kirekoの末路

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第二十回『治世の英傑達、西都へ向かう道中に語らう』

2007年09月15日 17時48分15秒 | 架空大河小説『英雄百傑』
英雄百傑
第二十回『治世の英傑達、西都へ向かう道中に語らう』



―あらすじ―

昔々、巨大な大陸を統治する皇帝がいた時代。

信暦202年、八代目皇帝新嚇帝ホウショウの即位にあたり
信帝国の治世の世に暗雲が覆い、不穏な動きが見えた。
驚くような天変地異に見舞われ、不安となった民を抱きこんだ
頂天教のアカシラの呼びかけに、郡徒の奸臣達が乗せられ
教主アカシラ率いる頂天教信者の乱が起きたのだ。
東南北の多くの郡が頂天教によって陥落し、戦況はこう着状態に陥ったが
信帝国は各地の名将に働きかけ、郡だけではなく帝国の兵を導入し派遣すると
南軍八騎督のジャデリンやミケイを始め、京東郡の雄、恐将キレイ、
義勇の士ミレム、スワト、ポウロなどの活躍によって
ついにアカシラは南方阪州は大重郡、妖元山にてその身を捕らえられることになった。
人々はこれに喜び、誰一人平和を確信しないものは居なかった。
が、しかし。人々の喜びを反故にするように、信帝国を覆う暗雲は再び黒さを増し
新たに幕あける乱世への不安を予兆させていた。

―――――――――――――――――――――

信帝国帝都 西州 皇安郡(コウアン) 信京(シンキョウ)

信帝国の帝都信京。政治の中央機関である帝府が置かれ
西州で最も栄える皇安郡の中でも、文化が溢れ、道路は掃き清められ
並ぶ店々はどれも華やかだが粛々とし、道に落ちているものは持ち主に届け、
良き善と良き法を守ることが最大の美徳とする信民で溢れていた。
この都では、詐欺や騙しを行う商人は一族揃って一日で締め出され、
盗人は三日として逃げられず、罪人は五日にして善人に生まれ変わり、
刑が執行されるころには罪を受け止め、たとえそれが死罪であっても、
どれも潔く認めながら刑を受けるほどであった。
まさに法治国家である信帝国の威光が際立つ都である。

夜が明け、さわやかな秋の風を運ぶ朝を迎えた都。
中央にある帝府の置かれた場所の中央左に位置する官邸信応保(シンオウホ)殿。
外は粛々とした銀が散りばめられ、中は金と漆で彩られた造詣の深い建物で
西州の良い大木を切り作った、木造づくりの室内には帝の寝所を含む
簡易政務が行える大広間と6つの部屋が連なっている宮殿である。

そこへ、急を発して官邸まで馬を駆けてやってきた官人が一人。
息も絶え絶えに信応保殿の前で衛兵に急用を話しかけると、
官人は皇帝の寝所へと向かい、衛兵数人を引き連れて臣下が
皇帝への謁見を許されるギリギリの場所、寝所の紫色の蚊帳の幕の前で
官人は息を整えると、その間に周囲の皇帝付属の召使達が帝を起こし
秋の夜長に深い眠りに陥っていた所を起こされ、多少の不機嫌を言いながら
寝ぼけ眼をこすり、皇帝ホウショウは官人の前で声をあげた。

「はわぁ…朕はまだ眠い。起きる時間じゃない、何のよう?」

14歳の皇帝ホウショウは、未だに子どもらしさの抜けない人物で
眠りから覚め、体をポリポリと掻きながら、あくびをし、蚊帳の幕の前で
官人を見て不服そうに整わない声をあげる。

「陛下!やりましたぞ!南征都督南軍八騎督のジャデリン将軍が、ついに賊軍の教主アカシラを捕らえ、高らかに今帝府へ報告を致しましたぞ」

「へぇ…ふわぁ…って、ただそれだけで朕を起こしたの?」

「はっ…このような快挙を一秒も早く帝に知らせねばと馬を走らせました」

「ふわぁぁ…じゃあとっとと罪人を裁くように用意をしてよ」

「はっ…?は、は!今すぐ将軍に上京を促す書文をまとめ、陛下のお許しの調印を頂きまして、陛下の意思として帝府へ奏上し、早馬にてジャデリン将軍を…」

「んもう!勝手にやってくれよ、朕はまだ眠いんだ。帝府関連のことは天宰相のパシオンに任せてあるんだからさ。調印儀礼(良し悪しの判断)もパシオンに一任してあるから、いちいち朕を起こさないでパシオンの指示を仰ぎなよ。いちいち命令するたびに帝府までいって上奏文見て、会議開いて、調印するなんてめんどくさいこと朕にさせる気?」

「はっ…は!ではパシオン様に指示を仰ぎまする!」

「んもういちいちうるさいな、わかったなら黙って出ていきなよ」

「は、は!そ、それでは陛下への失礼をお許しくださ…」

「うるさいな!さっさとでていかないと斬首の刑に処すぞ!」

「ひ、ひぃー」

官人は逃げるようにそそくさと宮殿を跡にすると
帝府の事実上運営者である天宰相パシオンの元へ向かい
パシオンは三通の書文を書くと、それぞれに調印をし、
賊征伐に特に大功のあったものの名を書き、帝都への上洛を許した。
その日のうちに、帝都を出発した早馬は、三方で活躍した将軍達の下へ
道々をかけぬけ、その一騎が南軍のジャデリンの元へついたのは
帝が報告を受けた二日後の事であった。



阪州 大重郡 北国境 江慶(コウケイ)

帝府、信京からの勅使(詔を伝える帝の伝令)を迎え
勅使の口から放たれ、書状の文面にあった
『捕らえたる逆賊の徒(アカシラ)の帝府への護送』と
『身分に関わらず賊征伐に功績のあった将軍の上京を許す』の
言葉に従って、ジャデリンは素早く大重郡に守備の兵を配置すると
自らの選んだ手勢数十と功績のあった将軍達を集め、都へと向かった。

選出した将軍の中には、南軍八騎督のミケイをはじめ
キレイ、オウセイら功罪のある東軍の将と
ミレム、スワト、ポウロ達の官軍出身ではない義勇軍三勇士もいた。

護衛兵50を含むジャデリンの騎馬隊は、賊の大将である大罪人
アカシラを乗せた檻のついた牢車を賊の残党を警戒し、護送しながら
ゆるゆると行軍を進め、勅使が去ってから三日後、
大重郡の国境、江慶へとたどり着いたのであった。


「いくら賊軍を征伐したとはいえ、未だ賊の残党がいるやもしれぬ道を警戒しながらの行軍は遅いものだのう」

「大重郡の道は荒れていますからな。乾いた大地気候のため、水を得んがための遠き河地に沿って道が作られており、入り組んだ道作りのためか整備も悪うございます。まあこの事情は周知の事ですから、進軍が遅れたとは思われませぬが、流石に直路に早馬を走らせるようには参りませぬ」

「ふむう…」

「しかし、心配は無用ですぞジャデリン将軍。これからは大重郡を抜け、帝都に繋がる開かれた道、整備された陸路『泉仲道(センチュウドウ)』でございます。西の直線道を駆ければ、遅れは取り戻せましょう」

「そうか。泉仲道の西京への直線路に入れば10日もあれば都につくな…昼夜を駆ければ6日もかかるまい」

「昼夜かけずとも、勅使が伝えた日時は20日後でございましょう。遅きは心配ですが、余りに早い行軍は心身に疲労も与え、護送の失策を招きましょう」

「ふむ。たしかに…。しかし流石にミケイ将軍は文武の人だのう。よく地理に通じておる上に、進軍速度の調節までこなし、次のことを考えておる。ミレムに聞いてたしかめたが、鏃門橋の戦いの用兵や計略、先の山攻めの策の真意といい、その知は一体どこまで見据えておるのやら…」

「ははは、お褒めなさるのはありがたきことですが、ジャデリン将軍の勘ぐりは見当違いでございます。私は将軍の大功に花を飾ったまでの事、義を尽くしたまでです。功名と疑心に邪推するジャデリン将軍のような心は持ち合わせておりませぬので、それ以上を望むことなど私にはとてもとても…」

「ぬぬ、一言多い奴だ…!相も変わらずのその口の悪さは賊を征伐しても健在じゃのう!大将が褒めれば邪推という狭量な文武の将は前代未聞ゆえ、これからも重用せねばいかんのう!!!南軍八騎督のミケイ将軍!!」

「ふふふ…お褒めに預かり恐悦至極にございます」


ジャデリンとミケイは騎馬隊の中郡で馬をゆるゆると闊歩させながら
手綱をきつく握り前後を振り向き騎馬隊の状況を見ながら、
冗談めいた雑談を繰り返し、それはまるで友人のような振る舞いであった。

騎馬隊 後郡

護送する檻車の後ろの騎馬隊の中に、ミレム達三勇士の姿はあった。
今回の賊征伐では、敵の本拠を攻め落とし、本陣奪取など見事な功績を残し
その胸は裂けんばかり張られ、三人の目はそれぞれ意気揚々と道の先を見ていた。

「ふう。都への行軍もはや四日目。ゆるゆるとしているが我らにとっては好都合。都に行けばミレム様の表彰もあるし、説明せねばならぬことが山積み…ああ、時間が惜しい」

「まあまあポウロ。道は気長。心を大きくもって考えようではないか」

「ミレム様は何か考えておられるのですか?」

「ふふふ、帝の血筋と言った以上、それなりに…なぁ?」

「そうですか、思考しておられるなら結構。何も考えずというのは流石にこれから支える身としてつらいので……では後でお話を伺いましょう」


ミレムとポウロは、何度も目配せをしながら怪しげな雰囲気で会話を続けていた。
隣には、大薙刀を担いで馬に乗る、スワトの姿があった。


「ところでスワトよ、傷は大丈夫か?」

「傷…?ハッハッハ!冗談は酒の席だけにしてくだされミレム様!」

「いやいや、賊兵とは言えど300人を相手にして、かすり傷程度で生きて帰るなど常人の考えに普通は及ばん所だぞ」

「このようなかすり傷で心配なされるは、それがしをまだ見くびっておられるな?生きてるのが嘘だと思われるなら体の節々をみなされ!斬り傷は1刻、刺し傷は半日、大小無数の矢傷は1日で癒え申した!豪傑たるそれがしの体は、常人300人分にも下りますまい!」

「たしかに驚くべき回復力ですな。戦の疲労がまだ抜けない華奢な私からみたら、悩もなく、何も考えることもせず、敵兵300人を斬った豪傑殿の、その獣のごとき頑丈な体の作りは、うらやましい限りです。いや、本当に」

「ハッハッハ!そうであろう!そうであろう!」


「はぁ…都へ行って、この猛獣を衛兵に捕まらずに入れる事はできるのか…」


「ん?何か言ったかポウロ殿?」

「豪傑殿が都へ入って、その武功からチヤホヤされるのは羨ましいと言ったんですよ!」

「ガッハッハ!ハーッハッハ!そうであろう!そうであろう!」

スワトの大きな笑い声が、道の木々を揺らし、進軍中の騎馬隊全員の耳に入った。
大小の傷をものともせず、ただただ大笑いをするスワトをよそに
ミレムとポウロはこれから行く帝都で、自分達が何をすべきなのか、
帝の血流を名乗った事に対してどうするか、など、あらゆる事を考えていた。
しかし大薙刀を担いで馬を闊歩させながらのスワトの高笑いは、
ミレムとポウロの思考をとめ、ため息を出させるほど大きな声であった。


「都へ行くのに国境の衛兵に止められないか、心配だのう…」

「本当に…」

不安の顔を浮かべながら、騎馬隊の後郡から行軍を続けるミレム達であった。


騎馬隊 前郡


護送する一列の騎馬隊の前方には、キレイやオウセイ、
タクエンといった京東官軍の将兵が悠々と闊歩していた。

ヒューッ…ヒューッ…

国境を越えた頃、道には独特のそよ風が吹いていた。
季節が夏から秋に変わる時に吹く季節風の一種で、南方の暑い気候とぶつかる
冷たい北風が平野の草花を揺らすと、実りある秋がやってくるといわれている。
普段であれば、甲冑を着ていても涼しいと感じられる喜ぶべき風なのだが
流石に戦の最中に山の獣道を半日駆け回り、後に身を押して
将兵の指揮をとったキレイやオウセイの顔は、猛々しい野草や夏の湿気に
増えた虫に刺され小さく腫れ、余り優れるものではなかった。


「…ううっ、秋口の涼風も今は優れぬなオウセイ」

「若、大丈夫でござるか?」

「言われれば大丈夫だが。お互い傷に染みる風だのう」

「若はこれからを担う人物でござる。若一人の身と思ってはいけませぬぞ。山攻めで失った兵のためにも、これからその体重々大切にしてもらわねば」

「わかっている。此度の戦で学ぶものは多かった、命の重みも然り…」

「その言を草葉に散った兵が聞けば報われるでござろう…」

そういうと、ぽつぽつと点在する青空に浮かんだ雲を見た後、
手綱を強く握ったオウセイは、妖元山のある後ろの大重郡のほうへ向き、
だんだん遠くに見える国境を見つめると、目頭が熱くなるような思いがした。


「しかしゆるりとした行軍で助かった。似合わぬ弱音を吐くようだが、風をきって馬を走らせるようでは、体の痛みも耐えかね、流石にキツかっただろう…ふふ、涼しげな顔をしておるが実際オウセイも、この緩やかな行軍には内心ホッとしているのではないか?」

「そんなことはござらん」

「無理をするな。私とて辛いものを、臣が辛くないと申して何になるのだ。言えば小さくも幾ばくか楽になる、我慢は毒だぞ」

「無理はしておりませぬ。いや、たとえ無理をしていても全ては若のためにござる」

「そうか…お前のような忠義の者をもってキレイは果報者よのう」


先頭を闊歩しながら、キレイとオウセイが談笑していると
後方から馬が一騎駆け寄ってくるのが見える。
参謀のタクエンであった。


「キレイ様。キイ様より伝言を預かってまいりました。大重郡のキイ様は、手勢1000を率いて主君キレツ様への伝令のため京東郡へお帰りなさいましたぞ」

「伝令、ご苦労であった。ところで大重郡預かり(見回り)の将は誰を推した?」

「食料総督のドルアに兵500を与え、巡回させておりまする」

「そうかドルアか…。ふふ、奴は勤忠の男、策を見抜く目もよく、先の兵の統率を見ても能力に不足はあるまい」

キレイの安心した口ぶりを確認したタクエンは、自騎馬を列から離れさせ
伝令の役目を終わらせて、その場から去ろうと馬をとめてキレイに礼した。


「それでは…私はこれで失礼致します」

「そうだな。父上に報告を頼んだ…いや、まて」

闊歩する馬の足をゆるめると、キレイは横道にそれたタクエンを
返す手で呼び戻し、目で語りかけタクエンと馬を併走させると
少しずつ近づくタクエンに、顔を向けることもなくそのまま走らせた。

「何か…?」

「…」

呼んでおいて無言のキレイに、少々の時間は我慢できたが
タクエンは痺れを切らして、疑問を口に浮かべた。
しかしキレイの目は、都のほうをまっすぐに見るだけで、
タクエンの疑問に答える素振りは一向に見せなかった。

「信京の風は清すぎる。私やオウセイには『肌があわん』だろうな」

「…!!」

キレイの口から放たれた言葉に、タクエンはまるで何かを悟ったように
馬をキレイのほうへ歩かせながら、キレイにだけ聞こえるような小声で
口を開いた。

「…然るに、都への上京を許されたのはキレイ様とオウセイ殿のみ。私が行っても衛兵に止められ、待ちぼうけをくらうだけだと思われますが」

「鷹狩の勢子は一人でも多いほうがよい、鳶には許しを得ておこう」

「しかし…」

「万が一、その智を『使う場面』があるかもしれぬのだ」

「それではキレツ様への報告が…」

「ふふ、くどいぞタクエン。なあに、この機会に都の旺盛をしかとその目に焼きつけておくのだ。どれをとっても損はあるまいて。それについて父上から何を言われようがかまわん。責めは私が負おう。わかったな?わかったならついて参れ」


「…は、ははっ」

併走させた馬を再び距離をとるように異動させ、キレイに一礼すると
タクエンはオウセイの後方の位置に馬を滑り込ませ、隊列に参加した。

タクエンは、この時初めてキレイの心が読めなかった。

虫や野草に傷つき、赤く腫れたキレイの顔であったが
まっすぐ都の方角を見る瞳の奥底に眠るのは野望の光なのか
はたまたただ痛みを我慢しているだけなのか、言葉の裏に含まれる
キレイの本心はわからぬまま、しぶしぶ隊列の隅にくっついた。

秋を呼ぶ穏やかな涼風が舞い込む、勇壮な平原地帯を抜けながら、
護送の騎馬隊の列は、将それぞれの思いを乗せて一路都を目指すのだった。

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