kirekoの末路

すこし気をぬくと、すぐ更新をおこたるブロガーたちにおくる

第四十六回『酔酒心気 無礼千万 気運、酒道至りて剛将を挑発す』

2008年02月05日 12時01分07秒 | 架空大河小説『英雄百傑』
英雄百傑
第四十六回『酔酒心気 無礼千万 気運、酒道至りて剛将を挑発す』



名瀞平野 官軍本陣

激烈に戦いを繰り返し、戦い続ける名瀞平野中央の戦を尻目に
官軍本陣には着々と燃料が敷き置かれ、すでに火計の準備は万端であった。
ヒゴウ、ポウロの工作隊は敵の兵が見えるのを今か今かと見守っていた。

「ややっ!ポウロ殿!前面のお味方が崩れ、敵兵の旗印がうっすらと見えますぞ!…あ、あれは四天王ステアの軍です!」

「ふふふ、獲物はステアですか。水甕は全て壊しましたね?布には油をしみこませましたね?」

「ははっ!火計の準備は万端でございまする!」

「では…工作隊は全員作業を止めて退却準備!準備でき次第、急いでミレム様の待つ丘へと退却するのだ!」

火計の準備を終えたポウロとヒゴウは、ニヤリと笑って兵に号令した。
大量の油を仕込ませた藁や布、燃えやすい枯れ木を、兵士達の寝泊りしていた幔幕から、陣を守るべき木柵に至るまで、そこらじゅうに塗りたくって並べていた数百人の工作部隊は、ポウロの号令が聞こえると、それぞれ作業の手を止めて小さな隊列を組み、将に率いられて陣を出立した。

ワァァァァァッ!!!…ドドドドドドドッ!!!

陣の数里前には馬蹄と人の音が混ざり、野の土を蹴って空に舞う土埃が見える。
崩れるかかる味方の軍団を蹴散らし、壮絶な一合戦を終えてもなお五千の敵兵は、歩みを止めることなく、意気揚々と鋭い矢のような速度をもって突き進んでいる。

その勢いたるや、流石は猛兵と神速で名高い、四天王ステアと
部下の名だたる猛将達と言わざるをえなかった。
ポウロとヒゴウの工作隊1千は、ステアの軍団を後ろ目にしながら
整えられた兵の隊列を維持し、ミレムの弓隊2千が待つ丘地へと向かった。


官軍本陣後手 名瀞ヶ丘

平野をざっくりと割るように剥き出しになった地層と、
ごつごつとした岩が転がる丘地、本陣の裏手にあたる名瀞ヶ丘には
ミレムの弓隊2千が火矢の準備をしながら滞在していた。
後方から吹き上げる秋の涼風は兵士達の服を通し、
弓を張る指と手を震えさせ、初秋とは思えない寒さを体に感じさせていた。

「はぁぁ…うう、いくら秋口に入ったとはいえ。ちと寒すぎるのではないか…のう?」

「この時期になると、決まって英明の山肌へ向かって東風が吹きますからな。そのせいでございまする」

「やれやれ、寒くてかなわん。これでは戦争などやっていれんな。こういう時のためにコレを用意しておいたのよ」

ミレムは甲冑の腰紐につけた、くすんだ小麦色の皮の水筒に手を伸ばすと
紐に繋がって固く閉じられた締め栓をキュポッと小気味の良い音を立てて開けると、中に入っている濁り酒をグイグイッと押し込むように飲み始めた。

「なっ!!ミレム将軍、何をなさっておられるのですか!」

「なあに、合戦を前に景気付けの水を一つな」

「水!?い、いやそれは酒ではありませぬか!」

「酒?人聞きの悪いことを申すな。緊張をほぐすのよ。ほれっ、ちょっとクイッとやるだけ。大丈夫だ」

そういうとミレムは再びゴクゴクと飲み始めた。
唖然とする兵達を前にして、このままでは兵の指揮をとるのに
支障が出るのではないかと思ったが、兵を率いる隊長はとっさに諌めるのをやめた。

「…(一軍を預かる将軍とはいえど、合戦は緊張の連続。酒を飲んでそれが解消できるなら飲ませたほうが良いか)」

この隊長は汰馬平野の合戦でもミレムの隊に所属しており、
ミレムが無類の酒好きであり、前回の合戦でも同じように酒を飲んで
流暢な言葉で敵軍を挑発していたことを思い出し、きっと戦の前の緊張を
ほぐしているのだと、自分を納得させると。
ミレムを咎めることを止めて前に差し迫る敵軍の状況を眺めた。

「プッファァフォォー!くぅぅぅ!やはり水どころで有名な京東郡の銘酒じゃ、飲むたびに頭が冴えてくるわい。こりゃ効くのう、やはり戦の前は酒に限るわい」

まろやかな濁り酒の口当たりは極上、辛口でも甘口でもなく、丁度の良い酒の味。
飲み始めれば上機嫌、ゴクンと喉の音をたてては勢い良く酒臭い息を辺りに吐き出し、チャポンと音をたてる皮の水筒に入った酒は、見る見るうちにミレムに飲み干されていった。

「プフォーゥ!人生に酒の無い日々など考えられん。いやー気持ちのよいものじゃ」

しかし緊張を抑えるための一口、二口ならまだしも、
京東郡で作られた精度、度数の高い酒を多量に飲めば目の前は揺れ、
体は暑くなるほど温かくなり、そのうちに泥酔するのは当たり前。
ミレムは目の前に戦が差し迫っているのにも係わらず、
重い甲冑を勢い良く脱いで肌着一枚の軽装になった。
薄ら紅い顔を浮かべながら、ミレムは笑顔でこう言った。

「いやー暑い!暑いのう!」

前方の敵兵に気がいっていた隊長が、指揮を求めて振り向く頃には
ミレムはすっかり酒の気に当てられ、泥酔していた。

「はっ!ミレム将軍!戦を前にして!何をなさりまする!」

「何を?ハッハッハ、知れたこと。この世の極上を味わっておるのよ」

「か、甲冑を着なさいませ!もう敵はそこまで来ておりますぞ!」

「ふぇっ?こんなに暑くて適わんのに…なあに、皇帝の血筋である俺が居るんだ敵兵などいつでも片付けてやれるわい」

「ミレム将軍!このまま接近されれば我が隊も気づかれてしまいます!」

「うーい。なあに敵をギリギリまで引きつけておいて火計をしたほうが敵の混乱も大きい。それから味方の陣に火を放てばよいのだろう?目を瞑ってでも出来る簡単な事ではないか」

「し、しかし!もう敵は…ええい弓隊!火の準備を怠るな!」

泥酔し、虚ろな眼で剣の柄を地上に突き刺し、
前のめりに体重を乗せると剣を杖代わりにし始めたミレム。
自分達の命を一手に握る指揮官が、戦を前にして酒を飲み泥酔する。
そんな憮然で放漫過ぎる態度は、張り詰めた弓の弦を離してしまうほど
周りの兵士達を慌てさせた。
その横目では、味方陣に進入し始めたステアの敵兵が、
確認できる距離まで詰め寄っており、隊長の顔は色を失い青ざめた。
焦燥感にかられた隊長は、指揮官であるミレムの指揮を待たず
兵達に伝え、矢の火種に火をつけ始めさせた。

「何をそんなに慌てているんだか…どぉれどれ、指揮官として敵の動きを見るとするかのう…ヒック!」

ほろ酔い加減で丘の先へと見ると、ポウロ、ヒゴウの工作隊は
すでに小高い丘の足元へ駆けつけており、それを追うように丘へと続く街道には
官軍の陣であった場所から意気盛んと出撃し、丘にこだまする喚声をあげ、
剣、槍を高々と前に掲げると、目や口元をギラギラと光らせて進む軍団が居た!

「「「ワーーーッ!!!!」」」

戦の愉悦に飲まれる猛々しい武者3千ほどの軍団は、
先頭に昆を振り回す大将ステア、横手に猛将カワバ、リュウホと続いていた。
勇猛なステアの軍と真正面からぶつかり合えば、どうなることか…
差し迫る意気揚々なステア軍団の猛将達と泥酔する指揮官のミレムを
交互にチラチラと見ていた官軍の兵士達は、その歴然たる将の差に震え上がる思いがした。

そんなことも露知らず、いつものように泥酔して調子に乗るミレムは、
丘の先端に躍り出ると、敵兵に見えるところで大声で叫んだ。

「賊軍のくせに騒々しい連中だな、そんなに叫ばんでもよう見えておるわい!」

「ミレム将軍!そこでは敵に見えますぞ!さあ!早くお戻りになり、陣に火を放つようにご命令を!」

「ヒック!…お前には余裕がないのう。どぉれ、賊軍に我が皇帝の血筋の威光を見せつけてやろうではないか」

「え…!?」

バッ!!

なんとミレムは隊長の制止も振り切り、名瀞ヶ丘の先の先、
敵からは丸見えの絶好のお立ち台に肌着一枚で躍り出た!


「醜い野心をもって信帝国にたかる煩いハエどもめ!!貴様等の欲しい首はここにあるぞ!奪えるものなら奪ってみろ!」

「えーーーーーーっ!!」

隊長の声が空に響くと、ミレムは次のように歌いはじめた。

「信の帝に逆らう阿呆♪ほれほれっどこじゃ♪ほれほれっここじゃ♪まだか♪まだか♪賊軍まだか♪お首はここじゃ♪あってもとれぬ♪弱いぞ賊軍♪ホウゲキまだか♪四天王まだか♪もう来てるとは信じられん♪どこじゃどこじゃ♪これじゃ首も♪落っことせぬぞ~♪」

手足をふらふらと左右に振り回し、手を首にすりあてて下に落とすような動作をしては、だらしの無い顔を晒して目を上に向けて舌を出しては、頭に手を当てては円を描くように敵に向けて尻をふる。
その滑稽さ極まるでたらめな踊りと相まって、敵兵達はその歩みを止めた。
シーンとする中で泥酔したミレムの声は、消される事無く
大将のステアはおろか、その横にいるカワバ、リュウホにも聞こえた。

「な、なんじゃあ?あん丘に立つ乱痴気者は?秋の豊穣祭りで舞の稽古にしては良く出来ておるでゴワスな!合戦の最中に甲冑も着ずに肌着一枚でおいどんの目の前に現れるとは、フハハッ!度胸があるというか、頭の悪いというかでゴワス!」

「ステア様!あの者、いかがなさいますか」

「ハッハッハ、目ん前の敵ば蹴散らし進めば、おのずと奴も討ち取れるでゴワス。カワバ!リュウホ!ゆくでゴワス!!」

「「ははっ!!全軍進めーッ!」」

ドドドドドドッ!!

ステアが、サッと前へ手を振り下ろすのをきっかけに
止まっていたステア軍団の兵の勢いは増しに増し、加速した軍は
先に逃げたはずのポウロ、ヒゴウの工作隊に追いつかんばかりであった。


「しょ、しょしょしょしょ将軍ッ!どうするおつもりですか!完全に我らの位置がばれてしまいましたぞ!」

隊長は青ざめた顔を更に青ざめさせると、
ミレムの手をグイッと掴み舞を踊るのをやめさせた。

「うーい。もーう、楽しい舞を踊っておったのに、この真面目な奴め」

「将軍!」

「わかったわかった。これ弓と矢を持て」

「へっ!?はっ、はっ…」

ミレムは不満そうな顔を隊長に向けると手を差し出し、
七本の矢が入った矢筒と一本の長弦のついた弓を持った。

ゴクリ…

兵士達が唾を飲んで見守る中、何を思ったかミレムは
泥酔した手で矢を手に取り震えた指で弓の弦を引っ張った。

ギリギリ…

鉄の鏃(やじり)と矢羽のついた木製の矢を伸ばす弓と弦は音を立てて鳴ったが、
ミレムの視線は敵兵には向いていない、視線の先は空をみて、
とろりと紅潮したミレムの顔は眉毛は下がり、口は惚けるように開いていた。
これが指揮官かと思うと…絶望感すら漂う兵士達の顔を知ってか知らずか、
ミレムの指が支える矢の先は、のらりくらりと左右に動き、
もうすでに何を撃とうとしているのか、わからない様であった。
だが、泥酔したはずのミレムの指は力強く矢を握り、
腕足はその場に動かぬ鉄棒のように体を支えて真っ直ぐに立ち、
ミレムの心は何故だか不思議な自信に満ち溢れていた。

そしてミレムは息を吸い込むと、大きく叫んだ。

「うーい…!皆のもの見ていろ!これが帝の血筋の者の矢!これが天の矢じゃ!」

バッ…ビュッ!!!!

敵軍の頭上のもっと先、秋の青空の合間にぽつぽつと続く白い雲以外
何も無い虚空に放たれた一本の矢は、放物線を描きながら
その勢いを徐々に失い、地上に落ちようとした。

「はっはっは!そのようなヒョロヒョロ矢に当たる馬鹿がおるか!弓の手習いなら、戦の前にすませておくべきだったな!あっはっは!」

馬の手綱を握りながら猛将のリュウホは、自分の目の前、
その先の先に落ちようとする、余りに見当違いの狙いをするミレムの矢を見て
思わず天に向かって大口を開けて笑った。


しかし、その時東方より丘を通り抜ける突風が吹いた。


ビュゥゥゥゥゥゥッ!


突風は、すでに落ちかかっていたミレムの矢を拾い上げるように持ち上げて、
矢は風の勢いのままにステア軍団の中核へと投げ込まれた!

「うッ…!」
「あッ…!」

ステア軍の兵士達頭上をそよぐ矢は、
大笑いをしていたリュウホに向かって勢い良く進み…

グサッ!!!

「グェぁぁぁーッ!!!」

天の悪戯か、リュウホは兵士達の見守る中、眉間にミレムの矢を受けて
断末魔の悲鳴を上げて馬から落馬し、そのまま絶命した。
戦場の露と消えるリュウホの落馬の音を聞いて、大将のステアをはじめ
ステア軍団の兵達は再び足を止めて、ミレムを見上げた。

「はっはっは!見たか賊軍ども!天の矢の威力を!帝王の血筋が気運の力!これがミレムの恐ろしさよぉ!ハッハッハヒヤーッ!ヒック!うぃー」

「ば、馬鹿な。本当に当てられるとは…」

「ヒック!何をしておる隊長、それっ今じゃ。風の吹く今の内に陣に火矢を打ち込むのじゃ!」

「は、ははッ!!それ!全軍火矢を放て!!」

ボォッ!!ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュン!!

慌しく隊長が命令を下すと、千を超える射手達が
火種のついた矢を味方の陣めがけて続々と放り込んだ!
晴れた秋空に火の雨を降らすが如き矢は、火種を轟々と燃やし、風に乗って
ポウロ達工作隊が準備した油を塗られた幕舎、木柵に突き刺さって引火し、
すぐさまその小さい種火は、大きな火炎となって陣を阿鼻叫喚の地獄とした。

「ぎゃあああ火!火だ!誰か水を持て!」
「うわあああ!水はどこじゃ!このままでは焼け死んでしまうぞ!」
「わ、藁や布に引火して、火のまわりが早い、た、たすけてくれー!」
「もうだめじゃ!うわあああ!」

駐屯していたステア軍団の兵士達は、風に乗って次々と投げ込まれる火矢と
目の前に広がる火炎地獄で狼狽し、陣中は混乱の渦に飲み込まれていった。
陣にはポウロ達工作部隊が画策したとおり、火を消す水などは一切無く、
火をかき消すために叩く布でさえ油に浸されて引火してしまうほどであった。


「ば、馬鹿な…自陣を燃やしおるとは…あの男、謀りおったな!!!ええい!くそ!…このままでは被害も甚大でゴワス!退け!退くのでゴワス!」

ドドドドドドドッ!!

火炎地獄の後ろの陣を見るに、己の危機を感じた四天王ステアは
リュウホを失った失意に暮れる事も間もなく、号令によって
方々散々に逃げていった。

「やりましたぞミレム将軍!敵が退却していきます!」

「ひっはっはぁ!どうだぁ?ヒック!ウーイ…賊軍が逃げていくぞぉ!見事にわしは敵将を討ち取り、敵は列を乱して逃げていく。実に愉快じゃのぉ!ヒック!四天王など名ばかり、このミレムの前では蟻のごときものよぉのぉ!ヒック!」

「「「ワーッ!!」」」」

泥酔する眼で声を放つミレムに声を上げ、湧き上がる兵士達の歓声の中、
工作部隊を率いて丘へと急いでやってきたポウロ、ヒゴウがミレムと対面した。
泥酔したミレムをポウロが見たとき、ポウロは「またか」と思ったが
内心、このミレムという男の気運という恐ろしい物をまざまざと感じてもいた。


「…ふふふ、やはり私の目は間違いではなかった。天は悪戯好きすぎる。このような気運を、この地上へと産み落としたのだからな…」


ぽつんと呟くポウロの声は、泥酔するミレムには聞こえなかった。
合流したミレムの軍団は、キレイの命令どおりに、
名瀞平野にあるキュウジュウの陣に向かって兵を進めるのであった。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿