熊本レポート

文字の裏に事件あり

我に逆らう者は誰であろうと熊本県民にあらず!?(センター選挙に向けての恋文)

2018-05-05 | ブログ

 GWに入る二日前、筆字の茶封筒に収められた一通の珍しい書簡が届いた。中身を簡単に前文、後文に分けて紹介すると、
「5月の熊本県建設業協会長選挙で前川浩志氏(八方建設・菊池市・注編集)の会長就任が有力視されているが、前川收(弟)自民党県連会長の就任(1月)に続いて兄(浩志氏)の就任とは、熊本県の二つの顔に兄弟が掲げられるわけで、これは政治倫理上において問題」
「公費解体費300億円における5パーセントのキックバックにしても・・・。また菊池市での連続99パーセント落札率・・・。これらを考えても兄弟二人の熊本県の顔というは相応しくないのではないか」
 業界、いや熊本県の明日を憂いての建設業者の意見のようだが、匿名だけにその真意は不明。
 ただ、省略した部分からだとマスコミ各社へのメッセージとして託したようだが、残念ながら一地方の問題で、また関係する者も現役を退いた者が多く、仮に彼らが示唆したとしても現場(熊本)が動くとも思われず、その日暮らしに必至の我が身では、これに応えられないというのが残念ながら実情。
 もちろん事実か否か以前の仮定で、これは問題としても記者クラブのコピペに頼って記事にする記者、調査権の持ち腐れの感じにある野党議員の資質を考えると、メッセージは棚上げされる可能性にある。
 また、会長選挙そのものだが、陰口は吐いても「肥後もっこす」など、とうの昔に死語となった現在、その良し悪しはともかく「全会一致で決定」という想定も明らか。それでも騒ぎ立てるものなら、再び餌で釣られた犬に仕組まれ、そこでタダ飯でも無駄な時間を強いられるのが落ちである。
 だが、メッセージ主の心情は理解できる。
 3月、美里町の渡邉議員が改選を前にして辞職。理由は「二親等以内の夫人が経営する建設会社の受注辞退という要請」が発端で、政治倫理条例に関しての辞任という選択。
 2010年、渡邉氏と同じく政治倫理条例を以て受注制限を下した府中市に対して、該当の市議及び関係する建設会社は不服だと「経済活動の自由」、「政治活動の自由」を盾にして、受注辞退によって損失した補償を求めて同市を提訴。
 この裁判は広島地裁で一審、二審と異なった判決を出したが2014年5月、最高裁において「政治倫理条例における規制は議員の公正さや議会の信頼を保つための正当な規制で合憲」との判断を下した。これは最高裁判事4人全員の一致した結論。
 この後、熊本市議他二人の議員が二親等以内に建設企業が存在すると自主的に辞職していて、政治倫理を前に辞職したのは熊本県で渡邉氏が初ではなかった。
 確かに「何で俺だけが(辞職)」という心情について、何も理解ができない訳ではない。なぜなら未だ二親等以内に建設関連企業を有する議員が、この熊本県には約2割も存在する。そして現建設業協会長、それに冒頭に紹介した次期予定会長ともに二親等以内の関係者が県議会には存在し、この県議会には公的資金で運営される福祉法人の理事長までを含めると、兼業禁止規定対象者を合わせて3割近くが政治倫理に抵触する可能性のある議員。県外地方議員の「政治倫理を徹底して強いると熊本県の政界は崩壊する」という所以は、実はここにある。裏を返せば、熊本県民は数字的に「政治に品格、品位など不要」という政治意識のレベルにあって、「俺だけが何で悪い」という渡邉氏の言い分も熊本県では妥当ということになる。
 1985年、ロッキード事件で田中元総理が逮捕されると、辞職を求めて国会に政治倫理審査会が設置されたが、「政治倫理は実定法に触れない場合でも疑念を持たれた時点でアウト」とされる。
 改めて政治倫理とは何かを紹介すると、市民、国民の代表者として「公平、公正に行動するために政治家が持たなければならない行動規範」であって、これに反する疑いを持たれる行動、状態を規制する規範でもある。
 熊本県民について「品位、品格よりも◯◯が第一で、政治倫理には寛容過ぎる」と批判されるが、これは本来、市民の側にあるべき野党議員、マスコミの「皆勤だけが本文」、「権力側との持ちつ持たれつ」という関係が要因となって、それが「政治倫理に麻痺した状態」を生んだのではなかろうか。
 熊本市議会の北口議員が現在、政治倫理でマスコミ、同僚議員からバッシングを受けているが、これは多勢だから行使できるという一種の幼児的なイジメ。
 15年以上も前、ある種の事案で同市議とは相対した経験を持つ立場にあって、その手法、姿勢の全てを容認するわけではないが、同議員の関係する事業組合の問題にしても、同じような事例の組合法違反容疑は他の議会議員にも存在していて、さらに悪質。これらを平行して取材して広く、選別なく政治倫理問題を追及する報道ならともかく、提供される材料で特定の議員に固執した報道では、それは蜥蜴の尻尾切りである。
 政治倫理で最も市民に理解され易いのが、二親等以内の建設業者への制限。その実状が冒頭からここまでの内容となると、熊本県には馴染めない政治倫理という見方もされてくる。
 熊本県には政治倫理条例の制定が議会で問題となる以前、この政治倫理を理由に政治家への出馬要請を頑固に固辞した三名がいた。一人は電気設備工事会社の後継者でもあった故田中一成氏、そして建設会社の次男で今も県行政と中央官庁との間で活躍中のK氏、それに同じく建設会社の次男で海外青年協力隊の指導を務めているM氏。
 こうした三人の意を想い出しながら議員を考えると、小賢しい顔ぶれは並んでも懸念する程の「大物は不在」というのが書簡主への返事でもある・・・。


最新の画像もっと見る