kirekoの末路

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第三十回『将扱是如 兵扱是如 野戦寡兵にて大敵を破る』

2007年11月18日 02時51分06秒 | 架空大河小説『英雄百傑』
英雄百傑
第三十回『将扱是如 兵扱是如 野戦寡兵にて大敵を破る』



汰馬平野 ポウロ、ゲユマ弓隊

「「「ワーーッ!!」」」

自然豊かな汰馬平野の豊満に育った草は湿気にぬれていたが
徐々に聞こえ始めた、騎馬の馬蹄が勢い良く草を踏み散らす摩擦音、多勢の人の声。汰馬城の半里前に展開していたポウロとゲユマの耳はそれをとらえていた!

「ゲユマ殿!あの馬の駆け足の音と人の声の多さ…どうやらミレム様が成功されたようですぞ!」

「そうか!四日目にしてついに成し遂げたか!ようし弓隊左右に展開!官旗(官軍仕様の赤旗)をもった兵の切れ目が見えたら長弓隊は汰馬川に向けて乱射!小弓隊は、討ちもらした敵影が見えたら、よく引き付けて狙い打ちにしてやれ!」

「「「おーッ!」」」

ゲユマ、ポウロは即座に汰馬平野の右翼左翼に兵を展開させると
兵は機敏に広がり、長弓隊は指にかけた弦を思いきり引っ張り射撃体勢に入った。


汰馬河北岸 奥汰馬林 スワト隊

小高い丘に暗く鬱蒼とした背の高い大林が広がる。
ここにはキレイの命を受けて出撃を今か今かと焦れるスワトの率いる
精鋭伏兵部隊、槍隊300程が控えていた。

各々の兵の手には6尺ほどの手槍が握られ、それぞれが
真っ直ぐ天を突くように伸び、兵の着込む甲冑は早く走れるように
鉄材を切り取り、なめし皮で作られた鎧の部分部分が紐でつなげられ、
防御力よりも動きやすさを求めた仕様になっていた。

「御大将ーッ!敵側の河の手から馬のいななきと多くの人影が!」

物見の兵の一人がスワトへと近づき、止まることなく駆ける
勢いもそのままに大声でスワトへと伝えた。

「おお!それは挑発が成功したに違いない!よし、槍隊五人組で直列に整列!」

ブンッ・・・ドンッ!

スワトはニヤッと笑みを浮かべると、持っている大薙刀を大地に突き刺した。
兵達はスワトの顔を見ながら、平然と五人一列の直線に整列をし始めた。

「それがしの隊は、今から敵の後方部隊に突撃し!敵の隊列に側面攻撃を行い、敵の隊列をかき乱しつつ混乱させ!打ち破っては戻るを繰り返し、敵が怯んだら汰馬城の方向に敵を押し、城方との挟み撃ちでこれを打ち破る!」

ゴクリ・・・

兵士達の顔は敵と戦う前にして嬉々とするスワトと違い
どの者もしかめ面、顔面蒼白というか、とかく不安で溢れているようだった。
総勢1万の敵兵の中へ、ただがむしゃらに飛び込んでいくということ…
それを考えると200人の槍を持った兵士達の唾を飲む音は大きく重く聞こえ、
生い茂る林の幹に木霊し、不気味な不安の連鎖を呼んだ。

しかしスワトは、面持ち優れない兵士達を見て高らかに言った。

「アッハッハッハ!お主らはそれがしの後を走るだけでよい!それがしは賊兵300を討ち取った猛将、この大薙刀にて先頭で猛攻し、おぬし達はそれに怯んだ敵を槍で叩けばよいのだ!敵は多勢でござるが心配ご無用!あわよくば、それがしが敵の奥深くまで斬り込んで敵将を討ち取ってくれるわ!」

言葉を聞いて自信と安心感を取り戻し、ホッとする兵士達の顔を見て
スワトは大地に刺した大薙刀を抜き、河を渡り続けている敵兵の影に向け
林が震えるほどの大声をあげた。


「さあ敵軍を突き破り!大敵から我らが故郷を守るのだ!槍隊!ゆくぞーッ!」


「「「オオオオオオオオーーッ!!」」」

奥汰馬林からスワト隊200人が声を上げながら
敵の後方部隊に向かって猛牛の如き突撃を敢行した!


汰馬平野 トウゲン先行騎馬隊

汰馬平野を驚くべき速度で駆け逃げるミレム隊を追って、
陣を出たトウゲンの騎馬隊3千が猛追を始めて20分程の時間が立ち
流石に早馬の如く走れない馬たちはあまりの猛追に疲れはじめ、
速度を緩め脱落し始めていた。

トウゲンは怒りのあまり騎馬隊の攻め手の層の薄さに気づいていなかった。
追撃に付いてこれる手勢旗下1千騎程を率いながら、残りの騎馬隊は
後方のバショウ歩兵隊4千に加わり、ほぼ置き去りにする形で
トウゲンの先行騎馬隊は汰馬城の目の前へと差し掛かっていた。

「御大将!もう少し手綱を緩めなさらぬと騎馬隊がどんどん脱落していきますぞ!」

「うるさい黙れッ!ついて来れぬものはバショウの後方部隊に加われば良い!今は目の前の憎っくきあの馬鹿物を討たねばわしの気が治まらんわッ!」

「し、しかし・・・あッ!」

トウゲンの部下が何かに気づくように少し曇った空に眼をやると、
そこには鋭く尖った無数の矢が、先行騎馬隊を押し包むように
灰色の上空から雨のように振ってきていたのだ!

ヒュンヒュンヒュンヒュン!!

「ゆ、弓隊の攻撃だー!」
「うっ!うわーッ!馬が暴れだしおった!」
「避けろ避けろ!!」

ミレム隊が見えなくなったあたりの距離からだいたいの感覚で狙いをつけず
そこら中、無数に振りはじめた矢に、騎馬隊の兵士達は動揺した。
右へ左へ矢を避ける騎馬隊、矢に驚き落馬するものが続出する中
あせる部下達を尻目に、トウゲンは兵士達に向かって言葉を発した。

「トウゲン様!敵の平野陣から弓隊の攻撃のようです!騎馬が動揺しておりまする!このままでは!」

「ふん!我が軍団がこの程度で動揺など!皆、落ち着け!よく見れば狙いの無いただのでたらめな乱射!闇雲に矢を撃っても我らに当たるわけがない!右回りに隊を整えつつ恐れず進めーッ!」

流石に四天王ステアの部下、猛将トウゲンは合戦の場数を踏んでおり
でたらめな乱射に気づくと、冷静に矢の飛ぶ陣に対して平野の左手に
騎馬隊をまとめると、再び猛然と突撃をし始めた。


ドッドッドッ!


長弓隊の乱射にも関わらず、軽快に響く馬蹄の音を聞いて
ポウロとゲユマはスッと手を横にやり、隊に指示を飛ばしていた。

「流石にこの程度では押し返すどころか…飛びついてくるか…長弓隊!乱射止めい!」

ポウロ、ゲユマは乱射を続けていた長弓隊に乱射をやめさせた。
しかし二人は諦めるどころか、ニヤリと笑い、敵の勢いは
予想通りであったかのように、話しを進めた。

「ゲユマ様、それでは手はず通りに我が隊は…」

「おう!退陣の装いは任せたぜ!!よし、弓隊全員聞こえるか!体勢を低くして音を出すんじゃねえぞ!ポウロ隊が退陣の装いをして敵が調子にのって陣の近くまでくるまで!的をこのまま真一文字に突撃させて、ギリギリまでひきつけて矢を放てば的は大混乱間違いなし!いくぜおめーら!」

「「「オーッ!!」」」

ポウロ隊は逃げ支度をするように弓隊100を下がらせると
ゲユマは陣を無人のように見せかけるため、兵達の体をなるべく低くしゃがませ
息も容易に出来ぬほど音を出さずに、陣の遮蔽に隠れるように射撃体勢をとった。


ドドドドッ!!!!


数分後、怒涛の進撃をみせるトウゲン部隊は陣の目と鼻の先へ差し掛かった。
矢の乱射が止み、無音の陣からポウロの兵が出るのを見て油断したのか、
陣を前にしてトウゲンは何も知らずに高笑いを浮かべてこう言った。

「がっはっはっはッ!ほれほれ兵が逃げていくわ!これで足止めのつもりか軟弱者め!!!高家四天王ステア随一の猛将トウゲンをなめるなよ馬鹿侍ども!この程度のヘロヘロ矢で怖気づくわしではないぞッ!!」

ドッドッドッドッドッ!

トウゲンの口調の荒れぶりとともに騎馬隊は徐々に速度を上げ
ゲユマが守る陣へと近づいていった。
馬蹄が勢いもそのままに道の草や土にあたり、跳ね上がる草や泥は
兵士達の甲冑を茶や褐色で汚していく。

しかし鳴り響く馬蹄の轟音と、付着する土草の色は
薄暗くなってきている天候の中では、遠めにも見れる格好の目印になった。

ゲユマは眼と鼻の先に迫り、轟音をあげて向かってくる
トウゲンの騎馬隊を見て、未だ音を立てず小声で兵達を指揮した。

「…奴らの馬蹄の音を聞け!色を見よ!近づいてくる…あれが敵の騎馬隊だ!まて!まだだッ!まだ撃つな…!十分ひきつけて…よーく狙って放て…3歩…2歩…1歩……よし今だ!全員敵に矢をはなてーーーっ!」

ギリギリ…ッ!ヒュン!!ヒュン!ヒュン!ヒュン!

トウゲンの騎馬隊が差し迫る陣の中でゲユマが声をあげると、
近距離の射的に優れた小弓隊300が馬蹄の音と色を目印にし
ギリギリまで引き付けた敵に向け鋭い矢を放ち、狙いすました矢は
勢いを取り戻し、突撃を敢行していたトウゲン先行騎馬隊の前に
風を切り裂くように飛んだ!

「な、なにっ!ばかなもぬけの空ではなかっ…よ、よけっ…」

数は少ないが、陣から一斉に至近距離で放たれる矢は
間近で見たトウゲンが言葉を口にする前に、騎馬隊を確実に捕らえていた!

ドスッ!ドスッ!グサッ!グサグサッグサッ!

「ぎゃああああ!」
「うわあああああ!」
「ぐわああああああ!」

誰もいない陣だと思い直進し、突撃を敢行したトウゲン隊は勢いもそのままに、
至近距離で威力を増し、着実に敵を射殺せるように狙いをつけた
ゲユマの弓隊の鋭く尖った矢の群れの中に自らを飛び込ませた!
あるものは兜を貫通し絶命、あるものは馬に矢が当たり勢いそのままに落馬、
運良く生き残った者も、後方から未だ突撃をする騎馬隊に轢かれ、踏み潰された。
その後方の騎馬隊すらも、狙い済ましたゲユマの弓隊の餌食になっていく。

「御大将!騎馬隊は大混乱です!このまま直進しては死地に飛び込むようなもの!ここは引いて後方部隊とあわせて・・・」

「引く!?撤退だと!?まだ大局は決しておらぬわ!後方部隊が来ているのならなおさら…!先鋒を仕り、軍勢を率いている大将が引いては猛将トウゲンの名がなくわ!ついてこれるものだけでよい!突撃じゃーー!」

トウゲンがそう言い放った瞬間であった。

ジャーン!ジャーン!

「「「ワーーーッ!」」」

ドラの音と時の声をあげて城を守っていたキレイ率いる歩兵隊300と、
右翼から現れた退却路を引き返してきた早馬隊のミレムの兵200が
中央のポウロ率いる長弓隊100、ゲユマの弓隊500と供に
騎馬隊を囲むように前進してきたのであった!

「それっ!敵は混乱している!ひともみにもみつぶせーッ!」

キレイの掛け声と供に、一斉に攻撃にかかる官軍兵達。
ジリジリと攻撃の速度をあげられ、陣形も崩され、指揮もままならないまま
トウゲンの騎馬隊は数の多いことも忘れ、動揺し、勝手に逃げ始めた。

「か、かってに逃げるな!ぬぬぬ…このままでは陣形も整えられぬわ…!くっ迂回して敵の側面へ回るのだーッ!」

流石に戦闘に参加してなかったキレイの歩兵隊は元気であった。
迂回したトウゲン指揮の兵200騎余りを除き、それ以外の統率を失った敵兵は
左右に分断され、敵騎馬隊は見るも無残にキレイ達の軍に
各個撃破されていったのである。

だが、流石にキレイの軍と言えども、
少なくなったとはいえ兵科も違い、数も倍以上である
トウゲンの騎馬隊を相手によほどの苦戦することもなく、
それぞれ易々と打ち崩していったのには理由があった。

これは敵の陣形の崩れと大部隊ゆえの弱点。
つまり、混乱している兵達をまとめる統率力が関係していたのだ。

キレイ率いる小勢は100程度で成る小勢で統率も取りやすく小回りも利き
神出鬼没に兵を動かし、敵の中核を狙って攻撃が出来た。
しかもゲユマの弓隊によって分断され、陣形を崩された騎馬隊など脆いもので、
ただでさえ前後の隊で統率のとれなくなっている所に指揮系統が混乱、
なおかつ、右翼左翼中央の三方からの同時押し上げに対抗できるほど
敵の騎馬隊の攻めの層が厚くなかったことも好転した。

「ゲユマ!ここは一気に敵の中核を崩し、さらに敵を大混乱に陥れるぞ!」

「ははっ!承知しました!よし!我が隊は敵の中核を崩すぞ!突撃ーッ!」

そう言うとキレイとゲユマは二方向から終結し、一糸乱れぬ突撃を敢行した。
兵を三列の縦列にまとめ、敵軍の中を縦横無尽に駆け抜けていった。
気負いもそのままに敵を続々と打ち破る、2将の兵は
すでに沈みつつある騎馬隊の中核へと差し掛かっていた。

「こ、このままではいかん!被害が多くなるばかりだ!ええい・・・侭よ!かくなるうえは敵の将を討ち取って兵の統率を図るしかあるまいッ!」

大乱戦の中、迂回して側面を叩こうとしていたトウゲンは
突撃を敢行しているキレイ、ゲユマを討ち取ろうと、彼らの軍に
なりふり構わず突撃した。

「そこの二人!名のある敵将とお見受けした!わしと勝負せい!我が名は高家四天王ステアの部将!猛将トウゲン!!」

「なにっ、トウゲンじゃと!」

ブゥンブゥンブゥン!

重さ三十斤の鉞(まさかり)を振り回し、突撃してくるトウゲンに
キレイは少々たじろいだが、隣に居たゲユマは落ち着いて腰の小弓に手を伸ばし
矢をスッと通すと、弦を張った。

「殿、俺にお任せを…」

ギリギリ…ッ

ゲユマは、己の力の限界まで強く張った小弓の弦がギリギリと音を立て、
その指に掴まれ乗せられた矢は黒く鋭い鏃を光らせた!

「邪魔だ!雑魚は引っ込んでいろ!」

「ほう、この俺を知らんと見えるな!」

ブゥンブゥンブゥン!

「ふん!お前など知らん!それに、そんな小弓で俺が倒せると思っているのか!馬鹿めが!自惚れたまま死ねい!」

ギリギリ…

「あの世の土産に覚えておけ!関州一の弓取り、このゲユマのことを!」

ヒュッ!!

ゲユマの声とともに指から一本の鉄の矢が鋭く放たれ
まるで風を斬る鋭い太刀のごとき速度で、トウゲン目掛けて飛んだ!

「あ・・・」

…ドサッ!

鉞を振り回して突っ込んできたトウゲンのとっさの反応もむなしく
放たれた矢は見事トウゲンの鉞を掻い潜り、彼の脳天に直撃した。
落馬した彼はすでに絶命しており、眼は白み、額からは大量の血が噴出していた。

「敵将トウゲン!ゲユマが討ち取ったりーッ!」

「「「オオーッ!!」」」

「見事よ!流石は関州一の弓取りだ!」

そしてキレイとゲユマの隊は、大将が討ち取られたのに動揺している
敵の兵士を尻目にし、ここぞとばかりに後退をし始めた。

この時、すでに後方のバショウ率いる4千の歩兵が
徐々に平野に集まり始めていたが、息のあがる先行歩兵隊が
キレイとゲユマの突撃を間近に迫っているのを見て守りを固めると、
キレイは動向を見て示し合わせたかのようにゲユマと同時に軍を
ポウロ隊の前で停止させ守備体勢に入った。

こうして味方と敵の間に一本の線が出来ると、そこには退路と思って、
移動してきた指揮官のいない後方騎馬隊が入ったが、
この時、敵の騎馬部隊と思いこみ、見間違えて勢い余ったバショウの歩兵隊は
旗印も見ずに騎馬隊とぶつかり、思わぬ同士討ちをし始めたのだ。

「やあーっ!」
「ええい!やめろ!こっちは味方だ!」
「旗をみよ!ややっあれは敵兵だ!」
「まて俺は味方だ!」

「お前たち!落ち着け!・・・むううだめか!」

大軍のあまり指揮系統もままならないままトウゲン、バショウの兵は
いたるところで混乱し、同士討ちをし始め、トウゲンの騎馬隊はすでに
2千の被害を出し、バショウの歩兵隊は1千の被害を出していた。

「くっ、このままでは同士討ちで全滅だ!トウゲンは討たれ、兵も失ったとあってはステア様に申し開きができぬ!後方のランホウ隊と合流し立て直すぞ!歩兵隊!一旦下がれ!ひけーっひけーっ!」


ドッドッドッドッ!


バショウの歩兵は大きな被害を出しながら汰馬平野を後退していった。
多大な負傷兵を抱えながらの後退であったが、流石に今のキレイに追撃の
余裕は無かったのか。バショウの歩兵隊は容易に退却ができた。

しかし安易に退却を許したのは、余裕が無かったからではなく
恐ろしいほどにキレイの憶測通りに物事が進んでいたからだ。
バショウは知らなかった。すでに後軍に迫るスワトの伏兵部隊の事を…。
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