWを訪れるリピーターが増えることでしょう。そうすれば当然、このエリア全体の飲食と物販の売上が更に増えるのです。総予算が増えて材料が おいしいものになれば、飲食と物販の評判は更に良くなり、リピーターの数が もっともっと増えます。こうして施設全体の収益が伸びれば利益も増えて、2年に一度の、新しいアトラクションを増改築するための資金の大きな余裕が生まれます。これを逆に言えば、何か やむを得ない事情があって 満足できない食事と 陳腐なおみやげが用意された場合には、そのテーマパークが確実に廃墟に導かれる要因になる ということです。しかしながら、

 大変 残念だったことに、やれば成功する筈だった ウォルトのEPCOT構想は、ここが湿地帯であったことから実現できませんでした。


 画像借用元:https://premium-goma.com/amusementpark-ruins-japan-1/

 ですから、夢と希望の施設の循環を支える大きな秘密は、飲食と物販にありました。
 ここで、稲元章博さんの近著から、
 物販のノウハウの章を引用します。

 【ここから引用】(出典:稲元章博さんの近著)※ 冒頭部分を そのまま転載します。

■ Part.壱:「物販収入」について

 ○ なぜ、来場者はお土産を買うのでしょうか?

 「物販」とは、お客様がテーマパークを観て回った後に、記念に買って帰るお土産を販売することです。ところで、なぜ、施設に来場したお客様は、お土産を買いたくなるのでしょう。その理由ですが、売店で売られているモノは「単なる商品」ではなくて、施設で体験した想い出や感動を想起させるメモリアルグッズが販売されているからです。つまり、お客様は「商品」自体ではなくて「付加価値のついた情報」を買っているのです。さらに、施設内は、日常世界から切り離された異空間ですから、精神的な興奮状態にあるため、つい買ってしまうとも考えられます。(略)
 言葉を換えれば、感動や興奮は、それだけ人間の日常感覚とか金銭感覚を狂わせるわけで、別の言い方をすると、お土産があまり売れない施設は、お客様にとっては「それだけつまらない施設だった」ということにもなるのです。
 ここで気づくべきなのは、感動や想い出は「心の動き」であり、形の無いモノ(「コト」とも呼ばれています)だということです。それを、何とか形にして持ち帰ろうとする欲望が「お土産」を購入しようとする購買欲求になっています。つまるところ、それは代償行為です。

 観光地に行って記念写真を撮影するのもこれと同じ理屈で、人間の本能に兆した心理的な欲求です。ですから、お土産を買おうとする行為は、あくまでもお客様の側のニーズで、施設側のニーズでは、ありません。それを考えれば、お土産は「売れるのが当たり前」なのであって、売れないのは、物販システムの「どこかが、狂っている」ということに他なりません。ところで、その施設内の物販店というのは「ミュージアムショップ」と格好良く名付けたところで、とどのつまりは、一つの商店です。

 商店であるからには、次のような基本的な要件を揃える必要があります。

      (1) 立地      (2) 規模      (3) 構造
      (4) 商品構成    (5) 価格      (6) 運営
      (7) 接客

 言い換えれば、売れないのは、これらの要件のどこかが狂っていると考えられるわけで、改善するためのヒントは、そこにしかないわけです。それでは、これらのキーワードの一つ一つを これから検証して行きましょう。まずは、立地についてです。


 (1) 立地

 現代のトレンドとして、お客様は店員との濃密なコミュ二ケーションをとることを嫌います。冷やかしで、ちょっとその店に寄ってみたいと思った時も、店員と親しくなって常連客になってしまうと、買わない事が分かっている時は心理的に店に行き難くなるからです。(以下略)


 【引用ここまで】(出典:稲元章博さんの近著)

 ここまでの結論としては、WDWの「分家」としての TDLは、日本の事情で(どんな事情かは、改めて述べますが)ウォルトが本来は WDWでの実現を計画していた「物販」による増収益という計画を、TDLの独自のマジックで稼ぎ出してしまったことが指摘できます。それで、その大きな利益の余裕で「シー」という「のれん分け」施設を造成できた、ということにも なりました。

 ですから 稲元さんは、近著の「物販・飲食」の章を 力を入れて書きました。

 余談に聞こえるかも知れませんが (尤も、私は参考になることしか「余談」に書いていないのですが) これは、共同体の冠婚葬祭のイベントと同じ効果を狙ってのことですから、学術の国際学会などのように「お祭りのイベント」と一見すると何の関係も無さそうな「難解な」研究目的のイベントなどでも、リピーター確保のために「飲食・物販」のノウハウが活用されていることを追記しておきます。

 2021年1月 現在、例えば、新宿駅の駅前の混雑度や再生産数の推移を見て 2週間後の都内のコロナ感染者数が予想されています。こうした手法で 治療に必要な病床数が事前に予測できる、とする医療統計は、フローレンス・ナイチンゲールが 1860年の国際統計会議に、統一的な病院統計のための標準調査形式を提案したことが起源だと思われます。記述統計学の分野での 画期的なレーダーチャートを「発明」したのはナイチンゲールだったそうですが、彼女の学会発表のために印刷準備された予稿や 1858年に出版されたヴィクトリア女王の勅撰委員会報告書(特に付録第72の小冊子)は、多くの研究者の「思い出のよすが」として統計的な医学研究を進める動機づけになったことでしょう。また、ナイチンゲールは国際会議の出席者のために 私的な朝食会や 晩餐会を行なって、現在、国際学会で ひんぱんに行なわれている企業のランチミーティングの趣旨と同様に、自分の報告を広く会議の出席者に知らせる努力も始めました。彼女の努力が無駄ではなかったことを、ウォルトの計画や TDLの経営実績が教えてくれているのではないでしょうか。「情熱的統計学者」ナイチンゲールの事績については、また触れるつもりです。
 なお、ナイチンゲールの業績につきましては、横幹連合ニュースレターへの 椿広計先生と中西寛子先生のご寄稿から多大なご教示を得ました。心より感謝申し上げます。

 IVRC(国際学生対抗VRコンテスト)では、会場の「ちらし」を持って帰らない参加学生が なぜか多いのですが、もったいないことです。バインダーに入れて本棚にしまっておけば、あとで見たときに、参加メンバーの顔や 途中で作品が動かなくなって あせった記憶などが、思い出として一瞬に記憶に戻ります。
 それから、IVRCの予選を見学に来られて 面白かったので「決勝」も必ず見に来ようと決めた参観者は 「予選ちらし」を捨てずに持ち帰り、「思い出のよすが」にしたり、机に置いて「決勝の日付を 後で確認することを忘れないようにしよう」としているそうです。特に、予選と決勝で作品の仕様を大きく変えたチームにとっては、その変更を行なった効果が どれほど大きかったかということについては、予選を見ている観客に感想を尋ねる以外に確認するすべがありません。
 また、「決勝の作品カタログ」を体験者に持ち帰って頂くと、翌年の決勝大会の観客数が増加します。
 逆に言うと、観客数を減らす最も確実なやり方は、印刷配布物を無くせば良いのです。

 VR作品が「観客不在」では成立しない装置であることを思い出して下さい。映画と同じです。観客を大勢 集めること、観客に何度も足を運んで頂くことが、そのVR作品の評価・売れ行き・後継機種への期待を高めます。
 第17回に 稲元さんが 「売上高 = 客単価 × 客数」と書いて、「お客様の払って下さるお金が多くなる」よう工夫したり 「来場客数を増やす」ことが、そのまま、売上の増加につながりますと説明されたのは、正に こういうことでした。

 最後に、飲食の効果について、もう少しだけ触れておきましょう。

 昔の村祭りでは、子供たちにお菓子を ただで配っていました。それで、来年も子供が両親を連れて祭りに来てくれることを期待したのです。国際会議のバンケット(懇親会)は、そのメンバーで会議が開催されていたことを強く出席者の記憶に残します。 視聴覚+味覚による(多感覚、マルチセンソリーによる)記憶の強化です。調べた限りで バンケットのない国際会議は、ありませんでした。
 ですから、自分のVR作品を今後の国際会議で技術展示してみたい学生さんは、日本VR学会 大会の懇親会などの機会にそれに慣れることと、そこで自分の作品についての批評を先生方に伺うなどの練習をしておくことを勧めます。

 岐阜で決勝大会が行なわれていた時には、IVRCの参加学生たちは 岐阜県長良川スポーツプラザ」に まとまって宿泊したので、日仏の学生の飲み会交流が その宿舎で行なわれました。国際学会のVR技術展示に学部学生が作品を応募して、しかも それが採択されるなどという、90年代の学生たちにとって心情的に 畏れ多い(!)とされていた行動の「しきい値」が下がって、IVRC作品が独自応募でコンスタントに国際学会に採択されるようになった理由は、そうした「飲食」の力にも あったかも知れません。
 岐阜大会では、実行委員たちの宿舎になった名鉄 三柿野駅のホテルの裏に、相当ひなびた「雨月物語」に出てくるような 飲み屋さんがありました。そこにフランスからラバル賞贈賞のため来日された Laval Virtualの役員の方たちを 実行委員がお誘いして、飲み会(交流会)を催していたのですが、たたみ敷きの飲み屋さんでの日本酒に大喜びして頂きました。溝口健二の映画に自分も出演した気持ちだったかも知れません。こうした接待の成果などもあって、日仏の交流は大変、友好裡に継続してきました。数万人が集まる欧州最大のVR展示会 フランス Lavalでの VR作品展示に招待され、中世の古城でのバンケットで歓待を受けた IVRCの日本人学生チームは、もし機会があれば 岐阜の飲み屋さんまで行ってお酒を飲んであげて下さい。


 画像借用元:http://katsu85.sakura.ne.jp/ugetu.html

 さて、皆さんは、ディズニーランドに行った時に「おみやげ」に何を買いましたか? 食事は、どこで、誰と取りましたか? もし、普段は 全く忘れていたとしても、押し入れの整理で ミッキーの絵柄のトレーナーが出てきた時に、お友達が靴にソフトクリームを落とした出来事まで思い出したのではないでしょうか。
 TDLでは いろいろな努力の結果、来場者の 9割が関東圏を中心とするリピーターです。諸外国と違って 交通費や宿泊費に 余り費用が掛かっていない分、ポケットのお金を おみやげに回す余裕が増えたのです。

 NY万国博でも、近隣のブルックリン市街区から訪れた来場客は交通費が安かったことで、記念グッズなどの おみやげを大量に買っていたのでは無いでしょうか。ウォルトが「物販」をテーマパーク運営の一つの柱にしようと思いついたのは、そのときだったと私は思います。
 第11回 で紹介したように、「従来の遊園地に来場客が 2時間を超えて滞在することは、まずなかった」のです。そのため、遊園地では感動も それほど深くはなく、遊園地の「おみやげ」も ほとんど売れず、「飲食」の必要も乏しかった事でしょう。しかし、ウォルトが 長時間滞在できるテーマパークを創ったことで、TDLの経営努力などを通して、実は「飲食と物販」がイベントでは普遍的に重要な要素で 「国際学会」などでもリピーターの獲得に大変役に立っていることが 分かるようになりました。

 そこで、1939年の「映画」がリピーターをどう獲得したのか などの話になるのですが、こちらは 次回以降に送りたいと思います。
 画像借用元:https://www.nikkatsu.com/movie/13770.html https://eiga.com/movie/43329/ 
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%82%BA%E3%81%AE%E9%AD%94%E6%B3%95%E4%BD%BF
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