栗太郎のブログ

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「花神 (上中下巻)」 司馬遼太郎

2007-02-05 17:08:52 | レヴュー 読書感想文
この小説は、幕末期の表舞台に突如現れて、幕府瓦解と共に姿を消していった村田蔵六(大村益次郎)のはなし。

彼は何者かといえば、医者であり、蘭学者であり、翻訳家であり、教師であり、軍略家である。
しかし、彼は生涯自分が百姓であることを恥じずにむしろ平気で百姓を通した。
性格といえば、無愛想・ぶっきらぼう・頑固・偏屈で、シャレも言わず無口で、実務主義・合理主義の人であったようだ。
その上、高杉晋作から「火吹き達磨」とあだ名されるくらいのデコッパチでギョロ目の容姿。
人間的可愛げの見あたらない人物像である。
そんなこの人の凄みは余人の想像を越えた才覚にあった。
緒方洪庵の適塾において蘭学の理解は他をしのぎ、四境戦争(長州征伐)・戊辰戦争においては抜群の作戦能力を発揮するのである。
人物像としては、土方的でもあり、幸村的でもあり、三成的でもある。
要するに僕の好みなのである。

物語の流れとしては、医師を志した蔵六が蘭学を学び、その語学力を評価され、医学・軍事の書を多数翻訳し、自然と軍事専門家としての道に導かれてしまう。
しかも彼は軍事の本質を体系的に身に付け、かつ指揮する才能もあって、最期には兵部大輔(実質の陸軍大臣)に登りつめる。
そしてまもなく、不平分子の兇剣が元で死んでしまうのである。

はじめ、花神ってどんな意味かな?と思いながら読み進めていった。
多分、日本の八百以上の神様の一人とか、麻利支天や毘沙門天とかの別称かなと考えていた。
実はどうやら、中国での花咲爺のことなのだそうだ。
確かに彼は、幕末、たくさんの志士が屍を重ねた上に、一番最後に悠然とやってきて、綺麗に維新を仕上げてしまった。
まさしく、何やら分からぬ灰(作戦指揮)を振りかけて、半信半疑の内に花(官軍勝利)を咲かせてしまったのだから。
巧く付けたものである。

小説としては、はじめからやたら面白い。
苦労を当たり前のように受け流す清々しさ、
シーボルトの娘・イネとの恋、
見た目と才能のギャップに振り回される周囲の人々、
唯一で最大の庇護者であった桂小五郎とのやり取り。
その間、たかが村医者が宇和島藩・幕府・長州藩と出仕して、中巻まではあきさせない。
段々世の中の流れを追いはじめると蔵六も脇役になってややだれるが、上野彰義隊鎮圧においてまた純然たる主役として輝きだす。
余談だが、彰義隊に対する官軍側の描写がすこぶる繊細で驚いた。

司馬さんは、革命においては、思想家、戦略家、技術者が順に登場するという。
長州で言えば、松陰、高杉、蔵六となる。イデオロギーを唱え、実践し、体系化するわけだ。
そういう意味では信長、秀吉、家康も同じなのか。だいたい最後の役割が一番面倒臭そうだ。
太陽と月にたとえれば、前2者が華やかな太陽で、後者は日陰の月。蔵六に至っては、前2者同様、非業の死を遂げていて割に合わない。
しかし、全て理詰めで物事を考えていた正確な機械のような彼の事だから、自分の死も想定内だったのかとも思わせる。

最後は、蔵六に対するきらびやかな賛辞の形容詞が続く。
少しこそばゆい感覚で読み終えるのだが、せめて彼の良さを知ってもらいたいという司馬さんの精一杯のお世辞にも聞こえてきて、
微笑ましくもある。



明治の軍国日本に、蔵六が存命であったなら、
山形有朋のような軍閥主義の弊害もなく、
乃木希典のような部下任せの無策指揮者が前線に出ることなく、
もう少しまともな歴史になっていたのだろうか?
もっとも長州好きに言わせれば、他にも生かしておきたかった人間はボロボロ出てきそうだ。
もちろん、佐幕派としてもゾロゾロ出してやりますけどね。


最後に書評として。
司馬さんの長編は、細部に渡りよく調べてあるので読み応えがあります。
反面、興味のない人には、繰り返される余談を含め、退屈さを感じるかも。
個人的には、司馬さんの魅力は数多くの短編にありと思ってます。
この村田蔵六こと大村益次郎には「鬼謀の人」(新潮文庫『人斬り以蔵』に収録)があります。
3冊は面倒という方、幕末入門編としても、こちらをオススメします。


10点満点中オススメ、惚れ惚れする男っぷりに8★★★★★★★★



花神〈上〉 (新潮文庫)
司馬 遼太郎
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花神 (中) (新潮文庫)
司馬 遼太郎
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花神 (下巻) (新潮文庫)
司馬 遼太郎
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4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
サステナビリティ国富論 (リベラルアーツ(GX))
2024-01-19 20:03:18
今起こっているアルゴリズム革命、グローバルGAFAMが黒船に見えるけれどこの人工知能(AI、DX)に日本の経営者は二の足を踏んでいるように思われる。しかし、日本でも同じように考えて先見の明をもったものが探せばいるのに探そうとしない。元プロテリアル(日立金属)でSLD-MAGICという高級特殊鋼(マルテンサイト部品用素材)を開発された久保田邦親博士がそうだ。かれの講義録は材料物理数学再武装というが少し数理的な知識は必要だがとても優れた教科書だ。これでいいたかった哲学は①無知の知、②いかに良く生きるか、③越境する学びでそれを知ればブラックボックス問題にたいしても正道を歩めるとい勇気を与えてくれる。
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トライボロジー軸受国富論 (ストライベック)
2024-01-27 13:48:23
ドクターDXの話は姫路で聞きましたが、目からウロコでした。
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関数接合論 (電気技術者)
2024-04-03 00:25:14
CO2排出削減などの機械効率を向上させるトライボロジーという学問の世界ではCCSCモデルっていうのも有名ですね。ストライベック曲線がペトロフとクーロン則の合成関数なんだけどそれに人工知能のメガトレンドとなったニューラルネットワークで用いるシグモイド関数が有効であるというのは、とても分かりやすい。
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メガトレンド (グローバルサムライ)
2024-04-07 18:30:57
しかし、AIの進展は企業文化そのものの変革も迫られているのだと思われますね。それにしてもマテリアルズ・インフォマティクスってありゃなんだ?
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