
浜美枝さんへのインタビュー記事がまだ続いています。朝日新聞です。
今月の10日・月曜日の第6回では、東宝にお休みをもらってヨーロッパを20日間ほど旅したことが書かれています。浜美枝さんは17歳で、初めての海外旅行だったそうです。
一人旅で、1日に使えるお金は3,000円くらいだったそうです。たぶん、ホテル代込みなんだろうか。貧乏旅行ではあるはずですが、よくもまあ、ヨーロッパに飛び込んでいこうという気持ちがあったのがすごいなあ。
1943年生まれの浜美枝さんは、中学校を卒業して一家の生計を支えるためにバス会社にお勤めして、車掌さんとか、ガイドさんをめざしていたそうです。当時としては花形の職業だったのだと思われます。
ところが、まわりに押される形でコンテストを受けに行き、そのまま合格して俳優さんへと進んでいくんですが、まだ10代半ば過ぎだったそうです。高校生くらいの年ですもんね。昔の人はチャレンジ精神があったのか、浜美枝さんが特別だったのかどうか……。ご本人は、「私は遊牧民族」というふうに今も言っておられるそうです。
東宝入社2年目で、1960年頃、会社に許してもらって旅に出たということでした。そして、イタリアのローマにやって来ます。そこで出会ったのがマストロヤンニさんだったそうです。
お金はそんなにないけど、自分に投資しなきゃいけないから、ローマで演劇を見ることにした。それも笑顔の優しいドアマンのおじさんに勧められて見ることになったそうで、おじさんは1週間通しの割引券を買うようにアドバイスしてくれたそうです。ずっと見ていると、何か得るところがあるぞという教えなんでしょうか。ホテルのドアマンさんも、なかなかいいことを教えてくれたものです。
そうすると、何が何でも1週間通うことになったわけです。
するし、毎日通ううちに、もぎりのおばさんに顔を憶えてもらって、マストロヤンニさんの楽屋に案内してくれたというのです。
何となく17歳の女の子をローマの人々があたたかく接してくれている雰囲気が伝わります。いい人ばかりではなくて、あぶない人もいたと思うんだけど、浜美枝さんにはみんなが支えてあげようという空気が生まれてたんでしょうね。
トップの写真は、そのもぎりのおばさんが撮ってくれたものなんだそうです。何となく合成みたいで、ウソっぽいなと思いましたが、これは現実にあったことらしいのです。
さて、マストロヤンニさんに会えるチャンスです!
マストロヤンニの楽屋に伺うと彼は汗びっしょり。つたない英語で日本の映画女優だと自己紹介すると、マストロヤンニは噴き出る汗をぬぐいながら「この汗を見てごらん。人を喜ばすために、これほど汗をかけるというのは、とても幸せなことなんだ」。
その一言で女優を続けようと。女優をする意味がわかったような気がしたのです。(聞き手。斎藤勝寿)
ああ、カッコイイですね。マストロヤンニさんは演劇人として素晴らしいし、浜美枝さんはそれを受け止めたものとしてカッコイイなあ。
その1960年は、マストロヤンニさんがフェリーニさんと組んで、「甘い生活」「8 2分の1 Otto e mezzo」と立て続けに作ってた頃でしたか。何だか懐かしい気持ちになりました。ゴジラ映画とか、007とか、フェリーニさんの映画が見たくなりました。