今回も、例によって、私の「ひとりチョムスキー翻訳プロジェクト」です。
原文は今年の3月3日にネットに掲示されたものですが、訳出しておく価値はあると思ったので、遅ればせながらアップさせていただきます。
もともとは講演で語った内容に手を加えたものらしいので、訳文はです・ます調を採用しました。
2つに分けて掲載されましたが、とりあえず前半の方をアップします。
タイトルは
An Ignorant Public Is the Real Kind of Security Our Govt. Is After
(無知な国民こそ米国政府が追求する真の国家安全保障)
原文はこちらで読めます↓
http://www.alternet.org/chomsky-staggering-differences-between-how-people-and-powerful-define-security?paging=off¤t_page=1#bookmark
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Chomsky: An Ignorant Public Is the Real Kind of Security Our Govt. Is After
無知な国民こそ米国政府が追求する真の国家安全保障
国民を無知蒙昧なままにしておくことが急所
2014年3月3日
国際関係論における主原則によれば、国家の至上の任務は安全保障の確保です。冷戦時代の戦略家ジョージ・F・ケナンは標準的な見解を次のように表現しました。政府は「国内には秩序と公正を確保し、外に向かっては共通防衛策を用意すべく」樹立される、と。
この定義はいかにももっともらしく、ほとんど自明のことのように感じられます。しかし、私たちはもっと近寄ってこれを仔細に見つめ、問いを発してみましょう。国家安全保障とは誰のためのものなのか。一般市民のためのものなのか。国家権力それ自身のためのものなのか。選挙における国内の強力な支持勢力を意識してのものなのか。
私たちの意図する意味次第で、上の定義の信頼性はほとんど無意味なものからきわめて高い程度までの間を揺れ動きます。
国家権力のための安全保障は現在、極端なレベルに達しています。このことは、国民の精査の目から自らを守ろうとする政府当局のさまざまな試みに如実にあらわれています。
エドワード・スノーデン氏は、ドイツのテレビ局のインタビューに答えて、こう述べました。自分の「心をついに突き動かしたのは、国家情報長官のジェームズ・クラッパー氏が議会証言の際にあからさまな嘘をついたことでした」、と。クラッパー氏は当初、国家安全保障局による米国民に対する盗聴プログラムの存在をきっぱり否定したのです。
スノーデン氏は丁寧に説明してくれます。
「国民はこれらのプログラムについて知る権利があります。米国政府が米国民の名においておこなっていること、そしてまた、米国民の意思に反しておこなっていることを知る権利があります」、と。
これらの言葉は、ダニエル・エルズバーグ氏やチェルシー・マニング氏、その他同じ民主主義の原則に基づいて行動した気骨のある人々の口から発せられてもおかしくありません。
ところが、政府当局の考えはこれとはまったく異なっています。国民には知る権利などない、なぜなら、知らせた場合、安全保障が減殺されてしまうからだ-----それも著しくそうなる。こう担当係官は説明します。
このような申し開きには、懐疑的になるべき十分な理由がひとつならずあります。まず、この申し開きはほとんど常に決まり文句になっていることです。政府の行状が明るみに出された場合、即座に持ち出されるのが安全保障という護符です。かかる決まり文句的対応には実質の情報がはなはだしく欠けています。
懐疑的になるべき2つ目の理由は、明らかにされた証拠の内容です。国際関係理論の学者であるジョン・ミアシャイマー氏は次のように書いています。
「オバマ政権は、予想されたことではあるが、当初、米国に対する54件のテロ行為の防止にNSAの盗聴が重要な役割をはたしたと主張した。合衆国憲法修正第4条にそむくについては相応の根拠があると示唆した形である」。
「しかしながら、これは嘘であった。NSA長官のキース・アレクサンダー氏は最終的に議会に対し成果は1件だけであったことを認めた。その成果とは、サンディエゴ在住の、ソマリアからの移民男性ひとりと協力者3名を逮捕したことで、彼らの罪状はソマリアのテロ組織に8500ドルを送金したというにすぎない」。
また、政府はNSAの盗聴プログラムを検証するために「プライバシー・市民的自由監視委員会」を設立し、機密情報とそれをあつかう職員に対して広範な調査権限を付与しましたが、この委員会もミアシャイマー氏と同様の結論に到達しています。
もちろん、一般市民が広く知ることによって安全保障がおびやかされるという意識は存在します。もっとも、それは、行状を暴露されることによって国家権力の安泰がおびやかされるという意味での意識ですが。
これをめぐる根源的な洞察を、ハーバード大学の政治学者サミュエル・ハンチントン氏がみごとに示してくれています。
「米国の権力の構築者は、存在を感取することはできるが見ることはできない力を創造しなければならない。権力はそれが闇に隠れている場合、強力な存在でいられる。白日の下にさらされるとそれは消散してしまうのだ」。
他のいかなる国とも同じように、米国でも、権力の構築者はこのことを十二分に認識しています。公開された膨大な文書、たとえば、米国務省の公的歴史記録である『米国外交文書史料集』などを精査してみれば気づかずにはいられないでしょう-----国家権力を国民から隔離し、安泰に保つことがいかにしばしば主要な関心事であるかを。実質的な意味において一般国民の安全は主要な関心事ではないのです。
秘密主義を維持しようとする政府当局の試みは、多くの場合、国内の力の強い業界の安寧を確保する必要性によっても後押しされます。この例で昔からおなじみになっているのは、不適切な呼び名のついた「自由貿易協定」です。不適切と呼ぶゆえんは、これらが実際には自由貿易の原則にいちじるしく反しているからです。また、同時に、これが実は実質上、貿易とはまったくかかわりがなく、投資家の権利をめぐるものだからです。
これらの企ては決まって秘密のうちに交渉が進みます。目下話題となっている「環太平洋連携協定(TPP)」もその一例です。もちろん、完全に秘密というわけではありません。つまり、何百人という企業お抱えのロビイストや法律家にとっては秘密ではありません。協定中の細かい部分を作成、記述しているのはほかならぬ彼らなのですから。この協定の深刻な影響はごく一部を瞥見することによっても認識できますが、それが一般市民に明かされたのはウィキリークスのおかげでした。
経済学者のジョセフ・スティグリッツ氏はいみじくもこう述べています。米通商代表部が国民のためではなく「企業の利益を代表している」からには、「今後の協議の結果が米国の一般庶民のためになるという見込みは薄い。他国の一般庶民にとっての展望はいよいよ荒涼たるものだ」、と。
企業の安泰は、政府の施策において、常に関心の対象です。とはいえ、これは驚くべきことではありません。そもそも、政策を策定する段階で彼らは一枚かんでいるのですから。
これとは対照的に、米国で暮している一般市民の無事・安全-----「国家安全保障」なる言葉は通常この意味であると一応考えられていますが-----は、国の政策において重要な関心事項ではない、そう判断すべき堅固な証拠があります。
たとえば、オバマ大統領の推進する無人攻撃機を使用した世界規模の暗殺計画を考えてみてください。これは、世界で突出して大規模なテロ作戦ですが、同時にテロ行為を増殖させるふるまいでもあります。スタンリー・マクリスタル陸軍大将は、アフガニスタン駐留軍の司令官を務めた人物ですが、同氏は「蜂起者の数学」なる言い回しを使っています。それは、「アメリカが無辜の人間をひとりあやめるたびに10人の敵があらたに生まれる」という意味です。
この「無辜の人間」という概念をふり返ってみれば、われわれがマグナ・カルタ以来、この800年でどれだけ進歩したのかがわかります。マグナ・カルタでは「無罪推定」という原則が確立され、この原則は英米法の礎石を成すとかつては考えられていました。
今日では、「有罪」とは「オバマ大統領が暗殺対象に指定した」を意味し、「無辜(無罪)」とは「(それに)いまだ指定されず」の謂いにすぎません。
つい最近ブルッキングス研究所が『アザミと無人攻撃機』というタイトルの書籍を出しました。著者は Akbar Ahmed氏で、さまざまな部族社会をあつかった文化人類学の研究書であり、おおいに評判となりました。サブタイトルは「アメリカの対テロ戦争がいかにイスラム部族に対する世界戦争に変貌したか」です。
米国によるこの世界戦争は、複数の専制的な政府に対して、米国政府の敵である部族に攻撃を加えるよううながしました。Ahmed氏は次のように警告しています。この結果、部族によっては「死に絶える」かもしれない。それは社会自身にとっても深刻な打撃であり、今まさしくアフガニスタンやパキスタン、ソマリア、イエメンで起こっている事態である。そして、その打撃は最終的には米国民に波及する、と。
部族の文化は名誉と報復の上に成り立っていると Ahmed氏は指摘しています。「これらの部族社会で起きたいかなる暴力行為も反撃を呼び起こす。部族の人間に加えられた攻撃が激しければ激しいほど、反撃は強烈で凶悪なものとなる」。
テロに対する選択的、集中的攻撃は確かに有効であるかもしれません。英『インターナショナル・アフェアーズ』誌において、デビッド・ヘイスティングズ・ダン氏が解説するところによれば、いよいよ高度化した無人攻撃機はテロ集団に対するうってつけの兵器です。安価で、調達が容易で、「数々の美点を有しており、それらを組み合わせれば、21世紀の対テロ兵器として理想的な手段となり得る」。
一方、上院議員のアドレー・スティーブンソン3世は、上院情報委員会での長年の務めをふり返りつつ、こう述べています。
「ネット監視と大量のデータ収集は、9月11日のテロに対する反応の一環です。しかし、テロリストの発見にはほとんど寄与しませんでしたし、世界中から多くの非難を浴びました。米国はイスラム教徒に対し、シーア派、スンニー派の区別なく戦いを挑んでいると広く認識されています-----地上で、あるいは無人攻撃機を使って空から、また、パレスチナでは代理人を立てて。ペルシャ湾から中央アジアに至る各地でです。ドイツとブラジルはわれわれの盗聴行為を憎んでいます。これらの成果は一体いかなるものでしょうか」。
その答えは、テロの脅威の増大と国際的な孤立です。
無人攻撃機を使った暗殺作戦は、国家の政策策定者がそれと知りつつ国民の安全を危険にさらすふるまいのひとつです。同じことは特殊部隊による殺害計画にも当てはまります。また、イラク侵攻も同様です。その結果、欧米におけるテロ行為は大幅に増加しました。しかし、これは英米の諜報機関が最初から予想していたことでした。
くり返しますが、これらの攻撃行為は政策策定者にとってはほとんど頭をなやます対象ではありませんでした。彼らをみちびいているのはまったく異なった安全保障の概念です。政府当局にとっては、核兵器による瞬時の壊滅さえ最上位の留意事項には属していません。この点については次回のコラムで論じましょう。
本文章は、2部から構成される文章の最初のパートであり、『核時代平和財団』の後援により2月28日にカリフォルニア州サンタバーバラでおこなわれたチョムスキー氏の講演に手を加えたものである。
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[訳注と補足など]
■訳文中に
「この協定の深刻な影響はごく一部を瞥見することによっても認識できますが、それが一般市民に明かされたのはウィキリークスのおかげでした。」
と書いてあるとおり、ウィキリークスは「環太平洋連携協定(TPP)」の知的財産権(知的所有権)の章の草案を入手し、公表しています。
すでに皆さんご存知とは思いますが。
これもウィキリークスの大きな功績のひとつです。
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