キツネノマド

松岡永子
趣味の物書き
(趣味とはなんであるか語ると長くなるので、それはあらためて)

虹の翼

2010-04-03 06:02:59 | 500文字の心臓
「それは愚か者には見えないけど、とても大きくてきれいで立派なんだ、ってみんなに教えてあげたよ」
 いつものようにうっとりした瞳で虹(こう)は語りつづけた。
「見たのは僕がうんと小さな頃だけどはっきり憶えてる。素敵な翼を持ったその人は、いつか僕にも同じような翼が生えるってこと、こっそり教えてくれたんだ」
 こんな時の虹は本当に美しい。瞳も躰もキラキラ光って。でも虹の姿を見て目をそむける者も多いのだ。
「ねえ、虹。その目の下の傷、どうしたの?」
「ん、なんでもない」
 虹は手足のない躰をくねらせ、傷が見えないよう向きを変えた。きっとまた、いじめられたのだろう。虹は私にもいわないけれど。私たちはいまわしい伝説の嘘つきの裔だ。けれど虹は嘘はつかない。夢を語るだけだ。
 ある日、虹がいった。
「なんだか背中がムズムズするんだ。きっと翼が生えてくるんだよ。そしたら僕、飛んでゆくね。どこまでもどこまでも飛んでゆくね」
 次の日から虹の姿を見た者はいない。人々が何と噂しているか、知っている。でも虹は本当に飛んでいったのだ。いつも語っていた夢の翼を広げて。

「500文字の心臓」投稿作

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