月乃和熊(ツキノワグマ)のささやき

歴史好きオヤジが細々と大震災、水害、雪害の復興花火や図書館の蔵書の支援を続けていまふ。

熈代勝覧(きだいしょうらん)=九の巻 町木戸=

2012-11-29 18:00:00 | 歴史こぼれ話
こんにちは、月乃和熊(ツキノワグマ)です!

【お詫び】
先日、blogramに2回以上ご訪問いただいた方を栞らせていただきました。
さらに、せっかく月乃和熊(ツキノワグマ)を栞っていただいたにもかかわらず、何人かの方を月乃和熊(ツキノワグマ)は、スマホの操作ミスで、間違えて登録を消してしまいました。
大変申し訳ありませんでした。

もし許していただけるなら、再び栞っていただければ幸いです。
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  3.11東日本大震災 忘れない!風化させない!!
  
  月乃和熊(ツキノワグマ)も賛同しております
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熈代勝覧(きだいしょうらん)=九の巻 町木戸=

「熈(かがや)ける御代の勝(すぐ)れたる景観」、冒頭の写真は現在の今川橋付近。
現在の神田駅方面から日本橋に向かって歩くこと7分程度のところに、昔は堀がありそこに小さな今川橋が架かっていたが、現在は埋め立てられて「今川橋の跡」の碑だけが残る。

お江戸日本橋は、実に様々な人々が行き交っていた。
目の不自由な按摩(あんま)さんは、笛を吹いて客を求め、声がかかるとお客様のお宅に上がりマッサージをする。


魚河岸が近かったので、白身魚も手に入りやすく、かまぼこ屋も繁盛した。


町と町の間に作られた町木戸は、夜には閉じられ女性が夜間に外出することはなく、泥棒や強盗が逃げ遂せるのは物語だけだ。

木戸には番小屋が設けられ、町内警備の番人が住んでいたが、賃金が安かったので商いが許されていた。
番小屋の中にカゴが積み重なっているのは、竹製品を商っていたのだろう。

さらに、自身番屋も設けられ町の防犯、防災のために捕り物道具、消火の道具を備え番人が詰めていたので、下手人を捕えると、奉行所に連行する前に自身番に連れてこられ、取り調べをするのである。
ちなみに、忠臣蔵の赤穂浪士は討ち入りの日、火事装束に身を固め集団で、木戸番や自身番を脅しながら通過して行った。という話もあるそうですよ。

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熈代勝覧(きだいしょうらん)


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