THE RECKLESS MAN*

過ぎ行く時~後悔は少なめなMY LIFE を送ることをモットーに、日々、テキトーな日常を書き留めています。

guest

2014年08月31日 | 日記

昨夜は、久しぶりの練習。ホームページからコンタクトをくれた二人、Iくん、Mくんが来訪。


 


それから、先日、全中で優勝した足立渕江中の卒業生、鈴木先輩のファミリーも練習に参加してくれた。 練習は、いつも通りのメニューをこなした。


 


前回の試合で、ぎっくり腰をやった野原の兄貴も万全ではないものの練習に参加してくれ、ひと安心。


 


メニューのインターバルには、跳び箱を使って、 ジムでは出来ないプライオメトリックトレーニングをひとり黙々と…


 


体育館に流れるBGMは、長渕剛のベスト。懐かしい曲が流れる中、時折口ずさみながら、リズムに乗りながらバレーの練習。


 


”ひりひりと傷口にしみて眠れなかったよ 泣きっ面にしょんべんひっかけられた夜 薄情な男だと夜を一枚ひんめくりゃ ぐずぐずしてちゃいけねえと 照れずに思えた”




”つまらぬこだわりは 身を縮めるだけだった ほんの一瞬でも お前を愛せてよかった 枯れ果ててしまっても 温もりだけは残ったよ 妙に悲しくて いさぎよくて 本当に気持ちよかったよ…”




さあ、次の試合に向かって、自分に出来ること~とにかく” 全力投球 ”だ!!









" PASSION " それは、自分を動かす、元気の源!

2014年08月25日 | 日記

昨日の大会は、前回の試合から数週間が経ち、練習はお盆の土曜日一日だけ。メンバーも、少なく今ひとつモチベーションが上がらない大会ではあったが、一度ボールに触れ、コートに立ち、ボールを繋ぎ、スパイクを打ったりしていると途端に楽しくなってくる。やっぱり、バレーボールが好きなんですね…。


 


準備万端~気合い充分?ベストな状態とは、程遠い雰囲気での大会参戦。がんばろう!一戦必勝!と言う言葉と裏腹に、やや気持ちが入らない自分が昨日のコートに立っていた。そんな状態で、試合開始。出だしは最悪、ポロポロとボールを落とし、チーム全体、どのメンバーも調子が上がらない。


 


そんな状態ではあったものの、声をだし、何とか自分とチームを奮い立たせようと奮起していると、相手チームがミスでお手伝い…日頃の鍛錬の成果?少しづつだが、チームの調子も上がり、第1試合はフルセットで勝利。最終セットは、危なげない内容で勝利をものに出来た。


 


2試合目。荒川特有の変則リーグ戦のため、必ず獲らないと行けないゲーム、決勝戦へ進むためのヤマ。終盤まで終止リードをまもりながらの試合展開であったものの、20点をこえたあたりでセッターがぎっくり腰でコートを去る…急遽、オレが、WS→セッター、林をコートINしてリスタート。


 


突然のハプニングにもかかわらず、チーム一丸となって暴れ、終止相手チームを追い込み勝利目前まで行ったのだが、あと一歩及ばず敗退。このゲームもコート上のメンバーが、気合い充分、それぞれ奮起、がんばってくれていたので、とても楽しめた、『オモロー!』な試合だった。


 


3試合目は、決勝へ進めなくなったあとの消化試合。しかし、普段出場機会の少ない、林、須沢にとってはゲーム感を上げる大事な試合。須沢は、サービスエースを獲り。林は、リベロも今回は居なかったので、フル出場、トータルでの経験を積むことが出来たので良かった。


 


一人の頑張りでは、結果はたかが知れているけれど、仲間全員の意識が同一方向に強固に一致したときのパワーを、今回のような不利な状況をものともせずに奮起した試合の中で強く感じた(勝負には負けちゃったけどね)。これを、" 火事場の糞力 "=" PASSION "とでも言うのでしょう。


 


この年齢になっても、いざという時はピークをとっくに過ぎたロートル達の身体を" 情熱 "が動かしてくれるものなんですね。そんな、自分(人)を動かす元気の源、" 情熱 "を失うことなく、人生を楽しみ続けていきたいと思います…


 



 


 


真夏の夜の夢…?

2014年08月14日 | 日記

先週の台風11号の被害で、西日本は洪水、土砂災害などで大変でしたね。自分ごとでは、毎年恒例のバレーボールの仲間たちと行く、『伊豆の海水浴』のとき~その影響をもろにうけてしまいました。今年で20年目で、ちょうど節目のいい機会だったのですが…。


 


 


出発日は、43歳のマイ・バースデー7日を明けての深夜1時に、先輩家族の車に同乗させてもらい一路、伊豆下田の多々度ビーチへ。車中では、S先輩と取り留めのない与太話などをしながら、海老名、修善寺のコンビニ、下田のマックスバリューなどで買い出しをして7時頃に民宿に到着。


 


 


チェックインにはまだ早い時間だったのだけど、民宿の人にご挨拶したら、『部屋は開いてるので、どうぞ』と言うことだったので、ラッキー!荷物を置かせてもらい、着替え、早々に浜に出かけて見ると霧がかかった状態に大きな波。人がほとんどいない…。


 


 


こんな日は、サーファーが大挙してサーフィンを楽しんでいるはずなのに、それすらもいない。聴くと、遊泳禁止らしい。遊泳禁止だと、サーフィンも駄目みたいね。伊豆に来て以来、どんなに海が荒れていても遊泳禁止になったことなどなかったので驚き。


 


 



 


 


台風の影響で3~4メートルの波、確かに荒れてましたが良くボディーボードで楽しんでましたがねぇ。何かトラブルがあって、それ以降、敏感になったりしますから、そんな感じなんでしょうかね?自分的には、デリケート過ぎるんじゃない?って思う。


 


 


天気は、薄曇り、時々晴れ。特に、風が強かったとか雨に降られた、とかはなかったので、浜辺でのんびりするには被害はなかった台風11号。海は、ライフセーバーのいる狭いエリアでくるぶし程度が浸かる水遊びしかできなかったので、それは残念でした。


 


 



 


 


そんな感じだったので、ついお酒の量が進み、ウトウトと眠くなり、『どうせ寝るなら、軽く焼くか?』ってんで、海パン一丁になり~ゴロン!2、3時間でおきたのですが時既に遅かった?結構、真っ赤。メラニン色素、多いから大丈夫だろう?


 


 


あもうございました…。夜になると、赤さが増し、痛みが増し…『やっちまったな~っ!!』*クールポコ風に。ま、後の祭り。エアコンの真下に陣取り、冷風を痛む身体に直撃させてその日をしのぎ、翌日、塗り薬と霧吹きを購入し対処しました。


 


 



 


 


車の免許をとった18、19歳の頃から、自宅のハイエースをとばし毎週末、海に出かけていたあの頃と皮膚の強さが違いますね。長年の日焼けと、現在のインドアな生活が皮膚を著しく弱め、避暑地の強い紫外線には対応できない身体になってしまったことを実感…


 


 


何事も、その時に合ったやり方。そんなことを、ことさらに思います。う~ん、マンダム。で、2日目も更に台風接近でしたが、波は前日よりは低くなってましたが遊泳禁止はそのまんま。一日目と同じように、子供は浅瀬でチャパチャパ水遊び、オレは飲酒。


 


 


昼過ぎになると、町屋のツインタワーが電車を乗り継ぎ1日遅れで参加。わいわいがやがや、与太話に花を咲かせ薄曇りと、晴れ間がときどき顔をだす浜辺で開放的なひと時を一緒に過ごした。身体は、昨日よりも、痛み、赤みが増してエマージェンシー。


 


 


 


 


 


最終日は、朝から、雨が降ったり止んだりしていたのですが、タープを張ればだいじょうV!と言う結論に達し海水浴、決行。雨も止んでたし、ほほほ。朝食をとり、買い出しを少々して、浜へ荷物を置きに行くと…


 


 


『なんじゃーっ!こりゃーっ!!うお~っ!!!』…遊泳禁止+浜辺進入禁止。


 


 


万事窮す…スイカ割りのスイカも買ってきたのに、浜にも入られん?うぎゃ~!多々度浜はあきらめ、西伊豆へ移動。海岸線が入り組んでいるので、もしかしたら大丈夫だろう?と、オレの勝手な判断で…地元の人は、『むり!』って行ってるけど~フン!


 


 



 


 


50分くらい移動して、西伊豆へ回り込み途中の高台でアイスクリームを食べながら、オッサン連中はタバコをふかし、一休み。少し、波が低くなってる感じ。しかし、台風の影響でず~っと天気は雲っていたので、遥か遠くの景色を望める日はございませんでした。うひゃー!


 


 


そこから、10分くらいまたまた移動。吾輩が、4つの頃から20歳くらいまで家族、友人でお世話になった石部温泉の浜辺へ到着?あれ?見慣れた景色だけど、所々違ってる。海の家、貸し出しボート、浜から20メートルくらいのところにあった飛び込み台が…。


 


 



 


 


人も皆無、浜も石だらけ…港が大きく競り出して、海岸の半分を占めていた。間違った?何せ、20年振り。最後に来たのは、中学校時代の友人と。車を留め、地元の人とお話を。すると、『よ~く昔のこと知ってんな、あんた!』。皆と離れ、1人子供の頃にお世話になった民宿へ~とぼとぼと。


 


 



 


 



 


 



 


 



 


 



 


 



 


 


ものすご~く変わってしまった、『懐かしい想い出の場所』に、郷愁と悲哀を感じながら次ぎの場所に移動。子供の頃は、あれだけ賑わっていたこの場所も高齢化が進み、民宿の数も最盛期の4分の1だそうだ。お盆の打ち上げ花火、家族との想い出が懐かしい。


 


 


そして、初体験の場所~松崎港の海水浴場。浜は、大きく、この日は人がチラホラ。波はとっても穏やかでしたが、ここでも遊泳禁止。浜では遊んで良いらしかったので、ここで遊ぶことにした。


 


 



 


 



 


 



 


 



 


 



 


 



 


 


子ども達が楽しみにしていた、スイカ割りも無事に完遂!昼食は、自炊した味の薄い醤油ラーメンを頂き、満腹?軽く水遊びをして、時間も頃合い。シャワーを浴び、いろいろあった今年の海水浴も、それなりに満足出来たのでマル!


 


 


最後は、土肥金山で子供らと坑道見学をして、お土産を買って終了!来年は、台風に来ないでくれよ~!!と心で叫びながら、雑踏の東京へ帰京しました。


 


 



 


 



 


 



 


 



 


 



 


 



 


 



" never surrender spirit "

2014年08月04日 | 日記

危険な暑さの中、きのうは足立区の夏季大会~やってきました!高校のインターハイも、一昨日から東京の各会場でスタートし、家の女子チームのメンバーだったKちゃんの息子の、Yさくが千葉県代表で出場。その、市立船橋は1回戦は突破!しか~し、続く2回戦で敗退だって、残念…時間が出来たら、また、練習へ来いよ!Yさく~待ってるぞ。


 


昨日は、リベロ兼、ウイングスパイカーのミノシマ。オポジットの、ハセベを欠き、更にはセッターのノハラがアキレス腱痛でジャンプが出来ず満身創痍。万全のチーム状態ではなかったものの、チーム最年長のナオイ、千葉県在住の、K.Uが久しぶりの参戦、がんばってくれた。


 


K.Uの参戦も、週末に、突然、『松下さん、ご無沙汰してます。バレーボールがんばってますか?東輝会のホームページ観てたら、メールしたくなりました…また、試合呼んで下さいね!』ってな感じだったので、『来たけりゃ、いつでも来い!』って返事したら、『早速、日曜日、暴れさせて下さい!』だって。ま、オレに負けず劣らずのバレー馬鹿の後輩からの久々の連絡は、嬉しかった。


 


土曜日は病院対抗の審判を朝から夕方までやり、そのまま練習へ。もっと若いときならいざ知らず、前日だろうが何だろうが、ただがむしゃらにハードに練習をするだけだったけど、この年齢になると試合の前日調整は気持ちを抑え、疲労をためない程度にやらないといけませんね。


 


ま、自分的には自分のできる範囲でここまでの、練習、身体づくりをしてきたわけで、試合前日だからと言って特別な練習することもなく、『明鏡止水』の心持ちで最終調整をしてました。特別なことと言えば、この日は飲みに行かず、翌日に備えたことですかね~ほほほ、これってとっても珍しい!


 


練習後、夕飯を買って、まっすぐ帰宅。土曜日は、練習後に独身メンバーで飲みに行くのが当たり前になっているので、夕飯を食べながらつけたテレビは、どれも見慣れなく変な感じ。洗濯物、シャワーを浴びて0時まえには消灯し、よこになる自分が気持ち悪かった…いやいや、これが試合前日の行動ですね!押忍!


 


ゲームの内容は、近日中にYouTubeにアップロードするので、今回、この場では語りません。強いて総括をすれば、2試合ともフルセットのデュース。(東叡クラブとは、デュースじゃないけど)VS O.N.F戦の最終セットは、8-3からひっくり返されての負けは痛かったのと、あの暑すぎる体育館で両試合とも1セットを先取しながらストレートで勝たなかったのが敗因。


 


自分たちと10~20も離れたヤングマン達ですら、暑さで、『ヒ~ヒ~』言ってバテてるのに、そんな日に、2試合で6セットもやったら体力的にしんどいよね。今回の試合での反省材料はたくさんあるけど、”中だるみ” 。先ずは、これを解消するための練習と努力を重ねましょう。


 


だけどね、最年長のナオイ先輩は48歳。ノハラの兄貴は、46歳。チームの平均年齢は、43歳。身体も、経年劣化とケガでボロボロ。身長も高くはないし、特別なアドバンテージなど、何一つ持ってないロートルチームが、ここまでやれてる事実は、マジ、自信に思っていいことだと思う。


 


人生一回。いつか、突然、あの世に逝くとき、『がんばれた、楽しかった!』って思えるような、素敵で後悔は少な目の人生を謳歌して行きたいね。昨日は、ベンチのメンバー含め、みんながんばってたぜ!また、コート上で暴れまくろう!!オレたち青春、まっただ中!サンキュー!ありがとう!そして、オブリガード!