食いしん坊ケアマネ の おたすけ長屋!

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煮込み系中年の意気地

2010-01-23 | 中年男
ここのところ、毎日帰りが遅くなった。

単に勤務時間が長くなっただけでなく、内容も濃くなった…というか、切羽詰った空気が、職場を、我が社を、この業界全体を包んでいる。

風のウワサであるからアテには出来ないけれど、最近のホーム長会議に於いては、
「今の業績水準であれば、早晩、他社への施設部門売却の話も出てくるゾ!」
というような檄が、本丸のご重役から飛ばされたとか…。

そのノリは、ヤ○ダ電器やユニ○ロやマクド○ルドと言った、薄利多売の小売業や外食産業に於ける「店長会議」の煽りとひどく相似しているようだ。

もともと、そんな「日銭業界」のオーナーたちが「これからは老人介護が稼げるかも!」という料簡になって、ニュッと食指を伸ばし、のべつまくなし金勘定をしているのが、この業界の実態なのではあるが。

となれば、その下に仕える重役連は当然、更なる下部官僚である現場のホーム長にも、似たような経歴・気質の人間が集ってくるのは、コトの道理なのであった。

そういう私だって、「食うためには何だってする」という気持ちはある。キレイゴトは言ってられない。

しかし、悲しいかな、それにも限度がある。

西欧北欧といった、現段階ではたぶんもっとも「進んだ」社会保障システムを構築している地域の国々には「共通の合意」がある。

それは「子供、高齢者、障害者の生活保障は国家全体で担保しよう」という合意である。

そういうセーフティネットを築こうとすれば、無論、国民に莫大な負担を要請せざるを得ない。

しかし、誰もが老い、いつかは障害を持ちうる。そして、どんなに先が見えなくても、子供は欲しい…。
であるなら、国民全体で出資し合い、「子供と老人と障害者の生活保障は現役世代がします」という仕組みにしたほうが、大きなゼイタクはできないけれど、結局は安心のある、豊かな社会なのではなかろうか…。

産業革命以降二百余年を経て、いわゆる「西側先進諸国」はこの方向で合意形成がほとんどでき掛けていた。

そこを強烈に異を唱えたのが、若き実験的国家のアメリカさんである。

競争原理と市場原理に任せてこそ、本当に有効なサービスを安価で提供でき、消費者の利益になる。
米国はそういう「市場主義万能神話」を強力に喧伝し、世界中の「優秀な若者」を集めて洗脳していった。

その結果、「アメリカ帰り」の優秀な各界の若き指導層が中心となって、邪悪で非効率な社会民主主義の広がりを阻止した。
そして見事、健全な自由経済が世界を牽引し、格差社会のグローバル化に成功したのであった。

日本はアメリカさんの言うなりの「良い子」だから、戦後、自力でそこそこの社会福祉システムを作ったのに、コワいアメリカ親分から
「もっと競争させなさい」
といわれて、素直に従い、気が付いてみたら今のような「ほとんど誰も幸せにならない」社会になってしまった。

果してそれでいいのだろうか?

私は、いけないと思うのです。

老人ホームのような仕事をする人々にいちばん必要なのは、やはり、「慈しみの心」「お互い様の気持ち」です。

それが、ラーメン屋のフランチャイズのオヤジさんみたいに「売り上げ!」「客の入り!」ばかり気にして、従業員にもそんなことばかり命令していたらどうでしょうか?

私は、それこそ「世も末」だと思うのです。

何かヘンテコなことを書いておりますが、どうかお察し下さいませ。

半生の大半を「効率や業績よりも心が大事」と思って生きてきた中年男の、ささやかな意気地でございました。


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