不規則な間を置いて子どもたちが淵へと跳び込んでいる。ちょうど屋根くらいの崖から、たいして深くもない淵に跳び込む。夏場、子どもたちには格好の遊び場だ。親たちに禁止されていないところをみると、事故があったこともないのだろう。「おーい。兄ちゃんもおいでよ」弟たちが呼ぶ声を無視して、俺はせせらぎに足を浸して待っている。俺も子どもの頃には跳び込んでいた。確かに昔は。
周囲の木々の緑色に染まった淵の表面はいつも小波に覆われている。それが何かの拍子に静止することがある。水が完全に澄んで、底の小石まではっきり見えることがある。それがいつやってくるのかは、わからない。ある日偶然、その時に出くわした俺は、淵の底に一人の女を見た。万葉風の服を着た女は、ただ虚空を見ていた。髪が水に揺れ、長い袖口もゆらゆらと。いや、あれは鰭だったのか。沼の主? そんな伝説は聞いたこともない。見直そうとした時、小波は立ち、淵はいつもの風景になってしまった。
それから俺は淵への飛び込みはやらなくなった。沼の主についておじいに訊くこともしていない。ただ、時々ここに立って、小波が消える瞬間に出会えないかと待っている。
「500文字の心臓」投稿作
周囲の木々の緑色に染まった淵の表面はいつも小波に覆われている。それが何かの拍子に静止することがある。水が完全に澄んで、底の小石まではっきり見えることがある。それがいつやってくるのかは、わからない。ある日偶然、その時に出くわした俺は、淵の底に一人の女を見た。万葉風の服を着た女は、ただ虚空を見ていた。髪が水に揺れ、長い袖口もゆらゆらと。いや、あれは鰭だったのか。沼の主? そんな伝説は聞いたこともない。見直そうとした時、小波は立ち、淵はいつもの風景になってしまった。
それから俺は淵への飛び込みはやらなくなった。沼の主についておじいに訊くこともしていない。ただ、時々ここに立って、小波が消える瞬間に出会えないかと待っている。
「500文字の心臓」投稿作
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