キツネノマド

松岡永子
趣味の物書き
(趣味とはなんであるか語ると長くなるので、それはあらためて)

梅花干し

2012-08-11 05:38:58 | 掌編
 あまり知られていませんが、この町の名産に梅干しがあります。しっかりした酸味と後味の爽やかさが評判で、毎年お求めになる方がたくさんいらっしゃいます。予約分だけで完売になってしまうため、店頭には並ばないためあまり知られていないのです。
 さらに知られていないのが梅花干しです。
 梅花干しは砂糖づけでも、もちろん塩づけでもありません。製法は秘伝です。
 形を保ったまま半分ほどの大きさに縮んだ五弁の花はうすいうすい落雁のようで、口に含むとあとかたもなく溶けてしまう。そしてあとには、淡い舌触りからは想像もできないほどの鮮烈清冽な香りが残ります。花の香りが何倍にも濃縮されているのですね。

 梅花干しをつくっているのは花の丘のおばさんです。
 花の丘は香り高い花がいっぱいに咲く丘で、おばさんはそこにある小さな家に住んでいます。
 おばさんの仕事は梅干しをつくることです。梅花干しづくりはおばさんの「趣味」だそうで、「だから毎年、梅花干しをつくるのは、梅林の中の樹の一本からだけなのよ」ということです(花を摘みとってしまうと実は成りませんから)。
 その年一番に蕾をつけた樹から花を摘んでつくる梅花干しは、ガラスの小瓶に三分の一ほどにしかなりません。その小瓶はキッチンの窓辺に置かれていて、おばさんの機嫌がいいと、お遣いにきた子にも振る舞われるのです。
 わたくしがこどものころから、花の丘のおばさんは梅干しと梅花干しをつくっていました。父の話では、父がこどものころから花の丘にはおばさんがいて、梅干しと梅花干しをつくっていたのだそうです。

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