goo blog サービス終了のお知らせ 

ことりのあしあと

ほんのわずかなじかん、立ち止まって耳をすませて自分を見つめたい。そんなあしあとをペタペタとのこしています。

1月7日に七草粥を食べる

2012年01月09日 06時55分52秒 | 日記
形ばかりだけれど、ここ十数年は、
毎年七草粥を食べています。

実家住まいのころよりも、こういった季節の
行事というのか、節句というのかを、意識するようになった気がします。
人 まかせではなく、自分まかせになるからなのか。

******
春の七草は
せり、なずな、ごぎょう、はこべら、ほとけのざ、すずな、すずしろ
秋の七草は
おみなえし、ススキ、ききょう、なでしこ、ふじばかま、くず、はぎ

七草粥は、もとは平安時代に始まったらしい。
と言っても、七草はこの七草ではなく、
稗とか粟とか小豆とか、七種の穀物でお粥を炊いていたそうです。
今の七草になったのは1300年代から。

お正月に食べすぎた胃を休めるため、か、どうかまでは確認できませんでした。
無病息災を願っての食事であったのはたしからしいです。

******
今年は、いつもより少しだけ丁寧におかゆを炊きました。
時間をかけて、辛抱づよく、ことことと。

お粥だけでは物足りず、昨年から気になっていた銀杏を食べつくすために、
調理実習以来たぶんはじめて、茶碗蒸しを作ってみました。
蒸し器ではなく、お鍋で。

卵一個に、だし1カップ、おしょうゆ小さじ半分、みりん小さじ半分、お塩はちょっぴり。
以上をまぜあわせた卵液を用意しておいて、
好みの具を入れた器に、卵液を漉しながらそそぎいれる。
漉すのは、茶こしを使って。
器の半分くらいまでつかる程度のかさでお鍋にお湯を沸騰させて、
アルミホイルでふたをした器を並べて置く。
中火やや弱めで15分。

初の試みの茶碗蒸し、はたしてこれは茶碗蒸しとよべるものに
なるのだろうか・・・、と思いながらハラハラしつつ
見守りました。

いやぁ、これが上出来でした。
たしかに茶碗蒸しだったし、
なんだかとっても美味しかった。

茶碗蒸しに七草粥。
からだにそっとやさしく、食す。
飽食というほどのお正月ではなかったけれど、
じんわり体の中から温まるお夕飯でした。

読書日記1/5-6 内藤みか『夢をかなえるツイッター』、上野千鶴子『女ぎらいニッポンのミソジニー』 

2012年01月07日 14時00分36秒 | 日記
年明けに読んだ恩田陸の『夢違』が直木賞候補にあがったそうです。
ひそかに応援しよう。

仕事始めで、ひとの選書した本を読んでみることにしました。
別々の方々の選書から、各一冊ずつ手にとってみました。

********
内藤みかの『夢をかなえるツイッター』は典型的なハウツー本。
2009年に発刊されたこの本の情報は
すでにちょっぴり古くなってしまっている。(と、私でもわかる)
その中にも、まるで予期するかのように、災害に強いツイッター力に
触れられていたりして、ヘビーユーザーの使いこなせる幅、
のようなものを感じました。
携帯(すでに少し古い言葉になりつつあるのかな)や、
iPhoneや、スマホから
情報をもらい発信するのに割く時間は、
今もって増大中ではあると思うのですが、
時間の使い方の効率化と読み換えられるのか、
時間を奪われていると読むのかは、
自らのコミットメントしている世界の見え方、触り方によって異なるのかな。

集中、熱中してしまうのは、わかっているので、
あらためて、程よいメディアとの距離の取り方を身につけよう、
と思うに留めることにします。

********
久しぶりに読んだ上野千鶴子は、相変わらず強烈でした。
そして、だけれど、帯の裏側に書いてあった(本編ではあとがきに書かれていた)
メッセージに助けられるように、一気に読み切りました。

帯には書かれていないのですが、あとがきの中にあった次の文章。
「不愉快な思いをして書き継ぎ、不愉快な思いをして
読まなければならない本を書いたのはなぜか?
どんなに不快であり、そこから目をそむけてはならない現実がそこにはあるから
だ。」

年明けに見た映画『サラの鍵』の中で、ジャーナリストのジュリアが
「真実を知って誰をも幸せにしないことを、それでも追求しなくてはならない」
という趣旨のことを、苦しげに語っていたシーンを思い出します。

********
知ってしまったら目をそむけてはいられない真実に、
どれだけ対峙できるか。

たとえ直接手をのばして触れることのできないことであっても、
胸の中の引き出しにそっと納めながら、
ときおり取り出して眺めたり、
時に追い立てられるかのように身を投じたり。

何をもかもに関心を寄せ続けていたら
身がもたない、心ももたない、ということは学習してきました。
それでも、目をとじないで、胸に納めていく、
そのキャパシティをどれだけ懐に持ちうるか。

今年のはじまりとして、出会った映画が、本が、
突きつけてくる命題です。

年の初めの、体のメンテナンス

2012年01月07日 00時20分16秒 | 日記
まだ松の内ではありますが、
今日は病院へ。

12月に膀胱炎にかかり、
それと直接関係があるのかどうかわからないのですが、
婦人科系の既応症に不調が生じ。

内科に行けばいいのか、婦人科に行けばいいのか、
心細くも途方に暮れ、両方に足を運ぶ時間も、
両方の症状の説明を適切にする自信もない年末。

その経験で、一念発起、病院をまとめることにしました。

婦人科外来のある病院。
二年前に胃カメラを飲んだ健診もできる病院で、
そのときの印象が良かったのと、
内科に皮膚科に、なぜか歯科もあり。

3年ほど前からのかかりつけの婦人科から転院する準備を
今日の受診の目的にして足を運びました。
それを伝えると、「今日は時間がありますか?」
との質問。「あります」と答えると、
さっそくすみずみまで、調べてくれました。

子宮筋腫と子宮内膜症を抱える体。
痛みも、出血も、年の暮の不安をお話したうえで、
自覚のないあれこれも含めて調べていただいて、
特に悪化しているところも、新たな悪い部分も無し。
自費診療で服薬治療を続けていた内膜症は、
保険適用の薬に切り替えることになりました。

先生も、看護師さんも、検査技師さんも、みな女性のみなさん。
説明も、案内も、丁寧で、行き届いた配慮がうれしい。

年の初めは、体のメンテナンスから。

ながくつきあう病気を抱えている身、
安心して任せることのできる、
相談できる場所が定まって、
ホッとして、今年をはじめられます。

今年のおみくじ

2012年01月06日 17時50分56秒 | 日記
今年になって直ぐにひいた今年はじめてのおみくじ。

お詣りの連れともども大吉也。


おみくじはひいたそのときどきを占ってくれるもので、ひく度に異なる運勢を示してくれます。

でもここ数年の傾向では、その年はじめのおみくじがその年を概ね指し示してくれている気がします。


なので、この大吉は、じんわりとうれしいです。


「吹く風に高嶺の雲もはれ行きて涼しく照す十五夜の月」
(冬の枯木に春が来て花さき黒雲晴れて月てり輝く如く次第に運開け幸福加わり家業繁盛します しかし安心して油断すると折角の幸が禍となります用心しなさい)


ちなみに今年二度目にひいたおみくじでは、
春まではまだしばし辛抱が必要だけれど、辛抱の先に一気に花開く、
と書かれていました。
時制がややずれますが、矛盾はなし。


あともう少しこらえれば
良いことが待ってるよ、
もうすこしだよ、
つらい気持ちになったときのおまじない。
今年の魔法の言葉として、胸におさめておこう。

*****
願事 目上の人の助を得て思わず早く調う
待人 たよりなし来る
失物 早く出る 物の間
旅行 さわりなし
商売 気を付けてすれば吉
学問 安心して勉学せよ
相場 見合わせ今が大切
争事 人の助あり早く済む
恋愛 表面だけ用心せよ
転居 さしつかえなし
出産 やすし 信神せよ
病気 気に病むな 治る
縁談 思わず早く調う 他人にまかせよ

静かに詣でる場所

2012年01月05日 20時43分17秒 | 日記


昨年の終わり12月31日と、
今年の始まり1月2日に、
歓喜寺に詣でる。

小学生の時から、今に到るまで、
折に触れ、時に応じ、
サンダルで、スニーカーで、ふらっと出向き、
祈る場所。

渡り鳥のたわむれる川を渡り、
急な階段を登りきると、本堂がある。

ふり返ると、蛇行する川と田んぼとその間にぽつりぽつりと
民家が立つ里山の風景が広がる。

神様に、手を合わせているのか、
それとも、この風景に手を合わせているのか。

人々のいとなみが、ある。
その、一員として、迷いながら悩みながら、笑いながら楽しみながら、
日々をつむいでいることを、
すべて、ここから、見つめ、受けとめ続けている何ものか。

そのふところに、かえるように、
階段をのぼり、手を合わせている。

どうぞ、あがきながら、走ったり、つまづいたり、うずくまったり、また歩き出したり、
している私を、私たちを、見守り続けてください。

願うのは、ご利益、ではない。
そっと見て、居てくれること。

どうぞ、今年もよろしくお願いします。