ハノーファーから南東の方向250kmに位置する宮殿ホテル・シュコパウは、10世紀の記録に初めて要塞として登場する。15世紀にトロタ家の所有になり、長い年月をかけてルネッサンス様式の堂々とした宮殿に改築されたそうである。1945年まではトロタ家の家族とその縁者の居城で、地域の社交界の中心として多数の君主や貴族が訪れた歴史を持つ。しかし1945年に東ドイツになると公用徴収され、例えば引揚者と避難民の宿泊所や公官庁舎に転用された。そして旧東ドイツにあった他の城郭や宮殿と同じ運命をたどることになる。すなわち、何年もの間空き家となり廃墟になっていったのである。
東西ドイツ統一から数年経った1996年に修復の仕事が始められ、2001年8月に高級宮殿ホテルとして開業を果たした。その後数回の拡張工事を経て今日に至る。
幹線道路からも村の中心からも比較的近く、私の好みの “人里離れた雰囲気” がないのは残念であるが、中庭を囲むようにコの字型の見事な建物である。望楼とその脇の防衛壁は10世紀のものであるらしく、中世に見張りや戦闘のために使われた塔も残っている。宮殿の2箇所にテラスがあり、8万平方メートルの大庭園が付属している。大庭園というとフランス風庭園を想像してしまうが、何のことはない。短く刈った草原と木々と小川と橋と、どこまでが庭園でどこからが自然林か判らない林が続くだけである。
城門 ・ 施設の主要建築物
城塔 ・ 施設の内部
遠景
建物が大きい割りには部屋数が54しかないが、その代わり大小のホールが7つもあるらしく、催し物が最も少ない今月でも、〔ウイスキー・ディナー〕、食事付きの〔観劇の夕べ〕、それに〔中庭で中世の市場〕がプログラムに載っている。会議や結婚式なども誘致しているようだ。
私の部屋はスイートなので2部屋で、茶色の扉を開けてはいるとまず居間になっていて、整理ダンスやソファーセットやテレビがある。奥のツインベットの寝室に戸棚と小さなテーブルなど、骨董ではないが古いデザインで揃いの茶色の家具だ。寝室にもテレビがある。ベージュ色の壁の2つの部屋をつなぐ通路に書斎机があり、その背後がバスルームだ。洗面台は1つであるが物を置く場所が広くてバスタブもあり、清潔である。残念ながらスリッパと浴用ガウンと体を洗う小タオルがない。
廊下 ・ 居間
書斎机 ・ 寝室
このスイート・ルームは現代風の、余計なものを置いていないすっきりした雰囲気で、古い城の中であることを感じさせるのは1m程ある外壁の厚さだけである。宮殿ホテルということで若干特別扱いであるが、“リングホテル“ という私も時々使う中流から中の上といったレベルのホテルグループに属する。
居間の低いテーブルに “活けて“ ある花が造花である。中庭に止めた車を退けて駐車場に止めてくれと電話があった。ホテルのスタッフでやってくれ、と要望したが、保険に入っていないので何かあったときに困るので出来ないという。“ホテルの玄関にサッと乗り付け、出て来たスタッフにキーとチップをさり気なく渡す。“ のに慣れているので(慣れているというのは言い過ぎ)、戸惑ってしまった。この辺のところがやはり超一流ホテルと違う点なのであろう。車を退ける理由として、消防車の通り道になっている、と言っていたが、私の車があった所にもその横にも車が3台、オートバイが1台、そして自転車が2台駐車している。「宿泊客に嘘をつくとホテルの評価がグッと下がりますよ。」と言ってやりたいが、大人気ないので言わない。しかしもうここには泊まらない。
ホテル内レストラン „Le Chateau“ は多数の小部屋から成り、それぞれの部屋がアーチ状の天井を持っている。こじんまりとした良い感じの小部屋で、明るく瀟洒な感じがする。テーブルのバラは生花である。好みにもよるが、バックグラウンドのジャズはここの雰囲気に合わない気がする。
レストラン
さて、唯一のメニュー、3品の “魚メニュー“ を注文した。
突き出しはムール貝と小エビとパプリカのマヨネーズ和え。ミニトマトが半分ついている。市販の製品の味がした。一緒に出て来た薬味バターが美味しくて、小さな黒パンを3枚も食べてしまった。
前菜は鮭のカルパッチョに軽く焼いた帆立貝と揚げた何かの草がついている。カルパッチョには普通オリーブ油をかけることが多いけれども、そうではなくてレモンと塩で食べさせる。鮭自体もあまり脂がのっていないのか、さっぱりしていて美味しかった。
メインはレモン草バターで焼いた赤パーチ(スズキ目)の、各種茹で野菜とマジョルカ島産のポテト添え。野菜がそれぞれの味を出していて旨い。ポテトは小さくて皮ごと焼いてある。そのまま食べるとほんのり甘く風味がある。魚はどういうわけか薄い衣がつけてあって、塩味が足りない上に魚自体の味も薄い。この皿の主役であるはずの魚なのに残念であった。
デザートのイチゴとバーボン入りのヴァニラアイスクリームは、まぁ、買って来て皿にのせただけなので特になんということもなく、それぞれ期待どうりの味がした。
最後はエスプレッソで締めたが、バターをしっかりと吸った魚の衣のせいか、何となく胃が重い。
頭のてっぺんが禿げた痩せた給仕のおじさんは、東部ドイツのレストランでよく経験するのであるが、繊細さはないけれど心のこもったサーヴィスをしてくれた。
ホテルのホームページやパンフレットでレストランが高評価を得ていると宣伝していたので、少なからず期待していたのだがハズレであった。
朝食は昨晩のレストランで取ることになっていた。朝食には少し暗い。提供されるものは4星ホテルの標準である。が、給仕のおばさんの言動がつっけんどん、食器やナイフ・フォーク類がぶつかる音が響く、ラジオの番組が ”BGM” だ。ゆっくりと晴天の初夏の朝食を楽しむ雰囲気ではない。そそくさと自室に引き上げた。
さて2晩目であるが、この週末は中庭でオープンエアーの „演劇の夕べ“ が開かれ、今日はその初日である。18時から食事で20時に開演であるからか、レストランがいっぱいである。そして昨晩はなかったメニューが二つある。ひとつは „城館メニュー“ というのだが、鮭のカルパッチョと赤パーチ(スズキ目)は昨日食べたので、もうひとつの „アスパラメニュー“ にした。白アスパラが今、旬である。ドイツに来てアスパラを初めて食べたのも大分遅いし、ずっと美味しいものだとは思っていなかったのであるが、ここ10年来だろうか、美味しさが分かるようになり、この時期には必ず食するようになった。ことに、ハノーファーがあるニーダーザクセン州は良質のアスパラで有名な地方である。このホテルで供されるのはこの地方のランゲンアイトシュタットという町の産であるらしいが、さて、どうであろうか。
突き出しは鴨肉のハムで、傍らにはミニトマトと極細のモヤシみたいな芽草と昨夜と同じ薬味バターがのっている。
1品目はサイコロ大に切ったアスパラとチコリーなどの葉っぱのサラダに薬味として „極細モヤシ“。それにバラの花のように巻いたスモークサーモンがついている。葉サラダが大変新鮮で、噛むとパリパリと音がする。ドレッシングは薄味でさわやかで結構である。
次はアスパラのクリームスープで、底にやはりサイコロ大のアスパラの欠片が沈み、挽いたピスタチオの実が浮かぶ。不味くはないが感動するほどの味でもない。
3品目が長いままのアスパラであるが、ホット・バターとオランデーズ・ソースを選べるので後者にし、牛、豚、魚の中からポークステーキを選んだ。肉に別のソースがかかっているのが意外だったが、特に今年の新ジャガイモが旨かった。白アスパラは、地元贔屓というわけではないが、ハノーファー近郊の産に軍配を上げたい。
デザートは、アイスクリームの種類が違うが、昨晩と同じ。今日の担当給仕は小太りのおばさんで、途中から若い女性になったが、昨日のおじさんの態度と一緒であった。
このシュコパウ・城館ホテルは、外観は歴史を感じさせる素晴らしい建物であるが、内部の修復と改装が完璧で、古い宮殿を思い起こさせるものは殆ど無い。レストランの一部の柱の下の部分だけである。荒廃の度合いが著しく、何も残せなかったのであろう。
〔2011年5月〕〔2021年7月 加筆・修正〕