甘い生活 since2013

俳句や短歌などを書きます! 詩が書けたらいいんですけど……。

写真や絵などを貼り付けて、二次元の旅をしています。

渚の音はやさしい……

2023年03月19日 09時46分06秒 | 本読んであれこれ

 ほとんど石牟礼道子さんと藤原新也さんのお話の抜き書きにしました。私の出る幕はありません。でも出しゃばっていますね。
〈石牟礼道子・藤原新也『なみだふるはな』河出書房新社 2011〉より

(石牟礼)渚には潮を吸って生きている木や草などがありますよね。葦だとか、いろいろな植物が潮を吸って生きているんですよ。真水と潮水が混ざり合うところに、特殊に生える植物があるんですけれども、それで、渚の音はやさしいですよね。

 それを護岸工事をしてセメントに、何でしてしまったんだろうと思います。波の音は風情のない、どたんどたんと聞こえて、日本列島の外側全部そうやったんでしようか。

(私)先生、「渚の音はやさしい」というご指摘は、とても新鮮です。私たちがもう持てなくなったものの一つですね。

(藤原)日本国中、結局、土建屋が全部、海や川を変なふうにいじくりまわした。それで経済を回せばいいという。お役所が決めた仕事なんだけれども、よく不思議に思うのは、お役所の人もかつて子どものころに海や川で遊んでいたはずでしょ。その人たちが大人になって、そういうものを簡単に壊してしまう神経というのは、わからないですね。

(私)「経済を回す」という言い方、よくありますけど、あれはずるいですね。何だか政策を行なっているような響きがします。実は自分たちの知り合いへの利益誘導なんだけど、そんなふうなことばでごまかしている。ツケはすべて未来に回して平気なんですから。お先真っ暗の借金地獄へ日々転落していますね。



(石牟礼)私の父はセメントブロックをたいそう憎んでおりましてね。世の中だめになるといっていました。堕落したって。加藤清正を神様のように思っていて、
 「熊本城ば考えてみろ。セメントブロックであの石垣にしたら、どぎゃん見苦しか」って。石工の仕事が少なくなったこともあるんでしょうけれども、セメントブロック工事をするのは朝知恵じゃと。たいそう敵意を持っていました。

 石工だけじゃなくて、手仕事をしなくなりましたよね、男も女も。手で考えるということがあるんですよね。

(私)そうですね。手でものを考える,今の世の中でないがしろにされてることですし、私はもちろんちゃんとやれていません。でも、最近やっとリンゴの皮をむくこと、少しだけできました。ニンジンとか、大根とかでもやりたいけど、できてないですね。



(石牟礼)私、小さいとき、大工さんの仕事に憧れて。鉋(かんな)をシューッと引かれると、ヒラヒラ、ヒラヒラヒラッと、木が美しい鉋屑(かんなくず)になって、それを大切にもらって帰って、箱に入れて大事にして、ときどき開けていました(笑)。大きくなったら大工さんになるんだと思っていた時期がありました。

(私)先生、私のカンナの思い出は、父が削ってくれるかつお節でした。あれをぶ厚くて大きなをくすねて食べたりしました。全部削り終わった最後の小さいの、あれをしゃぶるのも楽しかったなあ。

 先生、阿蘇でメガソーラーができるそうですよ。草千里のところに広大なソーラーパネル施設が作られるみたいです。地元の方は「放牧、草原では金にならない。」とコメントされてるのをニュースで見ました。でも、そういうことばを取り上げて、こうなるのも仕方がないのだという世論づくりに加担してるんでしょうね。

 みんな拝金主義のとりこ、まるでどこかの国みたいになってる、と思ってしまうけど、実はそれらも作られたイメージで、お金なんかどうでもいいから、好きなことを続けていくという人たちもたくさんいると思うんですよね。

 そういう声は、メディアからは無視されてしまいますね。ささやかに伝えていくしか方法はないのかな。



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