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第五十回『玉殊合傑 炬滅相来 天下無双の漢達』

2008年02月15日 23時55分12秒 | 架空大河小説『英雄百傑』
英雄百傑
第五十回『玉殊合傑 炬滅相来 天下無双の漢達』


広大な荒野に広がる、見渡す限りの朱の色、舞い上がる砂埃には死の匂い。
それは西の丘から突如として吹き始めた東風に乗り、名瀞平野全土に広がる。
おびただしい死の匂いが含まれた風を、己が背に体に受けながら、
希代の豪傑スワトと天下の鬼将コブキは、平野中央部にて対峙した。

「もはや語ることも無し!それがしとの勝負、お受けくだされ!」

流れるように波打つ炎の模様、鍛え上げられた鋼の刃、赤く美しく光る柄、
スワトの手に握られた長く巨大な刀槍『真明紅天』が前へ突き出される。
待ちに待った因縁の戦い。
目の前に勇壮と立つ黒衣の男に愛用の大薙刀を破壊され、人生初めての敗北を喫し、死の瀬戸際まで追い詰められた豪傑スワトの顔は、再戦への高揚と、始まるであろう死線への緊張感に踊っていた。

「…器を構えれば言葉は無粋か…その勝負受けざるおえまい…」

スワトに突き出された槍の穂先には、黒衣を纏う男と天を仰いで輝く一筋の槍。
味方が撤退する中、戦場の真ん中に一人立つコブキだったが、その口調は変わらず低く響き、物怖じすることのない余裕からは、殺気を超越した闘気が感じられる。

ガシャン…ガシャン…

黒衣の下に隠れた白銀の甲冑の揺れ、槍の柄の鋼鉄の止め具に巻きついた鎖の音が鈍く響くと、コブキの十字の刀槍『破天馬哭』は流れる風を斬って緩やかに前へと進み、禍々しくも美しい黒い龍を模した刃と柄がスワトを睨む。

ゴォォォォォッ…!

駆け抜ける東風が、研ぎ澄まされた天下二人の豪傑を砂埃で包む。
風が吹き抜ける間、砂埃の中だというのに互いは互いの影を目を見開いて追い、
武器は力強く伸び、ただ眼前の好敵手を捉える。

そして、風が止んだその瞬間。

「参るッ!」

「是非も無し…!」

バッ!!

十歩の距離を間合いに、にじり寄る二人の足が風のように早く大地を蹴る!
刃が空を裂き、互いに鍛え上げられた刀槍と体を大上段に構えた両方の一合目!

「でぇいりゃあ!」

一合目を先制したのはスワトの真明紅天だった!
太陽を背に驚くべき跳躍力で飛び上がったスワトは、十歩の距離を一瞬で詰めて、自分の胴ががら空きとなる無謀とも思える大上段で、真明紅天を縦真一文字に叩きおろす一撃必殺の技を放った!

「…!!」

ブゥンッ!ガギィィィンッ!

荒野に火花をあげる二つの鋼!
距離を詰めて、必殺の間合いに飛び込んでくる鉄を拉げるほどの威力をもったスワトの鋭い刃が迫る中、とっさにコブキは進む足を止め、その場で体をくねらせると、撃ち弾くような横薙ぎの一撃を放つ!
切っ先が触れるその瞬間にコブキはミシミシと音を立てる柄を斜めにずらし、破天馬哭の左右に広がる幅の広い二の太刀で、真明紅天の太刀を流し受けるように滑らせ、その必殺の威力を減らした!

ズゥンッッ!!

突き抜ける威力は地上へとそぎ落とされ、スワトは真明紅天と供に
大きな音を立てて、態勢もそのまま地上へと着地した。

ビュウッ!!ガッ!ビュウッビュウッ!!ガッガッ!

しなる柄の感覚を腕に覚えたコブキは、その威力に驚く間もなく、すかさず破天馬哭を着地して間もないスワトに向けて放つ!横薙ぎ!縦払い!正面突き!目にも留まらぬ太刀筋は、スワトの巨体を見事に捉えたが、スワトは態勢も整わないまま、大地を強く横に蹴り、斜めになる態勢で振り下ろした腕をグイッと持ち上げると、差し迫るコブキの連撃を、今度は真明紅天の長い柄を使って、放たれた刃の先を的確に捉え、柄の一部で軽やかに受け流し、一振り、二振りと弾くように薙ぐと、今度は後ろに下がり距離をとった。

ドサッッ!!!

すでに人のそれを凌駕した、互いに極めを持つ二人の動き。
見守る官軍の兵士から見れば、それは一瞬の出来事であった。
コブキとスワト、互いの瞳は真剣さと供に驚きが駆け巡っていた。

「はっはっは!やはり…仕留めることは適わなかったでござるか!」

「…命と引き換えに俺を倒すつもりか…まさか一撃目から大上段で玉砕覚悟でくるとは…とても正気の沙汰とは思えん…」

「はっはっは!小手先の戦法では、お主に勝てる見込みがござらんからな!最初から本気を出させてもらったでござるよ!」

「…武器の活用方法といい…短い間に随分と腕をあげたな…。心も技も前よりも数段に強い…」

「お主への再戦を夢見て腕を磨いたでござるよ!だが判った!この手ごたえ…!今ならお主も仕留められると!」

「…減らず口を…!」

バッ!!

呟きざまに今度はコブキが仕掛けた!
再び空いた十歩の距離を黒衣をたなびかせて詰め寄ると、両腕で力強く握られた破天馬哭は、突き抜ける突風の如き速さと大岩を叩き割るような威力で、すさまじい連撃を撃ち放った!

ビュウッ!ブゥン!バッ!ガンッ!ガキッ!ブゥン!ヒュッ!カキーンッ!!

刃幅の広い十字の刀槍は、躍り出れば火花散る鋼鉄の咆哮に狂い、撃ち放たれる度に虚空を裂く薙ぎ風が辺りに悲鳴のような高鳴りを響かせ、主人コブキの常人離れした絶技を体現していく!
右へ薙ぎ払えば上へ突き上げ、左へ打ち払えば下へ叩き落す!
何度も何度も繰り返される、鬼神の如き連撃はスワトの急所を的確に打ち付ける!

ガッガッ!バッ!ビュウッ!バッバッ!ガキーン!!

「ぬうっ!くぅっ!はっ!せりゃあっ!」

スワトは己が技と類稀なる身体能力の全てを用いてこれに対抗した。
すぐ目の先で放たれる鋭い刃の影を必死に追い続け、予測し、一瞬の油断も許されない打ち合いに心と体を削る。両足は堪えれば大地を削って土を巻き上げ、両腕は力を抜くことなく毎度全力で、放たれる全ての太刀筋に感覚を研ぎ澄ませて反応し、脳が思考するよりも早く、腕が痺れを忘れるほど力強く、真明紅天の長い柄を振りまわした。重なる刃に煽られた風がフッとスワトにかかるたび、スワトの顔はその死の息吹に硬直する。

ジリッ…ジリッ!

顔に背に滲みだした汗は、先ほどのシュウトと一騎打ちとは一線を斯く様な、常に死線と隣あわせのスワトの覚悟の現われでもあった。

「ふッ…とうりゃァァッ!!!」

ビュゥゥゥンッ!!!ガキィィィン!!

「なんのォォォ!!!」

豪傑達が黒と赤の鋼鉄を打ち合わせて四十合目を数えた!
スワトの覚悟の防戦に、流石のコブキも乱れる息を隠し切れなかった。
これ以上と無い最高の豪傑と最高の武器を前にして、長い激闘の最中、
コブキは、感情を失ったはずの己の心に燻りかけた熱いものを感じていた。
数えた事の無い三十合以上の激闘を許し、天下最強と謳われたコブキの疾風怒濤の連撃を、ここまで見事に防げた者など、この世に生を受けてから誰もいない。
いないはずだった。

「うりゃあ!!」

ビュウッ!!!バッ!ビリリッ!!!

「くぬうっ…!」

ガッ!ドッガシャンッ!

一息の呼吸の乱れを察してか、スワトは一瞬の隙を突いて
コブキの足を捉えるように、素早く真明紅天で横薙ぎに払った!
意表を突かれたコブキは黒衣の端を刃に裂かれ、甲冑に繋がっていた黒衣は、その勢いを伝え、コブキは態勢を崩し、地上に横転した。

「ふっ、はっ、はっはっ!!コブキ将軍敗れたり!うりゃあ!」

ブゥン!!ガッ!ガキーン!

「…おのれっ!!」

スワトの真明紅天が倒れたコブキに向かって放たれると、コブキは肩の止め具を外して、黒衣を脱ぎ去ると、白銀の甲冑を天の下に晒し、指がしなり、腕が鳴るように強く握られた破天馬哭で猛然と反撃した!

ビュウッ!ビュウッ!!

「…おのれ!おのれ!!」

ガキーン!ガキーン!!

「うおおッッ!あれだけ打ち込んで、まだこれほどの猛撃…流石はコブキ将軍だッ!」

スワトは口調の端々に余裕を含ませていたが、顔は汗でまみれ、手は激痛が走るほど打ち震え、足は履物の底が見えるほど傷つき、そのどれにも見えぬ刃の痕が転々と広がり、内心はコブキの太刀筋に湧き上がる死への恐怖と焦燥感に怯えていた。

ビュウッ!ガッガッガッ!!

「…おのれぇーッ!!」

しかし、今まで氷のように固まっていたコブキは、荒々しくなる口調と段々と赤らみを帯びる顔と供に、怒りとも喜びとも思えない表情が浮かんでいた。感情を失った男コブキの額と甲冑に滲みる汗は、必死に武器を振り回す彼の姿をただ静かに表そうとしていた。

ビュウッ!ビュウッ!ガッガッ!!

風をまとって空を裂く刃、暴風の如き赤い一撃、恐怖に打ちひしがれる豪傑の心、だが苦痛と供に踏みとどまる手足の感覚が、震える豪傑に勇気与える。

ブゥン!ブゥン!カキーン!ガギッ!ガキーン!!

世を払う劫火の如き太刀筋、死を纏った黒衣を脱ぎ捨て、黒い刀槍に感情を失ったはずの鬼将は、白銀の影を日に照らして美しく影を躍らせる。

「…イヤァーッ!!!!!」

「そうりゃああ!!」

永遠とも思えるその打ち合いは、すでに百合を数え、
双方は時間を忘れて互いの心の削れを確認しながらも、
差し迫る刃に己の心を奮わせて未だ激戦を繰り返していた。

ガキーンッ!

しかし、その打ち合いも終結の時を迎えた。

「ドリャア!!!」

革の甲冑を繋ぐ、強い植物の弦のその殆どがほつれながら、
スワトの真明紅天が放った一撃が、ついにコブキの破天馬哭を右に弾いた!!

「…しまっ…!」

ビュウッ!!ガキーンッッッ!!

もう一度力をいれて、コブキが刃を返そうと思った、まさにその瞬間。
十字の刀槍、破天馬哭はスワトの真明紅天の鋭く弾かれ、
宙へ飛ぶと放物線を描きながらコブキの五歩後ろへと飛んだ。
コブキは慌てて後ろに下がろうとしたが、スワトの真明紅天は鋭く伸び、
コブキの胸あたりを捉え、後退を許さなかった。

カラン…

「…ま、まさか…この俺が敗れるとはな…」

コブキは諦めたのか、その顔には再び氷のような表情が戻っていた。
そして、白銀の甲冑の重りに負けるように、ドサッと膝を突いてその場に倒れた。

「こ…コブキ将軍、しょ、勝敗は運でござる…。手足についた、この傷を見てくだされ…あ、あと一歩近寄られれば、それがしの首が飛ぶような太刀が何度かあったでござる。運に…運に助かられ申した…」

「…フッ、褒めるも貶すも…我ら天下無双の漢達に言葉は無粋…さあ、スワト…首を打て…ッ!」

天下の鬼将が自分の前で膝をつき、武士らしく潔い死を求めている。
そんな姿を見て、スワトは何を思ったか、刃を下ろし、こう言った。

「その前に、コブキ将軍に一つだけ聞かせてもらいたい…!今の天下に必要なのは何でござろうか!」

コブキは不思議そうにフッと笑うと、こう答えた。

「…義であろうのう…」

「…!!」

言葉はスワトの心に少なからず響いた。
そして、コブキは続けてこういった。

「…さあ、首をはねろ!!」

スワトはその立派な態度に何かを決意したように刃を振り上げた。


「…ではッ!!」


ビュウッ!!ドカッ!!

スワトの真明紅天が大上段に構えられると、
その太刀筋は太陽の光に赤く輝き、刃は稲妻の如く振り下ろされた。

カラン。

しかしそこへ飛んでいったのは、コブキの白銀の甲冑の一部であった。

「…うっ…スワト、これはどういうことだ。俺に情けなどをかけるつもりか…!」

少し怒気を孕んだコブキの声に、スワトはただ黙って後ろを向いた。
スワトは真明紅天の柄を再び強く手に握ると、後ろを向いたまま
場に伝わるような大声でコブキに一言呟いた。


「決して情けなどではない。不本意ながら一度助けられた命を、義によって返しただけでござる」

「なっ…!」

「しからば今日はこれにて御免!!また合戦場でお会いしましょうぞ!」

そういうと、コブキを置いてスワトは先で闘う官軍隊の後を追った。
コブキは立ち去るスワトの姿に目を閉じフフッと笑うと、義に厚い彼の心に応えるように、後ろに突き刺さった破天馬哭を持ち、その場を後にした。

「義か…」

去るコブキは雲の晴れた秋の空を見上げて、
その日没の夕日に自分を重ね合わせながら小さく呟いた。


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