キツネノマド

松岡永子
趣味の物書き
(趣味とはなんであるか語ると長くなるので、それはあらためて)

結び目

2010-04-24 06:03:04 | 500文字の心臓
 絹の袱紗から取り出された熨斗袋はみごとなものだった。しかし。水引が間違ってる。慶事のうち、結婚だけは水引を結び切りにする。めでたいことは何度繰り返してもよいが結婚だけは別だからだ。まあ、仕方ないか。まだ若いものね。教えてあげようかしら。
 筆を垂直に立て几帳面な字で記名している青年の横顔を見る。細面の端整な面立ち。ちょっと神経質そう。人前で恥をかかせるのはやめた方がいいだろう。
 新郎がお金持ちらしく、披露宴はとても豪華だった。赤地に箔や金糸の縫い取りがある打ち掛け。お色直しは三回。最後のドレスには薔薇の造花がいっぱいであでやか。すこしゴテゴテしすぎている気もしたが。

 会場を出たところであの青年をみかけて声をかけた。
「立派なお式でしたわね」
 こちらをチラと見ると、思っていたより落ち着いた低い声で彼は答えた。
「ええ。でも新郎は趣味悪いですよ。彼女は肩から背中にかけての繊細なラインが綺麗なんだから、ドレスはシンプルでないといけません。花も生花でないと。僕はそうします。次の時にね」
 水引の結び方を指摘するのは、やめた。


「500文字の心臓」投稿作 一部訂正

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