英雄百傑
第十五回『龍将、野生に理を学ぶ。心晴れ晴れとし妖元山の暗雲晴れる』
―あらすじ―
昔々、巨大な大陸を統治する皇帝がいた時代。
頂天教の教主アカシラの主力部隊が潜む妖元山に迫った
キレイ率いる5000の官軍は、ニ部隊による交互奇襲、
強襲を狙った力押しの山攻めを敢行した。
しかしキレイは頂天教軍の総大将アカシラの雷を操る術に惨敗し
キレイの率いる歩兵隊は壊滅状態に陥り、絶体絶命を迎えるが
別の山道から援軍にきた猛将オウセイ率いる騎馬隊に救出される。
山道を敗走するオウセイの騎馬隊であったが、背後からは
逆落としをかける形で迫る頂天教軍、前方に伏してあった頂天教軍の兵に
挟み撃ちにされ、決戦し討ち死にを漏らすキレイをオウセイは一喝した。
そして忠義精鋭の騎馬隊を盾にすると、キレイを伴って山の道無き獣道を進んだ。
一方そのころ、タクエンは君臣の忠義を説きジャデリンに援軍を求めるが
否定され、思い余ったところで自害を引き換えに援軍を求めた。
それでも否定し続けるジャデリンにスワトは一喝し、君臣の忠節を
タクエンに説き、ミケイの仲裁でジャデリンを大将とする援軍5000は
封城を出発すると、雷鳴轟く妖元山に急ぎ発った。
―――――――――――――――――――――
妖元山 麓
キレイ軍参謀のタクエンの決死の説得とスワト、ミケイの進言によって、
怒るも進言を飲んだジャデリンを大将とする官軍5000は、
妖元山の麓に後詰めとして待機していたキイの弓兵隊1000と合流した。
流石に連戦を重ねてきたジャデリン軍の兵士の士気は高く、
命を下してからの準備と行軍の速さは驚くべきものであった。
戦備えをしてから封城を出てキイ指揮下の後詰め部隊の構える
妖元山の麓に到着するまでにかかった時間は、およそ判刻(1時間)しか
かかっておらず、これは通常の行軍の2倍強の速度であった。
将兵達は疲れてはいたが、その面々は功名と忠義に燃えていた。
「ジャデリン将軍、兄上…いえ、我が身内の不始末にこれほどの援軍を…感謝いたしまする」
「感謝などいらん!そちらの臣タクエンの忠義に胸打たれただけのこと!ふん!たとえ功名のために抜け駆けし、わしをコケにした将と言っても帝の兵に変わりは無いはず!帝の兵を助けるのは当然のことで、礼などいらぬこと!なあ、そうであろうキイ将軍!」
「は、はあ」
「わしは将が気に入らないからといって援軍を出さないような器の小さき、矮小な将ではないし、抜け駆けされたからといって味方を見殺しにするような非情な将でもない!いいか、わしは当然のことをしているのだ!当然のことを!決してミケイの進言に腹を立てた私憤の気持ちからではないぞ!キイ将軍!」
「は、はあ」
顔を真っ赤にし、眉をひそめ、将兵に伝わるような大声で
気に食わない表情を浮かべ、どうみても憤慨しているジャデリンに
なぜ怒っているのか事態の飲み込めないキイは困惑していた。
「ジャデリン将軍、兵達の山攻めの備えはできました。しばしの休息の後、出陣したいと思いますが、どうぞ『私憤で動くことの無い援軍の大将』として将軍の手足である我々に、ご命令を賜りたく…」
「ぬぬぬ、ミケイ将軍。いちいち奥歯に物が挟まったような、人の気に障る言を吐き出す奴じゃ!上官である大将のわしに対して『慎む』という言葉を知らんのか!」
「これはこれはご無礼を。私は関州の田舎生まれゆえ『なまり』が酷うございますからな。関州方言が気に障るのなら違う地方の言を…」
「だまれ!関州は『言文の都』とも言われる場所。決して田舎などではないし、他人の言葉に敬い尊びこそすれ、揚げ足をとったり、卑下したり、蔑んだりはせぬ!貴様のは方言のせいなどではなく、ただ口が悪いだけのことじゃ!」
「決して自分では蔑んだりなど意識はしておりませぬが・・・」
「意識してやっておるなら今すぐ打ち首に処するところじゃ!」
「ふむ、そういえば文字や言葉を習い育ったのは黄州でした。ジャデリン将軍と同じ。きっとそのせいでしょう」
「貴様、わしの故郷まで愚弄するつもりか!」
「ははは、愚弄など恐れ多い。私が剣術を習い、兵法を学び、将として軍と兵を持たせてくれた黄州に対して、恩はあれど愚弄するつもりなど、とてもとても…」
「ならば同じ黄州の官軍の将として大将のわしの前ではわきまえよ!」
「はい、では『部下の言うことを良く聞く優秀な援軍の大将、ジャデリン将軍』ご命令を・・・」
「む!ぐ!ぐ!わきまえよと申したのにその言は何じゃ!」
「いえ、先ほど将軍が『言に敬え、尊べ』と申したように感じましたので、それを将軍に当てはめてみたまでのことでございますが…?」
「ああ!!もう!まったく!ああいえばこういう小賢しい奴…!ええい、もうよい!口でそなたに勝てる気がせぬわ!将兵達に伝えい!命令を下すぞ!」
「ふふふ…はっ!」
まるで吹き抜ける涼風の如く冷静な口調で、
温和な笑みを余裕たっぷりに浮かべて、
皮肉たっぷりに話すミケイに、ジャデリンはますます憤慨したが
ここで怒っては、また皮肉を言われると思ってジャデリンは
己の平常を取り戻すように、山道への行軍内容を
各部隊に知らようと口を開いた。
「これから我が軍は山へ向かったキレイ官軍を救出する。キイ将軍、ミケイ隊率いる2500を先鋒隊として正面路から当たらせ、我々本隊3500は妖元山裏手大路より入り、あわよくば一気に山頂の賊軍を蹴散らす。それでは出発ーッ!」
かくして官軍は部隊をニ部隊に分け、それぞれ麓から山道二路へと出発した。
えてして、抜け駆け山攻めに失敗したキレイと同じ策、同じ攻め方であったが、
山頂にかかる暗雲はだいぶ切れてきており、雨風も緩やかになっていたことから
将兵達の顔にも余裕があった。
妖元山 中腹 林道
一方その頃、山の側面、深く生い茂った林道にて
人が通れるような場所ではない獣道(けものみち)を
疲れた馬一つで駆けていた、キレイとオウセイは
雨のやんだ、少し雲の切れを覗かせる天を覗きながら、
脱出できる山道を探していた。
しかし獣道には鋭い野竹に葦(先の尖った野草)や雨水で活発に動く虫などが
キレイとオウセイを乗せた周りのいたるところに湧き出ていて
二人は鋭い葦を剣で叩き斬り避けつつ、近づく毒虫を手で払いのけながら
林道を進んでいた。
「ひどい獣道だ。これでは追っ手も探しにくかろう。それにだんだん日が落ち、闇が我らを隠してきている。闇にまぎれて動けば、逃げ切れる算段もつくというもの」
「えぇい、それにしても虫の多いこと!人攻めのあとは虫攻めか。風が緩み、雨が上がったといえど、これは格別の配慮だな」
「夏の季節に虫はつきもの。若。もうすぐ別の山道も見えてきます。獣道ゆえ、進むは牛歩ですが、もう少しです。今しばらくのご辛抱を」
「オウセイ。俺は今、命があるだけで感謝している。この状況を耐えられないと申すような将であれば、死んでいった多くの兵達にあの世で面目が立たぬ」
「そこまで兵士の事を思ってやれるなら、死んでいった者達も本望というもの」
「・・・」
ガサッ、ガサッ!ガサッガサガサッ!
「・・・ッ!?キレイ様馬を降りてお隠れを」
暗い顔を浮かべていたキレイに心配するオウセイであったが
その時、林道の草陰からノシノシと草がつぶされ、摩擦するような
物音が聞こえ、気づいたオウセイは、とっさにキレイを下馬させ、
野竹と葦の間に隠れるよう指示した。
しばらくすると、音のした草から影がスッと出てきた。
辺りが暗闇ながら、その黄色と黒色がくっきりと映し出され
その大きい体と動きからだいたいの予想がつくものである。
それは野生の虎であった。
「(・・・オウセイ、あれは虎であるぞ・・・)」
「(若、お静かに。こちらには気づいておりませぬ。やり過ごしましょう)」
しかし、その時であった。
「ヒヒーーーン!!!!」
不運にもオウセイ達の横に居た馬が後ろ足を獣道の鋭い野竹に刺してしまい、
耐え切れず、嘶く大声をあげてしまったのだ!
「グルル・・・ガオォッ!」
バッ!!!!!!
その瞬間、虎は獲物を見つけたかのように馬に飛び掛り
息つく暇も無く、馬は虎の餌食となった。
「ヒヒーン!ヒヒーン!」
「ガオォォ!」
「チッ!若、逃げましょう!」
それを見て、とっさに武具を持ち、草葉を素早く抜けた
キレイとオウセイであったが、虎は動くものに敏感で、
二人の後姿を見ると、追いかけ始めたのであった!
逃げ続けていた疲労と雨が吸い込んだ鎧武具をつけて
重くなった二人の足では、虎から逃げることなど無理であった。
すぐに追い詰められ、虎は唸り声をあげながら
キレイとオウセイをギラギラした目で睨み、取り囲んだ。
「グゥルルッ・・・!」
「天運、我を見放したか。不運続きで冷や汗も出ぬわ」
「…若、少し下がっていてくだされ。私が防ぎましょう」
「オウセイ、なにを!?」
オウセイはそう言うと、虎の前に堂々と立ちはだかり
自らの武器『双尖刀』をもって猛然と虎に襲い掛かった!!
「それ!!!」
虎は素早くオウセイの突きを避けると、右腕でオウセイの喉笛めがけて
ギラリと光る爪をたて、大きな牙で襲い掛かった!
「なんの!それッ!」
「ギャウッ!!!」
素早く踵を返したオウセイはとっさに体を右に避けさせ
双尖刀を横薙ぎに払うと、瞬間どす黒い赤い血が草にかかり
虎の右腕は空を飛び、虎はバランスを崩してその場にへたり込んだ。
しかし、虎はバランスを整えると、痛みにも負けず
再びオウセイに飛び掛ってきたのだった。
「グゥ・・・グルルッ!ギャオ!!」
ガキーン!!!!
「くぬっ!!!」
一撃を避けようとしたオウセイだったが、流石に野生の早さに
一歩遅れをとり、獰猛な獣の一撃を受けた甲冑の一部が引きちぎられ
ひしゃげるように空を舞った。
「お、の、れッ!!」
甲冑をもがれた衝撃は凄かったが、オウセイは素早く体勢を立て直すと
双尖刀を真っ直ぐに向けて虎に向けて鋭い一撃を投げ放った!
「ギャオオオオオッ!!!」
投げた双尖刀は虎の腹部を捕らえ、勢いをそのままに
虎はその場に屈するように血を流しながら野草の床に沈んだ。
虎は血を流しながらも唸るような声をあげ、
まだ息をしていたが、その命は風前の灯といったところであった。
双尖刀を抜きに近づくオウセイを見て、キレイも安心を覚え
虎の倒れた場所へとかけよった。
「ギャウゥ・・・グルルッ・・・!ガルッ・・!」
「この獣、まだ反意を見せるか。これ野生の自負心か」
「右腕を斬られ、胴は槍で貫かれ、血を流し、息をするのもやっと、全身には計り知れぬ激痛が走っているというに、なんと気概のあること…」
オウセイとキレイは、傷つきながらも、
いまだに抵抗の意思を見せる虎に共に感心すると、
オウセイは虎の胴体を貫き、刺さっている双尖刀を抜くと
もう立てる力もない虎に向けて、ひと思いにその首を刎ねた。
「畜生獣の分際にしては良くやった!そなたの命をあたら奪うことを許せ!」
穴を掘り、刎ねた虎の首をそこにいれると周囲の土や草をかけて埋め
キレイとオウセイは血と泥臭い手を合わせた。
「オウセイ。俺はこの虎に勇気付けられたぞ」
「それは、どういうことで」
「未知の者と対峙し、傷つき激痛走り、血を流しながらも、未だ野生の自尊を失わず、戦うことを止めず、死する時でさえ反抗の意思を見せた。戦に負けて逃げている、瀕死の境遇に立たされている我々にも同じことがいえまいか。俺は今、この虎に抗う意思、生きる力を学んだ!」
「ワッハッハ!若!虎に教えを乞うてしまいましたな!ハッハッハ」
オウセイの大笑いにキレイは少しも嫌味を感じなかった。
なぜならこのオウセイの笑いは、学ぶ事を認めていることを示威しており
キレイの思う心、曇りの無い自信に陰りを見せないための笑いだったからだ。
「おお、若。何時の間にか雲が消えてあたりが晴れてございますぞ!」
「俺の心に曇りなき信念が戻った証拠か。天も俺の傲慢に舌を巻き、自信に天候を変えて認めたか。さあオウセイ!山を下るぞ」
「はっ!」
林道に少なく差し込む光を見て、
キレイとオウセイは疲労で鉛のように重い足を
力強く踏み出すと、獣道をひたすらすすんだ。
『頂天教軍の伏兵に遭遇し、正面山路への脱出路は塞がれ
守る将もオウセイただ一人、部下もおらず、林道は野草、野竹も多く
獣道の険しき場所に阻まれ、馬も無く、敵兵に囲まれ、
窮地落命の理、甚だ変えられず。
だが我が心は、自信満ち溢れ、その心晴れ晴れとし、
天もまたそれに応えて、暗雲今は千切れ雲の様相を見せる。
生命しぶときこと野生に学び、その勢い意志力は野生の虎の如く、
一歩一歩と獣道の野草を踏む力、これ敗残の者に非ず、しからば驚嘆なり』
第十五回『龍将、野生に理を学ぶ。心晴れ晴れとし妖元山の暗雲晴れる』
―あらすじ―
昔々、巨大な大陸を統治する皇帝がいた時代。
頂天教の教主アカシラの主力部隊が潜む妖元山に迫った
キレイ率いる5000の官軍は、ニ部隊による交互奇襲、
強襲を狙った力押しの山攻めを敢行した。
しかしキレイは頂天教軍の総大将アカシラの雷を操る術に惨敗し
キレイの率いる歩兵隊は壊滅状態に陥り、絶体絶命を迎えるが
別の山道から援軍にきた猛将オウセイ率いる騎馬隊に救出される。
山道を敗走するオウセイの騎馬隊であったが、背後からは
逆落としをかける形で迫る頂天教軍、前方に伏してあった頂天教軍の兵に
挟み撃ちにされ、決戦し討ち死にを漏らすキレイをオウセイは一喝した。
そして忠義精鋭の騎馬隊を盾にすると、キレイを伴って山の道無き獣道を進んだ。
一方そのころ、タクエンは君臣の忠義を説きジャデリンに援軍を求めるが
否定され、思い余ったところで自害を引き換えに援軍を求めた。
それでも否定し続けるジャデリンにスワトは一喝し、君臣の忠節を
タクエンに説き、ミケイの仲裁でジャデリンを大将とする援軍5000は
封城を出発すると、雷鳴轟く妖元山に急ぎ発った。
―――――――――――――――――――――
妖元山 麓
キレイ軍参謀のタクエンの決死の説得とスワト、ミケイの進言によって、
怒るも進言を飲んだジャデリンを大将とする官軍5000は、
妖元山の麓に後詰めとして待機していたキイの弓兵隊1000と合流した。
流石に連戦を重ねてきたジャデリン軍の兵士の士気は高く、
命を下してからの準備と行軍の速さは驚くべきものであった。
戦備えをしてから封城を出てキイ指揮下の後詰め部隊の構える
妖元山の麓に到着するまでにかかった時間は、およそ判刻(1時間)しか
かかっておらず、これは通常の行軍の2倍強の速度であった。
将兵達は疲れてはいたが、その面々は功名と忠義に燃えていた。
「ジャデリン将軍、兄上…いえ、我が身内の不始末にこれほどの援軍を…感謝いたしまする」
「感謝などいらん!そちらの臣タクエンの忠義に胸打たれただけのこと!ふん!たとえ功名のために抜け駆けし、わしをコケにした将と言っても帝の兵に変わりは無いはず!帝の兵を助けるのは当然のことで、礼などいらぬこと!なあ、そうであろうキイ将軍!」
「は、はあ」
「わしは将が気に入らないからといって援軍を出さないような器の小さき、矮小な将ではないし、抜け駆けされたからといって味方を見殺しにするような非情な将でもない!いいか、わしは当然のことをしているのだ!当然のことを!決してミケイの進言に腹を立てた私憤の気持ちからではないぞ!キイ将軍!」
「は、はあ」
顔を真っ赤にし、眉をひそめ、将兵に伝わるような大声で
気に食わない表情を浮かべ、どうみても憤慨しているジャデリンに
なぜ怒っているのか事態の飲み込めないキイは困惑していた。
「ジャデリン将軍、兵達の山攻めの備えはできました。しばしの休息の後、出陣したいと思いますが、どうぞ『私憤で動くことの無い援軍の大将』として将軍の手足である我々に、ご命令を賜りたく…」
「ぬぬぬ、ミケイ将軍。いちいち奥歯に物が挟まったような、人の気に障る言を吐き出す奴じゃ!上官である大将のわしに対して『慎む』という言葉を知らんのか!」
「これはこれはご無礼を。私は関州の田舎生まれゆえ『なまり』が酷うございますからな。関州方言が気に障るのなら違う地方の言を…」
「だまれ!関州は『言文の都』とも言われる場所。決して田舎などではないし、他人の言葉に敬い尊びこそすれ、揚げ足をとったり、卑下したり、蔑んだりはせぬ!貴様のは方言のせいなどではなく、ただ口が悪いだけのことじゃ!」
「決して自分では蔑んだりなど意識はしておりませぬが・・・」
「意識してやっておるなら今すぐ打ち首に処するところじゃ!」
「ふむ、そういえば文字や言葉を習い育ったのは黄州でした。ジャデリン将軍と同じ。きっとそのせいでしょう」
「貴様、わしの故郷まで愚弄するつもりか!」
「ははは、愚弄など恐れ多い。私が剣術を習い、兵法を学び、将として軍と兵を持たせてくれた黄州に対して、恩はあれど愚弄するつもりなど、とてもとても…」
「ならば同じ黄州の官軍の将として大将のわしの前ではわきまえよ!」
「はい、では『部下の言うことを良く聞く優秀な援軍の大将、ジャデリン将軍』ご命令を・・・」
「む!ぐ!ぐ!わきまえよと申したのにその言は何じゃ!」
「いえ、先ほど将軍が『言に敬え、尊べ』と申したように感じましたので、それを将軍に当てはめてみたまでのことでございますが…?」
「ああ!!もう!まったく!ああいえばこういう小賢しい奴…!ええい、もうよい!口でそなたに勝てる気がせぬわ!将兵達に伝えい!命令を下すぞ!」
「ふふふ…はっ!」
まるで吹き抜ける涼風の如く冷静な口調で、
温和な笑みを余裕たっぷりに浮かべて、
皮肉たっぷりに話すミケイに、ジャデリンはますます憤慨したが
ここで怒っては、また皮肉を言われると思ってジャデリンは
己の平常を取り戻すように、山道への行軍内容を
各部隊に知らようと口を開いた。
「これから我が軍は山へ向かったキレイ官軍を救出する。キイ将軍、ミケイ隊率いる2500を先鋒隊として正面路から当たらせ、我々本隊3500は妖元山裏手大路より入り、あわよくば一気に山頂の賊軍を蹴散らす。それでは出発ーッ!」
かくして官軍は部隊をニ部隊に分け、それぞれ麓から山道二路へと出発した。
えてして、抜け駆け山攻めに失敗したキレイと同じ策、同じ攻め方であったが、
山頂にかかる暗雲はだいぶ切れてきており、雨風も緩やかになっていたことから
将兵達の顔にも余裕があった。
妖元山 中腹 林道
一方その頃、山の側面、深く生い茂った林道にて
人が通れるような場所ではない獣道(けものみち)を
疲れた馬一つで駆けていた、キレイとオウセイは
雨のやんだ、少し雲の切れを覗かせる天を覗きながら、
脱出できる山道を探していた。
しかし獣道には鋭い野竹に葦(先の尖った野草)や雨水で活発に動く虫などが
キレイとオウセイを乗せた周りのいたるところに湧き出ていて
二人は鋭い葦を剣で叩き斬り避けつつ、近づく毒虫を手で払いのけながら
林道を進んでいた。
「ひどい獣道だ。これでは追っ手も探しにくかろう。それにだんだん日が落ち、闇が我らを隠してきている。闇にまぎれて動けば、逃げ切れる算段もつくというもの」
「えぇい、それにしても虫の多いこと!人攻めのあとは虫攻めか。風が緩み、雨が上がったといえど、これは格別の配慮だな」
「夏の季節に虫はつきもの。若。もうすぐ別の山道も見えてきます。獣道ゆえ、進むは牛歩ですが、もう少しです。今しばらくのご辛抱を」
「オウセイ。俺は今、命があるだけで感謝している。この状況を耐えられないと申すような将であれば、死んでいった多くの兵達にあの世で面目が立たぬ」
「そこまで兵士の事を思ってやれるなら、死んでいった者達も本望というもの」
「・・・」
ガサッ、ガサッ!ガサッガサガサッ!
「・・・ッ!?キレイ様馬を降りてお隠れを」
暗い顔を浮かべていたキレイに心配するオウセイであったが
その時、林道の草陰からノシノシと草がつぶされ、摩擦するような
物音が聞こえ、気づいたオウセイは、とっさにキレイを下馬させ、
野竹と葦の間に隠れるよう指示した。
しばらくすると、音のした草から影がスッと出てきた。
辺りが暗闇ながら、その黄色と黒色がくっきりと映し出され
その大きい体と動きからだいたいの予想がつくものである。
それは野生の虎であった。
「(・・・オウセイ、あれは虎であるぞ・・・)」
「(若、お静かに。こちらには気づいておりませぬ。やり過ごしましょう)」
しかし、その時であった。
「ヒヒーーーン!!!!」
不運にもオウセイ達の横に居た馬が後ろ足を獣道の鋭い野竹に刺してしまい、
耐え切れず、嘶く大声をあげてしまったのだ!
「グルル・・・ガオォッ!」
バッ!!!!!!
その瞬間、虎は獲物を見つけたかのように馬に飛び掛り
息つく暇も無く、馬は虎の餌食となった。
「ヒヒーン!ヒヒーン!」
「ガオォォ!」
「チッ!若、逃げましょう!」
それを見て、とっさに武具を持ち、草葉を素早く抜けた
キレイとオウセイであったが、虎は動くものに敏感で、
二人の後姿を見ると、追いかけ始めたのであった!
逃げ続けていた疲労と雨が吸い込んだ鎧武具をつけて
重くなった二人の足では、虎から逃げることなど無理であった。
すぐに追い詰められ、虎は唸り声をあげながら
キレイとオウセイをギラギラした目で睨み、取り囲んだ。
「グゥルルッ・・・!」
「天運、我を見放したか。不運続きで冷や汗も出ぬわ」
「…若、少し下がっていてくだされ。私が防ぎましょう」
「オウセイ、なにを!?」
オウセイはそう言うと、虎の前に堂々と立ちはだかり
自らの武器『双尖刀』をもって猛然と虎に襲い掛かった!!
「それ!!!」
虎は素早くオウセイの突きを避けると、右腕でオウセイの喉笛めがけて
ギラリと光る爪をたて、大きな牙で襲い掛かった!
「なんの!それッ!」
「ギャウッ!!!」
素早く踵を返したオウセイはとっさに体を右に避けさせ
双尖刀を横薙ぎに払うと、瞬間どす黒い赤い血が草にかかり
虎の右腕は空を飛び、虎はバランスを崩してその場にへたり込んだ。
しかし、虎はバランスを整えると、痛みにも負けず
再びオウセイに飛び掛ってきたのだった。
「グゥ・・・グルルッ!ギャオ!!」
ガキーン!!!!
「くぬっ!!!」
一撃を避けようとしたオウセイだったが、流石に野生の早さに
一歩遅れをとり、獰猛な獣の一撃を受けた甲冑の一部が引きちぎられ
ひしゃげるように空を舞った。
「お、の、れッ!!」
甲冑をもがれた衝撃は凄かったが、オウセイは素早く体勢を立て直すと
双尖刀を真っ直ぐに向けて虎に向けて鋭い一撃を投げ放った!
「ギャオオオオオッ!!!」
投げた双尖刀は虎の腹部を捕らえ、勢いをそのままに
虎はその場に屈するように血を流しながら野草の床に沈んだ。
虎は血を流しながらも唸るような声をあげ、
まだ息をしていたが、その命は風前の灯といったところであった。
双尖刀を抜きに近づくオウセイを見て、キレイも安心を覚え
虎の倒れた場所へとかけよった。
「ギャウゥ・・・グルルッ・・・!ガルッ・・!」
「この獣、まだ反意を見せるか。これ野生の自負心か」
「右腕を斬られ、胴は槍で貫かれ、血を流し、息をするのもやっと、全身には計り知れぬ激痛が走っているというに、なんと気概のあること…」
オウセイとキレイは、傷つきながらも、
いまだに抵抗の意思を見せる虎に共に感心すると、
オウセイは虎の胴体を貫き、刺さっている双尖刀を抜くと
もう立てる力もない虎に向けて、ひと思いにその首を刎ねた。
「畜生獣の分際にしては良くやった!そなたの命をあたら奪うことを許せ!」
穴を掘り、刎ねた虎の首をそこにいれると周囲の土や草をかけて埋め
キレイとオウセイは血と泥臭い手を合わせた。
「オウセイ。俺はこの虎に勇気付けられたぞ」
「それは、どういうことで」
「未知の者と対峙し、傷つき激痛走り、血を流しながらも、未だ野生の自尊を失わず、戦うことを止めず、死する時でさえ反抗の意思を見せた。戦に負けて逃げている、瀕死の境遇に立たされている我々にも同じことがいえまいか。俺は今、この虎に抗う意思、生きる力を学んだ!」
「ワッハッハ!若!虎に教えを乞うてしまいましたな!ハッハッハ」
オウセイの大笑いにキレイは少しも嫌味を感じなかった。
なぜならこのオウセイの笑いは、学ぶ事を認めていることを示威しており
キレイの思う心、曇りの無い自信に陰りを見せないための笑いだったからだ。
「おお、若。何時の間にか雲が消えてあたりが晴れてございますぞ!」
「俺の心に曇りなき信念が戻った証拠か。天も俺の傲慢に舌を巻き、自信に天候を変えて認めたか。さあオウセイ!山を下るぞ」
「はっ!」
林道に少なく差し込む光を見て、
キレイとオウセイは疲労で鉛のように重い足を
力強く踏み出すと、獣道をひたすらすすんだ。
『頂天教軍の伏兵に遭遇し、正面山路への脱出路は塞がれ
守る将もオウセイただ一人、部下もおらず、林道は野草、野竹も多く
獣道の険しき場所に阻まれ、馬も無く、敵兵に囲まれ、
窮地落命の理、甚だ変えられず。
だが我が心は、自信満ち溢れ、その心晴れ晴れとし、
天もまたそれに応えて、暗雲今は千切れ雲の様相を見せる。
生命しぶときこと野生に学び、その勢い意志力は野生の虎の如く、
一歩一歩と獣道の野草を踏む力、これ敗残の者に非ず、しからば驚嘆なり』
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