新しいお話はupしないと言いながら、今の時期にふさわしい短編が出来たのでupします。
☆☆☆☆☆
珍しく一護から電話が入った。
一護『マスター、今いいか?』
譲二「ああ、いいよ。どうした?」
一護『今度の15日だけど、久しぶりにみんなでクロフネに集まって、同窓会でもしようかって話になってるんだ』
譲二「ああ、そうらしいね。ハルからメールを貰ったよ」
一護『理人のヤツも帰って来るって言うし、全員揃うのは滅多にないからな』
譲二「そう言えばそうだね。俺もみんなに会いたいよ」
一護『だけど、マスターは大丈夫なのか?』
譲二「俺? 」
一護『ちょうどお盆休みの頃だし、マスターも実家に帰ったり、墓参りとかもあるだろ?』
譲二「そうだな。でも、実家には合間で顔を見せればいいし、墓参りも朝早く済ませるから大丈夫だよ」
一護『すまない。用があったら、途中で抜けてくれても構わないから…』
譲二「ハハ、そんなことに気を使わなくても大丈夫だよ。俺はみんなに会ったほうが元気がでるからね。一護も店の方は順調なのか?」
その後、しばらく一護の新しい店の話で盛りあがって電話を切った。
(そうかあいつら全員揃うのか…)
(これはメニューも考えて、腕によりをかけないといけないな…)
(それにしても、一護があんなに気遣いできるようになったとは…)
高校時代のちょっと拗ねたような不機嫌な一護を思い浮かべる。
元々感の鋭いヤツだから、俺が疲れたり元気が無い時はすぐに見透かされたものだった。
だが、いつも斜に構えているから、今日のように気遣いを素直に口に出してくれたことはあまりない。
(一護は苦労人だからな…。俺も年を取るわけだ)
☆☆☆☆☆
最後に残ったお客さんの会計を済ませて、ほっと一息ついた。
日差しも陰って、うだるような暑さも少し和らいでいる。
(そろそろ、看板を入れてcloseの札を掛けてくるか…。)
店の前を箒で掃いて店内に入ってくるとコーヒーの香りがした。
(あれ? 俺、コーヒーを淹れっぱなしにでもしてたかな?)
カウンターに近づくと、セッティングされたカップに淹れたてのコーヒーが入っていた。
譲二「?!」
厨房には人影があった。
???「譲二くん…。疲れたろう? 久しぶりにコーヒーを淹れたから飲んでくれないか?」
声の主がカウンターの向こうから顔を覗かせる。
細身で銀髪、髪と同じ色の顎鬚を蓄え、眼鏡の奥には優しい瞳が覗いている…。
先代マスターの浦賀さんだ…。
譲二「…マスター…?」
先代マスター「久しぶりだねぇ…」
譲二「はい…」
マスターは昔と同じ優しい笑顔で頷いた。
先代マスター「コーヒー、早く飲まないと冷めちゃうよ」
譲二「はい…」
俺はカウンターに座るとコーヒーを一口飲んだ。
(あ、これは…紛れも無く、先代のコーヒーだ…)
俺が真似しても真似しても、あと少しどこか違う懐かしい味だ。
譲二「このコーヒーの味、ずっと出したかったのにとうとう再現できないままです…」
先代マスター「そんなことないよ。お客さんはみんな譲二くんのコーヒーを飲むと『昔ながらのクロフネの味だね』って言ってくれてるじゃないか?」
譲二「いや、それでも、マスターのコーヒーとは何かが違うんです」
マスターはちょっとはにかんだように笑った。
先代マスター「私のコーヒーはそんな凄いもんじゃないけどね。譲二くんのコーヒーも以前よりますます美味しくなってると思うよ」
譲二「飲んでくださったんですか?」
先代マスター「そうだね…。時々はね」
譲二「ありがとうございます」
先代マスター「それにしても、本当に頑張ってくれてるよ。私が死んだ後もクロフネを昔のままで維持してくれて…。嬉しいもんだよ。帰ってきた時に昔のままのクロフネが見られるのは…」
譲二「マスター…」
先代マスター「あ…、もう無くなっちゃったね。おかわりはどうかな?」
譲二「はい、お願いします…」
二杯目のコーヒーを飲みながら、しばしの沈黙が訪れた。
譲二「マスター…。俺なんかがクロフネの後を継いで良かったんでしょうか?」
先代マスター「なんだね? 急に」
譲二「マスターには実の息子さんがいらっしゃることを聞きました。
それなのにアカの他人の俺なんかがクロフネのマスターの座におさまってて果たしていいんだろうかと…そう、時々思うんです」
先代マスター「譲二くんはね」
譲二「はい…」
先代マスター「私とは血のつながりはないけど、私の息子みたいなもんだよ。
中学生の頃からずっと譲二くんを見てきて、この子ならクロフネも任せられるって思ったんだ」
譲二「ありがとうございます…そう言っていただけると…嬉しいです」
先代マスター「だからね。譲二くんは立派な私の跡継ぎなんだよ」
そう言って微笑んだマスターの姿が少し薄くなった気がした。
先代マスター「さあ…名残惜しいけど、そろそろ行かないとね」
譲二「え? まだ、しばらくいてくださいよ…」
先代マスター「私ももう少し居たいところだけど、こっちにいる間に会いたい人がまだいてね」
譲二「そ、そうですね。すみません…」
先代マスター「また、来年も来るよ…」
マスターは笑顔を残すと厨房の影の方に滑るように寄っていった。
その姿は半分透けている…。
譲二「マスター…」
不思議と全然怖くなかった…。
まだ残るコーヒーの香りに包まれて、俺はしばらくそこで佇んでいた。
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