気まぐれ翻訳帖

ネットでみつけた興味深い文章を翻訳、紹介します。内容はメディア、ジャーナリズム、政治、経済、ユーモアエッセイなど。

英国のメディア監視サイト・8・続き-----前回の後半部(BBC批判)

2021年05月15日 | メディア、ジャーナリズム

(前回の文章の後半部)-----(BBC批判)

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「グランド・ウィザーズ(大魔術師たち)」と御用ジャーナリズム

企業メディアに所属するジャーナリストがイデオロギー上の純潔をきびしく要求される
さまは、ときおり、むき出しの形で明らかになる-----たとえほんの何ミリか規定ライン
から外れただけであろうと。
たとえば、BBCのテレビ番組の司会者であるナガ・マンチェッティ女史はツイッターで
謝罪を余儀なくされた。保守党政権の大臣ロバート・ジェンリック氏がBBCの朝の情報
番組『ブレックファスト』に登場した際、背後にユニオン・ジャック(英国国旗)を
麗々しくかかげていた点で、大臣を子ばかにしたツイートがあり、それに女史が賛同の
意をあらわす「いいね」ボタンをクリックしたからであった。

女史は次のようにツイッターに書いている。

「わたくしは、英政府・担当大臣との今朝のインタビューの際、背後に英国国旗がかかげ
られていた件で、人の感情を害する性質のツイートに本日、「いいね」を付しました。
これらの「いいね」は現在、取り消しております。今回の件はわたくしもしくはBBCの
見解をあらわすものではありません。人々の感情を害したことについておわび申し上げます。ナガ」。

この文章は、BBCの階層構造における上層レベルの人間から申し渡されたような類いの
ものだ。もし自分がBBCに属する著名人であったとしたら、「愛国主義」のしるしに
あえて疑問を呈するようなまねをした場合、ツイッター上に謝罪の言葉を書き込まざるを
得ないであろう。
しかし、BBCに籍を置くジャーナリストのいったい誰が、自国政府のプロパガンダに表現の
舞台をあたえたこと(その結果、悲惨な結果をまねいたこと)を理由に謝罪の言葉を述べた
だろうか-----たとえば、イラク、リビア、シリア、NHS(英国の国営国民保険サービス)、
いわゆる「緊縮」政策、好戦主義、王室、等々に関して。
このような例は数え上げればキリがない。

ツイッターでは、ロシアのニュース・メディアである『RT』のツイートに対して、
「ロシア政府系メディア」という注釈がつく。
BBCという名の「英国政府系メディア」に勤める、奴隷根性のしみ込んだジャーナリストの
重鎮たちは、西欧諸国政府のプロパガンダを伝えたことで謝罪するどころか、政府に対する
異議申し立てを極小化するかポイントをずらすべく、表面を取りつくろったゴマカシの
ツイートをひねり出す公算の方がずっと高い。
BBCの政治担当エディターであるローラ・クンズバーグ女史を例にとってみよう-----この
重要なプロパガンダの機能を発揮したかっこうの例として。
英国で初めて新型コロナ対策のロックダウン(都市封鎖)が開始されてから1年が経った、
今年の3月23日、ボリス・ジョンソン英首相は、保守党議員たちとの私的な会合で、こう
自慢した。

「ワクチンが成功したのは資本主義のおかげ、強欲のおかげだよ、諸君」。

この発言をめぐって、ソーシャル・メディアでは激しい非難の声が上がった。
感染症が爆発的に広がる中、政府の対応に歯に衣着せぬ批判をあびせていた緩和医療の
専門家であるレイチェル・クラーク女史は、このジョンソン首相のひどく無神経で自己満足
的な発言に、ツイッターでこう反応した。

「残念ながら首相はまちがっています」、と。

「首相はご存じないかもしれませんが、人間の生まれつきそなえている資質はもっと豊か
で、もっと優れており、もっと品位と優美に満ちているのです」。

賢明で、情のこもった言葉である。

これとは対照的に、BBCのクンズバーグ女史は、すぐさま「ダメージ減殺」モードを全開に
して、次のようにツイートした。

「首相の『強欲』発言について少し。
出席者の一人はこう言っています。ジョンソン首相は院内幹事長のマーク・スペンサー氏に
向けて冗談を言っていたのだ、と。スペンサー氏はちょうどその時、ワクチンを話題に
しながら、チーズ・アンド・ピクルス・サンドイッチを次々と口に運んでいたそうです。
『あのゴードン・ゲッコーと同じとはとても言えないよ(訳注・2)』……院内幹事長への
『軽口だったんだ』、ということらしいです」。

(訳注・2: ゴードン・ゲッコーは、映画『ウォール街』に登場する、『強欲は善だ』と
うそぶいた悪玉の辣腕投資家)

たしかに一理ある。「あのゴードン・ゲッコーと同じとはとても言えない」。
つまり、多くの英国人の心の中で、14万9000人もの同胞の死がまごう方なくジョンソン首相
の責任であると感じられる、ロックダウンの節目のこの日、資本主義と強欲の美点について
ジョークを飛ばすとは、たとえゴードン・ゲッコーであってもあえてしないことでは
なかろうか。

新聞の風刺漫画家であるデイブ・ブラウン氏が、この節目の日がどんな意味を持つはずで
あったかをみごとに描いている。
すなわち、ジョンソン首相が立っている後ろに鏡があって、その鏡像が死に神の姿になって
おり、その死に神の手にしている大鎌の刃には149000という数字が刻まれている絵である。

独立系シンクタンク『オートノミー』で支援活動部門の長を務めるカム・サンドゥ女史は、
ツイッターで自分のフォロワーに対して、以下の事実を思い出させた。
2019年に英国のEU離脱賛成派の議員たちがチェッカーズ(英首相の公式別荘)につどった
際、自分たちのことを「グランド・ウィザーズ(大魔術師たち)」(訳注・3)と呼んだ
ことが明らかになったが、クンズバーグ女史はこの件をまじめに取り上げることはなかった
のである。
クンズバーグ女史はこうツイートしていた。

(訳注・3: 原文は the Grand Wizards で、その単数形の the Grand Wizard(大魔術師)は
クー・クラックス・クラン(白人至上主義をとなえる秘密結社)の最高幹部を指す。
したがって、上の発言は、発言者の白人至上主義、人種差別的偏見をあらわすものと解釈
され得る)

「書き込みに追いつくべく急いで。取りあえず誤解を避けるために一言。
内部関係者の何人かが仮名で内々に教えてくれました。あの言葉に他意はみじんもない、と」。

クー・クラックス・クランの、白人至上主義をあらわすこの悪名高い言葉を使ったことも、
おそらくは単なる「軽口」とみなされることになったのだ。
クンズバーグ女史が保守党のプロパガンダをこだまのようにくり返したり、あるいは増幅
させたりする一方で、党への批判をそらす動きを示した例は、ほかにも枚挙にいとまがない。
思い出す方もおられようが、1年前、遅すぎた最初のロックダウンが開始された時に、
クンズバーグ女史は政府を擁護するふるまいに出た。
女史は一般公衆をまちがった方向にみちびいた-----そう、リチャード・ホートン氏は指摘
する。同氏は著名な医学雑誌『ランセット』の編集者で、昨年の3月に次のように書いている。

「ローラ・クンズバーグ女史はBBCで『医学は変化した』と発言しました。これは真実では
ありません。医学は1月からずっと同じです。変化したのは、政府への助言者たちが中国で
実際に起こったこと、今現在イタリアで起こりつつあることをようやく理解したという点
です。事態ははっきりしていたのに」。

どんな話題であれ政府の言説をたえず擁護しようとする、女史の悪辣な役回りは、いわば
「礼節」ということになるのかもしれないが、「客観・公正」をかかげるBBCの政治担当
エディターが、ことジェレミー・コービン議員の報道、また、なかんずく英労働党における
構造的な反ユダヤ主義というでっち上げられたスキャンダルの報道に際しては、この
「礼節」の欠如が逆に際立ってめだってしまう。

クンズバーグ女史は、2019年の11月26日、つまり、12月12日の総選挙を間近にひかえた
時点で、保守党を支持している首席ラビのエフライム・マービス氏の主張-----ジェレミー・
コービン氏は「公職には不適格とみなすべき」とする-----について、24時間のうちに23回も
ツイートした。
この時こそ、報道の公平性がもっとも求められる時であったのは、あまりにも明白であった
にもかかわらず。

BBCにおいて、クンズバーグ女史だけが例外というわけではない。ただ、女史が突出して
注目をあびる地位にあるから、他のジャーナリストはそれほどいつもやり玉に挙げられる
わけではないというだけの話である。
たとえば、外交担当のジェイムズ・ランデイル記者を取り上げてみよう。この人物もまた、
クンズバーグ女史と同類の「常習犯」である。
ランデイル記者が3月16日にBBCの看板ニュース番組『ニュース・アット・テン』で視聴者
に提供した内容は、自称「公平な」ジャーナリズムが「政府認定の敵」の脅威を-----そして、
平和を愛する欧米諸国がこれらの敵に対抗する必要性-----を声高に言いつのる、近年ますます
増え続けている例に、あらたにまた一例をつけ加えたにすぎない。

ランデイル記者は、「防衛」に関する英国政府の新しい報告書に沿う形で、中国とロシアを
脅威と描出し、この脅威に関して、「わが国が海外での軍事展開能力を有することを
はっきり示す」必要があると示唆した。
その戦略の一環として、英国政府は、建造費約31億ポンドの新空母「クイーン・
エリザベス」を今年後半、インド・太平洋地域に派遣し、同盟国と合同演習をおこなわせる
ことになっている。
「でも、それで十分でしょうか」、とランデイル記者は重々しく問う。世界各地に向けた
英国の「軍事力の展開」を「客観・公正」に後押ししたのである。

実質的に政府の報道官と化している役柄をなおも続けて、ランデイル記者はこう述べる。

「そして、英国の核弾頭保有数の上限は引き上げられるでしょう。報告書の言う『安全保障
環境の変化』のためです」。

英国の核兵器増強の見込みが何気なく言及される-----まるで今気がついたとでもいうように。
今年初めに核兵器禁止条約が批准されたからには、国際法の見地からすると核兵器の保有は
禁じられている。この点についてはいっさいふれられなかった。

同条約は「核兵器に関わる行為に参画することを包括的に禁止する諸事項」をかかげている。
そして、「これには、核兵器の開発、テスト、製造、取得、保有、貯蔵、使用、使用の示唆
による威嚇、をおこなわないことがふくまれる」。

2017年7月に120超の国がこの条約の採択に賛成票を投じた。2020年10月には50番目の国が
批准し、これにより2021年の1月22日に発効する運びとなり、国際法となったのである。
これを報じたBBCのニュース見出しはあっただろうか。

ネット・ニュース・サイトの『ダブル・ダウン・ニュース』が報じた言葉を借りると、
「ボリス・ジョンソン、核弾頭の40パーセント増強を目指す-----看護士増員のための財源
なしも、アルマゲドン(世界最終戦争)のための財源はアリ」なのである。

これらの事情はいっさい、ランデイル記者の心から抜け落ちていたにちがいない。
それとも、おそらくは伝える時間がなかった-----ランデイル記者もしくは上司の編集者たちが
たいして重要ではないとみなしたせいで。
しかし、一方で、同日夜の『ニュース・アット・テン』では、大きな話題をめぐって報道の
時間がたっぷりあった。タイトルは「エディンバラ公、退院」である。
エディンバラ公フィリップ殿下が一月ほど心臓病の治療を受けて退院し、ウィンザー城に
戻ったことを伝える内容であった。
どうしてこれが、報道に値する「ニュース」としてBBCで大見出しになったのか。
それは、BBCが頑固な王室支持派であり、熱心な体制擁護派であり、英国の不当な階級構造
の守護者だからである。

以上の事柄のいっさいが示すのは、BBCが実際には世界でもっとも洗練された「政府の
プロパガンダ機関」であるということである。
BBCの創設者であるジョン・リースは、1926年のゼネラル・ストライキの際、日記にこう
記している。

「彼ら(政府)は、われわれが実際には中立・公正ではないことを当てにできるとわかって
いる」、と。
(『リースの日記』(チャールズ・スチュワート編、コリンズ社、1975年刊)の1926年5月
11日の日記記述より)

今日でも事情は変わらない。

この「終わりのない戦争」、核によるアルマゲドンの脅威、破滅的な気候変動の時代に
おいて、英国その他の欧米政府のプロパガンダ機関と化した企業メディアが、その報道様式
によって世界中で人々を犠牲者にしている。その代価は計り知れない。


デイヴィッド・クロムウェル


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[その他の訳注と補足など]


このブログで最初にこの英国のメディア監視サイト『メディア・レンズ』を紹介した
のは、2013年の8月でした(下記を参照)。もうずいぶんになりますね。
その時もBBC批判でした。しかし、BBCの報道様式は現在でもまったく変わっていない
ようです。

英国のメディア監視サイト-----(BBC批判)
2013年08月06日
https://blog.goo.ne.jp/kimahon/m/201308


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