6月に入って早くも一週間が過ぎてしまいました。本当に早~い
今月は私(今日)、娘、そして親友たちの生まれ月でもあるので美味しい予定もチラホラと入ったりしてまして、カレンダーもブランクの日が3日だけで、後は全て予定で埋ってしまいました。
特にこの一週間だけでもコンサートが3つ、友人たちとのランチが2つ、そしてお友達の新居に御呼ばれなど嬉し楽しが続いてルンルン気分☆カーマ肥える6月!(下腹をポーンと一つ叩きながら)
そんな入梅前の短くも爽やかな日々を目いっぱい楽しもうと思います♪
で、朝から私宛てに届いた花束を受け取った夫が、2階でに居た私に向かって大きな声で「△△さんから60歳のお誕生日おめでとうー!だってさ~ 」(<ウソですからね~)
年を勝手に四捨五入してくれてアリガト
さて、3日目の後半は海岸線をドライブしながらリアス式海岸の入り組んだ景観を楽しませていただけるということで、次に向かう場所は一体どんな場所かな?
期待感でワクワク~♪
時刻は午後4時少し前。鹿島を出発しておよそ20分ほど。
西海半島は外泊の入り江に沿って緩やかな坂道を上ったところにある高台の駐車場で車を止めたところが次の見学足摺宇和海国立公園『高茂岬(こうもみさき)』でした。
先に駐車していた車は1台きりで、しかも車を出すところでしたし、他には2人観光客らしき人たちが私たちと入れ違いに帰って行きましたから
この時刻にこの場所に居たのはまきさんと私の二人だけでした。
この高茂岬(こうもみさき)とは
『愛媛県の最南端に位置する西海町
豊後水道に突出した高茂岬は昔から航海の難所と知られ百メートルもあるこの断崖から宇和海・高知の島々はるか九州の山並みの展望は、海岸景勝の極致である。
ここには戦時中海軍呉鎮守府所属の高茂衛所がありこの跡地は、ほぼ原型をとどめている。
衛所は昭和16年(1941年)太平洋戦争が始まる直前に三棟の兵舎が完成して約40名の兵士が勤務、豊後水道に侵入する敵艦船に備え海中には600キロの設置機雷72個を敷設、
終戦前は60キロの触覚機雷4800個も投入し 海底には6基の水中聴音機を備え付けて日夜、海の監視にあたっていた当時を回想しながら
ここ「つわものどもの夢のあと」地より眺める落日の夕景は筆舌につくし難い』
筆舌につくし難い落日の夕景を是非とも眺めてみたいものです。
日本には数えきれないほどの絶景があると思いますが、今までに雄大な景色を見るという経験が少なく、他とは比べようもない私。
ですが、こちらの景観はそんな数少ない私の絶景を見た体験の中で5本の指に入りそうです☆
ってまだ数箇所しか見てなかったか~。( ̄▽ ̄A;アハ
では画像で順繰りと。
まずは遊歩道を東屋のところまで下りて行きます。
東屋から西海の景色を望んだところ。
遊歩道は海縁まで続いているようです。が、私たちは途中まで。
そして左手方向を眺めると鼻面岬(はなつらみさき)がこんな具合に見えます。うわ~! しか声が出ませんでした。
そして右手の方角を見ると、遊歩道の柵がずーっと向こうの方まで続いており
断崖の近くまで寄って行くと、スリリングな場所が広がっておりました。
眼下を眺めようとしたら、まきさんに止められてしまいました。
あんまりそっちに行かんでよ~。落ちたら危ないけ~ね~
了解!(`・ω・´)ゞ
まきさんと直に話しているとお国言葉がポンポンと飛び出してくるのですが、愛媛県のお国言葉ってどこかのんびりしていて優しげでとてもいいです。
ところで私。まだまだこの世に未練はたっぷりなので、ここで命を落とすわけにはまいりませんっ
断崖から50cmほど手前で留まりました。^^;
でも高いところが大好きなんですよね~。いつかバンジージャンプをしてみた~い( ̄▽ ̄人)
↑ 手前に見えている岩礁を↓ズームしてみたら釣り客が見えました。
浜ちゃんとスーさんかしら?(なんちゃって)^^
この時期はどんな魚が釣れるのでしょう。釣人にはきっと堪らない場所なのでしょうね。
そしてこちらは鳥が羽を広げているようにも見えます。
時間とともに変化していく落日の景色は飽くことなく眺めていられます。ただただうっとり。
真っ赤な夕日が水平線の向こう側は九州山地に沈んで行くところを想像しただけでも胸がいっぱいになりそうでした。
是非とも眺めてみたかったな~
あの鳥はトンビよ とまきさん。
♪ トンビがくるりと輪を描いた、ほほ ほ~ぃのホイ♪(古っ)
どこを見ても見惚れてしまいます。
向こう側に見えた島々をズームしてみました。
(億劫がらずに一眼レフを持っていけば良かった;;)
こちらで1時間ほど絶景を楽しんで、しっかりとこの景色を目に焼きつけました。
そして名残惜しみつつ次の場所へ。さようなら高茂岬(機会があればまた来たいデス!)
来た道を戻ったところにある外泊養殖場で車を降りて、石垣の里にも立ち寄りました。
人口増加により、隣の中泊地区から次男、三男が移り住み、谷を治め、山を拓いて集落をつくっていきました。
その際出土した石を積み上げ、強風や塩害から家屋を守る塀としたのがこの石垣の始まりです。(案内板の1つより)
この石垣は素人が積んだものですが、から、よく見るとそれぞれの御宅ごとに少しずつ出来栄えが異なるんですね。
城づくりのプロではなくても、遜色の無い出来栄えに思えました。しかしよくきれいに積み上げられてます。
これは相当大変な作業ですね。
この辺では一ヶ月遅れで祝うという雛祭りのイベント「だんだん雛祭り」が開催中でした。
私たちが訪れた時はこんな可愛い手書きの石雛がたくさん飾られていて、微笑ましかったです。^^
夕暮れも近い外泊の養殖場。
この日の観光はここまでです。
夕暮れの外泊からまきさんの御宅のある地元へと向かいました。
着く頃には真っ暗になっていて、なるほど聞いてはいたのですが、外灯がほとんど無いんですね。^^;
途中で、同級生のお店(炉端焼き)で夕食です。画像はほんの一部です。どれも美味でした♪
同級生の店主さんが、私がブログの友達だと聞いてかなり驚いておられましたが、まあ普通はそういう反応になりますよね。^^;
そしてこの日のお宿は、まきさんのお姉さまの御宅でした。
姉がね、一人暮らしだしカーマさんがもしこっちに来るなら是非ウチに泊まってもらえないやろか?と言ってるのだけど、
でもカーマさんはイヤやろう?ワタシは他所の御宅にはよう泊まらんし、と仰るまきさん。今回の旅行が具体的に決まった段階で、まきさんのお姉さまからこのような嬉しいお申し出がありましたんです。^^
ううん。そんな事ないけど、ご迷惑じゃない?
え?イヤじゃないの?
ううん。嬉しいです!
もしもこちらに来ることがあったら是非泊まってくださいね~と、あの時何度も繰り返された事を思い出して・・とは言え一度面識があると言うだけでご好意に甘えて良い物かどうか。
実は数年前にまきさん姉妹が上京された折にお二人と一緒に私も星野富広美術館へお供したことがあったのですが、その時にまきお姉さまとすっかり意気投合してしまい、
旧知の友のような気安さで楽しい時間を過ごした事が今回の嬉しいお申し出に繋がったようです。
あれからの積もる話もしたかった私。そんなわけで遠慮もなく額面通りお言葉に甘えて一晩ご厄介になろうと決めたのですが、^^;で実際に再会してみると、
カーマさん、よく来られたねえ~♪ささ、上がって~から始まって、そのまま途切れることなく続いた会話の内容(そんなお話まで伺ってしまってよいのでしょうか)も含めて、私歓迎されているんだ~と勝手に思った次第です。(能天気☆)
姉さん聞いてよ!カーマさんたらね~化粧がとっても上手なんよ~!(<ここでもバラしてしまうまきさん。ちょっとぉぉぉ~)
よほどインパクトがあったと思われますワ、道後温泉での私めのスッピン顔。(つ∇≦*)キャハ
お二人をイメージして選んだお土産のスヌードを並べ、使い方をレクチャーしたりそれぞれ首にあててもらったりしていた時の会話が楽しくて3人で爆笑~
姉妹の掛け合いがホント楽しくてまるで漫才を見ているようでした。仲良しなんですね
そんなこんなでこの日も盛りだくさんな一日をたっぷり楽しませていただきました。
嗚呼シアワセ~♪
最後4日目は四万十川、そして高知は桂浜へと続きます。