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第四十三回『飛士鋼翔 固粋無頼 名工、豪傑の瞳に光を見る』

2008年01月16日 20時29分07秒 | 架空大河小説『英雄百傑』
英雄百傑
第四十三回『飛士鋼翔 固粋無頼 名工、豪傑の瞳に光を見る』



四天王軍団鬼謀ソンプトが放った『虚変実撃の計』を見抜き
キレイ軍団名謀タクエンは、その裏をかく『後虚車実の計』を進言し
計略を気づかれてはならぬと、ゲユマやオウセイといった軍団の
主だった面々を秘密裏に集めては、幕舎で慎重に軍儀を重ねていた。

一方その頃、官軍の一翼を担うミレム軍団のスワトは失意に暮れていた。
ミレムと出会い、ポウロと出会い、勇士を集めて村を出立する時に鍛冶屋に造らせ、対峙する賊や猛将たちを一刀の元に斬ってきたその自慢の大薙刀を失い、また同時に四天王コブキとの一騎打ちで人生初めての敗北を知り、スワトの心は豪傑としてのそれを失っていた。

余りに高まりすぎた豪傑としての自負心の崩壊は、恐怖の種に火を灯す。
スワトは繰り出すコブキの破天馬哭の一刀、その一刀を思い出しては
焦燥感に苛まれ、次の戦で出くわせば、また負けるのではないかという、
らしからぬ矮小な心情に怯えていた。

そのため寝所に行っても、ろくに眠れず、食事になっても、ろくに食えず、
心配したミレム達の労いや、問いかけの声も、スワトの耳にはおぼつかないまま、ただボーっと、黙って外にでるかと思えば狂ったように剣をふる毎日をおくった。

朝は闇の帳が上がる前から、晩は松明を焚いては煙で月星が陰るまで、
重い甲冑を身につけ、何本もの槍、何本もの剣を重りを括り付けては振り、
戦に焦り、恐れる自分を振り払うように己の武技を磨いた。

しかし、いくら豪傑といえども、
そんなことを続ければ体調も悪くなるというもの…
豪傑を支える堂々たる肉は痩せ、骨は軋み、目の下は黒くクマを作り、
顔はそれまでのスワトからは考えられないほど暗く、疲労していた。
そして、そんな状況でいざ戦の時となった時のスワトは、
常人のそれよりは強いとはいえ、兵をまとめる指揮能力や判断能力も落ち、
今まで通りの戦果はあげられなかった。

ミレム達はそれを見ては心を痛め、何かしてやりたいと色々な方法を試したが、
スワトは気まずそうに毎度断っては、剣を振り回す日々を続けた。

そして秋風が吹き、再びスワトの失意の朝がやってくる。

名瀞平野 西方 ミレム軍団陣

ビュンッ!ビュンッ!

「…ッ!…ッ!…ッ!」

昇りあがった朝日を半身に受けながら、スワトは瞳を滲ませ、
土塁を築くために用意された砂袋を手につけて、二本の槍を振っていた。
振り下ろし、振りあがる剣は風と音をたてて空を斬ってはスワトの手に軋み、
すでにスワトの全身には噴出すような汗が流れ、顔は疲労に歪んでいた。

「ふわあぁ…もう始まっておったか」

「そのようにございますな」

自分達の幕舎の中から起き上がるミレムとポウロ。
毎日、朝日に疲労の顔を照らされ、汗は甲冑からはみ出る着物に滲み、
眩しい光を影に必死に剣を振りながら、焦りの表情を浮かべる豪傑の姿は、
二人の心を少し悲しげにさせた。

そこへ、すでに支度を終えたヒゴウがいそいそと駆け込んでくる。

「ポウロ殿、前談の名工の居場所が突き止められましたぞ。千吟芦(センギンロ)の西へ離れた所だそうです」

「おお、見つかりましたか。それは良き報せだ。今のスワトに再び自信を持たせるには、これしかないでしょうからな。それにしても流石ヒゴウ殿は目が利くな、この少ない時間で見つけるとは大した物ですぞ」

「いえいえ、情報集めだけが私の取り柄。そう褒めてもらうこともありません」

ヒゴウの情報を聞いて安心したポウロは、ミレムに言った。

「ミレム様、相談した案件はキレイ将軍に通りましたか?」

「ああ、あのことかポウロ。お前に言われたようにキレイ将軍に、数日間スワトを外出させる許可をとっておいたが。本当にスワトを回復させられるんだろうな?もし今以上にスワトが駄目になると、俺の進退にも関わる。あとはお前達にかかっておる、豪傑のスワトの復帰を頼むぞ」


「ははっ、お任せくだされ」


そう言ってポウロは朝の眠気眼を払い、旅支度を始めた。
しばらくの間が経つと、ポウロが6頭の馬と荷車、そして2個の堅い樽を用意し、
未だ剣を振り続けるスワトに近づくと、ポウロはニヤッと笑いながら
スワトに言葉をかけた。

「当代の豪傑!スワトよ!貴殿に良い薬を持ってきたぞ!」

ビュウッ!ビュウッ!

しかしスワトは言葉が聞こえなかったように剣を振るのをやめない。
その姿に若干の苛立ちを覚えたポウロだったが、言いたい事を我慢して
今度は大声でスワトへと話しかけた。

「スワト!剣を振るのをやめて聞け!薬だ!薬!」

ビュウッ!ビュウッ!

「豪傑殿!聞こえんのか!」

ビュウッ!ビュウッ!

「この!聞けったら聞け!」

ビュウッ!ビュウッ!

張り上げるポウロの大声も聞こえないのか、スワトは未だ剣を振り続ける。
ついにポウロは内から湧き上がる怒りに我慢できずに、今まであげたことも無い
大声でスワトにこういった。

「ええい!やめないかスワト!ご主君ミレム様直々のご命令であるぞッ!!聞かねば不忠ぞ!」

ビクッ!

「お、おお…ぽ、ポウロか。すまん、それがし剣を振るのに夢中であった…」

スワトは剣を振るのをやめると、砂袋を腕から解き、
剣を地に置くと、蒸れた甲冑を解き、汗だくの着物を脱ぎ、
秋風の涼しさに身を通しながら、新しい自分の服に袖を通した。

「…それでポウロ殿、それがしにミレム様直々の命令とはなんでござる?」

「コホン、最近お主は疲れており、ろくに眠らずに毎日剣ばかり振って体調がよろしくないとミレム様が心配されてな。良く効く特効薬を用意されたのだ」

「…おお、そこまでミレム様が…して、その薬とは?」

ゴロン…ポウロが後ろの二つの巨大な樽をさす。
樫の木目と鋼鉄の止め具から察するに、相当頑丈な樽のようだ。
巨大な樽はそれを納める大きな荷車に詰まれていた。

「これだ。神仙の神通力が入ったこの樽。これに入っておればたちまち直るぞ」

「なに、この樽にそれがしを入れるというのか?」

「少しキツイかもしれんが、ミレム様のご命令である。耐えねば不忠者ぞ」

「わかった。それがしも不忠者にはなりたくない。入ろう」

ゴロン…
スワトは主君ミレムの命令ならばと、自らの巨体の上下に樽を覆いかぶせると、
荷車のスワトの体がすっぽりと頭から足まで入ったのを確認して、ささっと現れた
ヒゴウがその樽の四方にある鋼鉄の止め具をギュッと締めて、硬く止めた。

「ふふ、では行くかヒゴウ。豪傑殿を乗せて千吟芦へとな!」

「ははっ!」

ガラガラガラッ!!!

そういうとポウロは荷車をつけた6頭の馬に鞭をいれ、
後ろで静かに樽に入った豪傑スワトを連れ、一路、
名瀞平野を抜けて、千吟芦へと急いだ。


千吟芦 樹圭庵

千吟芦の西の離れにある樹圭庵。
縦書きで『樹圭庵』と書かれた鉄製の下げ札、それにかかる鉄の門。
鳳凰をあしらった飾りが門を彩り、純度の良い鉄は光に当たり鈍い明かりを放つ。
しかしそのような見事な門や下げ札とは反対に、周りの人家は
人っ子一人住んでいる様子はなかった。
人家の壁や支柱は、長い年月の雨や虫のせいかボロボロに朽ちかけて
耕していたのであろう田は荒れ、集落の外にある見事な外観からは
想像も出来ない場所であった。

ガラガラガラッ!

「幽霊でも出そうな雰囲気だのう。本当にここにいるのですかなヒゴウ殿?」

「ははっ、確かな情報にございます。この樹圭庵は今でこそ寂れていますが、昔は良い鉄の出る産地で、燃料である木々の採取場所も近くにあって、武器や飾りなどで名工と呼ばれた職人達が集まり、沸いたといいます。ですが、良鉄の産出が少なくなると、一人、また一人と去っていきました」

「それでこの有様か…」

「今や住んでいるものはたった五人とか。しかし、その中に当代の名工フロンテイアが居ると…おお、あの家ですぞ!」

カンッ!カンッ!

ヒゴウたちの目の前に白い煙の昇る家屋が見える。
鍛冶屋らしい鉄を叩く音が、あたりにこだましている。

「さて、そろそろ豪傑殿を自由にせねばな」

ガチャッ!ガチャッ!

「おお、豪傑殿。お目覚めはどうですか」

「…中で少し寝たが、やはり駄目じゃ。神仙の樽も今のそれがしには効かなかったようでござる」

「ふふふ。そうですか、では神仙の樽の次は神仙の名工に会っていただこうか」

「なんじゃと!?」

そういうとスワトはポウロに連れられて、鍛冶屋の家屋の中へと入っていった。
トボトボと元気がなさそうに歩くスワトの目の周りは未だ黒いものに覆われ、
背筋や体は弱弱しくだらんと伸び、衰弱したようにも見えた。

鍛冶屋

三人が鍛冶屋の家屋の中に入ると、そこには
おびただしいほどの武器や見事な甲冑が立ち並んでいた。
その剣、槍、甲冑、どれも飾りたてた晴れの日を思わせる
うっとりとしてしまいそうなほど芸術的で、どれもが手に握れば
煌びやかな飾り、鉄の鈍い光とともに合戦の鋼鉄の息吹にそぐう代物であった。

鍛冶屋の中には五人の人間がおり、いそいそと作業をする中
一際熱い火の入った炉の前に、じっくりと座る人物がいた。
そう、この男こそポウロやヒゴウの言う名工フロンテイア、その人である。

カンッ!カンッ!

ポウロは作業をする男に話しかけた。

「お初にお目にかかる。我等は信帝国官軍キレイ軍団旗下で兵を預かるミレムの臣、ポウロとヒゴウ。そして豪傑のスワトである。名工フロンテイアのおられる鍛冶屋というのはここか?」

「名工かどうかは知らないが、俺がフロンテイアだ。帝国の兵隊さんが何をしにこの辺ぴな集落まで?」

「この当代の豪傑にそぐう武器甲冑を作って欲しい。値はいくらでもつけてくれてもいいぞ」

「豪傑・・・?」

フロンテイアはつぶやくと、ポウロの後ろに居たスワトを見て
不機嫌そうに炉にくべた剣を出し、話の腰を折るように大きな音を出し
特性の金槌で思いっきり叩いた。

カンッ!カンッ!

「ふん、やなこった。どんなに金を詰まれても、そいつにそぐう名剣、名槍があっても、あんた達には鉄屑の一つもくれてやらないよ。俺は嘘をつかれるのが嫌いだ。その後ろの大木が当代の豪傑だって?冗談じゃない!死んだ鯉のような目をした豪傑がどこにいる、子どもでもわかるような嘘をつくんじゃない。帰れ帰れ!」

不機嫌な表情を浮かべて、一瞬スワトを蔑むような目で見て言うフロンテイア。
一平民でしかない彼が、帝国の兵士を前にして不遜な態度、
その態度はポウロたちの目に、傲慢な鍛冶屋のように映った。

「なんと無礼な!これにいるスワトは、たしかな豪傑であるぞ!かの頂天教の乱では敵兵3百人を見事に討ち取り!汰馬城の合戦では並み居る猛将を討つ働きをしたのだ!」

「はっはっは!並みの武器でそれほどの成果が望めるのなら、なにも俺に頼まなくても、良い鍛冶屋がおるだろうに!俺は負けることを許せぬ真の豪傑の武器しか作りたくない!そのように体も痩せ、心も衰弱していては、いつか合戦の露と消えるのがわかるわ!」

「心が衰弱しているとはなんと申すか!」

「その通りのことだ!俺は何十年もの間にそれこそ百人を超える武者達に会ってきた。だからこそ見ればわかるのだ!あんたが豪傑と言うその男の、その目、その顔は、負けに焦り、敗北に怖れるあまり衰弱しきった顔だ!心が折れ、戦に怯える奴など豪傑ではない!」

「なんじゃと鍛冶屋!たしかにここにいるスワトは負けた!だが、この男が当代の豪傑たる資質を秘めているを、お前は知らん!先の合戦では、あの四天王最強の武人コブキと対等に渡り合い、負けはしたものの退かずに立派に戦った!その力、その技、その度胸、どれも当代の豪傑たる資質は十分に秘めておる!彼に足りなかったのはコブキの武具『破天馬哭』に相当する武器なのだ!」

カンッ!

その言葉を聞いて、フロンテイアは驚いた表情で金槌を横へ置いて立ち上がった。

「なんだと…?また嘘をついておるのか!?」

「豪傑の前で恥となる嘘などつけるものか、当代の豪傑が敗れることとなれば、それほどの達人が相手となるのは必然ではないか!」

「あのコブキと破天馬哭と渡り合って生き戻ったのか!?」

「あのコブキ…?コブキと知り合いなのか鍛冶屋!ならば奴の実力もわかろう」

「十字の刀槍『破天馬哭』は我が師ファウトスが作り、俺が仕上げをした最強の業物!コブキに渡って見せたその強さ、その力は目に焼きつき忘れるはずはない!あ、あれとやりあって生き残ったと…?ばかなッ!もう一度その男の顔をよく見せてくれ!」

フロンテイアは立ち上がると、大男スワトの顔を見るために
空を見上げて、その目と顔をまじまじと見入った。

「…鍛冶屋殿、それがしの顔に何かついてるでござるか?」

「むむむ…信じられんことだが、うっすらと見える。お主の目には光がある。あのコブキと破天馬哭と渡り合うというのも嘘ではないかもしれん…!おいスワトとやら!こっちにこい!師の最期の名作を見せてやる!」

ガッ!

力強く思いっきり手をつかまれ、スワトは炉のある部屋から移動させられ、
鍛冶屋の家屋の奥にある薄暗い武器倉庫へと向かった。

カッ!

じめじめとした暗い空間に、フロンテイアが火打ち石と種に火をつけ
松明に明かりを灯すと、陰湿な感じのする部屋は一気に明るくなり、
鈍い鉄の光が反射して、武具は息吹くような呼吸をし始めた。
ギラリと目の前に光る巨大な一本の槍とも薙刀ともいえる巨大な業物。
えもいわれぬ業物を前に、武人であるスワトの目は輝いた。
それは情熱的なほど美麗で、見て高鳴る心臓の音をスワトの耳に焼き付けた。

ギラリッ!

「な、なんと巨大で見事な業物!こ、これはそれがしが持っていた大薙刀のそれを一枚も二枚も超えておる…おお、なんと美しいものでござる…武骨で荒々しさを秘める中、この光る鋼のたくましき事…!」

「これは我が師ファウトスの最期の刀槍。名を『真明紅天(シンミョウコウテン)』。コブキの破天馬哭と同じ良質な鉄を何度もたたき上げられた鋼を組み合わせて作られ、武器としては互角かそれ以上と思われるが、その武骨すぎる巨大さ、余りの重さに振り回せる使い手がおらず、仕える豪傑もなく、寂しくしておった。だが、どうだ。久々に明かりを灯して、おまえのような目を持った豪傑を前にして、この真明紅天も輝きおったわ!」

ガシッ!

スワトは思わず許しも得ずにその武器を手に取った。
巨大で武骨な手に武骨な武器が握られるその時、差し込む光明、
反射する鉄の光、そしてスワトの顔が見る見るうちに輝いていく。
天を突き破らんとする巨大な刀槍、真明紅天が今!
当代の豪傑スワトの手に握られたのだ!

「不思議な事だ!さっきまで焦りと恐れで打ちひしがれていた、それがしの気持ちが、この武器を見ると落ち着くでござる!鍛冶屋殿!これは運命でござるか!」

「運命なんてものは、よくわかりません。ですが臣が主君を選ぶように、武器が主人を選ぶならそれも運命なのではないのでしょうか?それにどうでしょう、今、真明紅天を握ったあなたの顔!みるみるうちに先ほどの曇りが消えていくではありませんか!豪傑たる資格!その真明紅天の輝きがなによりの証拠!豪傑殿!受け取ってくだされ!さあさあ、今夜には火を入れて武器の仕上げを致します。さあ誰か来ておくれ!」


そういうとフロンテイアの鍛冶屋にいた四人の男達が作業をやめ
その晩は全員総出で、炉に真明紅天をくべ、その武骨な鉄の塊に
再び息を吹き返させるように、火を入れて何度も金槌で叩き付けた!


カンッ!カンッ!


鍛冶屋の音は、夜が白み朝が明けるその時まで樹圭庵に響いた。

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