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ことりのあしあと

ほんのわずかなじかん、立ち止まって耳をすませて自分を見つめたい。そんなあしあとをペタペタとのこしています。

映画日記1/2「サラの鍵」

2012年01月02日 22時56分02秒 | 日記
年明け早々に映画を観に行く。
「サラの鍵」

世界中で300万部売れている小説が原作なのだそうです。

ここ数年、いや、人生のベストいくつかに入るいい映画でした。

ストーリーも、映像も、役者も、演技も、終わり具合いも、なにもかも程よい余韻を預けてくれました。

そして、ずしりと重くて、重すぎるほど重くて、でも逃げ出せない重さで。
涙に逃げられず、かわりにため息が、幾度もこぼれました。

強制収容所へ送られたユダヤ人の少女サラの話と、歴史としてのそれと生き残ったはずのサラの足跡を探すジャーナリストのジュリアの話とが交錯する。
ユダヤ人の虐殺の話を色濃く背景に置きながらも、ひたすらにサラというひとりの女の子の物語に焦点をあて続ける。

ジャーナリストのジュリアがはく、真実を知るには代償が必要、という言葉がある。
真実を知ることで誰をも幸せにしなくても、目をそらさずにはいられない、知らぬままには捨て置けない、ジャーナリストである前に人のあり方として。

知ることが苦しくても、ひとたび知ったなら、なかったことにはできずに抱え続けて生きるしかない。
受け入れられるか、と、問われている気がする。

苦しくても対峙せずには進めないことがある。
生きることには覚悟を要する、観終えてつくづくと感じます。


サラ。
生き抜いてしまった辛さも、生き続けられなかった辛さも、なにものにも癒せない。
眠りが安らかであることを祈るしか。



むむちゃん、ぷうちゃん、生きていてくれてありがとう。あなたたちの命を見守ろう。
最後には、俗っぽく、そう思う。

今年をどんな年に。

2012年01月01日 22時55分13秒 | 日記
年が明けました。
これから366日、続く2012年。


昨年は、社会と自らの震撼にこらえながら、一歩ずつ進んだ一年でした。
おのずと、悲しみや痛みや辛さに思いを傾けることの多い一年でした。

未知の世界の懐の深さに触れ、感謝することの多い一年でした。

そして、一日いちにち、一つひとつを生ききりながら、時は今から未来へと紡がれていくことを思い知る一年でした。

今年は、目の前のことを目の前の人を何よりも大事にしよう。
日々のひとつひとつの出来事の中に、楽しさと嬉しさと喜びを見つけるアンテナを磨こう。
そして、たくさん笑おう。

静かにはじまった2012年。
どうか、丁寧に生ききれますように。

12/30 お餅つきで、年の暮れ。

2011年12月31日 20時38分44秒 | 日記


今日は朝からお餅つき。
毎年恒例になってもう25年くらいになるだろうか。

朝食もそこそこに、薪をくべて焚き火をはじめる。
焚き火の火で炊きあげたもち米をつくのです。

子どもたちが火遊びに興じるうちに、
雲が切れ、日がさすと一気に温かさが増す。

杵と臼でつきあげるお餅つき、
弟が負傷し、エース不在のお餅つき。

ちびっこたちと、非力な30女子のMちゃんと私。
結局いつまでも現役でがんばる父と母を頼りに。

炊き上げたもち米を待ちきれない子どもたちがつまむ。
アツアツで甘みがあって美味しい。
そして、みなでペッタンペッタン。

つきあがったお餅をうすから直接つまんで食べる。
これが、また、美味しくて美味しくて。

ひと臼目はのし餅に。
ふた臼目は丸めて鏡餅や、まる餅、あんこを入れてあん餅に。
粉で真っ白になりながら、つまみ食いをしながら子どもたちも夢中で参戦。

お昼は
つきたてのお餅と、毎年年末に伯父から送られてくる
牛肉や魚介を炭火で焼いて。

ホクホクとしたお腹を抱えて、
午後は海を見下ろすことのできる温泉へ。
内風呂からも、露天風呂からも海が見える。
ぬるめのお湯に子どもたちもたっぷりつかって、
体の中はさらにホクホク。

毎年恒例のホクホクの12月30日を無事に終える。
毎年、同じように過ごせてきたこと、今年もそうして過ごし終えられたことに、
心から感謝して、心あたたまる一日。
あと今年も、もう一日。

読書日記 12/30-31 角田光代『くまちゃん』、中島たい子『ぐるぐる七福神』

2011年12月31日 20時25分07秒 | 日記
中島たい子の『ぐるぐる七福神』は、時宜にかなう、と
思って読みはじめた。
都内の、七福神めぐりに物語を添えて紹介している。
いや、七福神めぐりにかこつけて
物語を描いている、というのか。

最近、朱印帳にご朱印をもらう楽しみを知った。
人は、なぜ、朱印をもらうのだろう。
祈りをかなえるため、願いをかなえるため、
なのだろうか。

成就はもしかして二の次ではないか、
祈ることそのもの、願うことそのもの、その行為そのものに
心を傾ける時間を得ることが、朱印をもらう目的の根本にあるのではないか。

そう思っていたら、そういう小説だった。
安心して読めるとともに、
数日前に読んだ、辻村深月のエッセイの中にあった、
「朱印帳を持たない」ように気をつけている、
持ってしまうと、集めることに執着してしまうから、
と書かれていたことを思い出す。


あぁ、まわりたい。谷中七福神、日本橋七福神、港七福神、亀戸七福神、浅草名所七
福神、武蔵野七福神…。
あぁ、いけない、メモをとってはいけない。

そして、もう一冊、角田光代の『くまちゃん』を読む。
失恋短編連作集。
角田光代の得意な連作オムニバス。
しかも、失恋集で、かつ憧れとほんまものの恋とは何か。
あとがきを読むと、そこにプラス仕事と恋とは何か、
を、加えてあるという。

なんだか、中島たい子の小説がまざってしまったり、
ちょっと前に読んだ様々な恋愛小説たちの登場人物の、
異なる側面を照らしだしているようで、
読みながらごちゃごちゃになる。
ごちゃごちゃになりながら、ごちゃごちゃも、ま、いいか、
と思いながら、読み続ける。

読み終えて、ため息をつく。
恋は一途にはしてはいけない。
恋は多くは思いこみだったりして、
多くは意思の力だったりして、
自らを自ら方向付けしてコントロールしながら、する行為なのではないか。
ナチュラルな行為ではないのではないか、きっとそうだ!
と、思う。

恋に身を投じよう、という私と、
そこに冷めておこう、という私と、
両者をひとりのうちに住まわせておくことで、バランスがとれるようになる。
ということを、教えてくれる。
いや、角田光代、おとなになったなぁ、と、
年上の角田光代さんに対して感心する。

たぶん、今年読み納めの一冊。

必ず、ひとはおとなになっていく。
おとなになるとは、気づけること、気づいていることを認められること、
さらに欲を言えば、気づいていることを認め
それ相応の行動に抑制しながら結び付けていけること。

さ、来年はもう間もなく。
そんなおとなになれるか、来年は?

読書日記12/29 小林和彦『ボクには世界がこう見えていた~統合失調症闘病記』、木村俊介『物語論』

2011年12月31日 20時24分18秒 | 日記
東日本大震災の復興に関して述べる熱い多弁な書が
今年はたくさん出版された。

この本は、ともすればその種の一冊と読んでも違和感がない。

この社会の仕組みを良いものにするには。
あるとき、そこに天啓のような思いつきを得て、
構想へのイマジネーションがたくましくなり、
こうすればこの社会は完璧に良くなる!
自分はそのためにこうたち働こう!
その着想の高揚感は、ちまたで声高に復興を論ずる人たちのそれと似ています。
構想からの連想が溢れ出し暴走し、
それを過剰に言葉に記し替えていくことも、
辟易するくらいの言葉数でたしかにそのままだと異常なのです。
でも清書、推敲前の書き散らしであれば、
作業工程として、このくらいは書いた上で絞りこむことはあり得るような気がするの
です。

そう思いながら読むと、
「発病」が病気というより、暴走による事故のように読めてくる。

それこれ含め、この本のタイトルに、統合失調症闘病記と無ければ、
病気の記録ではなく、一アニメーターの苦悩の青春期の記録と読んでしまえる。

そして、ハッとするのは、
自らのちょっとの逸脱から相当の逸脱までを含めて
自覚して止められず、止められなかった記憶も含めて
意識の中に鮮明に刻まれているということ。

本書の解説で精神科医の岩波明氏が、
統合失調症の当事者が、自らの体験を記したものは、稀にしか存在していない、と、
書いている。
いや、これだけ意識も記憶も鮮明であったなら、
それを抱えて生きること自体が、病気を越えて苦しかろう、
と思うのです。

酔っ払いの記憶すべてを有しながら生き続け
それでも酔っぱらってとんでもないことをしでかしてしまうことを
止められない感じ・・・。と言ったら、
ちょっと不謹慎か。

岩波明は、最近『どこからが心の病気ですか?』(ちくまプリマー新書)を読んだば
かり。
その時に感じた、これを病気とみるか否かは紙一重で、
こんなことがあればこのくらいの気分の落ち込みも荒れもあって当たり前、
これもそれも病気と見るならば、多くの人は一度ならず治療の対象となる経験を持つ
だろう、
と、つくづくと思ったことを思い出す。

同じく岩波明の『文豪はみんなうつ』を思い起こしながら、
(これらを読んだのはたまたまで、岩波氏の本を読もう!と心に決めて読んだわけで
はないのです)
木村俊介さんがインタビューして編み上げた『物語論』を読む。
17人のクリエイターが、クリエイトにのぞむ際の手法についてインタビューをまとめ
たものを読む。

ここで手法として語られている、小林さんの頭の中に生じていることとの境はなんだ
ろう、
僅差、あるいはきわめて類似した頭の動きであるように読める。

『ボクには…』のくだりにある。

「みんな"この一線を越えてしまったら帰って来られなくなる"という、正気と狂気の
境で踏みとどまった経験があるのかないのか、ということだ。」

小林さんはこの文章に、暗にもっと多くの人が踏み越え、かつ生還?しているだろ
う、
みなそれをカミングアウトしていないだけなのではないか?と、告げる。

岩波氏は、この病気は当人の病識(病気であることの自覚的な認識)がないがために
体験記は書かれにくいとも書いている。
病気としては、何かが決定的に違うという判断が専門的にはあるのだろう。
でも、踏みとどまるか、そうでないかの違いであるなら、それは僅差だ。と、思う。

そして、小林さんの書く、
この社会は精神障害者にとって生きにくいけれど、
その生きにくさは、普通の人たちにとっての生きにくさと、変わりない。

そういうことなんだ、つまりは。
そう、合点する。