杭州西湖の夕暮れ。昔昔、最初で最後の一人旅で訪れました
中国語再開してまもなく1年。毎週火曜日90分授業です。
老人が昔のことは覚えているが、昨夜の夕食に何を食べたか覚えていないと言う。
このことは私が身をもって実証している。先週勉強したことは覚えられない。
30数年以上前に習ったことは覚えていて、ふいに口をついて出てくる。
勉強とは中国語では「無理強いする」と言うような意味があり、面白いではないか。
無理にさせられるなんて、日本語の意味に照らし合わせ言い得て妙な単語ではある。
勉強の中国語は「学習」と言う。日本語でも学習は意味は同じですが、
小学1年生にさぁ学習しましょうとは言わない、「さぁお勉強しましょうね」と言う。
ことほど左様に漢字を共有しているからと言って侮れない
加えて改革開放後、識字率を高めるため、簡体字を国が制定した。これが便利な反面
日本人には読めない簡体字も出てきた。礼は簡体字、禮は繁体字です。
台湾では繁体字を使用しています。それが私にはなんだか懐かしさをかんじます。
中国語には広東語、上海語他いくつかの方言がありますが、今はマスメディアの発達や
政府が推奨していることもあり、標準語が普及しています。
若者はみな広い国土どこでも上手な標準語です。
新しいことは覚えられなくても、週一の中国語は確実に脳の活性化には役立っていると信じています。
※ マスメディアは中国語では「媒体」
中国語再開してもう一年のなるのですね。
素晴しいお心がけですね。
西湖の夕暮れすてきですね。
私は学ぶ心が大切だと知りながら、自分勝手な読書で
たまる一方の本を手放せなくて悩んでいます。
無事1年を過ごせました。
学ぶ心>私のはそんな高尚なものではなく
参加してボケないようにしているだけです。
交通機関の乗り換えやらもあり
緊張がボケ防止に役立っていると思います。
本を手放せない>私も同じで、このため老人ホームへ入れないでいます。
体調だって意識されるでしょうし。
お仲間がいるというのが何よりいいと思います。
なるほどです、小学校1年生に、勉めを強いる?「さぁお勉強しましょうね」の言い方ですねえ。
「学びて時に之を習う」という発達段階ではないということなのでしょうか。
考えてみれば…、1年生こそ一つ習っては反復学習となりそうですのに。
そもそもの日本での用い方が曖昧だった? よくわからなくなりました~。
首を傾げつつも、楽しいですね(笑)
一度挫折しても再開する心の強さもすごいです。
幾つになっても勉強は続けたいと思うだけで、
実行出来ない身が恥ずかしいです。
よき友よき師に恵まれて再開できまして
今のところ順調に来ています。
言葉の面白さはわからないからこそ
知りたくなるのだと思います。
明治維新の頃はたくさんの日本語が中国へ「輸出」されました、経済は維新の頃どなたか忘れましたが
今では中国語で使われ普及してます。
大袈裟ですがボケるのが怖い危機感からです。
昔の友人や先生が温かく受け入れてくださり
1年無事に経過しました。3回乗り換えの交通機関にも緊張しています。
意味合いがあるんですね〜
でも、言葉を深く調べていくと、本当に面白い
ですね。
中国語は本当に奥が深いです。
とは、どういうことなんでしょう。
うーん、あれこれ考えましたが…、
当時、日本で用いている漢字表記が中国で取り入れているということですか?
あっ、「満州国」との関係ででしょうか。
いくつか例を教えていただけると嬉しいです。
高齢の皆様「今日行く用事がある」ことは良いとおっうしゃってますね。
毎週でもキチンと通えるって素晴らしいことです。
それも中国語とは・・・°˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖°
生活にリズムが付きますね~~
忘れても、また思い出し・・・の繰り返しで一歩一歩進めばというのは、私に言い聞かせている言葉です。
趣味が多いので(;^_^A
幾つになっても向学心は大事だと思います(^^♪
中国語のお勉強を再開され、一年たったそうですが、
素晴らしいですね。
私は生涯学習として長年勉強をしていた英語を、
卓球と引き換えにやめて8年になりました。
先週勉強したことは覚えられない。
しかし、30数年以上前に習ったことは覚えてる…。
確かにそうかもしれませんね。
私は些細なことですが、若い頃から親しかった人の
名を忘れることはありませんが、シニアになってなってから
花の名もしかりです。困ったものです…。